裏路地の異世界商店街

TEL

文字の大きさ
上 下
21 / 38
第二章 最高の幕の下ろし方

第二十話 老狐の決断─1

しおりを挟む
「いやぁ~……心配かけさせちゃってごめんね」
 病院のベッドの上で、上半身を起こしたルソーさんが照れ笑いをした。
「いいよいいよ、大事に至った訳でも無かったし。ルソーさんが元気で何よりだから」
 私はベッドの隣の椅子に腰かけながら答えた。


 ルソーさんが病院に運ばれたという話を聞いて、私とネロはすぐにその病院へと駆け込んだ。
 話によると、ルソーさんが運ばれた理由は腰痛らしい。朝起きると、布団から体を起こすのすらままならなかったらしいのだ。

 ルソーさん自身はとても元気で、夕方には腰痛もマシになっていた。大事をとって二、三日は入院するらしい。その間、ルソーさんの床屋は休みとなった。


「だから早目に病院へ行けと言ったんだ。もしかしたら、取り返しのつかない事になってたかもしれないんだぞ?」
 リンゴの皮を、器用に果物ナイフで切っているネロが、不機嫌そうな声で言った。ネロとしては、自分の忠告を無視されたように思えるのだろう。

「でもねぇ……私も店があるし、やっぱり病院自体遠いからね。医療費だって馬鹿になんないし」
「だとしても、だ。自分の命は金で買えない。だが今ある命を金で救うことは出来る。忘れるな」
 不機嫌な声とは裏腹に、手の中のリンゴはいつの間にか丁寧にカットされている。皿に盛り付けられたリンゴに、私とルソーさんは競うように手を伸ばした。


「リンゴはまだあるから焦らなくていい。その調子なら、退院はすぐに出来そうだな」 
 苦笑しながら、ネロがルソーさんに尋ねた。
「そうね。明日にでも退院は出来そうだわ。というより腰痛自体は入院した日のうちに直ってたのよ。それを医者が大袈裟にして……あぁ、入院費どれくらいかかるのかしら?」

 ルソーさんが演技っぽく天を仰ぐ。確かにこの様子なら、もうすっかり元気そうだ。
「じゃああまり遅くなるといけないし、僕らはそろそろ帰るとするよ」
「あらそう? もう少しいてもいいのに」
「生憎だが、僕らにも自分の店があるんだよ」
「まっっったくお客の来ない店がね」
「こら舞!」


 そう言って喧嘩(というより小競り合い?)を始めた私達を、ルソーさんは名残惜しそうに眺めていた。
「ねぇ、ネロちゃん。ちょっと良いかしら」
「うん? なんだい?」
「明日……退院したら、ネロちゃんの事務所に寄っても構わないかしら?」
「別にいいけど……どうして?」
「それは、明日のお楽しみ」

 そう言って、ルソーさんはいたずらっ子のような笑みを浮かべた。




「ルソーさんも大変だね。お店があるのに、腰痛なんか患っちゃって……」
 帰り道、私はネロに対してそう言った。
「腰痛のせいで、ルソーさんの商売に影響が出たらどうしよう?」
「う~ん……でも、ルソーさんが腰痛持ちなのは、きっとお店が原因の一つだと思うな」
「え? そうなの?」私は驚く。
「あくまで仮説だけどね」
 そう前置きしてから、ネロは話始めた。

「ルソーさんのやってる店が何かは、舞も知ってるだろう?」
「うん、床屋だよね」
 私の答えに、ネロは「正解だ」と言うように頷いた。

「床屋という商売は、長時間立ちっぱなしでの作業が多い。そして腰痛の主な原因の一つも、長時間立ちっぱなしでいることなんだよ」
「……そうなんだ」
 沈んだ私の声を聞いて、ネロが慌ててフォローをいれる。

「もちろんこれはあくまで仮説だから、それが原因と確かには言えないよ。もっと他に原因があるかもしれないし……」
「そっか……分かった。ごめんね、気を使わせちゃって」
「僕は別にそんなつもりじゃ……」

 ネロは小さな声で言うが、これ以上聞いていても悲しくなるだけだ。
 この話題はさっさと切り上げて、何か別の話題に移ろう。



 事務所前にて──
「だから! 目玉焼きにはケチャップでしょ! 私ずっとそうしてきたもん!」
「何言ってるんだ、目玉焼きは塩コショウで十分だろ! ケチャップを使ったらオムレツと変わらないじゃないか!」
「全然違うわよ何言ってるの!? 塩コショウって何? じゃあネロはオムレツに塩コショウ振るの!?」
「それこそ全然違うじゃないか!」


『目玉焼きには何をかけるか──?』これも話題に出すべきでは無かったな……
 ちなみにその日の夕食は、これでもかと塩コショウがかけられた目玉焼きオンリーだった。

 ムカついた私が、ネロの目玉焼きにケチャップをぶちまけたのはまた別の話。




 翌日、約束通りにルソーさんは来た。
 退院したルソーさんの片手にはステッキが握られていたが、それ以外に変わったところは特に無い。

「少し朝早かったかしら?」
「気にしないでくれ。老人の朝が早いことは重々承知してる」
 何気に失礼な事を言ったネロの脇腹に、ルソーさんが見えない角度からエルボーを喰らわせる。

 脇腹を押さえたネロが凄い形相でこちらを睨むが、私は構わずニコニコする。目玉焼きの恨み、忘れた訳じゃないからね。
「……じゃあ、そろそろここへ来た理由を教えてくれるか?」
「そうね……と言っても、用件は大体察しがつくんじゃない? わざわざ『探偵事務所』に来てるんだし」
 探偵事務所のところを強調して、ルソーさんが言った。
「……依頼か」
「そう。ネロちゃん達に、私から依頼したいことがあるの」


 そう言ったルソーさんの口から、次の瞬間衝撃的な言葉が出た。


「私の店……。手伝ってくれる?」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

処理中です...