明智君という名の犬と自己中見習い怪盗と初老新米怪盗の私

きよバス

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第38話

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「ドッグフード? でもあそこには犬なんていなかったぞ。いたら吠えるくらいはしただろ?」
「そう言えばそうですね。悪徳政治家夫人もいなかったから、犬を連れてどこかに遊びに行ってたんじゃないですかね」
「そうだな。そう考えるのが妥当だけど。でも、ドッグフードだなんて……。いつでも買えるじゃないか。他に金目の物やお金はなかったのか?」
「そうですけど。あのドッグフードは、わずか100袋だけの限定発売らしいんです。それがあの家に10袋もあったものだから、明智君にしたら『怪盗20面相』よりもずっとずっと貴重なんですよ。分かってあげてください。お金では買えないんです」
「そうだな。現金もきちんと盗ってきたのだから、明智君を責める謂れなんてないよな。ちなみに、10袋中、何袋盗ってきたんだい?」
「そんなの聞くまでもないと思いますけど」
「えっ、でも、あのバックパックに10袋は入らないだろ?」
「当たり前じゃないですか。リスクヘッジが必要だとか難しいことを言って、パパの車に3袋積んだままなので、後でリーダーが泊まった客間に運んでくださいね」
「それでも、7袋か。よく詰め込んだな。明智君の底力を侮ってはいけないようだな」
「そんな分かりきった事は置いといて、すっきりしたことだし私も一緒に食べますね。でもよく考えたら、リーダーなんかのために、どうしてこんなご馳走を用意しているの、ママ?」
「あっ……それは……そんな事よりも、アジト探しをリーダーに任せておいて大丈夫なの? ひまわりにもほんの少し責任があるというか、アジトとして使うなら自分も快適な方がいいんだから、手伝ってあげたらいいじゃない」
「そうだね、ママ。ああー、それなら、ちょっと遠いけど、うちの別荘なんてどうかな? どうせほとんど使ってないし、リーダーからたんまり家賃を取れば、管理もしてもらえて一石二鳥じゃない。ねえ、いいでしょ?」
「だ、だめ、だめよ。絶対にだめ。あの別荘は、私たち二軍が……」
 阿部君ママは別荘をアジトにするつもりなのか。まあいいが、ちょっとってどれくらい遠いのだろう。
「二軍? 何それ?」
「違うの。今度のドラマの『二軍でもいいじゃない』の練習で使いたいし、いくら仲が良いからってそんななし崩し的に決めたらだめよ。それに、リーダーと手を切りたくなっても切りづらくなるでしょ?」
「ああ、そうだ。明智君に何かあって引退したら、さすがに初老のおじさんと二人だけではリスクしかないもんね。なのにうちの別荘に住まわしたら、開き直って家賃を払わずに居座るから、うん、それはだめだね。しょうがないなあ。アジト探しに付き合ってあげますよ」
「あ、ありがとう。でも阿部君、正直なのはいいけど、心の中にだけ留めておいた方がいいときがあるよ。どこかで誰かが涙をのんでるかもしれないからね」
「そうなんですね。気をつけます。でも私は今まで誰も傷つけたことはないんですけど。ねえ、ママ?」
「そうねえ。リーダーはあくまでも、これからの事を言ってるんだから、一応気に留めておいたら? ひまわりの名誉のために、少なくとも今日は誰も傷つけていないと保証してあげるわね」
 え? 嘘だろ? 傷ついた私に問題があるのか? うーん、考えるだけ深みにはまるだけだ。とりあえず帰って家の状況を確認して金庫を開けて舞い上がって、嫌な事はすべて忘れよう。
「じゃあ、アジトに帰ろうか? もちろん阿部君も行くよな?」
「はい。金庫が待ってますからね。でも家の中は気にしないようにしてくださいね。気にしたところで、元通りにはならないので。ああー、車にある明智君のドッグフードを客間に運ぶのを忘れないでくださいね」
 私は阿部君パパの車から阿部君の家の客間に明智君のドッグフード3袋を運ぶために、3往復した。え! 私はリーダーだぞ。私だけが楽をしようとは思わないが、どうして誰も手伝わない。さっきまで私に対してペコペコしていたのは演技だったのか。例えそうでも、こういう時は手伝った方がいいことを、阿部家では知られていないのだろう。でもまあ、怒りが私を後押ししてくれたので、結果としてこの異常なほど重い『神が与えしA5ランク和牛入りドッグフード』を並のドッグフードに毛が生えた程度の重さに感じられたので感謝しようじゃないか。
 いや、だめだだめだ。そうじゃない。4人もいて、どうして私だけが運ばなければならなかったんだ? ここが阿部家なので、私の家族でもある明智君の荷物を置かせてもらうからなのか? そうだとしても、手伝ってくれてもいいだろ。まして赤の他人なんかではなく、怪盗団の仲間なんだから。
 いや、愚痴なんてやめておこう。虚しくなるだけだ。帰ったら、今あった事を恩着せがましく明智君に話してあげよう。今のアジトに既にある7袋のドッグフードを運んだのも私なのだから、明智君は親身になって私の話を聞いてくれ同情し励まし、阿部君の悪口を一緒に言ってくれるだろう。残念なのは、私は明智君が言いたい事をほとんど理解できないことだな。
 私がドッグフードを運んで汗だくになっている間に、阿部君は既にアジトへ向けて出発していた。手伝わないで上辺だけの応援をされるよりはいいかもしれないが、なぜかさらに怒りが増幅している。阿部君ママは何かを察したのか、最低限の気持ちとしてキンキンに冷えた天然水30パーセント入りの水道水を出してくれた。もちろん文句一つ言わず一気飲みしてから、一人寂しくアジトへ向けて歩きだす。私の足はこんなにも重かっただろうか。
 阿部君パパに無言の圧力で車で送ってくれるように頼んだけれど、阿部君パパは笑顔でお別れの挨拶をしただけだ。私の涙の訴えを簡単にいなせるその冷酷さは、怪盗には必要なものかもしれないな。時と場合によっては、仲間を見捨てていかないといけないこともあるのだろう。
 一つ言っておくぞ。それはお互い様だからな。ヒヒヒヒ。二軍戦とはいえ、早く仕事に取り掛かりたくなってきたな。少し体が軽くなった気がするな。これで、なんとかアジトには辿り着けそうだ。
 
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