恋を諦めたヤンキーがきっかけの男と再会する話

てぃきん南蛮

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成人編

再会

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寺崎高人は疲れ切っていた。
人生に絶望を感じたわけではなく、仕事の疲労により文字通り疲れ切っていた。
大学を出て3年、公務員となった今の寺崎に将来を憂う不安の種は何もない。
年々癒えぬまま溜まっていく疲れと、繁忙期の追い込みが原因で身体が休めと不調という形で危険信号を出していた。
ただそれだけのことだった。
いやいや、休めるものかと頭痛と吐き気を薬で誤魔化して今日も働いていたら、突然吐き気が限界値を突破して

吐いた。

スーツを汚さずトイレに駆け込めたことが奇跡的だったな、と当の寺崎は人事のように考えていた。
しかし、周囲の人間からしたらたまったものではない。
上司はさっさと帰れと寺崎に無断で有給申請の作成と申請を行っていたし、同僚からは「送ろうか?」と気遣わしげに声をかけられた。
前者の方は渋々受け入れつつも、後者は丁寧に断りを入れて会社を出た。
しかし、一度吐いた為吐き気は治まったが、頭痛に関しては一向に治らない。寧ろ、頭以外の不具合がなくなった為、脳が積極的に己の不具合を感知する。
もう凍てついた風が吹く秋空の中、寺崎は道端で1人、割れるような頭痛に苛まれていた。
同僚の申し出を断った手前、疲労による頭痛で救急車を呼ぶのも憚られる。
何より、今は手元に保険証がない。日頃荷物をなるべく少なくと心がけていたことが裏目に出た。
とぼとぼ、フラフラと帰路を進んでいると、いつもは気にもせずに通り過ぎる公園に差し掛かった。
最寄りの駅までまだ距離がある。今の体力では、どれだけ時間が掛かるかもわからない。
ちょうどいい。あそこで一休みしよう。
まるで余力を振り絞るように公園内に入り、寺崎は誰もいないベンチに腰掛ける。
平日の昼下がり、公園には散歩に来る老人くらいしかいない。
これなら誰かに迷惑をかけることもないだろう。最悪、八つ時に近所の子供が遊びに来て騒ぎ出す。
その前に、公園を後にすればいい。
それまで、ここで少しだけ休ませてもらおう。

……それが寺崎の中の思い出せる中で一番新しい記憶だ。逆に言い換えれば、そこから先の記憶がない。
現在時刻は23時。
休むとか、寝る寝ないの問題ではない。明らかに気絶していたレベルだ。寧ろよく起きなかったな?
しかも目の前にいる同年代の作業着姿の男が起こしてくれなければ、いまだに覚醒せずに寒空の下眠りこけていた可能性すらある。起こしてもらえた事に感謝しなければならない。
だが、ただ気絶していただけで災難は終わらない。
ここからの距離では駅に着いた頃には終電もない。
おまけに携帯の充電もない。
ナイナイづくしで最悪の状況だ。
財布の中身など、金品が盗まれなかったのが不幸中の幸いだ。
せめてホテルの場所まで案内してもらうか、タクシーを呼んでもらえないか男に相談するが、めんどくさそうに頭を掻くだけだ。
……起こしてもらえただけよしとしよう。これ以上迷惑をかける訳にもいかない。
幸いにも頭痛は昼から比べてだいぶ治まっている。あとはベッドでゆっくりできれば明日には回復するだろう。
男に礼を告げて立ちあがろうとした時、「あー……」とぼやく声が寺崎を遮った。
「ウチくる?」
意外な言葉に寺崎は瞬いた。
男の問いは寺崎にとってもありがたい申し出だった。
だが、驚きの次に湧いてくるのは警戒心だ。
何が狙いだろうかとカバンを引き寄せて、いざとなったら逃げられる体制になる。
あからさまに警戒されてる事に気がついたのか、男は慌てて立ち上がって距離を取った。
「べ、別に何もしねェって!ただ、たまたま見つけちまったし、この後何かあっても嫌だしってだけ。そんなカリカリすんなよ」
嗜めるように告げられる言葉に、少し落ち着きを取り戻す。
宥め方がまるで手負いの猫に対するそれだ。いや、目の前の男からしたら実際そこまで変わらないのだろう。
確かにこれ以上ない渡船だ。体格は男の方が良いが、最悪同性の寺崎なら何かあっても逃げられるかもしれない。
最終的に寺崎は諦めるように頷いていた。

「そういえばオニーサンはなんであんな場所で寝てたの?」
街灯がポツポツと照らす夜道を歩きながら、先を歩く男は寺崎に尋ねた。
気になって当然の事だったので、あまり話す気にはならなかったが寺崎は正直に男に告げた。
「……疲労による体調不良で、あそこで少し休むつもりが気絶していたようです」
「えっ」
寺崎の返答に前を歩いていた男が振り返った。
そうだろう、側から聞けばなんて間抜けな話だろう。寺崎もそう思う。
男は失笑と心配の半々を顔に出している。こちらだって恥を忍んで告白しているのだから、せめてもう少し隠す努力をしてほしい。
「そりゃあ災難だったなぁ。ブラック企業ってやつ?」
「いえ、棍を詰めすぎただけです」
「あんま無理すんなよ。最後に自分を守れるのは自分だけなんだからさァ」
ぼやいた男の声には特に感情や深みは乗っていなかった。
本当に適当に言っているだけだろう。寺崎は聞き流すことにした。
男は前に向き直って、左手に見えるアパートを指した。
「ここの2階が俺ん家ね」
ここ、と指されたのは一見どこにでもある木造アパートだ。
ボロとまでは言わないが、建築年数はそこそこ経っていそうである。
男に誘われるまま、寺崎も溶接部分が錆び始めた階段を上がる。
2階に上がって1番手前の部屋の前で男は止まった。角部屋だが、人の通りが多くて物音が気になりそうな位置の部屋である。
「そういや名前聞いてなかった。なんてーの?」
作業服のポケットから鍵を取り出し、施錠を解きながら男がこちらを見ずに問いかけた。
そこで初めて、お互い自己紹介すらしていない事に気づいた。
いつものキリッと礼儀正しいと評判の寺崎らしくない。
「私は寺崎高人と申します」
ギイィ、と耳障りな玄関の扉が開く音と寺崎の名乗りが被った。
男は扉のノブを握ったまま動かない。
もしや、扉の開く金属音と被って上手く聞き取れなかったのだろうか?
勝手に結論づけた寺崎がもう一度名乗ろうとした時、突然腕を掴まれ部屋の中に引きずり込まれた。
突然の事に咄嗟に抜け出そうとした寺崎だったが、閉まった扉に肩を押さえつけられる。
体調不良で弱っていなければ素早く反応して抵抗できただろうが、今の寺崎にそんな力はない。
抵抗できるだろうと考えていた己の予測の甘さに、寺崎はわかりやすく舌打ちをした。
「お前……!」
「てらさき……?」
バチン!と荒々しく玄関の電源スイッチを叩く音が響き、視界と思考がクリアになった。
寺崎の抵抗が一瞬止まる。

寺崎の名を呼ぶ声に、どこか聞き覚えを感じた。
だが、どこで聞いたのか思い出せない。

電源が入って明るくなった玄関で、いつの間にか寺崎は目の前に立ちはだかる男と扉の板挟みになっていた。
しかも、男の顔が存外近い。覗き込むように近づけられた男の顔は、寺崎の顔を確認するようにまじまじと観察してくる。
その視線の居心地が悪くて、再び寺崎は男を押し除けようとした。しかし、体格差と体力差でびくともしない。
「おい……!」
「俺、荒垣」
「は……!?」
最初は何を言っているのか分からなかった。
しかし、「荒垣だって」と再び告げられた名前に引っ掛かりを覚えた。
珍しい苗字だが、聞き覚えがある。
記憶のページを一気に遡り、ある一点で止まった。

いた。確かに、荒垣という知り合いが。
突然現れて突然消えた、台風のような男が。
たった数週間、雑にあしらったり語り合ったどうしよもないバカが。

寺崎の抵抗が完全に止まる。
目の前にある男の顔を、荒垣も見つめ返す。
記憶の中に朧気に浮かぶ顔より精悍な顔つきになって大人びたが、確かに面影を感じる。
深夜の暗がりの中では顔がよく見えなかったことと、雰囲気が丸くなったことによって全く気が付かなかった。
それは相手も同じだったようだ。男──荒垣も鍵を落とした右手で口を覆い、1歩退いた。
「マジかよ……」
実に8年ぶりの、なんとも奇妙な再会だった。

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