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第二章 最高の幕の下ろし方
第三十一話 街は踊り、人は騒ぐ─2
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そんなこんなで、私達は街へと繰り出した。商店街には既に大勢の人がいる。冷やかしや、真剣な目で商品を見定める人が点在しているのを見るのは、少し新鮮な気分だ。
「にしても、ここまでの集客は少し予想できなかったな……これもルシエラのお陰というべきか?」
今回の件で、私達以上に頑張ったのはルシエラさんだろう。以前ルソーさんが指摘した通り、この催しにはルソーさんの店の閉店を客寄せパンダに、商店街を景気づけるという側面もある。
しかしルシエラさんの場合、それだけでは終わらせ無いように努力していた。言い出しっぺの責任と言ってしまえばそれまでだけど、それでもルシエラさんが色々と調整して、ルソーさんと商店街の間の仲を取り持ってくれたのは事実だ。
あ、ちなみにこういう言い方だとルソーさんと商店街の仲が悪いような気がするけど、別にそういう訳では無いわよ。少なくともルソーさんは商店街に色々感謝してるし、商店街もルソーさんの閉店を残念に思ってたから。ごめんね、説明下手で。
あっと、そうこうしてる間に話が脱線してしまった。
「とりあえずこれからどうする? 予定とか決めてるのか?」
「一旦商店街をグルッと回ろうよ。その間にめぼしい物とか見つかるかもしれないし」
そう言いながら、既に私達はあてもなく歩き始めている。結局二人きりだな、と私はふと思った。
「そういやさ……進んでる? あの事……」
「あの事? あぁ、ひょっとして君のいた異世界の事か?」
コクンと頷いた私を見て、ネロは困ったように後頭部を撫でた。
「いや……色々調べてはいるんだが、なにぶんそういった事例は本当に少なくてな……王国の宮廷魔術師をやっていた者とかに聞けば何か分かるかもしれないが、生憎僕はその手の人脈は作ってないから……」
「そっか……」
思わず声のトーンが下がってしまい、ネロが心配そうな顔で覗きこんでくる。
ずるい奴だ。いつもは喧嘩ばっかりしてるのに、こういう時だけ優しくなる。これなら皮肉の一つ言われた方がマシだと思う。
「心配すること無いよ。私も急いでるんじゃないしさ」
この言葉は本心だ。紛れもなく。
でも……ひょっとすると、少しは嘘も混じっていたかもしれない。
あの世界に戻りたいと強く願ってる訳では無いし、この世界の事が嫌いという訳でも無いけど、こうなるとやはり、ちょっとした心細さは感じる。
手を伸ばせば届く。それが当たり前だった毎日が──決して望んだ毎日では無かったけど──どこか遠い所に行ってしまったような感覚に陥る時がある。
私はあんな父母や、あんな世界を少しは愛していたのだろうか……世界はともかく、両親をまだ愛していたかもしれないというのは、少し笑えてしまった。結局私は、彼らの幻影から逃れられないと確定したようなものじゃないか。
「ねぇネロ……」
「なんだい?」
「前から聞きたかったんだけどさ、ネロは両親っているの? 今何してるか分かる?」
唐突な質問に、少しネロは驚いたようだった。
「その両親ってのは……僕を産んだ、血の繋がった者という意味のかい?」
「分かりづらく言ってるけど、そういう意味だと思うわ」
「ふむ……」
「答えだけ先に言うと、『分からない』と言うのが正しいかな」
「分からない?」
「あぁ。僕を産んだ両親というのは、僕を産んですぐに行方を眩ましてしまったらしい。そこに何の理由があったのかは知らないし、知る気も起きなくてね。物心ついたとき、僕はとある豪邸の屋根裏部屋で、従者として住み込みで働いていた」
「………」
「それからしばらくして、その豪邸に住むお嬢様と親しくなったんだ。年も近くてね。主人と従者の垣根も越えて仲良くしていたよ。『大人になったら結婚してくれる?』と相手に約束されるくらいにはね」
「……………」
「だが悲しいかな──彼女とのそんな関係を快く思わない者がいてね。そいつが彼女の父親に、『従者があなたの娘をたぶらかしている!』と嘘の密告をしたんだ。こうして二人は引き離され、僕はその後色々あって探偵稼業なんかしているのさ」
「……………………」
ひとしきり話を聞いた私は、感想として言った。
「嘘でしょ?」
「嘘だよ?」
悪びれもなく答えるネロに、思わず脱力してしまう。
「何よそれ……大嘘にも程があるわよ。っていうか途中から両親全く関係ないし」
「ごめんごめん。でも僕がこんな冗談を言うのは珍しいんだぞ? ある意味貴重な体験をしたな」
「かもね。話は結構面白かったわ。探偵で食っていけなくなったら、小説家に転向したらどうかしら?」
「それこそ面白い冗談だ。僕は誰よりも、探偵が似合っていると思うんだがね」
そうだろうか? タイプライターに向き合って、物語を字に起こす姿は結構似合ってると思うんだが。
「だが両親の事が分からないのは事実だ。今どこで何をしてるのか、誰と暮らしてるのか──ひょっとするともう死んでるのか、何も分からない」
「……じゃあ、その事を気持ち悪いって思ったりした事も無いの?」
「無いね。一度も無い。だって両親は、僕にとっての一番じゃないからさ」
「一番じゃない?」
「あぁ、逆になんでわざわざ顔も知らない親を大切にしなくちゃならないのさ。顔を知ってても同様に。この世界には色んな人がいて、色んな考えがある。その中で友人や、恋人や、宿敵みたいな関係を築いていくことが出来るんだ」
再びネロは語り出す。その言葉を今度は真剣に聞いていた。
「世界に人は沢山いるのに──なんで『産んだから』という理由だけで、親を自分にとっての一番にしなくちゃならない? おかしいと思わないか?」
ネロが前に立って私と向き合う。その目はとても真剣だった。
「もう一度言うよ舞。産んだ両親が自分にとっての一番である理由なんか無い。世界に人は沢山いるんだ。親より素晴らしい者なんか大勢いる。大事なのは、そんな者を自分の手で見つけることだ」
呆気にとられた私に、ネロはいつものような優しい顔を向ける。
「だから──君が親で悩む必要なんか無いんだよ?」
「…………」
私は無言で背中を向ける。
「おいおい、どうしたんだよ?」
「……なんでもない」
振り向けなかった。
振り向いたら、ネロの前で泣いてしまいそうだったから……
「……なぁ、舞」
「なに?」
「……この近くにさ、美味しい林檎のタルトを出す店があるんだが……」
「……連れてって!」
その時の私の顔は、いつもより輝いていた。後でネロはそんな事を言った。
あいつの一々キザな口調も、少し矯正した方がいいかもしれない。
「にしても、ここまでの集客は少し予想できなかったな……これもルシエラのお陰というべきか?」
今回の件で、私達以上に頑張ったのはルシエラさんだろう。以前ルソーさんが指摘した通り、この催しにはルソーさんの店の閉店を客寄せパンダに、商店街を景気づけるという側面もある。
しかしルシエラさんの場合、それだけでは終わらせ無いように努力していた。言い出しっぺの責任と言ってしまえばそれまでだけど、それでもルシエラさんが色々と調整して、ルソーさんと商店街の間の仲を取り持ってくれたのは事実だ。
あ、ちなみにこういう言い方だとルソーさんと商店街の仲が悪いような気がするけど、別にそういう訳では無いわよ。少なくともルソーさんは商店街に色々感謝してるし、商店街もルソーさんの閉店を残念に思ってたから。ごめんね、説明下手で。
あっと、そうこうしてる間に話が脱線してしまった。
「とりあえずこれからどうする? 予定とか決めてるのか?」
「一旦商店街をグルッと回ろうよ。その間にめぼしい物とか見つかるかもしれないし」
そう言いながら、既に私達はあてもなく歩き始めている。結局二人きりだな、と私はふと思った。
「そういやさ……進んでる? あの事……」
「あの事? あぁ、ひょっとして君のいた異世界の事か?」
コクンと頷いた私を見て、ネロは困ったように後頭部を撫でた。
「いや……色々調べてはいるんだが、なにぶんそういった事例は本当に少なくてな……王国の宮廷魔術師をやっていた者とかに聞けば何か分かるかもしれないが、生憎僕はその手の人脈は作ってないから……」
「そっか……」
思わず声のトーンが下がってしまい、ネロが心配そうな顔で覗きこんでくる。
ずるい奴だ。いつもは喧嘩ばっかりしてるのに、こういう時だけ優しくなる。これなら皮肉の一つ言われた方がマシだと思う。
「心配すること無いよ。私も急いでるんじゃないしさ」
この言葉は本心だ。紛れもなく。
でも……ひょっとすると、少しは嘘も混じっていたかもしれない。
あの世界に戻りたいと強く願ってる訳では無いし、この世界の事が嫌いという訳でも無いけど、こうなるとやはり、ちょっとした心細さは感じる。
手を伸ばせば届く。それが当たり前だった毎日が──決して望んだ毎日では無かったけど──どこか遠い所に行ってしまったような感覚に陥る時がある。
私はあんな父母や、あんな世界を少しは愛していたのだろうか……世界はともかく、両親をまだ愛していたかもしれないというのは、少し笑えてしまった。結局私は、彼らの幻影から逃れられないと確定したようなものじゃないか。
「ねぇネロ……」
「なんだい?」
「前から聞きたかったんだけどさ、ネロは両親っているの? 今何してるか分かる?」
唐突な質問に、少しネロは驚いたようだった。
「その両親ってのは……僕を産んだ、血の繋がった者という意味のかい?」
「分かりづらく言ってるけど、そういう意味だと思うわ」
「ふむ……」
「答えだけ先に言うと、『分からない』と言うのが正しいかな」
「分からない?」
「あぁ。僕を産んだ両親というのは、僕を産んですぐに行方を眩ましてしまったらしい。そこに何の理由があったのかは知らないし、知る気も起きなくてね。物心ついたとき、僕はとある豪邸の屋根裏部屋で、従者として住み込みで働いていた」
「………」
「それからしばらくして、その豪邸に住むお嬢様と親しくなったんだ。年も近くてね。主人と従者の垣根も越えて仲良くしていたよ。『大人になったら結婚してくれる?』と相手に約束されるくらいにはね」
「……………」
「だが悲しいかな──彼女とのそんな関係を快く思わない者がいてね。そいつが彼女の父親に、『従者があなたの娘をたぶらかしている!』と嘘の密告をしたんだ。こうして二人は引き離され、僕はその後色々あって探偵稼業なんかしているのさ」
「……………………」
ひとしきり話を聞いた私は、感想として言った。
「嘘でしょ?」
「嘘だよ?」
悪びれもなく答えるネロに、思わず脱力してしまう。
「何よそれ……大嘘にも程があるわよ。っていうか途中から両親全く関係ないし」
「ごめんごめん。でも僕がこんな冗談を言うのは珍しいんだぞ? ある意味貴重な体験をしたな」
「かもね。話は結構面白かったわ。探偵で食っていけなくなったら、小説家に転向したらどうかしら?」
「それこそ面白い冗談だ。僕は誰よりも、探偵が似合っていると思うんだがね」
そうだろうか? タイプライターに向き合って、物語を字に起こす姿は結構似合ってると思うんだが。
「だが両親の事が分からないのは事実だ。今どこで何をしてるのか、誰と暮らしてるのか──ひょっとするともう死んでるのか、何も分からない」
「……じゃあ、その事を気持ち悪いって思ったりした事も無いの?」
「無いね。一度も無い。だって両親は、僕にとっての一番じゃないからさ」
「一番じゃない?」
「あぁ、逆になんでわざわざ顔も知らない親を大切にしなくちゃならないのさ。顔を知ってても同様に。この世界には色んな人がいて、色んな考えがある。その中で友人や、恋人や、宿敵みたいな関係を築いていくことが出来るんだ」
再びネロは語り出す。その言葉を今度は真剣に聞いていた。
「世界に人は沢山いるのに──なんで『産んだから』という理由だけで、親を自分にとっての一番にしなくちゃならない? おかしいと思わないか?」
ネロが前に立って私と向き合う。その目はとても真剣だった。
「もう一度言うよ舞。産んだ両親が自分にとっての一番である理由なんか無い。世界に人は沢山いるんだ。親より素晴らしい者なんか大勢いる。大事なのは、そんな者を自分の手で見つけることだ」
呆気にとられた私に、ネロはいつものような優しい顔を向ける。
「だから──君が親で悩む必要なんか無いんだよ?」
「…………」
私は無言で背中を向ける。
「おいおい、どうしたんだよ?」
「……なんでもない」
振り向けなかった。
振り向いたら、ネロの前で泣いてしまいそうだったから……
「……なぁ、舞」
「なに?」
「……この近くにさ、美味しい林檎のタルトを出す店があるんだが……」
「……連れてって!」
その時の私の顔は、いつもより輝いていた。後でネロはそんな事を言った。
あいつの一々キザな口調も、少し矯正した方がいいかもしれない。
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