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6.貴方を救う決断

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 その夜、リディアは夜番に駆り出されていた。
 家に帰って眠れそうにもなかったしちょうど良かった。
 脳裏にはクライヴ王子の病室で起こったことがずっとぐるぐると渦巻いていた。

「私だけがクライヴ様を治療できるなんて言われても……」

 自分の聖女の力“だけ”が王子の身体を治せる可能性があるのだという。
 最初に聞いたとき少しだけ嬉しかった。

 今まで蔑まれてきた力が人の役に立つのかもしれないと。
 だけど、治療をすれば王子を危険にしてしまうと言われ、一瞬で冷水を浴びせかけられた。

(無理だ……できるはずが無い)

 そう思ってしまう。
 自分の聖女の力は人の皮膚を焼き、腐らせてしまう。
 王子にそんな危険を冒させ、もし命の危険にさらしてしまえば。
 これは自分ひとりの責任に収まらない。

 家族にも、シスター・ヴィエラにも迷惑が及ぶだろう。

(断ってしまったほうが……)

 そう無意識に思っていたのだろうか。

「あ……どうして、ここに」

 リディアがはっと思案から覚めると、そこはクライヴ王子の部屋の前だった。
 慌てて踵を返そうとするが、王子の部屋から反応があった。

「その声、昼間の娘だな。入れ」

 独り言が扉の向こうに聞かれてしまったらしい。

「ッ……はい」

 拒否できるはずもなく、リディアは部屋に入った。
 部屋に足を踏み入れるとそこは、ぽつんと人の気配が一人だけした。
 全く警備の兵がおらず、たった一人――?
 驚いてそこに手に持ったランプの光を向けた。
 ランプのか細い火の向こうから、漆黒の瞳がこちらを射抜いた。

「……決めたぞ、“悪魔の聖女”よ」

 光の先にはクライヴ王子がいた。
 変わらずベッドに横たわりながら、その瞳が決意に燃えていた。
 決めた――と、クライヴが告げる。
 リディアは身構えた。
 何を決断したのか、痛いほど伝わってくる。

「俺をもう一度立ち上がらせてくれ……できるのだろう? 悪魔のお前ならば」

 強い意志をもって、王子は治療を望んでいた。
 こうなると薄々思っていた。
 だがそれを受けることは出来ない。
 修道院で悪魔と蔑まれた経験が、リディアから自信をなくしていた。

「貴方は、死ぬような目にあってまでなお、戦うことを求めますか……」

 なんとしても断らねば、とリディアは決意を固めた。
 断る前提の冷たい口調で口を開く。

 そして暗闇で、二人の問答が開始された。
 暫く対話が続く。いくら拒絶しても王子は引き下がらなかった。
 そんな風に話を続ける中で、不意にリディアはある疑問をいだいてしまった。

「クライヴ様……貴方がお命じになれば私は断れませぬ。なぜ……『願う』などとおっしゃるのです」

 クライヴの口調は常に、リディアを対等に見た「依頼」という形であった。
 それがリディアには疑問だった。
 相手は王族であり、自分は臣下である。命令という形なら断りようがないのだ。
 
「……!」
 
 それはクライヴは自分でも気づいていなかったらしい。
 虚を付かれ、クライヴも黙した。
 しばらく思案したあと、クライヴはふっと顔をほころばせた。

「さてな……。わからぬが、お前に命令したくはない」

 信じられないくらい優しい声で――クライヴはそう告げた。

「……ッ」

 ずどん、と胸を撃ち抜かれたような錯覚が奔った。
 リディアの顔が熱くなった。

 その言葉を受け止めてしまったリディアはなぜか、負けたと思った。
 そしてもう、治療を断れないと思った。
 それはリディアの人生で初めて、何かを成してくれと人に願われたことでもあった。

(治療をするかどうかは貴女が決めなさい)

 シスター・ヴィエラの言葉が不意に蘇った。

(ああこれが……決めるということなのか……)

 リディアはシスター・ヴィエラの言葉を噛み締めた。
 決断をするということの実感が不意に湧いてきた。
 断るという選択肢が最初からなかったかのような気分だ。 
 本当に大切なことを決める時とは、こういうことなのかもしれない。
 
「……王家の方のご下命に、否やはありませんね」

 リディアの心は少しずつ前を向き始めていた。

「貴方は悪魔に願ったのです……決して後悔なさいませぬよう」
 
 言葉には不安を残しながら、それでもリディアは肯定の言葉を口にしていた。
 それに自分でも驚きながら、無意識のうちに角を押さえた。
 こらえきれなくなってリディアは踵を返した。
 
「……失礼します」
 
 か細い声で告げ、そのまま部屋を出る。
 部屋から出た瞬間に足の力が抜けてしまい、そのまま床に座り込んでしまった。
 ばくばくと、痛いほど心臓が高鳴っている。

(私はもう逃げられないな)

 角から手をおろし、リディアは高鳴る胸を抑えた
 目を閉じてもクライヴの顔ばかり思い浮かぶ。
 その度に何度も冷たい夜の空気を吸い込んで、頭を冷やした。
 乱れた息を整えながらリディアの心中ではもう覚悟が決まりつつあった。


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