4 / 22
変化
しおりを挟む
その次の日、荒垣は不意を突く為に、音を立てぬように静かに入室した。
いつもはどれだけ文句を言われようと騒がしく入室していたのだが、これも今度こそ表に引っ張り出す為だ。不意をついたところでどうするかは特に考えていないが……その場の勢いでどうにかするつもりだ。荒垣はバカだった。
しかし、入室した瞬間、荒垣は呆気に取られた。
寺崎はパイプ椅子に座り、部屋に唯一ある長机に突っ伏している。こんな様子は初めて見る。
「……寺崎?」
おそるおそる寺崎に近づけば、緩やかに肩が上下している。頭は荒垣の方に後頭部を向けているので、音を立てぬように反対側に回った。
……寝てる。
寝ている。あの寺崎が。いつも不機嫌そうな顔をして出迎えている寺崎が、気持ちよさそうに寝ている。
「おぉ……」
予想だにしていなかった出迎えに、荒垣の口から何か感動したような声が出る。寺崎の人間っぽいところを初めて見たような気がする。
すると、荒垣の声に反応したのか、寺崎の瞼が震える。まだ完全な眠りについてはいなかったらしい。
寺崎は僅かに開いた目で荒垣の姿を捉えると、
ふっと、優しげに微笑んだ。
「いつもそのくらい静かに入って来ればいいんだけどな」
優しげな声とは裏腹に、寺崎はいつも通りの小さな悪態をつく。いつもなら悪態に噛み付く荒垣だったが、今はそれどころではなかった。
「ふぁ、ぁ!?」
荒垣は奇妙は悲鳴を上げながら後退り、背後の金属ラックに背をぶつけた。
普段はスカした態度や苛立った雰囲気をしていて気にしていなかったが、寺崎の顔は美形の部類に入る。そんな寺崎が微笑む姿を荒垣は初めて見た。
美形が寝起きに微笑む姿の破壊力は、容姿の良し悪しに鈍感な荒垣すら動揺させるものだった。
ただでさえ寺崎が微笑むというレアイベントは荒垣を混乱させるには十分だったというのに、寝起きの色気が加わってしまえば荒垣の動揺は最高点に達する。
元々バカだなんだと揶揄される荒垣の頭は明確な言葉の発し方すら忘れてしまった。しかも心臓がバクバクと音を立てておさまらない。まるで、そう言う楽器にでもなったようだ。
金属ラックに張り付いてプルプルと震える不審な荒垣の様子には気付かず、寝起きの寺崎は座ったまま天井に腕を伸ばして伸びをする。
「んっ……あー……久しぶりに静かに寝れた…………何してるんだお前」
やっと様子がおかしい荒垣に気がついた寺崎は、もういつも通りの様子だった。いや、いつもより機嫌は良いかもしれない。
いつもの寺崎を見て、少し落ち着いた荒垣は、力を抜きながら問いかけた。
「寺崎も……昼寝とかするんだな」
「ん?昼寝はいつもしてる」
「う、嘘つけ!俺はしてるとこなんて見た事ない!」
「お前が騒音を立ててここに突撃してくるからな。寝れるかよ」
いつもはこの準備室で昼寝をしているが、ここ数日は荒垣が騒がしく入室してくる為途中で目が醒めていた、そうだ。今日は静かに入室してきた為、心地よい眠りに浸ることができたらしい。
寝ていたなんて知らなかった。だからいつも機嫌が悪かったのか。
「寝てたならそう言えばいいじゃん」
「お前に言ったところで無駄だろ」
「そんなことねーし!」
「あるっての。今まで散々静かにしろって言ってたのに騒がしくしやがって」
すっかりいつもの寺崎に戻り、荒垣もいつもの調子を取り戻す。
張り付いていたラックから身を離し、長机に座る。寺崎の眉間にシワがよるけれど、何度注意されても荒垣はやめなかったのでもう注意されることはない。完全に諦められている。
「で?なんで今日に限って静かに入ってきた?」
「え?んー……忘れた!」
「なんだそれ」
「そういえば寺崎って口悪いよな。実際は俺たちと同じ不良なんじゃねーの?」
「学年成績2位の不良がいるかよ」
「2位!?1位は!?」
「4組の大山」
「知らねー」
その後もまだ寝る時間があるにもかかわらず、寺崎は荒垣の雑談に昼休憩が終わるまで付き合った。
結局雑談だけして帰ってしまった事に荒垣が気がついたのは帰宅した後だった。
いつもはどれだけ文句を言われようと騒がしく入室していたのだが、これも今度こそ表に引っ張り出す為だ。不意をついたところでどうするかは特に考えていないが……その場の勢いでどうにかするつもりだ。荒垣はバカだった。
しかし、入室した瞬間、荒垣は呆気に取られた。
寺崎はパイプ椅子に座り、部屋に唯一ある長机に突っ伏している。こんな様子は初めて見る。
「……寺崎?」
おそるおそる寺崎に近づけば、緩やかに肩が上下している。頭は荒垣の方に後頭部を向けているので、音を立てぬように反対側に回った。
……寝てる。
寝ている。あの寺崎が。いつも不機嫌そうな顔をして出迎えている寺崎が、気持ちよさそうに寝ている。
「おぉ……」
予想だにしていなかった出迎えに、荒垣の口から何か感動したような声が出る。寺崎の人間っぽいところを初めて見たような気がする。
すると、荒垣の声に反応したのか、寺崎の瞼が震える。まだ完全な眠りについてはいなかったらしい。
寺崎は僅かに開いた目で荒垣の姿を捉えると、
ふっと、優しげに微笑んだ。
「いつもそのくらい静かに入って来ればいいんだけどな」
優しげな声とは裏腹に、寺崎はいつも通りの小さな悪態をつく。いつもなら悪態に噛み付く荒垣だったが、今はそれどころではなかった。
「ふぁ、ぁ!?」
荒垣は奇妙は悲鳴を上げながら後退り、背後の金属ラックに背をぶつけた。
普段はスカした態度や苛立った雰囲気をしていて気にしていなかったが、寺崎の顔は美形の部類に入る。そんな寺崎が微笑む姿を荒垣は初めて見た。
美形が寝起きに微笑む姿の破壊力は、容姿の良し悪しに鈍感な荒垣すら動揺させるものだった。
ただでさえ寺崎が微笑むというレアイベントは荒垣を混乱させるには十分だったというのに、寝起きの色気が加わってしまえば荒垣の動揺は最高点に達する。
元々バカだなんだと揶揄される荒垣の頭は明確な言葉の発し方すら忘れてしまった。しかも心臓がバクバクと音を立てておさまらない。まるで、そう言う楽器にでもなったようだ。
金属ラックに張り付いてプルプルと震える不審な荒垣の様子には気付かず、寝起きの寺崎は座ったまま天井に腕を伸ばして伸びをする。
「んっ……あー……久しぶりに静かに寝れた…………何してるんだお前」
やっと様子がおかしい荒垣に気がついた寺崎は、もういつも通りの様子だった。いや、いつもより機嫌は良いかもしれない。
いつもの寺崎を見て、少し落ち着いた荒垣は、力を抜きながら問いかけた。
「寺崎も……昼寝とかするんだな」
「ん?昼寝はいつもしてる」
「う、嘘つけ!俺はしてるとこなんて見た事ない!」
「お前が騒音を立ててここに突撃してくるからな。寝れるかよ」
いつもはこの準備室で昼寝をしているが、ここ数日は荒垣が騒がしく入室してくる為途中で目が醒めていた、そうだ。今日は静かに入室してきた為、心地よい眠りに浸ることができたらしい。
寝ていたなんて知らなかった。だからいつも機嫌が悪かったのか。
「寝てたならそう言えばいいじゃん」
「お前に言ったところで無駄だろ」
「そんなことねーし!」
「あるっての。今まで散々静かにしろって言ってたのに騒がしくしやがって」
すっかりいつもの寺崎に戻り、荒垣もいつもの調子を取り戻す。
張り付いていたラックから身を離し、長机に座る。寺崎の眉間にシワがよるけれど、何度注意されても荒垣はやめなかったのでもう注意されることはない。完全に諦められている。
「で?なんで今日に限って静かに入ってきた?」
「え?んー……忘れた!」
「なんだそれ」
「そういえば寺崎って口悪いよな。実際は俺たちと同じ不良なんじゃねーの?」
「学年成績2位の不良がいるかよ」
「2位!?1位は!?」
「4組の大山」
「知らねー」
その後もまだ寝る時間があるにもかかわらず、寺崎は荒垣の雑談に昼休憩が終わるまで付き合った。
結局雑談だけして帰ってしまった事に荒垣が気がついたのは帰宅した後だった。
1
お気に入りに追加
52
あなたにおすすめの小説
家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
有能社長秘書のマンションでテレワークすることになった平社員の俺
高菜あやめ
BL
【マイペース美形社長秘書×平凡新人営業マン】会社の方針で社員全員リモートワークを義務付けられたが、中途入社二年目の営業・野宮は困っていた。なぜならアパートのインターネットは遅すぎて仕事にならないから。なんとか出社を許可して欲しいと上司に直談判したら、社長の呼び出しをくらってしまい、なりゆきで社長秘書・入江のマンションに居候することに。少し冷たそうでマイペースな入江と、ちょっとビビりな野宮はうまく同居できるだろうか? のんびりほのぼのテレワークしてるリーマンのラブコメディです
年上の恋人は優しい上司
木野葉ゆる
BL
小さな賃貸専門の不動産屋さんに勤める俺の恋人は、年上で優しい上司。
仕事のこととか、日常のこととか、デートのこととか、日記代わりに綴るSS連作。
基本は受け視点(一人称)です。
一日一花BL企画 参加作品も含まれています。
表紙は松下リサ様(@risa_m1012)に描いて頂きました!!ありがとうございます!!!!
完結済みにいたしました。
6月13日、同人誌を発売しました。
キンモクセイは夏の記憶とともに
広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。
小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。
田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。
そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。
純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。
しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。
「俺になんてもったいない!」
素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。
性描写のある話は【※】をつけていきます。
漢方薬局「泡影堂」調剤録
珈琲屋
BL
母子家庭苦労人真面目長男(17)× 生活力0放浪癖漢方医(32)の体格差&年の差恋愛(予定)。じりじり片恋。
キヨフミには最近悩みがあった。3歳児と5歳児を抱えての家事と諸々、加えて勉強。父はとうになく、母はいっさい頼りにならず、妹は受験真っ最中だ。この先俺が生き残るには…そうだ、「泡影堂」にいこう。
高校生×漢方医の先生の話をメインに、二人に関わる人々の話を閑話で書いていく予定です。
メイン2章、閑話1章の順で進めていきます。恋愛は非常にゆっくりです。
俺の体に無数の噛み跡。何度も言うが俺はαだからな?!いくら噛んでも、番にはなれないんだぜ?!
汀
BL
背も小さくて、オメガのようにフェロモンを振りまいてしまうアルファの睟。そんな特異体質のせいで、馬鹿なアルファに体を噛まれまくるある日、クラス委員の落合が………!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる