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第二章 最高の幕の下ろし方
第三十三話 ワンモアタイム─2
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「ルソーちゃんお待たせー!」
「美味しいお菓子持ってきたわよー!」
店に置かれたソファとテーブルを整えていると、二、三人程のご婦人達が来店した。
それぞれの顔は違うが、全員の手には共通して紙袋が下げられている。多分、あの中には思い思いのお茶菓子が入ってるんだろう。
「いらっしゃい、待ってたわよ。そこのソファに腰かけておいて。床は汚さないでね?」
店の奥からティーカップとポットを持ってきたルソーさんは、手早い動きでテーブルの上を準備をする。私の敷いたテーブルクロスの上が、あっという間にお茶会仕様となる。
「それにしても少し驚いたわ。いきなり『ルソーちゃんのお店でお茶会を開きたい!』なんて言い出すんですもの」ルソーさんが言う。
「だって今日が最後でしょう? お家では何度かしたことあったけど、一度でいいからルソーちゃんのお店でやってみたかったのよ。この店の雰囲気の中で、ね」
ご婦人の一人の言葉に、少し私は同意した。
ルソーさんの店は、太陽の光を大きく取り入れる窓と、部屋の隅々まで照らす照明のお陰でとても明るい。
おまけに店の壁時計やテーブルなんかも、どこかアンティークの感じがして、とても店の雰囲気に馴染んでいる──気がする。気がすると付け加えたのは、私がそういった小物や店に、とんと疎いからだ。
ただ一つはっきりと言えることがあるとすれば──この店が私は好きだ、ということぐらいだろうか。
「そう言って貰えると嬉しいわ。それで? 髪は誰から切った方が良いかしら?」
「私よ私! 一番最初に予約したの私ですもの!」
身なりからして、いかにも淑女です!って出で立ちの女性が、勢いよく手を挙げた。
「分かったわ、一番はエリアさんね。後の皆もちゃんと順番決めといて」
テキパキと指示しながら、ルソーさんはエリアと呼ばれた女性を椅子に座らせる。
「あ、あのルソーさん、私は何をすれば……」
すっかり手持ち無沙汰な私に、ルソーさんは二コッと笑った。
私の方に近づいて、耳元で囁く。
「私はまだ少し忙しいから、皆の相手をしておいてくれる? 舞ちゃん、ここに来てまだ日が浅いらしいし、皆と会話した方が良いと思ったのよ」
ルソーさんの言葉に思わず私は驚く。
「じゃあ……本当は手伝いじゃなくて、そのために私を呼んだんですか?」
「そうでもしないと、来てくれないでしょう?」
……否定できない。
それに、とルソーさんは付け加える。
「ゲストをもてなすのも、立派な手伝いの一つよ?」
その言葉を聞いて、私は決心した。
「さすがルソーちゃんね。私達と年はほとんど変わらないのに、手際が若者のそれだったわ」
「ホントに。引退するのが惜しいくらいだわ」
ルソーさんのカットを終えた人達が、スコーンやらドーナツを食しながら談笑する。
私はというと、くの字に曲がったソファのちょうど曲がった部分に座らされていた。
ルソーさんが「私の手が離せない間、この子と話してくれる?」と言って、私を皆に紹介したところ、こんな所に座らされてしまったのだ。
「お嬢さん、何処から来たの?」とか、
「商店街に何の用があったの?」とか、
「好きな人とかいる? 彼氏は?」みたいな質問攻めを受けて、しばらく大変な思いをしてしまった。
その様子を、変わらずニコニコ笑いながら見ていたルソーさんは、ひょっとすると鬼かもしれない。
それと一つ驚いたのは、自分が想像以上に話せたということ。
何気なく流していたが、この世界に来るまでの自分はどうしようもないくらいコミュ障だった。
それが今では、自分よりも何倍も年をとった人が相手でも普通に話せてる。相手が人間とは違うからだろうか? それともコミュニケーションをとらないと、この世界で渡り歩けないと分かったからだろうか。
どっちにしろ、これは嬉しい誤算というべきだろう。
「にしてもあなた、少し細すぎない?」
「え?」
隣でスコーンをかじっていた婦人に言われ、私は少し動揺する。
「そうねぇ、まだ若いのにちょっと細すぎる気がするわ」
「育ち盛りの子はもう少し食べた方が良いわよ。ほら、これも食べて」
一人の声に同調した人達が、私の元にドーナツやらフィナンシェやらを差し出してくれる。
「あ、ありがとうございます……」
礼を言ってそれらを受けとるが、あまり食べ過ぎるのも……いやしかし、好意を無下にするのもあれだし……
困っていた私に助け船を出してくれたのは、髪を切り終えたルソーさんだった。
「こらこら、ちゃんと私の分も残しておいてね」
「分かってるわよぉ。はいこれ、お茶も用意してるからね」
ルソーさんはお客さんと私との間に座って、私にウィンクをする。「ありがとう」と口の形で言ったのが分かった。
「ルソーさん、この後お客さんって来るんですか?」
「しばらく来ないわ。事前に少し時間を空けておいたのよ」
そう言ってルソーさんは再び談笑する。
私はようやく解放されたかというと、そうでもない。
その後も質問攻めには遭い(今度はルソーさんも一緒になって)、しばらく引きつった笑顔を続けなくてはならなかった。
そんな時間はあっという間に過ぎ、そろそろお開きの頃となった。
「じゃあ私たちは帰るけど……ルソーちゃん、最後まで頑張ってね」
「あなたも、ルソーちゃんが倒れそうになったら助けるのよ? この人、これで色々抱え込むところがあるんだから」
「そんなに心配しなくて良いわよ。舞ちゃんもちゃんと頼りになるし」
ご婦人達を見送り、ルソーさんは息をついた。
「大変だった? 舞ちゃん」
「えぇ、少し……でも、いい経験になりました」
「そう、なら良かったわ」
少し汚れたテーブルを拭きながら、私はルソーさんに尋ねる。
「ルソーさん、次のお客さんはいつ来るんですか?」
「えーっと……確か五時頃に……」
ルソーさんが言いかけたその時だった。
カランカランというベルの音を鳴らして、店のドアが開いた。
「あら? 誰かしら……」
店の前に立っていた人を見て私は驚いた。
「ネロ……?」
「よう、ちゃんとやってるか?」
そう、そこに立っていたのはネロだった。その後ろにはもう一人立っている。
「……リシュフォールさん?」
「こんにちはお嬢さん。ちゃんと挨拶するのは初めてだね」
「あらあら、どうしたの二人して? ネロちゃんの予約は、もう少し後だったでしょう?」
ルソーさんの疑問にネロが口を開いた。
「少し、相手してほしい人がいてね」
「相手?」
「あぁ」
「折角の最終日だ。飛び入り参加くらい構わないだろう?」
そう言うネロの後ろから、フードを目深に被った人が現れた。
「美味しいお菓子持ってきたわよー!」
店に置かれたソファとテーブルを整えていると、二、三人程のご婦人達が来店した。
それぞれの顔は違うが、全員の手には共通して紙袋が下げられている。多分、あの中には思い思いのお茶菓子が入ってるんだろう。
「いらっしゃい、待ってたわよ。そこのソファに腰かけておいて。床は汚さないでね?」
店の奥からティーカップとポットを持ってきたルソーさんは、手早い動きでテーブルの上を準備をする。私の敷いたテーブルクロスの上が、あっという間にお茶会仕様となる。
「それにしても少し驚いたわ。いきなり『ルソーちゃんのお店でお茶会を開きたい!』なんて言い出すんですもの」ルソーさんが言う。
「だって今日が最後でしょう? お家では何度かしたことあったけど、一度でいいからルソーちゃんのお店でやってみたかったのよ。この店の雰囲気の中で、ね」
ご婦人の一人の言葉に、少し私は同意した。
ルソーさんの店は、太陽の光を大きく取り入れる窓と、部屋の隅々まで照らす照明のお陰でとても明るい。
おまけに店の壁時計やテーブルなんかも、どこかアンティークの感じがして、とても店の雰囲気に馴染んでいる──気がする。気がすると付け加えたのは、私がそういった小物や店に、とんと疎いからだ。
ただ一つはっきりと言えることがあるとすれば──この店が私は好きだ、ということぐらいだろうか。
「そう言って貰えると嬉しいわ。それで? 髪は誰から切った方が良いかしら?」
「私よ私! 一番最初に予約したの私ですもの!」
身なりからして、いかにも淑女です!って出で立ちの女性が、勢いよく手を挙げた。
「分かったわ、一番はエリアさんね。後の皆もちゃんと順番決めといて」
テキパキと指示しながら、ルソーさんはエリアと呼ばれた女性を椅子に座らせる。
「あ、あのルソーさん、私は何をすれば……」
すっかり手持ち無沙汰な私に、ルソーさんは二コッと笑った。
私の方に近づいて、耳元で囁く。
「私はまだ少し忙しいから、皆の相手をしておいてくれる? 舞ちゃん、ここに来てまだ日が浅いらしいし、皆と会話した方が良いと思ったのよ」
ルソーさんの言葉に思わず私は驚く。
「じゃあ……本当は手伝いじゃなくて、そのために私を呼んだんですか?」
「そうでもしないと、来てくれないでしょう?」
……否定できない。
それに、とルソーさんは付け加える。
「ゲストをもてなすのも、立派な手伝いの一つよ?」
その言葉を聞いて、私は決心した。
「さすがルソーちゃんね。私達と年はほとんど変わらないのに、手際が若者のそれだったわ」
「ホントに。引退するのが惜しいくらいだわ」
ルソーさんのカットを終えた人達が、スコーンやらドーナツを食しながら談笑する。
私はというと、くの字に曲がったソファのちょうど曲がった部分に座らされていた。
ルソーさんが「私の手が離せない間、この子と話してくれる?」と言って、私を皆に紹介したところ、こんな所に座らされてしまったのだ。
「お嬢さん、何処から来たの?」とか、
「商店街に何の用があったの?」とか、
「好きな人とかいる? 彼氏は?」みたいな質問攻めを受けて、しばらく大変な思いをしてしまった。
その様子を、変わらずニコニコ笑いながら見ていたルソーさんは、ひょっとすると鬼かもしれない。
それと一つ驚いたのは、自分が想像以上に話せたということ。
何気なく流していたが、この世界に来るまでの自分はどうしようもないくらいコミュ障だった。
それが今では、自分よりも何倍も年をとった人が相手でも普通に話せてる。相手が人間とは違うからだろうか? それともコミュニケーションをとらないと、この世界で渡り歩けないと分かったからだろうか。
どっちにしろ、これは嬉しい誤算というべきだろう。
「にしてもあなた、少し細すぎない?」
「え?」
隣でスコーンをかじっていた婦人に言われ、私は少し動揺する。
「そうねぇ、まだ若いのにちょっと細すぎる気がするわ」
「育ち盛りの子はもう少し食べた方が良いわよ。ほら、これも食べて」
一人の声に同調した人達が、私の元にドーナツやらフィナンシェやらを差し出してくれる。
「あ、ありがとうございます……」
礼を言ってそれらを受けとるが、あまり食べ過ぎるのも……いやしかし、好意を無下にするのもあれだし……
困っていた私に助け船を出してくれたのは、髪を切り終えたルソーさんだった。
「こらこら、ちゃんと私の分も残しておいてね」
「分かってるわよぉ。はいこれ、お茶も用意してるからね」
ルソーさんはお客さんと私との間に座って、私にウィンクをする。「ありがとう」と口の形で言ったのが分かった。
「ルソーさん、この後お客さんって来るんですか?」
「しばらく来ないわ。事前に少し時間を空けておいたのよ」
そう言ってルソーさんは再び談笑する。
私はようやく解放されたかというと、そうでもない。
その後も質問攻めには遭い(今度はルソーさんも一緒になって)、しばらく引きつった笑顔を続けなくてはならなかった。
そんな時間はあっという間に過ぎ、そろそろお開きの頃となった。
「じゃあ私たちは帰るけど……ルソーちゃん、最後まで頑張ってね」
「あなたも、ルソーちゃんが倒れそうになったら助けるのよ? この人、これで色々抱え込むところがあるんだから」
「そんなに心配しなくて良いわよ。舞ちゃんもちゃんと頼りになるし」
ご婦人達を見送り、ルソーさんは息をついた。
「大変だった? 舞ちゃん」
「えぇ、少し……でも、いい経験になりました」
「そう、なら良かったわ」
少し汚れたテーブルを拭きながら、私はルソーさんに尋ねる。
「ルソーさん、次のお客さんはいつ来るんですか?」
「えーっと……確か五時頃に……」
ルソーさんが言いかけたその時だった。
カランカランというベルの音を鳴らして、店のドアが開いた。
「あら? 誰かしら……」
店の前に立っていた人を見て私は驚いた。
「ネロ……?」
「よう、ちゃんとやってるか?」
そう、そこに立っていたのはネロだった。その後ろにはもう一人立っている。
「……リシュフォールさん?」
「こんにちはお嬢さん。ちゃんと挨拶するのは初めてだね」
「あらあら、どうしたの二人して? ネロちゃんの予約は、もう少し後だったでしょう?」
ルソーさんの疑問にネロが口を開いた。
「少し、相手してほしい人がいてね」
「相手?」
「あぁ」
「折角の最終日だ。飛び入り参加くらい構わないだろう?」
そう言うネロの後ろから、フードを目深に被った人が現れた。
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