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第48話
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手順は間違っていないと思うが、なぜこんなにも不安しかないのだろう。私が裁縫に関してはド素人だからなのか、それとも阿部君が私に輪をかけてド素人だからなのか。でもまあ、エセ目出し帽ができたのは事実だ。それなら目出し帽を買って、それに猫耳などの装飾を施せばいいのになんて言うやつは、何も分かっていない。
阿部君のようなできない人でも、何の根拠もない自信で何でも思い通りに作れると想像はできるのだ。それでいざ作ろうとすると、何から始めるのかさえ分からない。結果、近くにいる人に八つ当たりをして溜飲を下げるようになっている。絵を描くのが苦手な人は、この気持が分かると思うが、どうだ?
と、私が話を逸らしてあげている間に、阿部君は鏡を見ながら真っ白のてるてる坊主型覆面に落書きを……じゃなくて、おそらくトラの絵を描いている。布切れをテーブルに置いている状態でも、トラだとは分からないトラを描いていたくらいだから、私の言いたいことは分かってもらえるだろう。
でもどうしても一つだけ言わせておくれ。阿部君は後で耳を縫い付けるという手間を惜しんだのか、それとも阿部君の目にはトラがそういう風に見えているのか、阿部君のトラにはおでこに耳があるのだ。それはさすがの私でも堪えきれない。その場にいると危険なので、慌ててトイレに駆け込んでしまった。ピカソがトラを描けばこうなると言えば、阿部君は褒め言葉として受け取ってくれるだろうか。願わくば、覆面の出来を私に聞きませんように。
しばらくしてからトイレから出てみると、阿部君はもうすでに覆面を外していて、何やらヒョウ柄の布を前にして思案していた。私には阿部君が何を考えているか分かるぞ。阿部君は日本でのミッション時に着ていたヒョウ柄のワンピースを作りたいのだ。
生地を買った時はすっかりイメージができていたので、何の迷いもなく買ったのだろう。しかし、覆面を作ろうとした時と同様いやそれ以上に、どこからどういう風に手をつけていいのか全く分からない。そらそうだろう。取れたボタンを付ける程度の裁縫道具と一本の事務用ハサミだけで、素人の阿部君が一枚の布からワンピースを作れるわけがないのだ。おそらく阿部君も気づいているはず。てるてる坊主型覆面をなんとか作った程度の自分が、ワンピースをそれもミッションに使えるような丈夫で動きやすいワンピースなんて、100年かかっても作れないと。
はあー、またもや私が怒られる時が来たようだ。仕方がない。これもリーダーの大事な仕事だ。
「阿部君、まだ時間があるし、市販のワンピースを買いに行こうか? 大量生産の服なら、おそらく足がつかないよ」
「時間があるなら、ワンピースを作れるじゃないの」なんて言うはずもなく、「しょうがないですね。たまにはリーダーの意見を参考にしてあげますよ。だから、いつまでもふてくされてないでください」と渋々納得してくれた。
もちろん私はふてくされてなどいない。もちろん私は否定しない。笑顔で「行ってらっしゃい」と言うだけだ。
時間ができた私は、阿部君が残していったヒョウ柄の布を見て思いついた。人間用の服は作れなくても、犬用というかトラ用のなら作れるかもしれないと。服とはいっても、明智君が付けていたようなマントだけれども。
そしてそれをトラゾウに付けてあげれば、周囲からは大きめの犬がヒョウ柄の服を着ているように見えるのではないだろうか。うん、きっとそう見える。そうすればライオンの覆面だけを付けているよりは不自然さがなくなり、いくらでも人目につかなくなるだろう。
トラゾウを明智君救出作戦に連れていくかどうか迷っていたけど、これで自信を持って連れていけるじゃないか。どうせ阿部君は有無を言わさず連れていくつもりだっただろうし、一つ心配のタネが減ったぞ。
私はトラゾウのトラ模様ができるだけ見えなくなるようにヒョウ柄の布を大きくカットして、トラゾウに付けてあげた。うん、完璧だ。服というよりはマント、というよりはカッパのように見える。どこからどう見てもヒョウ柄のカッパを着せられた犬にしか見えない……ように期待しよう。
これで、トラゾウと私のコスチュームは完璧だな。実は、私はいつもの地味なブルーのコスチュームという名のデニムの上下を普段着として持ってきていたのだ。さすが私だな。いついかなる時も、無意識に怪盗になる準備ができているのだから。
あれ? 『ブルー』というコードネームは今回もトラゾウのものなのか? うーん、考えるまでもないな。トラゾウの出で立ちに青の要素が全くないが、そんな事を気にしている場合ではない。はっきり言って、今回のミッションは今までとは桁違いなのだから、やらなければならない事がある。
今回こそは緻密な作戦を練らないと、私たちは怪盗を続けられなくなる。分かりやすく言うと、自由を失う。そう、刑務所に入るのだ。それも、フランスの。そのくせ、原因を作った明智君は犬だという理由だけで、日本よりも動物愛護の精神が行き届いているこのフランスで余生を謳歌するのだろう。もっと酷いのは阿部君だ。私に誘拐されたとか言って、自分は世間に同情されて全責任を私に負わせるに決まっている。被害妄想と断言できる奴はいるか?
あれ? 私らしくないな。失敗するのをイメージしていたらだめじゃないか。忘れてくれ。失敗しないための作戦を練ればいいだけだ。
なので阿部君が帰ってくるまでに、私がある程度は作戦を考えておかないといけないぞ。と思ったところで、阿部君が両手いっぱいの荷物を抱えて帰ってきてしまった。トラゾウの服の製作に思いのほか時間を費やしてしまったようだ。仕方がないから、作戦を考えるのに阿部君も加えてやるか。私の口車があれば、阿部君が知らず識らずのうちに思い通りに操作できるはず。そうすれば、素晴らしく完璧な作戦はできているし、阿部君はいかにも作戦は自分が考えたと錯覚して上機嫌になっていることだろう。
阿部君のようなできない人でも、何の根拠もない自信で何でも思い通りに作れると想像はできるのだ。それでいざ作ろうとすると、何から始めるのかさえ分からない。結果、近くにいる人に八つ当たりをして溜飲を下げるようになっている。絵を描くのが苦手な人は、この気持が分かると思うが、どうだ?
と、私が話を逸らしてあげている間に、阿部君は鏡を見ながら真っ白のてるてる坊主型覆面に落書きを……じゃなくて、おそらくトラの絵を描いている。布切れをテーブルに置いている状態でも、トラだとは分からないトラを描いていたくらいだから、私の言いたいことは分かってもらえるだろう。
でもどうしても一つだけ言わせておくれ。阿部君は後で耳を縫い付けるという手間を惜しんだのか、それとも阿部君の目にはトラがそういう風に見えているのか、阿部君のトラにはおでこに耳があるのだ。それはさすがの私でも堪えきれない。その場にいると危険なので、慌ててトイレに駆け込んでしまった。ピカソがトラを描けばこうなると言えば、阿部君は褒め言葉として受け取ってくれるだろうか。願わくば、覆面の出来を私に聞きませんように。
しばらくしてからトイレから出てみると、阿部君はもうすでに覆面を外していて、何やらヒョウ柄の布を前にして思案していた。私には阿部君が何を考えているか分かるぞ。阿部君は日本でのミッション時に着ていたヒョウ柄のワンピースを作りたいのだ。
生地を買った時はすっかりイメージができていたので、何の迷いもなく買ったのだろう。しかし、覆面を作ろうとした時と同様いやそれ以上に、どこからどういう風に手をつけていいのか全く分からない。そらそうだろう。取れたボタンを付ける程度の裁縫道具と一本の事務用ハサミだけで、素人の阿部君が一枚の布からワンピースを作れるわけがないのだ。おそらく阿部君も気づいているはず。てるてる坊主型覆面をなんとか作った程度の自分が、ワンピースをそれもミッションに使えるような丈夫で動きやすいワンピースなんて、100年かかっても作れないと。
はあー、またもや私が怒られる時が来たようだ。仕方がない。これもリーダーの大事な仕事だ。
「阿部君、まだ時間があるし、市販のワンピースを買いに行こうか? 大量生産の服なら、おそらく足がつかないよ」
「時間があるなら、ワンピースを作れるじゃないの」なんて言うはずもなく、「しょうがないですね。たまにはリーダーの意見を参考にしてあげますよ。だから、いつまでもふてくされてないでください」と渋々納得してくれた。
もちろん私はふてくされてなどいない。もちろん私は否定しない。笑顔で「行ってらっしゃい」と言うだけだ。
時間ができた私は、阿部君が残していったヒョウ柄の布を見て思いついた。人間用の服は作れなくても、犬用というかトラ用のなら作れるかもしれないと。服とはいっても、明智君が付けていたようなマントだけれども。
そしてそれをトラゾウに付けてあげれば、周囲からは大きめの犬がヒョウ柄の服を着ているように見えるのではないだろうか。うん、きっとそう見える。そうすればライオンの覆面だけを付けているよりは不自然さがなくなり、いくらでも人目につかなくなるだろう。
トラゾウを明智君救出作戦に連れていくかどうか迷っていたけど、これで自信を持って連れていけるじゃないか。どうせ阿部君は有無を言わさず連れていくつもりだっただろうし、一つ心配のタネが減ったぞ。
私はトラゾウのトラ模様ができるだけ見えなくなるようにヒョウ柄の布を大きくカットして、トラゾウに付けてあげた。うん、完璧だ。服というよりはマント、というよりはカッパのように見える。どこからどう見てもヒョウ柄のカッパを着せられた犬にしか見えない……ように期待しよう。
これで、トラゾウと私のコスチュームは完璧だな。実は、私はいつもの地味なブルーのコスチュームという名のデニムの上下を普段着として持ってきていたのだ。さすが私だな。いついかなる時も、無意識に怪盗になる準備ができているのだから。
あれ? 『ブルー』というコードネームは今回もトラゾウのものなのか? うーん、考えるまでもないな。トラゾウの出で立ちに青の要素が全くないが、そんな事を気にしている場合ではない。はっきり言って、今回のミッションは今までとは桁違いなのだから、やらなければならない事がある。
今回こそは緻密な作戦を練らないと、私たちは怪盗を続けられなくなる。分かりやすく言うと、自由を失う。そう、刑務所に入るのだ。それも、フランスの。そのくせ、原因を作った明智君は犬だという理由だけで、日本よりも動物愛護の精神が行き届いているこのフランスで余生を謳歌するのだろう。もっと酷いのは阿部君だ。私に誘拐されたとか言って、自分は世間に同情されて全責任を私に負わせるに決まっている。被害妄想と断言できる奴はいるか?
あれ? 私らしくないな。失敗するのをイメージしていたらだめじゃないか。忘れてくれ。失敗しないための作戦を練ればいいだけだ。
なので阿部君が帰ってくるまでに、私がある程度は作戦を考えておかないといけないぞ。と思ったところで、阿部君が両手いっぱいの荷物を抱えて帰ってきてしまった。トラゾウの服の製作に思いのほか時間を費やしてしまったようだ。仕方がないから、作戦を考えるのに阿部君も加えてやるか。私の口車があれば、阿部君が知らず識らずのうちに思い通りに操作できるはず。そうすれば、素晴らしく完璧な作戦はできているし、阿部君はいかにも作戦は自分が考えたと錯覚して上機嫌になっていることだろう。
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