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第二章 最高の幕の下ろし方
第三十五話 明日の街で─1
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ここはパルーシブ商店街の中にある、大衆酒場『太陽港』。
夜に賑わうこの場所で、一つのテーブルに向き合って座る男達の姿があった。
「いやー今日は忙しかったね。私にとっても君にとっても」
「忙しいのは当たり前さ。なにせお前の力を借りなくちゃならないほどになったんだからな」
最初に話しかけた男の名はリシュフォール。これでも王公貴族の一員であり、大衆酒場のような所とは基本無縁である。
もう一人の男はネロ。現在『太陽港』では、店舗を貸しきって打ち上げが行われている。その催しにリシュフォールは誘われたという形だ。
「にしても、こんな騒がしい所で夕食を摂るのは久しぶりだよ。いつもお偉いさんと向き合ったり、使用人が目を光らせているような場所で食べてるからね」
「貴族とはそういうものだろう。それとも、料理が口に合わないと遠回しに嫌味を言ってるのか?」
「まさか。私が好きなのはどちらかと言えば、こう言った所で食べられる料理だよ。いつも食わされるのは、値段のわりに量が少なくて不満なんだ」
「『高い料理とは、大きな皿に小さく盛り付けられた料理の事だ』と、どこかの誰かが言っていたな。僕も食事は、安い値段で腹一杯に満たしたいと思う」
「その点について一致するとは。さすが私の友と言っておこうか」
「君の友となった覚えは無い……ま、意見が一致するのは認めよう」
そんな雑談から始まった会話は、夕方のルソー婦人の店で起きた事に移った。
「それにしても、まさか君に頼み事をされるとは思わなかった。『王公貴族の権力で、探してほしい人がいる』と連絡を受けたときは、流石の私も眉をひそめたよ」
「ほう、それまたどうして?」
「だって君、私の事が嫌いだろう?」
「…………」
ネロは呆気にとられた顔でリシュフォールを見た。その顔を見てリシュフォールも、表情を困惑させる。
「……どうした?」
「いや……自覚があったのかと思って……」
なんだそんな事かと言わんばかりに、リシュフォールは肩を大袈裟にすくめる。
「そんな事は君の言動からすぐに分かるさ。むしろ分からない方が問題だろう。どれだけ鈍感なんだ!!って」
「あぁ……そうだな」
目の前の男に、察しという機能が備わっていたこと。そしてそれが正常に作動していたことにネロは安心感を覚えた。
「しかしそれだとなお分からない。そこまで分かっていて、何故君は僕を友と呼ぶ?」
「それはあれだよ。河原で夕日を背景に殴り遭いの喧嘩をした者達が、その後お互いを称えあうのと同じさ」
「……君の場合、不登校の生徒宅を何度も訪ねる同級生と言った方が正しい気がするよ」
ネロの意見は至極的確だった。
「いやそんな事を議論するんじゃあない。別の話題にすり替えてどうする」
「おっとそうだった。私としたことがついうっかり」
頭をぺしっと叩いて、リシュフォールは話を戻す。
「それはそれとして、人探しはどちらかと言えば君の本分じゃないか。なのに君は僕を頼ってきた。それに探してほしいというのが──」
「あぁ……」
その次の言葉をネロが引き継ぐ。
「エタトスへ連れられた、ルソーさんの娘さん、だからな」
今回ルソー婦人の元へやって来た客人・クローネ。しかし彼女の本名はクローネではない。より正確に言えば、彼女には『実親がつけた』という意味の名前は無い。
彼女が幼少期に名乗っていた名前はサンシア。
すなわち、ルソー婦人の元から離れ、死んだと思われていた娘だった。
そもそもネロは、ルソー婦人の話を聞いた時から「サンシアは死んでないのでは?」という疑問を抱いていた。
もし死んだのならば、一報ぐらい届けても良いはず。例え死体が残らず、遺品すら無かったとしても。
更に言えば、エタトスが意識的にそうしなかった場合、その理由が分からなかった。死者に敬意を表し、敬い弔うといった精神は、形に差違はあれど基本どこでも同じである。なのでエタトスの行いは、国際社会の反感を買うのではと、ネロは判断した。
そこで彼は、リシュフォールを介して内部から、さらに知り合いの情報屋等も通して、外部からも調べることにした。
結果──サンシアは現在クローネへと名前を変え、エタトスの中心部から離れた所で暮らしているのが判明した。
「それにしても……何故彼女はあんなところで暮らしていたんだ? 血は繋がっていないとはいえ、育ててくれた親に連絡もとらずに」
「……さぁな。でも何か理由があるのかもしれない。なにせ彼女は、勇者の適性があると言われて連れていかれたんだ」
「ふむ……」
皿の上のフライドポテトに手を伸ばしながら、リシュフォールが尋ねる。
「……彼女がルソー婦人と会っても、親子であることを明かさなかったのも、何か理由があるのか……?」
「あぁ……どうにもきな臭くなってきた」
クローネは既に、リシュフォールの用意した宿で休んでいる。明日の朝には、トリンティアを発つことになっていた。
「まぁ、どんな事が待ち受けていようが、僕のやることは一つだ」
「ほう、というと?」
「クローネ、いや──サンシアをルソーさんの元へと帰す。今度はこんな裏手口ではなく、正面から堂々と」
決然とした態度で言うネロに、リシュフォールはやれやれとする。
「全く君は──そうやって色々抱え込みすぎてないか?」
「そんな事は無い。それは思い違いだ」
「どうだか。現に今も、君の事務所で一人抱えてる少女がいるだろう?」
「……舞の事か?」
ネロの耳がピクリと動いた。
「君が他人を見過ごせないタチなのは分かる。だが、それが必ずしも、君に良い影響を与えるとも限らない。自己犠牲は尊い行いかもしれないが、続けた先にあるのは自滅だよ」
「……その辺の匙加減は僕もわきまえてるさ」
そう言うネロの言葉の語尾に若干の震えがあったことにリシュフォールは気づいたが、あえて気づいていないフリをした。
「……まあいい。君がそう言うなら、そう言うことにしておこう。そろそろ僕はおいとまするよ。明日も早いんだ」
「そうか。すまないな、夜遅くまで付き合わせて」
「礼なんかいい。それより──」
リシュフォールがネロへと向き直り、不適な笑みを浮かべた。
「あの件──了承するという事で良いんだね?」
「……あぁ。借りは必ず返す」
苦々しい顔で答えるネロに、リシュフォールはさらに笑った。
「では今日はこの辺で。君の新しい助手の子にも、よろしくと伝えてくれ」
言いながら店を出ていくリシュフォールの背中を見送ったあと、ネロは一人息をついた。
「王室か──」
「また──面倒なことになりそうだな」
ネロのその呟きを聞いた者は、誰もいなかった。
夜に賑わうこの場所で、一つのテーブルに向き合って座る男達の姿があった。
「いやー今日は忙しかったね。私にとっても君にとっても」
「忙しいのは当たり前さ。なにせお前の力を借りなくちゃならないほどになったんだからな」
最初に話しかけた男の名はリシュフォール。これでも王公貴族の一員であり、大衆酒場のような所とは基本無縁である。
もう一人の男はネロ。現在『太陽港』では、店舗を貸しきって打ち上げが行われている。その催しにリシュフォールは誘われたという形だ。
「にしても、こんな騒がしい所で夕食を摂るのは久しぶりだよ。いつもお偉いさんと向き合ったり、使用人が目を光らせているような場所で食べてるからね」
「貴族とはそういうものだろう。それとも、料理が口に合わないと遠回しに嫌味を言ってるのか?」
「まさか。私が好きなのはどちらかと言えば、こう言った所で食べられる料理だよ。いつも食わされるのは、値段のわりに量が少なくて不満なんだ」
「『高い料理とは、大きな皿に小さく盛り付けられた料理の事だ』と、どこかの誰かが言っていたな。僕も食事は、安い値段で腹一杯に満たしたいと思う」
「その点について一致するとは。さすが私の友と言っておこうか」
「君の友となった覚えは無い……ま、意見が一致するのは認めよう」
そんな雑談から始まった会話は、夕方のルソー婦人の店で起きた事に移った。
「それにしても、まさか君に頼み事をされるとは思わなかった。『王公貴族の権力で、探してほしい人がいる』と連絡を受けたときは、流石の私も眉をひそめたよ」
「ほう、それまたどうして?」
「だって君、私の事が嫌いだろう?」
「…………」
ネロは呆気にとられた顔でリシュフォールを見た。その顔を見てリシュフォールも、表情を困惑させる。
「……どうした?」
「いや……自覚があったのかと思って……」
なんだそんな事かと言わんばかりに、リシュフォールは肩を大袈裟にすくめる。
「そんな事は君の言動からすぐに分かるさ。むしろ分からない方が問題だろう。どれだけ鈍感なんだ!!って」
「あぁ……そうだな」
目の前の男に、察しという機能が備わっていたこと。そしてそれが正常に作動していたことにネロは安心感を覚えた。
「しかしそれだとなお分からない。そこまで分かっていて、何故君は僕を友と呼ぶ?」
「それはあれだよ。河原で夕日を背景に殴り遭いの喧嘩をした者達が、その後お互いを称えあうのと同じさ」
「……君の場合、不登校の生徒宅を何度も訪ねる同級生と言った方が正しい気がするよ」
ネロの意見は至極的確だった。
「いやそんな事を議論するんじゃあない。別の話題にすり替えてどうする」
「おっとそうだった。私としたことがついうっかり」
頭をぺしっと叩いて、リシュフォールは話を戻す。
「それはそれとして、人探しはどちらかと言えば君の本分じゃないか。なのに君は僕を頼ってきた。それに探してほしいというのが──」
「あぁ……」
その次の言葉をネロが引き継ぐ。
「エタトスへ連れられた、ルソーさんの娘さん、だからな」
今回ルソー婦人の元へやって来た客人・クローネ。しかし彼女の本名はクローネではない。より正確に言えば、彼女には『実親がつけた』という意味の名前は無い。
彼女が幼少期に名乗っていた名前はサンシア。
すなわち、ルソー婦人の元から離れ、死んだと思われていた娘だった。
そもそもネロは、ルソー婦人の話を聞いた時から「サンシアは死んでないのでは?」という疑問を抱いていた。
もし死んだのならば、一報ぐらい届けても良いはず。例え死体が残らず、遺品すら無かったとしても。
更に言えば、エタトスが意識的にそうしなかった場合、その理由が分からなかった。死者に敬意を表し、敬い弔うといった精神は、形に差違はあれど基本どこでも同じである。なのでエタトスの行いは、国際社会の反感を買うのではと、ネロは判断した。
そこで彼は、リシュフォールを介して内部から、さらに知り合いの情報屋等も通して、外部からも調べることにした。
結果──サンシアは現在クローネへと名前を変え、エタトスの中心部から離れた所で暮らしているのが判明した。
「それにしても……何故彼女はあんなところで暮らしていたんだ? 血は繋がっていないとはいえ、育ててくれた親に連絡もとらずに」
「……さぁな。でも何か理由があるのかもしれない。なにせ彼女は、勇者の適性があると言われて連れていかれたんだ」
「ふむ……」
皿の上のフライドポテトに手を伸ばしながら、リシュフォールが尋ねる。
「……彼女がルソー婦人と会っても、親子であることを明かさなかったのも、何か理由があるのか……?」
「あぁ……どうにもきな臭くなってきた」
クローネは既に、リシュフォールの用意した宿で休んでいる。明日の朝には、トリンティアを発つことになっていた。
「まぁ、どんな事が待ち受けていようが、僕のやることは一つだ」
「ほう、というと?」
「クローネ、いや──サンシアをルソーさんの元へと帰す。今度はこんな裏手口ではなく、正面から堂々と」
決然とした態度で言うネロに、リシュフォールはやれやれとする。
「全く君は──そうやって色々抱え込みすぎてないか?」
「そんな事は無い。それは思い違いだ」
「どうだか。現に今も、君の事務所で一人抱えてる少女がいるだろう?」
「……舞の事か?」
ネロの耳がピクリと動いた。
「君が他人を見過ごせないタチなのは分かる。だが、それが必ずしも、君に良い影響を与えるとも限らない。自己犠牲は尊い行いかもしれないが、続けた先にあるのは自滅だよ」
「……その辺の匙加減は僕もわきまえてるさ」
そう言うネロの言葉の語尾に若干の震えがあったことにリシュフォールは気づいたが、あえて気づいていないフリをした。
「……まあいい。君がそう言うなら、そう言うことにしておこう。そろそろ僕はおいとまするよ。明日も早いんだ」
「そうか。すまないな、夜遅くまで付き合わせて」
「礼なんかいい。それより──」
リシュフォールがネロへと向き直り、不適な笑みを浮かべた。
「あの件──了承するという事で良いんだね?」
「……あぁ。借りは必ず返す」
苦々しい顔で答えるネロに、リシュフォールはさらに笑った。
「では今日はこの辺で。君の新しい助手の子にも、よろしくと伝えてくれ」
言いながら店を出ていくリシュフォールの背中を見送ったあと、ネロは一人息をついた。
「王室か──」
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