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第二章 危険な依頼と怪しい依頼人

危険すぎる奪還ミッション〜エスケープ〜

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あれから千影さんの言う通り、ここ数日龍ヶ崎どころか千影さんやその他の人の姿を見ることはなかった。
おかげで真っ直ぐ家に帰れるものの、ここ最近ずっと騒がしかったのもあってかかなり静かに感じる。
依頼に集中出来るから大助かりだけど。
なにしろ明日は依頼の決行日である。千崎家のセキュリティの解析が済んだという報告を影山さんから貰ったのは昨日のことだ。

潜入時と箱の持ち出し、逃走経路の算段をつけてシュミレートし、解散したのはお店の閉店時間から一時間過ぎた頃だった。
なんとか当日の動きを決めたが、影山さんの指示に正直不安が残る。
箱を手にしたらそのまま真っ直ぐ裏口へ向かえ、だなんていくらなんでも短絡的すぎる。
厳重なセキュリティの中だ。
様々なシステムが作動して閉じ込められる可能性だってある。
いくら特殊能力を持つおれとはいえど閉じ込められてしまったらどうにも出来ない。
バレたらどうするのかと問うと影山さんは得げに「問題ねぇ」と口角を上げるだけだった。
しかも影山さんは箱を受け取るために外で待機しているという。

「ま、箱さえ持ち出せればアンタの勝ちだ。よろしく頼むよ、御子柴さん?」

そう言っていた影山さんの表情に不安の色は見えなかった。
今あれこれ考えても仕方ないよな。
なるようにしかならないか、とおれは早々にベッドに潜ったのだった。


ーーーーーーーー

翌日。
おれは千崎の家に向かう前に忘れ物がないか最終チェックをする。
耳にはピアス型のインカムを着け、胸ポケットにブローチ型の小型カメラを装着。
これは全て影山さんが用意してくれたものだ。
ウエストポーチには手袋とビー玉を忍ばせているし問題はないはず。
おれは忘れ物がないことを確認して家を出た。
千崎の家近くの路地裏まで行くと少し立ち止まる。
確かここで千影さんがパソコンを持って待機してるはずだ。
おそらくそこが人からもカメラからも死角になるんだろう。
おれの周囲の様子は小型カメラから影山さんのパソコンで見れるようになっている。
よし、行くか。
おれは気合いを入れ直して千崎家に向かった。


千崎の家に着くと前回同様チャイムを鳴らす前に千崎が門を開ける。
やっぱりこの辺はしっかり監視されているようだ。

「歩夢くんいらっしゃい~」

今日も今日とてにこやかな表情で千崎はおれを迎える。
ドアを開けると前回と同じように二人の使用人が控えていた。
千崎の部屋に入るとそこには前回入ったときにはなかった高級そうな宝石があしらわれたアクセサリーや短剣、食器などが多数置かれていた。
確かどれもこれも千崎の機嫌を取るために見てみたい、気になる、もっと聞かせてほしいと言った品ばかりだ。
コレクション部屋から持ち出したんだろうか。
見たいと言ったのはおれだけど、なんかこう……。うん、正直興味ない。

「あぁそれね、前に歩夢くんが来た時に興味示してたでしょ?だからよく見れるように持ってきたよ」

「……気になってたので嬉しいです!」

おれは興味がある素振りを見せてコレクションに近付いた。
これ売ったらいくらすんだろ……?
知識がないおれにはそんな感想しか思い浮かばない。
千崎はコレクションを眺めるおれの後ろに立ち、スルリと抱き寄せるように腕を肩に乗せてくる。
軽くあしらおうと思ったが思いの外力が強く、そのまま抱き寄せられてしまった。

「あの……?」

「歩夢くんは抱き心地がいいね」

「え、ちょ……!」

何を言い出すかと思えばそのまますぐ側にあった天蓋付きベッドに引き摺り込まれる。
急なことに動揺しているとおれに覆いかぶさった千崎がニヤリと口角を上げた気がした。

「歩夢くん、知り合ったばかりの人の家にホイホイと行くものじゃないよ?」

千崎は右手でおれの両腕を拘束し、そのままおれの上着に手を伸ばす。
こんな展開どこかで……って、もしかしてこれヤバいやつ……!?
頭に浮かぶのはとある変態痴漢傲慢男の顔。
アイツのせいでこの後の展開が読めてしまう。
なんでおれのとこに痴漢男ばっかり寄って来るんだよ……!
本来ならここで思いっきり千崎の腹を蹴り上げてやりたい。
しかしそうすればこれまでの計画が水の泡だ。
とはいえ、今のこの状況じゃ動きを止めて逃げた所でコレクション部屋に直行できる訳じゃない。
もし借りに直行出来てもすぐに追いつかれて終わりだ。
使い所を考えないと。
そうこう悩んでいるうちに千崎がおれの上着を捲り上げて行く。
仕方ない。こうなりゃ手の拘束緩んだ隙をついて、逃げ出すしか……。

ーーーーコンコンコン
逃げの算段を付けていると部屋のドアをノックする音が聞こえた。

「渉様、渉様にお客様です」

ドアの外から使用人らしき人の声が聞こえてきた。
これにはさすがに千崎も手を止めて応じる。
助かった、のか?

「俺今来客中だから帰ってもらってよ」

「なにぶん急ぎの用事とのことでして……」

「しょーがいないなぁ」

千崎は渋々ながらもおれから手を離してベッドから降りた。
簡単に衣服の乱れを直すと千崎はドアへ向かう。

「俺は少し出てくるから大人しく待っててね」

千崎ははにかみながらそう告げると部屋を出て行った。
なんだか知らないが助かった。
おれはとりあえず立ち上がって乱れた衣服を直す。
最初にハニートラップを仕掛けようとしたのはおれだけどいざこうなると焦るもんだな。

『おい、なにボサッとしてるんだ。今がチャンスだろ』

耳元の小型インカムから影山さんの声が聞こえてきてハッとする。
そうだ、千崎がいつ戻ってくるかわからない。
なら今のうちに……。
確かここに仕舞っていたはず。……ビンゴだ。
おれはベッド横にある引き出しの二段目から鍵の束を取り出してポケットにしまう。
千崎の行動をよく観察しておいてよかった。
そしておれはゆっくり音が出ないように部屋のドアを開ける。
辺りを見回して人影が周辺にないことを確認して部屋を出てコレクション部屋のある方へ歩き出した。
少し歩くと例の鉄の扉が見える。確かここには監視カメラがあるはずだ。
少し立ち止まって胸元にある小型カメラに向かってハンドサインを出す。

『了解。……OKだ。今周辺の監視カメラの映像を十分前のもの切り替えた。制限時間は十分だ』

「了解しました」

おれは小声で返事をして手袋をしながら扉に近付く。
おそらく影山さんがしたのはハッキングだろう。
けど深く突っ込むようなことはしない。
それがお互いの契約条件だからだ。

『次はそのタッチパネルのナンバーだ。オレの言う通りに入力しろ』

「はい」

『BB85X0TNRP52』

言われた通り順に文字を打っていくとパネルに『OK』の文字が表示される。
そして扉がゆっくり音を立てて開いた。
思っていたよりも扉が開く音が響いて不安になりながら辺りをキョロキョロと見回す。
しかし誰も気付いていないようだ。おれは生唾を飲んで一歩踏み出した。
前も見たけどやっぱりすごい数の銃だ。
コレクションって言ってたけどこれはもはや武器庫だ。
無駄に広い部屋の中おれは迷いのない足取りで部屋の隅にあるショーケースの元へ向かう。
中に入っている黒い箱は先日見た時と同じ状態で置かれていた。
箱が開けれないって言ってたからまだ開けれてないのかもしれない。
そのショーケースのロックは他の物よりも厳重で、金庫とかでよく見るダイヤル式ロックの中にタッチパネルがあるのが見える。

『そのロックは右に67、左に20、右48、左34だ』

影山さんの指示通りにダイヤルを回すとカチッと音がする。
鍵の束を取り出して一つ一つ差し込んでいく。
これも違う、これも合わない、これでもない。……よしこれだ。
鍵を回して扉を開ける。
次はタッチパネルだ。

『そこは54277_06だ』

入力し終えるとピーという電子音とともにショーケースが開かれた。
すぐさま黒い箱を手に取りウエストポーチにしまい込む。
あとはここから無事脱出すれば成功だ。
さすがに鍵を元のところに戻す余裕はないな。
おれは開けたショーケースや扉を閉め、鍵を置いて部屋を出る。
その瞬間、遠くの廊下から足音が聞こえてきた。
千崎か使用人か。どちらにしろここで鉢合わせるわけにはいかない。

『急げあんまり時間はないぞ』

おれは足音を立てないように左へ向かって駆け出した。
突き当たりを左に曲がれば裏口だ。その先で影山さんが待機してるはず。
長い廊下を走り、裏口が見えてきたという所で背後が騒がしくなる。
遠くの方で「御子柴様っ!」と呼ぶ声が聞こえた。
ヤバい、見られた……!
バレたのかはわからないが複数の足音がこちらに向かって来ているので追われているのは確かだ。
走るスピードを上げようと力んだ瞬間、何か踏んだような感触と共にカチッと音がする。
刹那、耳元で空を切るような音と同時に何かが飛んでくる。それをすんでのところで躱し足を止めた。
矢……!?
床に突き刺さった一本の矢が目に入り背筋が凍る。
驚いていたのも束の間、裏口横の扉から千崎の使用人らしき人が現れた。
千崎の側によくいる使用人たちとは違って体格のいい男の人だ。

「御子柴様、こちらは渉様の部屋ではございませんよ」

平然とした口調だがおれのことを捕まえる気満々といった体勢だ。
男は素手だが力じゃ勝てないかもしれない。どうするか悩んでいると後ろから使用人達も追いついてくる。
後ろからは複数の使用人達、目の前には一人の男。
万事休すかと思われるこの状況。
けど、おれはおれの能力はこういう状況の方が有用なんだよ!
おれはウエストポーチに隠し持っていたビー玉を大量に取り出す。
普通ならこれを投げたところでたいした威力にはならないだろう。
でもおれなら……。
おれは指先に神経を集中させ、ビー玉一つ一つに念を込める。
そして使用人達へ向かって思い切り投げる。放たれたビー玉は規則的な動きで使用人達へ向かい、そのまま顔面へとぶつかった。

「ぐっ……!」

使用人達の足が一斉に止まる。
よし、当たった!
しかし目の前の男がおれの腕を掴み拘束する。
おれは左手に残っていたビー玉をそのまま男の足元へ転がした。
ビー玉を踏んだ男が少しバランスを崩す。
それを逃さずおれは男を念を込めて“睨んだ”。
動けなくなった男はそのままその場に倒れ込む。
おれは拘束から抜け出して裏口へと一目散に走り出す。
外だ……!
あとは箱を影山さんに渡せばーーーー。
その瞬間、パァンッと耳をつんざく音が周辺に響き渡った。
反射的に振り返ると使用人達がハンドガンを構えていた。
今の一発は威嚇用だったのか狙いはかなり外れている。
そして間髪入れずに二発目、三発目が飛んでくる。
当たりはしないもののこれは怖すぎる……!
聞いてない、聞いてないぞ、こんなん!
ここ日本だぞ!?
とにかくここから逃げないと……!
恐怖で足がすくみながらも前を向いて駆け出した先にいたのは影山さんではなく、龍ケ崎だったーーーー。
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