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第二章 最高の幕の下ろし方
第二十五話 心の前髪─2
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「そういやさぁ、ネロって今ルソーさんの依頼を担当してるんだよね」
精肉屋の前で指定した肉が出来るのを待っている間、ルシエラさんが隣に立つネロに話しかけた。
「そうだよ。知ってたのか?」
「もちろん。もう商店街の間じゃ有名な話だもん」
「そうだろうねぇ……ルソーさん程の店になれば、話題にもなるか」
ネロはふっと息をはいて、被っているハンチング帽を整えた。
「それで? 何か良い企画でも浮かんでいるの?」
店員さんから受け取った肉を、携えていたバスケットに入れてネロに差し出す。
「……何? このバスケット」
「言ったでしょ。荷物持ちしてって」
「…………」
ネロはさっきより大きな溜め息をついて、諦めたようにバスケットを受けとる。
「良い方法が浮かんでたら、溜め息なんかつかないよ」
「まぁそれもそっか。難しいよね、誰かの店を畳む手伝いなんて」
苦笑しながらルシエラさんはネロの前を歩く。私はネロの隣に立っていたから、ルシエラさんの背中が見える位置にある。
そんなルシエラさんは振り向いて私達に聞いてきた。
「んじゃあ何? まだなーんにも決まってないんだ?」
「そういうことになるな。何か意見があったら教えてくれよ。同じ商店街の商売人として、さ」
「えー……? 商売人って言っても、開いてる店の種類は違うしなぁ……」
頭を掻きながら、ルシエラさんは私達の前を歩く。口調は軽いが、私達と同じように考え込んでいるようだった。
「んー……例えばさ、何かお祝いするとかはどうよ?」
「お祝い? 例えば?」
「そんなのはすぐに思い付かないけど……でもほら、会社や役所を退職するときだって、花束を貰ったりするでしょ? やっぱり最後は、何かお祝いして終わった方が良いんじゃない?」
「ふむ……」
退職の際に花束を贈ったりするのは、この世界でも共通しているのか。また一つ賢くなった。
「じゃあ舞は? 何かお祝いの方法とか良いの無い?」
「え、私?」
突然話を振られて、思わず困惑してしまう。少し迷ったが、退職と聞いて思い付いた事があった。
「あ、じゃあさ、送別会を開くとかはどう?」
「「……送別会?」」
ネロとルシエラの声がハモる。
「ほら、『今までお疲れ様でした』みたいな感じで……送別会てのとは、また少し違うかもしれないけど」
「送別会か……良いんじゃない?」
私の意見に、ルシエラさんは快く賛同してくれた。自分の意見が認められるのって、やっぱり嬉しい。
「となると、どういうのが良いか具体的な計画を立てないとね。お遊戯会みたいなお粗末なものだとつまらないし」
八百屋の前で白菜を両手ににらめっこしながら、ルシエラさんがネロに向けて話す。
「待て待て、まだやると決まった訳じゃ無いだろ」
「あら、私は彼女の意見に賛成よ? だって面白そうじゃない。せっかく一度きりのお祝いなんだから、喜んでくれそうなものにしないと」
右手に取った白菜を八百屋の店主に渡しながら、ルシエラさんは笑う。
「それはそうだが……送別会を開くとしたらどこで? どんな風に?……あとそれも持たなきゃ駄目なのか?」
「当たり前でしょ。これで最後だからお願いね」
「…………」
渡された白菜をネロは無言で見つめる。
流石に文句を言うかと思ったけど、ネロは特に何も言わない。ただ、ネロの目が少し冷たくなっているのを私は見逃さなかった。
「ちゃちくない物……なら大勢でやった方が良いわよね……となれば……」
私達の前を歩きながら、ルシエラさんはブツブツ呟いている。
そんな後ろ姿を眺めながら、私はネロに尋ねた。
「ネロ、なんかさっきからルシエラさんの要求を聞いてばかりだけど、そんなにルシエラさんに逆らったら怖いことになるの?」
「それもある。でもそれだけじゃない。単純に彼女には、頭が上がらないのさ」
ネロは自嘲気味に笑いながら囁く。
「何のコネも無い、小さなこの商店街で探偵事務所を開くのに、僕は相当苦労してね。振興会の者達を納得させるのに、彼女が協力してくれたんだ。僕が今事務所を開けるのも、彼女が力を貸してくれたからなんだよ」
「そうなんだ……だからルシエラさんには頭が上がらないんだね」
「まぁ……そんなところだよ。少しは手加減してくれって思うけど……」
そう言って苦笑するネロは、どこか懐かしそうだった。
そこで私は変な疑問を覚えた。
『そこまでして探偵事務所を開きたかった理由は何なの?』──と。
聞いてみようかと一瞬思った瞬間、「よし!」と言ってルシエラさんが手をパン!と鳴らした。
「ルソーさんの送別会、商店街の主催でやろっか!」
「へ?」
「なに?」
余りにも唐突な提案に、私とネロは一様に疑問の声を漏らした。
「だーかーら、商店街全体でルソーさんの店の閉店祭を開催するのよ! お客さんは沢山呼べるし、悲しいムードなんかにならない!」
「なっ……!?」
ルシエラさんの提案は余りにも大胆で、そして前代未聞だ。商店街の一店舗の閉店を、商店街全体で閉店セールとして祝おうということだ。
それは流石にやり過ぎじゃないか。そんな事をルシエラさんに言ったが、「人生何事も『やり過ぎる』なんて事は無いのよ!」と言われてしまった。
「どうするネロ? なんか大事になってきたんだけど……」
「いや……僕に言われても……」
困惑するネロを尻目に、ルシエラさんは既に勝手に話を進めてる。
「こうしちゃいられないわ……これは滅多に無い商店街を盛り上げるチャンス! 急いで振興会で提案しないと!」
駄目だ。ルシエラさんは既にブレーキが壊れてる。すがるようにネロを見ても、ネロは黙って首を振るだけだ。
「ほらネロ! それにあなたも! 急いで私の店に来て! 計画を立てるわよ!」
今にも走り出しそうなルシエラさんを見て、ネロが彼女に逆らえない理由がよく分かった。
確かにこれじゃ、誰も逆らえないわ……
えーっと……結論から言うと、私達が事務所に帰って来た時、時刻は既に零時頃を回ってました。
計画・立案に関してはルシエラさんは優秀で、あっという間に大まかな閉店セール(と、私は言ってる)の内容を考えてくれたの。
その後ネロは、突然集められて明らかに不満そうな振興会のお偉いさん達相手に大立回りを演じたんだけど、その辺についてはパス!
ちなみにネロ曰く、「二度としたくない」とのことだそうよ。
その日から二日も経たないうちに、私とネロはルソーさんに計画を伝えに言った。
「送別会代わりの閉店祭!? どうしてそうなったの!?」
ルソーさんは相当ビックリしてるけど、私たちもまだビックリしています。ルシエラさんの行動力ホントに凄い。
取り敢えず上がって、というルソーさんの言葉に甘えて、私達はルソーさんの店にまたお邪魔した。
以前、二人だけのお茶会を開いた二階の食卓に再び上がった私は、ルソーさんがお茶を淹れている間、椅子の上で大人しくしていた。
以前はいなかったネロはというと、部屋の壁に飾られた写真をさっきからジロジロ見ている。
人様の部屋をジロジロ見るのは少し失礼じゃないか。そう思って、私はネロの元に近づく。
「ネロ、あまり人の部屋の写真をジロジロ見ない方がいいわよ。ほら、早く座って」
「あぁ……」
口では生返事を返すが、ネロの視線は一枚の写真に吸い寄せられている。
「なに? その写真がどうしたの?」
「……これ、君が見たっていう写真?」
「え?」
よく見ると、ネロが注目していた写真は私が以前見たのと同じだった。
「えぇそうよ。どうして分かったの?」
私の問いに、ネロは答えてくれない。
ただ、一言だけネロは呟いた。
「おかしいね」──と。
精肉屋の前で指定した肉が出来るのを待っている間、ルシエラさんが隣に立つネロに話しかけた。
「そうだよ。知ってたのか?」
「もちろん。もう商店街の間じゃ有名な話だもん」
「そうだろうねぇ……ルソーさん程の店になれば、話題にもなるか」
ネロはふっと息をはいて、被っているハンチング帽を整えた。
「それで? 何か良い企画でも浮かんでいるの?」
店員さんから受け取った肉を、携えていたバスケットに入れてネロに差し出す。
「……何? このバスケット」
「言ったでしょ。荷物持ちしてって」
「…………」
ネロはさっきより大きな溜め息をついて、諦めたようにバスケットを受けとる。
「良い方法が浮かんでたら、溜め息なんかつかないよ」
「まぁそれもそっか。難しいよね、誰かの店を畳む手伝いなんて」
苦笑しながらルシエラさんはネロの前を歩く。私はネロの隣に立っていたから、ルシエラさんの背中が見える位置にある。
そんなルシエラさんは振り向いて私達に聞いてきた。
「んじゃあ何? まだなーんにも決まってないんだ?」
「そういうことになるな。何か意見があったら教えてくれよ。同じ商店街の商売人として、さ」
「えー……? 商売人って言っても、開いてる店の種類は違うしなぁ……」
頭を掻きながら、ルシエラさんは私達の前を歩く。口調は軽いが、私達と同じように考え込んでいるようだった。
「んー……例えばさ、何かお祝いするとかはどうよ?」
「お祝い? 例えば?」
「そんなのはすぐに思い付かないけど……でもほら、会社や役所を退職するときだって、花束を貰ったりするでしょ? やっぱり最後は、何かお祝いして終わった方が良いんじゃない?」
「ふむ……」
退職の際に花束を贈ったりするのは、この世界でも共通しているのか。また一つ賢くなった。
「じゃあ舞は? 何かお祝いの方法とか良いの無い?」
「え、私?」
突然話を振られて、思わず困惑してしまう。少し迷ったが、退職と聞いて思い付いた事があった。
「あ、じゃあさ、送別会を開くとかはどう?」
「「……送別会?」」
ネロとルシエラの声がハモる。
「ほら、『今までお疲れ様でした』みたいな感じで……送別会てのとは、また少し違うかもしれないけど」
「送別会か……良いんじゃない?」
私の意見に、ルシエラさんは快く賛同してくれた。自分の意見が認められるのって、やっぱり嬉しい。
「となると、どういうのが良いか具体的な計画を立てないとね。お遊戯会みたいなお粗末なものだとつまらないし」
八百屋の前で白菜を両手ににらめっこしながら、ルシエラさんがネロに向けて話す。
「待て待て、まだやると決まった訳じゃ無いだろ」
「あら、私は彼女の意見に賛成よ? だって面白そうじゃない。せっかく一度きりのお祝いなんだから、喜んでくれそうなものにしないと」
右手に取った白菜を八百屋の店主に渡しながら、ルシエラさんは笑う。
「それはそうだが……送別会を開くとしたらどこで? どんな風に?……あとそれも持たなきゃ駄目なのか?」
「当たり前でしょ。これで最後だからお願いね」
「…………」
渡された白菜をネロは無言で見つめる。
流石に文句を言うかと思ったけど、ネロは特に何も言わない。ただ、ネロの目が少し冷たくなっているのを私は見逃さなかった。
「ちゃちくない物……なら大勢でやった方が良いわよね……となれば……」
私達の前を歩きながら、ルシエラさんはブツブツ呟いている。
そんな後ろ姿を眺めながら、私はネロに尋ねた。
「ネロ、なんかさっきからルシエラさんの要求を聞いてばかりだけど、そんなにルシエラさんに逆らったら怖いことになるの?」
「それもある。でもそれだけじゃない。単純に彼女には、頭が上がらないのさ」
ネロは自嘲気味に笑いながら囁く。
「何のコネも無い、小さなこの商店街で探偵事務所を開くのに、僕は相当苦労してね。振興会の者達を納得させるのに、彼女が協力してくれたんだ。僕が今事務所を開けるのも、彼女が力を貸してくれたからなんだよ」
「そうなんだ……だからルシエラさんには頭が上がらないんだね」
「まぁ……そんなところだよ。少しは手加減してくれって思うけど……」
そう言って苦笑するネロは、どこか懐かしそうだった。
そこで私は変な疑問を覚えた。
『そこまでして探偵事務所を開きたかった理由は何なの?』──と。
聞いてみようかと一瞬思った瞬間、「よし!」と言ってルシエラさんが手をパン!と鳴らした。
「ルソーさんの送別会、商店街の主催でやろっか!」
「へ?」
「なに?」
余りにも唐突な提案に、私とネロは一様に疑問の声を漏らした。
「だーかーら、商店街全体でルソーさんの店の閉店祭を開催するのよ! お客さんは沢山呼べるし、悲しいムードなんかにならない!」
「なっ……!?」
ルシエラさんの提案は余りにも大胆で、そして前代未聞だ。商店街の一店舗の閉店を、商店街全体で閉店セールとして祝おうということだ。
それは流石にやり過ぎじゃないか。そんな事をルシエラさんに言ったが、「人生何事も『やり過ぎる』なんて事は無いのよ!」と言われてしまった。
「どうするネロ? なんか大事になってきたんだけど……」
「いや……僕に言われても……」
困惑するネロを尻目に、ルシエラさんは既に勝手に話を進めてる。
「こうしちゃいられないわ……これは滅多に無い商店街を盛り上げるチャンス! 急いで振興会で提案しないと!」
駄目だ。ルシエラさんは既にブレーキが壊れてる。すがるようにネロを見ても、ネロは黙って首を振るだけだ。
「ほらネロ! それにあなたも! 急いで私の店に来て! 計画を立てるわよ!」
今にも走り出しそうなルシエラさんを見て、ネロが彼女に逆らえない理由がよく分かった。
確かにこれじゃ、誰も逆らえないわ……
えーっと……結論から言うと、私達が事務所に帰って来た時、時刻は既に零時頃を回ってました。
計画・立案に関してはルシエラさんは優秀で、あっという間に大まかな閉店セール(と、私は言ってる)の内容を考えてくれたの。
その後ネロは、突然集められて明らかに不満そうな振興会のお偉いさん達相手に大立回りを演じたんだけど、その辺についてはパス!
ちなみにネロ曰く、「二度としたくない」とのことだそうよ。
その日から二日も経たないうちに、私とネロはルソーさんに計画を伝えに言った。
「送別会代わりの閉店祭!? どうしてそうなったの!?」
ルソーさんは相当ビックリしてるけど、私たちもまだビックリしています。ルシエラさんの行動力ホントに凄い。
取り敢えず上がって、というルソーさんの言葉に甘えて、私達はルソーさんの店にまたお邪魔した。
以前、二人だけのお茶会を開いた二階の食卓に再び上がった私は、ルソーさんがお茶を淹れている間、椅子の上で大人しくしていた。
以前はいなかったネロはというと、部屋の壁に飾られた写真をさっきからジロジロ見ている。
人様の部屋をジロジロ見るのは少し失礼じゃないか。そう思って、私はネロの元に近づく。
「ネロ、あまり人の部屋の写真をジロジロ見ない方がいいわよ。ほら、早く座って」
「あぁ……」
口では生返事を返すが、ネロの視線は一枚の写真に吸い寄せられている。
「なに? その写真がどうしたの?」
「……これ、君が見たっていう写真?」
「え?」
よく見ると、ネロが注目していた写真は私が以前見たのと同じだった。
「えぇそうよ。どうして分かったの?」
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