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第37話

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「リーダー、ただ出ていくというわけにはいかないようなんです」
 あれ? 褒め言葉は? まあいい。何かまだ隠しているのか? なるほど。ワインをこぼして床を汚してしまい、敷金が返ってくるか心配してくれてるのだな。しょうがない奴だなあ。
 本音を言えば、敷金を捨てるのは痛いが……痛いが……おもいっきり泣けば忘れられるかもしれない。
 よし、今は虚勢を張るとするか。
「気にするな。敷金とかなら期待はしてないし、私たちが盗った現金からしたら微々たるものだから返してもらわなくてもいいぞ。ハハッ。それよりも新しいアジトをどこにするか考える方が前向きじゃないか」
「まあ、そうですけど……」
「もしかしたら、今回は現金の収穫がなかったっていうのか? 明智君の鼻で見つけられなかったということは、悪徳政治家は自宅に現金を置いてなかったんだな?」
「あっ、いえ、現金は見つけましたよ。だけど、その現金が入っている金庫がちょっと……」
「そうか。私レベルの怪盗でないと開けられない難攻不落の頑丈な金庫を目の前に、為す術もなく退却してしまったんだな? 私は外で悪徳政治家のSPたちを引きつけないといけなかったからな。うーん、まあ、これも一つの経験として、次からはもっと綿密に作戦を練ろうじゃないか。新しいアジトで」
「あっ、金庫は金庫でも、手提げ金庫だったので。車から降りる時にトラゾウが咥えていたのに気づきませんでした?」
「そう言えば。なんだやるじゃないか。なのになんで、いつまでもそんなに神妙にしているんだ?」
「リーダーの言っていることも半分正しくて、手提げ金庫とはいえ難攻不落だったんです」
「そうなんだ。だけどそんなの私にかかれば造作もないから、いつまでも落ち込んでいるんじゃない。私が開けるところを見て学んでくれ」
「そ、そうですね。開けられたらいいですけど……」
「うん? もしかしたら、こじ開けようとして鍵穴を壊してしまったのか? そ、それは……でもそんな簡単に鍵穴が壊れるのか?」
「いえ、鍵穴はものすごく頑丈ですよ。鍵穴だけでなく金庫そのものも。それでも、私と明智君は頑張ったんですよ。『怪盗20面相』や『超高級エナジードリンクのロイヤルプレミアムバージョン』の力を借りて」
 阿部君と明智君が頑張った? それも『怪盗20面相』と『超高級エナジードリンクのロイヤルプレミアムバージョン』の力を借りて? うーん、一応聞いてみるか。
「どんな風に頑張ったの? ネットで金庫の開け方を調べたとか?」
「いえいえ、シンプルに頑張ったんです。部屋の片隅にサスマタと一緒に置いてあった金属バットで何回も叩いたり、天井や壁や床に向かって全力で叩きつけたり、熱湯を大量に掛けたり。火あぶりもしたかったけど、お札に燃え移ると意味がなくなるのでできませんでしたけど。私も明智君もほどほどで諦めたかったのに、トラゾウが一生懸命応援してくれるし全然疲れないから、どこかの誰かの通報で駆けつけてきた警察官が呼び鈴を押すまで無我夢中で頑張りましたよ」
「うん。皆まで言わなくていいよ。とてもじゃないけど、はした敷金なんかでは雀の涙にすらならないということだね」
「さっすが、世界一のリーダー! 察しがいいですね。とりあえず頑張ったのは、私と明智君だけですけど安心してくださいね。金庫の中のお金はきちんと3等分するので」
 そうか。そういう約束だったな。部屋の修繕費は私が全額払うのだろうけど、部屋をボロボロにした張本人たちときっちり3等分するのだな。うん、民主主義って素晴らしいじゃないか。ハハッ、ハーア……。新しいアジトはおもいきって賃貸ではなく購入してやろうかな。職業が怪盗でローンを組めるだろうか。
「結局、金庫は開いてないんだね?」
「はい。敵ながらあっぱれです」
「そうか。じゃあ今日はまず金庫を開けることに集中して、新しいアジト探しはそれからだな。一応聞くが、阿部君の予想ではいくらくらい入ってるんだい?」
「そうですねえ。たぶん、あの中には隙間なく詰め込んであるので、小さな手提げ金庫とはいえ……3千万円はかたいかと」
「さ、さんぜんまんえーん! ということは、3等分しても1000万円! 部屋の弁償に100万円使ったとしても900万円残るのか。いや、部屋の修繕費なんて全く分からないぞ。もっと取られるかもしれないな」
「大丈夫ですよ。あんなチンケな部屋の修繕費に100万円以上取ろうとしたら、私が切れてやるので、リーダーの手元には少なくとも900万円は残りますよ。そしてそこから豪華フランス旅行の費用を引いても、300万円は残りますね」
 此の期に及んでも旅行費用は全額私持ちなのだな。うん、私がそう言ったのだから仕方がないか。世の中はそういうものだ。でも旅行費用ってそんなにするのか? いや、それで収まるのか? まあ物語の中の相場なのだから、そういうことにしておこう。
「その他にも高価な美術品もあるんだよね?」
「あ、あれは……フランスの美術館に返す絵が分からなかったから、絵をいっぱいとついでに古びた彫像も盗ってきたけど、売りに出すと足がつく恐れがあるので当面はアジトに飾りますね。そのつもりで大きなアジトを見つけてくださいね」
「あ、ああ。あっ、他に金の延べ棒があるんじゃないのか?」
「金の延べ棒? そんなものないですよ。悪徳政治家が持っていたんですか? じゃあ、もう一回入りましょうか?」
「いや、警察が裏帳簿絡みの捜査で入り浸っているし、金の延べ棒があったとしても金目の物はよほど上手く隠していない限りは差し押さえたはずだよ。あそこにはもう近づかないのが賢明だね。それよりも、私のバックパックには何が入ってたんだ? ものすごく重かったんだぞ。だからてっきり金の延べ棒かと」
「ああ、あれは『神が与えしA5ランク和牛入りドッグフード』ですよ。明智君が目の色を変えてバックパックにギュウギュウに詰め込んでました」
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