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第二章 最高の幕の下ろし方
第三十二話 ワンモアタイム─1
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お昼になった。
予定ではここでネロとは一旦別れ、私はルソーさんの店に向かうことになっている。
「じゃ、そろそろ行ってくるね」
「あぁ。くれぐれも粗相の無いようにな」
ネロの言葉を背に受けて、私は店へと向かう。
その間にネロは自分の仕事を済ませてくると言っていたが、結局何をするのだろう?
その事に私は首を傾げたが、すぐに頭を切り替えることにした。この切り替えの良さが無ければ、異世界で生活なんて出来っこない。
私が店を訪れたとき、時刻はこの世界で十二時を少し過ぎていた。
少し早かったかなと思いつつ、カランカランと音の鳴るドアを開けて店に入る。
「あら舞ちゃん! 来てくれたのね!」
店内でお客さんと談笑していたルソーさんは、私の姿に気づくやいなや、パッと明るい笑顔で出迎えてくれた。く
「はい。約束の時間には少し早かったでしょうか」
「そんな事無いわ。これから忙しくなってきそうだったところなの。ちょうど良かったわ」
「おいおいルソーちゃん。『これから忙しくなる』んじゃなくて、『これまでも忙しかった』の間違いじゃないのか? さっきまで、客足全く途絶えて無かったじゃないか」
鏡面の前の椅子に座ってルソーさんのカットを受けていた客が、ケラケラ笑いながら言った。
客の風貌はどことなくヨークシャーテリアに似ている、そんな気がした。口元に蓄えている白い毛が、髭なのかそうじゃないのか私には判別出来ない。
「え? そうだったんですか? ならもっと早く呼んでくれても良かったのに……」
「そんな事出来ないわよ。せっかくの催しですもの、舞ちゃんには少しでも楽しんでほしかったのよ」
ヨークシャーテリア似の客の頭頂部を、私と会話しながら器用にルソーさんはカットしていく。
「だからフェリス君も……あんまり意地悪すると、バッサリやっちゃうわよ?」
ルソーさんが頭上でハサミをパチンと鳴らす。
「わ、分かった分かった降参だ……すまんな嬢ちゃん、困らせちまって……」
「分かればよろしい。ささ、そうこうしてる間に切り終わったわよ」
お客さん(会話の内容から推測するに、名前はフェリス)を席から下りるよう促すと、ルソーさんは後ろの席で雑誌を読んでいた次の客を呼んだ。
「残念だわルソーさん。この店閉じるでしょう? 勿体ない……」
「うーん。気持ちは有り難いけど、そう言うのはもっと早く言って欲しかったかな?」
次の客に手早く前掛けを掛けて、すかさず霧吹きで髪を濡らす。といっても次の客は、顔の膨らんだ女のオークだ。頭頂部に毛が生えてる程度で、髪という髪は本当に少ない。
それでも他の客と変わらない接客をするルソーさんの姿に、私はプロ意識みたいなのを感じた。
「じゃあ折角手伝いに来てくれたんだし、舞ちゃんに頼み事していいかしら?」
「あ、はい! なんなりと!」
「じゃあ、二階から窯に焼いていたスコーンを取り出して、机の上のバスケットに入れてきてくれる? 出来たら下に持ってくること、いい?」
「はい! って、え? スコーン?」
てっきり仕事の手伝いをさせられるもんだと思ってたのに、これではいつもと変わらないでは無いか。
しかしルソーさんは既にお客さんと談笑している。色々引っかかる事はあったが、取り敢えず言われた通りの事をすることにした。
「えっと……窯の中のスコーンというと……あぁこれだな」
立派な石窯の中から取り出したスコーンは、綺麗な焼き色がついて香ばしい香りがする。少しつまみ食いしたい気持ちに駆られたが、その感情をグッと堪えて一つ一つ丁寧にバスケットへ入れていく。
「お持ちしましたよー」
「はいは~い。あ、ちゃんと焼けてるわね。良かったわぁ~」
バスケットの中のスコーンを見て、ルソーさんは歓声を挙げる。
確かに、こんな綺麗な焼き色のお菓子が出来たら、誰だって嬉しいよね。
「それじゃあお菓子も出来たし……少ししたら始めましょうか」
「始める……? 何を、ですか?」
「決まってるでしょ? 美味しいお菓子が揃ったらやる事は……」
私はハッとする。そうだ、ルソーさんといえば。
「お茶会ですね!」
「正解!」
ルソーさんがパチリとウィンクした。
「よう、ちゃんと来たな」
人が行き交う通りの真ん中。設置された噴水に二つの人影が腰かけていた。
人影の一人が、声をかけてきた者に近寄る。
「当たり前だとも。君に頼られるなんて滅多に無いからね。しかしどういう風の吹き回しだい?」
「ま……ちょっと、色々あってな」
人影を軽くあしらいながら、彼はもう一つの人影に目を向ける。
「初めまして、私はネロ=ガング=ヴォルフ。この商店街で探偵稼業を営んでいます。本日は私の我が儘にお付き合いくださってありがとうございます」
彼──ネロは人影に手を差し出した。
「では……行きましょうか?」
人影はしばし迷った後、その手を握った。
予定ではここでネロとは一旦別れ、私はルソーさんの店に向かうことになっている。
「じゃ、そろそろ行ってくるね」
「あぁ。くれぐれも粗相の無いようにな」
ネロの言葉を背に受けて、私は店へと向かう。
その間にネロは自分の仕事を済ませてくると言っていたが、結局何をするのだろう?
その事に私は首を傾げたが、すぐに頭を切り替えることにした。この切り替えの良さが無ければ、異世界で生活なんて出来っこない。
私が店を訪れたとき、時刻はこの世界で十二時を少し過ぎていた。
少し早かったかなと思いつつ、カランカランと音の鳴るドアを開けて店に入る。
「あら舞ちゃん! 来てくれたのね!」
店内でお客さんと談笑していたルソーさんは、私の姿に気づくやいなや、パッと明るい笑顔で出迎えてくれた。く
「はい。約束の時間には少し早かったでしょうか」
「そんな事無いわ。これから忙しくなってきそうだったところなの。ちょうど良かったわ」
「おいおいルソーちゃん。『これから忙しくなる』んじゃなくて、『これまでも忙しかった』の間違いじゃないのか? さっきまで、客足全く途絶えて無かったじゃないか」
鏡面の前の椅子に座ってルソーさんのカットを受けていた客が、ケラケラ笑いながら言った。
客の風貌はどことなくヨークシャーテリアに似ている、そんな気がした。口元に蓄えている白い毛が、髭なのかそうじゃないのか私には判別出来ない。
「え? そうだったんですか? ならもっと早く呼んでくれても良かったのに……」
「そんな事出来ないわよ。せっかくの催しですもの、舞ちゃんには少しでも楽しんでほしかったのよ」
ヨークシャーテリア似の客の頭頂部を、私と会話しながら器用にルソーさんはカットしていく。
「だからフェリス君も……あんまり意地悪すると、バッサリやっちゃうわよ?」
ルソーさんが頭上でハサミをパチンと鳴らす。
「わ、分かった分かった降参だ……すまんな嬢ちゃん、困らせちまって……」
「分かればよろしい。ささ、そうこうしてる間に切り終わったわよ」
お客さん(会話の内容から推測するに、名前はフェリス)を席から下りるよう促すと、ルソーさんは後ろの席で雑誌を読んでいた次の客を呼んだ。
「残念だわルソーさん。この店閉じるでしょう? 勿体ない……」
「うーん。気持ちは有り難いけど、そう言うのはもっと早く言って欲しかったかな?」
次の客に手早く前掛けを掛けて、すかさず霧吹きで髪を濡らす。といっても次の客は、顔の膨らんだ女のオークだ。頭頂部に毛が生えてる程度で、髪という髪は本当に少ない。
それでも他の客と変わらない接客をするルソーさんの姿に、私はプロ意識みたいなのを感じた。
「じゃあ折角手伝いに来てくれたんだし、舞ちゃんに頼み事していいかしら?」
「あ、はい! なんなりと!」
「じゃあ、二階から窯に焼いていたスコーンを取り出して、机の上のバスケットに入れてきてくれる? 出来たら下に持ってくること、いい?」
「はい! って、え? スコーン?」
てっきり仕事の手伝いをさせられるもんだと思ってたのに、これではいつもと変わらないでは無いか。
しかしルソーさんは既にお客さんと談笑している。色々引っかかる事はあったが、取り敢えず言われた通りの事をすることにした。
「えっと……窯の中のスコーンというと……あぁこれだな」
立派な石窯の中から取り出したスコーンは、綺麗な焼き色がついて香ばしい香りがする。少しつまみ食いしたい気持ちに駆られたが、その感情をグッと堪えて一つ一つ丁寧にバスケットへ入れていく。
「お持ちしましたよー」
「はいは~い。あ、ちゃんと焼けてるわね。良かったわぁ~」
バスケットの中のスコーンを見て、ルソーさんは歓声を挙げる。
確かに、こんな綺麗な焼き色のお菓子が出来たら、誰だって嬉しいよね。
「それじゃあお菓子も出来たし……少ししたら始めましょうか」
「始める……? 何を、ですか?」
「決まってるでしょ? 美味しいお菓子が揃ったらやる事は……」
私はハッとする。そうだ、ルソーさんといえば。
「お茶会ですね!」
「正解!」
ルソーさんがパチリとウィンクした。
「よう、ちゃんと来たな」
人が行き交う通りの真ん中。設置された噴水に二つの人影が腰かけていた。
人影の一人が、声をかけてきた者に近寄る。
「当たり前だとも。君に頼られるなんて滅多に無いからね。しかしどういう風の吹き回しだい?」
「ま……ちょっと、色々あってな」
人影を軽くあしらいながら、彼はもう一つの人影に目を向ける。
「初めまして、私はネロ=ガング=ヴォルフ。この商店街で探偵稼業を営んでいます。本日は私の我が儘にお付き合いくださってありがとうございます」
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「では……行きましょうか?」
人影はしばし迷った後、その手を握った。
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