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変化

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その次の日、荒垣は不意を突く為に、音を立てぬように静かに入室した。
いつもはどれだけ文句を言われようと騒がしく入室していたのだが、これも今度こそ表に引っ張り出す為だ。不意をついたところでどうするかは特に考えていないが……その場の勢いでどうにかするつもりだ。荒垣はバカだった。
しかし、入室した瞬間、荒垣は呆気に取られた。
寺崎はパイプ椅子に座り、部屋に唯一ある長机に突っ伏している。こんな様子は初めて見る。
「……寺崎?」
おそるおそる寺崎に近づけば、緩やかに肩が上下している。頭は荒垣の方に後頭部を向けているので、音を立てぬように反対側に回った。
……寝てる。
寝ている。あの寺崎が。いつも不機嫌そうな顔をして出迎えている寺崎が、気持ちよさそうに寝ている。
「おぉ……」
予想だにしていなかった出迎えに、荒垣の口から何か感動したような声が出る。寺崎の人間っぽいところを初めて見たような気がする。
すると、荒垣の声に反応したのか、寺崎の瞼が震える。まだ完全な眠りについてはいなかったらしい。
寺崎は僅かに開いた目で荒垣の姿を捉えると、

ふっと、優しげに微笑んだ。

「いつもそのくらい静かに入って来ればいいんだけどな」
優しげな声とは裏腹に、寺崎はいつも通りの小さな悪態をつく。いつもなら悪態に噛み付く荒垣だったが、今はそれどころではなかった。
「ふぁ、ぁ!?」
荒垣は奇妙は悲鳴を上げながら後退り、背後の金属ラックに背をぶつけた。
普段はスカした態度や苛立った雰囲気をしていて気にしていなかったが、寺崎の顔は美形の部類に入る。そんな寺崎が微笑む姿を荒垣は初めて見た。
美形が寝起きに微笑む姿の破壊力は、容姿の良し悪しに鈍感な荒垣すら動揺させるものだった。
ただでさえ寺崎が微笑むというレアイベントは荒垣を混乱させるには十分だったというのに、寝起きの色気が加わってしまえば荒垣の動揺は最高点に達する。
元々バカだなんだと揶揄される荒垣の頭は明確な言葉の発し方すら忘れてしまった。しかも心臓がバクバクと音を立てておさまらない。まるで、そう言う楽器にでもなったようだ。
金属ラックに張り付いてプルプルと震える不審な荒垣の様子には気付かず、寝起きの寺崎は座ったまま天井に腕を伸ばして伸びをする。
「んっ……あー……久しぶりに静かに寝れた…………何してるんだお前」
やっと様子がおかしい荒垣に気がついた寺崎は、もういつも通りの様子だった。いや、いつもより機嫌は良いかもしれない。
いつもの寺崎を見て、少し落ち着いた荒垣は、力を抜きながら問いかけた。
「寺崎も……昼寝とかするんだな」
「ん?昼寝はいつもしてる」
「う、嘘つけ!俺はしてるとこなんて見た事ない!」
「お前が騒音を立ててここに突撃してくるからな。寝れるかよ」
いつもはこの準備室で昼寝をしているが、ここ数日は荒垣が騒がしく入室してくる為途中で目が醒めていた、そうだ。今日は静かに入室してきた為、心地よい眠りに浸ることができたらしい。
寝ていたなんて知らなかった。だからいつも機嫌が悪かったのか。
「寝てたならそう言えばいいじゃん」
「お前に言ったところで無駄だろ」
「そんなことねーし!」
「あるっての。今まで散々静かにしろって言ってたのに騒がしくしやがって」
すっかりいつもの寺崎に戻り、荒垣もいつもの調子を取り戻す。
張り付いていたラックから身を離し、長机に座る。寺崎の眉間にシワがよるけれど、何度注意されても荒垣はやめなかったのでもう注意されることはない。完全に諦められている。
「で?なんで今日に限って静かに入ってきた?」
「え?んー……忘れた!」
「なんだそれ」
「そういえば寺崎って口悪いよな。実際は俺たちと同じ不良なんじゃねーの?」
「学年成績2位の不良がいるかよ」
「2位!?1位は!?」
「4組の大山」
「知らねー」
その後もまだ寝る時間があるにもかかわらず、寺崎は荒垣の雑談に昼休憩が終わるまで付き合った。
結局雑談だけして帰ってしまった事に荒垣が気がついたのは帰宅した後だった。

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