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第47話
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警察学校で覆面の作り方なんて学ばなかった私は、まずは画用紙にあの最初に使っていたふざけたロボットの面のつもりで絵を描いた。あくまでも変装のためなので、できはどうでもいい。別に上手に描けなかった言い訳ではないからな。それから目と口にあたる部分に穴を開け、両耳にあたる部分には輪ゴムを通した。その輪ゴムを耳にかけて装着する簡易的なお面だけど、時間も材料も技術も限られている状況なので妥協しよう。
一方、阿部君はと言えば……。阿部君も大学で覆面の作り方は学ばなかったようで、それでも最低限のプライドがあるのか、私のように画用紙ではなく布切れを準備していた。ただプライドはあっても絵心はないようで、その布切れにはトラとは分からないトラが顔を出そうとしている。だけどこういう時は、絵の出来をからかってはいけないし、逆にお世辞で褒めるのも厳禁だ。見て見ぬ振りが一番なのだ。私も少しは阿部君の扱い方が分かってきている。そんな私の見えない気遣いを意に介さず、阿部君は黙々と覆面を完成させ、意気揚々と装着してみせた。
すると、柔らかい布切れを私のように輪ゴムで耳に固定しただけなので、頭の部分が垂れ下がりトラだと分からないどころか、せっかく開けた目の部分までもほとんど隠している。はっきり言って、おもしろい。
私は頑張ってこらえたが、トラゾウが遠慮なく笑うと、私に向かって何かが飛んできた。お面を付けている狭い視界で確認してみると、ハサミが壁に突き刺さっている。まあ、阿部君はコントロールに自信があって、私の顔のすぐ横を狙って投げたのだろう。うん。
「チッ」
阿部君の舌打ちが聞こえたような気はするが、空耳に決まっている。でもこのままだと、阿部君が不機嫌のままミッションに臨むことになるので、私は何かしらのアドバイスをした方がいいのだろう。
「阿部君、お面のようではなく、思い切ってフルフェイスにしてみたら?」
「そうしようと思ってたとこですよ。これはあくまでも試作品なんだから」
機嫌が悪いなりに、私の言うことを聞いてくれたのでよしとしておくか。ただ、そうは言っても、フルフェイスにしようとするなら、立体的になるように何枚かの布切れをつなぎ合わさないといけない。果たして阿部君にそんなまねができるのだろうか? 結論を言うと、無理だった。
最初に描いたトラかどうか分からないトラとずっとにらめっこをしているだけで、全く微動だにしない。材料の布切れは余るほどあるのにだ。これは失敗を恐れて手を付けられないのではなく、何をしたらいいのか分からないのだろう。だからって阿部君と同じレベルであろう私が、これ以上のアドバイスなんてできるはずがない。もし私が覆面作りのプロだとしても、阿部君からの仕打ちが恐くてアドバイスをするのはためらうかもしれないが。まあそれでも私なりに必死で考えを巡らせていると、閃いてしまった。
このまま黙っていても時間を無駄にするだけだろう。まずは阿部君の手の届く所に飛び道具がないかを確かめた。油性マジックがあるなあ。まあ当たっても、せいぜい打撲で済むだろう。命中しないのが一番なので、完全に視界を確保するために手作りのお面を外しておくか。あとは、声は届くが手が届かない距離も確保しておこう。あくまでも念の為でもあり、阿部君を殺人未遂などのような怪盗以外の犯罪者にしないためだ。決して私がビビってるのではなく、阿部君の将来のためだからな。誤解するなよ。私は恐いものなしなんだからな。私にかかれば、阿部君なんて赤子の手をひねる……。あんまりダラダラと話している場合ではないな。
「阿部君、てるてる坊主の要領でいいんじゃない?」
私は言うと同時に阿部君の動きに全神経を集中させた。阿部君は明らかに凶器となるものを探したが見つからなかったようだ。舌打ち混じりに握りこぶしを作っただけだった。私は心の底から安堵して、阿部君は憎まれ口を叩くことで妥協してくれたようだ。
「それを今からしようとしていたところなんだから、そんな自慢げに言わないでください」
「ご、ごめん」
私は決して自慢げに言ってないし、阿部君にプランがあったなんて絶対に嘘だ。そして、もちろん私は口答えしない。ただ、正直者の阿部君がこんなくだらない嘘をつくとは。裁縫に対してトラウマがあるのだろうか。あるのだろう。阿部君の口から語られることはないだろうが、私からも聞いてはいけない。それどころではないというのもあるけど、私はまだ死にたくないのだ。
阿部君も阿部君で、それなら素直に市販品の地味な目出し帽にしておけばいいのに。裁縫が下手ゆえに、オシャレには妥協をしたくないのだろうか。しかしここまで下手くそというか個性的なトラの絵がオシャレと言えるのだろうか。まあ見る人が見れば芸術的と言えるのかもしれないな。入るのも美術館だから、案外カモフラージュされるのかもしれないし。
私がこんな事を考えている間に、阿部君は黙々と覆面を作ろうとしている。まずは私に向かって投げつけた壁に突き刺さっているハサミを、トラゾウに取りに行かせた。トラのトラゾウがハサミを噛んで引っ張るが、よほど深く突き刺さっているのか思いのほか手こずっている。もし万が一あれが私に命中していたならと想像しないほうがいいだろう。ハサミを引き抜くのに一汗かいたトラゾウが戻ってくると、阿部君は鏡の前で何も描かれていない無地の布を頭からすっぽり被っていた。首の辺りにヘアバンドのような大きめのゴム布を付けている。
トラゾウが慎重にハサミを手渡すと、阿部君は素直に自然とお礼が口から出ていた。私のアドバイスに対してもあんな爽やかにお礼を言うことが、なぜできないんだろう……なんて1ミリも思ってないぞ。仏の私の感情なんて気にしないでおくれ。と、私の心の中の言葉を阿部君は理解してくれたのか、ハサミ片手に次の段階に入ろうとしている。被っている布から目と口にあたる部分を軽く前に引っ張りハサミで慎重に切り落とすと、とりあえずは簡易的な目出し帽となった。
一方、阿部君はと言えば……。阿部君も大学で覆面の作り方は学ばなかったようで、それでも最低限のプライドがあるのか、私のように画用紙ではなく布切れを準備していた。ただプライドはあっても絵心はないようで、その布切れにはトラとは分からないトラが顔を出そうとしている。だけどこういう時は、絵の出来をからかってはいけないし、逆にお世辞で褒めるのも厳禁だ。見て見ぬ振りが一番なのだ。私も少しは阿部君の扱い方が分かってきている。そんな私の見えない気遣いを意に介さず、阿部君は黙々と覆面を完成させ、意気揚々と装着してみせた。
すると、柔らかい布切れを私のように輪ゴムで耳に固定しただけなので、頭の部分が垂れ下がりトラだと分からないどころか、せっかく開けた目の部分までもほとんど隠している。はっきり言って、おもしろい。
私は頑張ってこらえたが、トラゾウが遠慮なく笑うと、私に向かって何かが飛んできた。お面を付けている狭い視界で確認してみると、ハサミが壁に突き刺さっている。まあ、阿部君はコントロールに自信があって、私の顔のすぐ横を狙って投げたのだろう。うん。
「チッ」
阿部君の舌打ちが聞こえたような気はするが、空耳に決まっている。でもこのままだと、阿部君が不機嫌のままミッションに臨むことになるので、私は何かしらのアドバイスをした方がいいのだろう。
「阿部君、お面のようではなく、思い切ってフルフェイスにしてみたら?」
「そうしようと思ってたとこですよ。これはあくまでも試作品なんだから」
機嫌が悪いなりに、私の言うことを聞いてくれたのでよしとしておくか。ただ、そうは言っても、フルフェイスにしようとするなら、立体的になるように何枚かの布切れをつなぎ合わさないといけない。果たして阿部君にそんなまねができるのだろうか? 結論を言うと、無理だった。
最初に描いたトラかどうか分からないトラとずっとにらめっこをしているだけで、全く微動だにしない。材料の布切れは余るほどあるのにだ。これは失敗を恐れて手を付けられないのではなく、何をしたらいいのか分からないのだろう。だからって阿部君と同じレベルであろう私が、これ以上のアドバイスなんてできるはずがない。もし私が覆面作りのプロだとしても、阿部君からの仕打ちが恐くてアドバイスをするのはためらうかもしれないが。まあそれでも私なりに必死で考えを巡らせていると、閃いてしまった。
このまま黙っていても時間を無駄にするだけだろう。まずは阿部君の手の届く所に飛び道具がないかを確かめた。油性マジックがあるなあ。まあ当たっても、せいぜい打撲で済むだろう。命中しないのが一番なので、完全に視界を確保するために手作りのお面を外しておくか。あとは、声は届くが手が届かない距離も確保しておこう。あくまでも念の為でもあり、阿部君を殺人未遂などのような怪盗以外の犯罪者にしないためだ。決して私がビビってるのではなく、阿部君の将来のためだからな。誤解するなよ。私は恐いものなしなんだからな。私にかかれば、阿部君なんて赤子の手をひねる……。あんまりダラダラと話している場合ではないな。
「阿部君、てるてる坊主の要領でいいんじゃない?」
私は言うと同時に阿部君の動きに全神経を集中させた。阿部君は明らかに凶器となるものを探したが見つからなかったようだ。舌打ち混じりに握りこぶしを作っただけだった。私は心の底から安堵して、阿部君は憎まれ口を叩くことで妥協してくれたようだ。
「それを今からしようとしていたところなんだから、そんな自慢げに言わないでください」
「ご、ごめん」
私は決して自慢げに言ってないし、阿部君にプランがあったなんて絶対に嘘だ。そして、もちろん私は口答えしない。ただ、正直者の阿部君がこんなくだらない嘘をつくとは。裁縫に対してトラウマがあるのだろうか。あるのだろう。阿部君の口から語られることはないだろうが、私からも聞いてはいけない。それどころではないというのもあるけど、私はまだ死にたくないのだ。
阿部君も阿部君で、それなら素直に市販品の地味な目出し帽にしておけばいいのに。裁縫が下手ゆえに、オシャレには妥協をしたくないのだろうか。しかしここまで下手くそというか個性的なトラの絵がオシャレと言えるのだろうか。まあ見る人が見れば芸術的と言えるのかもしれないな。入るのも美術館だから、案外カモフラージュされるのかもしれないし。
私がこんな事を考えている間に、阿部君は黙々と覆面を作ろうとしている。まずは私に向かって投げつけた壁に突き刺さっているハサミを、トラゾウに取りに行かせた。トラのトラゾウがハサミを噛んで引っ張るが、よほど深く突き刺さっているのか思いのほか手こずっている。もし万が一あれが私に命中していたならと想像しないほうがいいだろう。ハサミを引き抜くのに一汗かいたトラゾウが戻ってくると、阿部君は鏡の前で何も描かれていない無地の布を頭からすっぽり被っていた。首の辺りにヘアバンドのような大きめのゴム布を付けている。
トラゾウが慎重にハサミを手渡すと、阿部君は素直に自然とお礼が口から出ていた。私のアドバイスに対してもあんな爽やかにお礼を言うことが、なぜできないんだろう……なんて1ミリも思ってないぞ。仏の私の感情なんて気にしないでおくれ。と、私の心の中の言葉を阿部君は理解してくれたのか、ハサミ片手に次の段階に入ろうとしている。被っている布から目と口にあたる部分を軽く前に引っ張りハサミで慎重に切り落とすと、とりあえずは簡易的な目出し帽となった。
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