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Break time……その1
第十九話 異世界についての一考察
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私の名前は久留米舞。親に捨てられ独り暮らしを強いられていた事以外は、ごく普通の十八歳女性だ。
そんな私はある日、ひょんな事からとても不思議な世界へと迷い混んでしまった。自分の他の人間は数少なく、獣人や妖精と呼ばれる種族が当たり前のようにいる世界だ。
そんな世界で出会った狼の獣人──ネロの家に居候することになった私は、ネロの営む探偵事務所で、依頼人兼探偵助手として生活している。
「…………」
生活している──のだが。
「暇だ……」
私はソファで寝そべって、そう呟いた。
「……仕方ないだろう、依頼が来ないんだから」
私の視線の先にある、マホガニー製の机に腰かけたネロが答えた。
「依頼人が全然来ない探偵事務所なんて、探偵事務所として致命的じゃない。ボックルちゃんの時が、最後にやった依頼らしい依頼だったし」
「ちょっと待った、それは心外だぞ。確かに依頼人は少ないが、決して全然来ないわけでは無いからな」
言いながらネロがこちらに歩いてくる。
「それに、依頼ならこの前来てたじゃないか」「逃げたペットの猫を探してくれっていうね。まさか異世界で猫探しをする羽目になるなんて、思いもしなかったわよ」
「探偵の仕事なんてそんなもんさ。むしろボックルの依頼が特殊だったんだ」
向かいのソファに座ったネロが、ふと自分の手を顎の下にのせる。ネロが何かを考える時、こういう癖をするんだと最近気づいた。
「そういえば、前から気になっていたんだが……君が言う、その『異世界』って何の事だ?」
「え? あぁ、確かにネロから見たら別に異世界でも無いわよね」
私はネロと向き合って口を開く。
「私の世界ではね、今私がいるこんな世界の事を異世界って言うの。異なる世界って意味でね」
「なるほど。確かに君のいた世界には妖精や獣人もいなかったらしいしね。異なる世界という意味では、それ以上に相応しい言葉は無いだろう」
納得したのか、ネロがうんうんと頷く。
「そういやさ、私この世界についての具体的な事を何も知らないんだけど……どうせだしさ、色々教えてくれない?」
「そうだな……知っておいて損は無いし、教えておくか」
そう言ったネロは立ち上がって、本棚に置いてあった一冊の本を取り出した。
「それは?」
「地図帳だよ。といっても、少し古いタイプだけど」
ネロがページを開くと、そこには見開きを一面に使った、五つの大陸の絵が描かれていた。
「この世界は主に、五つの大陸で成り立っている。真ん中に一つの大陸があって、その周りを囲むように四つの大陸があるんだ」
ネロの説明は、そんな言葉から始まった。
「まず真ん中の大陸から北東に位置するのが、僕らのいるファルトサーラ大陸。ここにはトリンティアの他に、ミシュハイドやコルティオと言った国がある」
「トリンティアって、私達がいる国だよね? リシュフォールさんがいる……」
「……あぁ、その通りだよ」
リシュフォールさんの名前を聞いたネロは、心底嫌そうな顔をした。どれだけ嫌いなんだあの人の事。
気を取り直したネロは、咳払いをしてから話を続けた。
「そこから真っ直ぐ南にあるのが、二番目に大きいリポルトス大陸。プラーシアとかゲルトールと言った国がある、年中温暖な大陸だ」
ネロの指がそのまま左に動く。
「ここがパラミスト大陸。ここは温暖というより砂漠地帯が多く乾燥している。有名な国はフェルバンとかかな」
そこから北へ指をずらすと、一際大きい大陸が目に入った。
「これがこの世界で一番大きな大陸のベアトスルだ。この大陸はすごい。エタトスという一つの国が、大陸全てを領土としているんだ」
「えっ? この大陸そのものが一つの国なの?」
「そう言うこと。だからエタトスは国際社会の中でも最も発言力が強く、『世界のリーダー』なんて呼ばれてる」
「世界のリーダーか……」
私の世界で言う、アメリカみたいな物なのだろうか?
「じゃあ、この真ん中の大陸は?」
尋ねると、ネロの顔が少し曇った。
「あぁ……それはね、魔族のいた大陸なんだ」
「魔族?」
「そう、ダイタニアス大陸と言って、通称『呪われた大陸』と言われている」
「呪われた大陸……」
恐ろしい二つ名に、私は少し震えた。
「かつてこの大陸には、魔族と呼ばれる種族がいた。魔族は度々他の大陸に侵攻して、領土を拡大していたんだ」
「していたって……なんで過去形なの?」
「魔族はもういないからさ」
ネロが呟く。
「今から20年以上前、エタトスを中心にした国々の人間たちが、魔族の壊滅のために戦争を仕掛けたんだ。やられる前にやってやれ、ってね」
「結果はどうなったの?」
「人間達は甚大な被害を出しながらも……最終的に、エタトスの『最強の魔術師』を中心とした勇者軍が魔族の王ヴェルザードを討伐したことで、魔族は人間達に追い込まれるようになった。結果、魔族は少しの残党を残して壊滅したんだ」
「…………」
ネロは淡々と話すが……それは結構凄いことではないだろうか。魔族とはいえ、人間が一つの種族を滅ぼすとは……
「そんな事もあって、この世界における人間の立場はとても高い。獣人や妖精なんかよりも、ね」
「そう……だったんだ」
私は少し、複雑な気持ちになる。
「前も言った気がするけど、エタトスは人間の比率がとても高い。エタトスの権力が強いのも、それが理由の一つなんだ。人間の多い国家だからね」
「なるほど……」
「別に僕は今の世界情勢に関心がある訳じゃないけど、少しエタトスに力がつきすぎているってのが正直な感想かな。魔族の残党狩りなんてのも、最近始めたらしいしね」
「──魔族も、決して悪い奴らばかりって訳じゃ無いんだけど──」
「え? 今なんて?」
「……何でもない、独り言だよ」
……怪しい。何か変なことを言ったに違いない。
追求してやろうと私が口を開いた瞬間、事務所のドアが、バン!! と音をたてて開いた。
ドアの方を見ると、そこには荒息をたてているボックルちゃんが立っていた
「どうしたボックル……店は安定してきたんじゃないのか?」
「……ルソーさんが……」
「え?」
ぜぇぜぇ言いながら、ボックルちゃんは叫んだ。
「ルソーさんが……病院へ運ばれたんだ!!」
そんな私はある日、ひょんな事からとても不思議な世界へと迷い混んでしまった。自分の他の人間は数少なく、獣人や妖精と呼ばれる種族が当たり前のようにいる世界だ。
そんな世界で出会った狼の獣人──ネロの家に居候することになった私は、ネロの営む探偵事務所で、依頼人兼探偵助手として生活している。
「…………」
生活している──のだが。
「暇だ……」
私はソファで寝そべって、そう呟いた。
「……仕方ないだろう、依頼が来ないんだから」
私の視線の先にある、マホガニー製の机に腰かけたネロが答えた。
「依頼人が全然来ない探偵事務所なんて、探偵事務所として致命的じゃない。ボックルちゃんの時が、最後にやった依頼らしい依頼だったし」
「ちょっと待った、それは心外だぞ。確かに依頼人は少ないが、決して全然来ないわけでは無いからな」
言いながらネロがこちらに歩いてくる。
「それに、依頼ならこの前来てたじゃないか」「逃げたペットの猫を探してくれっていうね。まさか異世界で猫探しをする羽目になるなんて、思いもしなかったわよ」
「探偵の仕事なんてそんなもんさ。むしろボックルの依頼が特殊だったんだ」
向かいのソファに座ったネロが、ふと自分の手を顎の下にのせる。ネロが何かを考える時、こういう癖をするんだと最近気づいた。
「そういえば、前から気になっていたんだが……君が言う、その『異世界』って何の事だ?」
「え? あぁ、確かにネロから見たら別に異世界でも無いわよね」
私はネロと向き合って口を開く。
「私の世界ではね、今私がいるこんな世界の事を異世界って言うの。異なる世界って意味でね」
「なるほど。確かに君のいた世界には妖精や獣人もいなかったらしいしね。異なる世界という意味では、それ以上に相応しい言葉は無いだろう」
納得したのか、ネロがうんうんと頷く。
「そういやさ、私この世界についての具体的な事を何も知らないんだけど……どうせだしさ、色々教えてくれない?」
「そうだな……知っておいて損は無いし、教えておくか」
そう言ったネロは立ち上がって、本棚に置いてあった一冊の本を取り出した。
「それは?」
「地図帳だよ。といっても、少し古いタイプだけど」
ネロがページを開くと、そこには見開きを一面に使った、五つの大陸の絵が描かれていた。
「この世界は主に、五つの大陸で成り立っている。真ん中に一つの大陸があって、その周りを囲むように四つの大陸があるんだ」
ネロの説明は、そんな言葉から始まった。
「まず真ん中の大陸から北東に位置するのが、僕らのいるファルトサーラ大陸。ここにはトリンティアの他に、ミシュハイドやコルティオと言った国がある」
「トリンティアって、私達がいる国だよね? リシュフォールさんがいる……」
「……あぁ、その通りだよ」
リシュフォールさんの名前を聞いたネロは、心底嫌そうな顔をした。どれだけ嫌いなんだあの人の事。
気を取り直したネロは、咳払いをしてから話を続けた。
「そこから真っ直ぐ南にあるのが、二番目に大きいリポルトス大陸。プラーシアとかゲルトールと言った国がある、年中温暖な大陸だ」
ネロの指がそのまま左に動く。
「ここがパラミスト大陸。ここは温暖というより砂漠地帯が多く乾燥している。有名な国はフェルバンとかかな」
そこから北へ指をずらすと、一際大きい大陸が目に入った。
「これがこの世界で一番大きな大陸のベアトスルだ。この大陸はすごい。エタトスという一つの国が、大陸全てを領土としているんだ」
「えっ? この大陸そのものが一つの国なの?」
「そう言うこと。だからエタトスは国際社会の中でも最も発言力が強く、『世界のリーダー』なんて呼ばれてる」
「世界のリーダーか……」
私の世界で言う、アメリカみたいな物なのだろうか?
「じゃあ、この真ん中の大陸は?」
尋ねると、ネロの顔が少し曇った。
「あぁ……それはね、魔族のいた大陸なんだ」
「魔族?」
「そう、ダイタニアス大陸と言って、通称『呪われた大陸』と言われている」
「呪われた大陸……」
恐ろしい二つ名に、私は少し震えた。
「かつてこの大陸には、魔族と呼ばれる種族がいた。魔族は度々他の大陸に侵攻して、領土を拡大していたんだ」
「していたって……なんで過去形なの?」
「魔族はもういないからさ」
ネロが呟く。
「今から20年以上前、エタトスを中心にした国々の人間たちが、魔族の壊滅のために戦争を仕掛けたんだ。やられる前にやってやれ、ってね」
「結果はどうなったの?」
「人間達は甚大な被害を出しながらも……最終的に、エタトスの『最強の魔術師』を中心とした勇者軍が魔族の王ヴェルザードを討伐したことで、魔族は人間達に追い込まれるようになった。結果、魔族は少しの残党を残して壊滅したんだ」
「…………」
ネロは淡々と話すが……それは結構凄いことではないだろうか。魔族とはいえ、人間が一つの種族を滅ぼすとは……
「そんな事もあって、この世界における人間の立場はとても高い。獣人や妖精なんかよりも、ね」
「そう……だったんだ」
私は少し、複雑な気持ちになる。
「前も言った気がするけど、エタトスは人間の比率がとても高い。エタトスの権力が強いのも、それが理由の一つなんだ。人間の多い国家だからね」
「なるほど……」
「別に僕は今の世界情勢に関心がある訳じゃないけど、少しエタトスに力がつきすぎているってのが正直な感想かな。魔族の残党狩りなんてのも、最近始めたらしいしね」
「──魔族も、決して悪い奴らばかりって訳じゃ無いんだけど──」
「え? 今なんて?」
「……何でもない、独り言だよ」
……怪しい。何か変なことを言ったに違いない。
追求してやろうと私が口を開いた瞬間、事務所のドアが、バン!! と音をたてて開いた。
ドアの方を見ると、そこには荒息をたてているボックルちゃんが立っていた
「どうしたボックル……店は安定してきたんじゃないのか?」
「……ルソーさんが……」
「え?」
ぜぇぜぇ言いながら、ボックルちゃんは叫んだ。
「ルソーさんが……病院へ運ばれたんだ!!」
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