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第35話
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次に意識が戻ったのは阿部君の家の客間で、もちろん自ら起きたのではなく阿部君に文字通り叩き起こされたようだ。阿部君パパママを送ってきた時は泊まるつもりなんてなく、悪徳政治家からの戦利品を見たい一心だったのに『怪盗20面相』がそれすらも忘れるほどのいい気分にしてくれたようだ。なので、起きてもまだ私の頭の中には、分け前が正当にあたるのかどうかの心配が湧き上がっていなかった。
「おお、阿部君、おはよう。さわやかな朝だね」
「何を似合わない事言ってるんですか。明智君とトラゾウが心配してましたよ。この先、誰がごはんを用意してくれるのかを」
「ああ、そうか。ここは阿部君の家だったね。すぐに帰って朝ごはんをあげないと、トラゾウは分からないけど、明智君は確実にふてくされて、いじけて、挙句の果てに散歩中に美味しそうな匂いがしたら、他人の家だろうが営業中のお店だろうが力づくで入っていこうとするからな。急いで帰らないと」
「大丈夫ですよ。今朝の分は私が用意してあげたし、昨日の成果が芳しかったからしばらくは上機嫌です。ついでだから、ここで一緒に朝ごはんを食べていってください」
「え! ええー! そ、それは、何か裏があるな?」
「まあ、そらー、裏がないと言えば嘘になりますけど。話は朝ごはんというかもう昼ごはんでしたね、食べながらゆっくりじっくりほのぼのと笑顔で楽しく聞いてください」
怒る怒らないは別として、どうせなら、ごはんを食べた方が得策だな。どうせ些細な事を大げさに捉えて気に病んでいるだけだろう。それとも、まさか、悪徳政治家宅に証拠になるようなものを残してきたのだろうか。うーん、それはまずいな。
阿部君が逮捕されるとして、フランス旅行の費用は浮くが、阿部君パパママがまだまだ戦力にならないだろうから、旅行から帰ってきたら明智君と私の二人だけで作戦を完遂しないといけなくなるのか。うーん……まあ大丈夫だろう。細々と仕事をしながら、阿部君パパママを一人前に育てあげて、気づいた頃には世界中に名を轟かせる大怪盗団になっているな。
「そうだねえ、遠慮なくいただくよ。でも、阿部君も何があったかは分からないけど、些細な事でいつまでもくよくよしてたらだめだよ。私がいれば何も心配することはないんだから」
「はい! ありがとうございます、リーダー」
ダイニングに行くと、とてもじゃないが食べきれないほどのご馳走が用意してあったが、これを用意したのは阿部君ではないと断言できる。奇跡的に手伝っていたとしても、せいぜい調味料を混ぜた程度だろう。ただ、阿部君が私に対して全く負い目がなければ、阿部君パパママがこんな豪華な料理を用意しているのを訝しく思い、まぐれ推理で私と阿部君パパママが怪盗団の二軍を結成した事を悟ったかもしれない。そういう意味では阿部君が致命的な失敗をしてくれたのは不幸中の幸いと言っていいのだろうか。
捕まるのは阿部君だけで、口の軽い阿部君が私や明智君の事を白状したとしても、私たちはフランスにいるのだ。しかし、帰ってこられないのは参るぞ。うん、よく考えたら、それはまずいな。
よし、阿部君が私たちのことを売らないように、今のうちにこれでもかと愛想を振りまこう。それと明智君が一人ぼっちになった後の境遇を、さも悲惨で残酷な感じに話せば、血も涙もない阿部君でも少しくらいは同情するだろう。そしてダメ押しに、出所したあかつきにはリーダー代理の肩書きをあげると約束すれば、完璧だ。
「阿部君も一緒に食べようよ。どんな辛い事も美味しい料理が忘れさせてくれるかもしれないよ」
「ありがとうございます、リーダー」
「美味しいね、これ。阿部君の気持ちも加わってるから、美味しさ倍増ー……なんてね。ばか騒ぎはこれくらいにして、話を聞こうか。話す前に言っておくと、誰でも失敗はするんだから、あまりくよくよしてはいけないよ。未来を考えようよ。一緒にね。ただ、八つ当たりとかはしてはいけないよ。己を磨くために逃げずに状況を受け入れてからでないと、前には進めないのだから」
「はい。それでは、私が犯してしまった失敗について懺悔しますね。なんでも笑顔で許してくれる心の広いリーダー、聞いてください。悪徳政治家宅からの収穫が想像を超えてたくさんあったので、私は浮かれてしまったんです。なので、とりあえずワインで乾杯しようと……」
「あっ、もしかしたら私の『アルセーヌ・ヌーボー』か『ボジョレー・ルパン』を飲んでしまったのかい? そんな事は気にするな」
「いえ、あのワインもなかなか素晴らしいのは分かってますけど、リーダー思いの明智君が前みたいに不思議と冷蔵庫に近づけないようにするだろうし、もっとすごい……いや、比べようのない幻のワイン『怪盗20面相』で乾杯しようと。明智君は不安そうでしたけど、『怪盗20面相』の誘惑に負けたみたいで一緒に飲んでくれたんです」
「なるほどなるほど。確かに『怪盗20面相』を飲めるなら、正座で阿部君の説教を聞くのも耐えられるかもしれないな……え? うん? 『怪盗20面相』と言ったの?」
「あっ、はい。正座で説教というのはよく分からないですけど、比喩表現の一種ですか?」
そうか。阿部君は自分自身が酔うと、どんな風になるのか知らなかったのだな。阿部君パパママも同じようにたちが悪くなるのを見てるのだから、その遺伝子を受け継いでいる自分もそうなっているかもと考えたことはないのだろうか? いや違う違う。今は、そんな事よりも『怪盗20面相』についての疑問を解消しないと。
「いや、それは置いといて。『怪盗20面相』って言わなかった?」
「はい。悪徳政治家宅から20本ほど盗ってきたんです。風呂敷を開けてみたら少し足りないような気はしたけど、パパとママが車で1本飲んだから、それが印象に残って2、3本少ないと思っただけかもしれないですね。正確に何本盗ってきたのか覚えてないし」
「おお、阿部君、おはよう。さわやかな朝だね」
「何を似合わない事言ってるんですか。明智君とトラゾウが心配してましたよ。この先、誰がごはんを用意してくれるのかを」
「ああ、そうか。ここは阿部君の家だったね。すぐに帰って朝ごはんをあげないと、トラゾウは分からないけど、明智君は確実にふてくされて、いじけて、挙句の果てに散歩中に美味しそうな匂いがしたら、他人の家だろうが営業中のお店だろうが力づくで入っていこうとするからな。急いで帰らないと」
「大丈夫ですよ。今朝の分は私が用意してあげたし、昨日の成果が芳しかったからしばらくは上機嫌です。ついでだから、ここで一緒に朝ごはんを食べていってください」
「え! ええー! そ、それは、何か裏があるな?」
「まあ、そらー、裏がないと言えば嘘になりますけど。話は朝ごはんというかもう昼ごはんでしたね、食べながらゆっくりじっくりほのぼのと笑顔で楽しく聞いてください」
怒る怒らないは別として、どうせなら、ごはんを食べた方が得策だな。どうせ些細な事を大げさに捉えて気に病んでいるだけだろう。それとも、まさか、悪徳政治家宅に証拠になるようなものを残してきたのだろうか。うーん、それはまずいな。
阿部君が逮捕されるとして、フランス旅行の費用は浮くが、阿部君パパママがまだまだ戦力にならないだろうから、旅行から帰ってきたら明智君と私の二人だけで作戦を完遂しないといけなくなるのか。うーん……まあ大丈夫だろう。細々と仕事をしながら、阿部君パパママを一人前に育てあげて、気づいた頃には世界中に名を轟かせる大怪盗団になっているな。
「そうだねえ、遠慮なくいただくよ。でも、阿部君も何があったかは分からないけど、些細な事でいつまでもくよくよしてたらだめだよ。私がいれば何も心配することはないんだから」
「はい! ありがとうございます、リーダー」
ダイニングに行くと、とてもじゃないが食べきれないほどのご馳走が用意してあったが、これを用意したのは阿部君ではないと断言できる。奇跡的に手伝っていたとしても、せいぜい調味料を混ぜた程度だろう。ただ、阿部君が私に対して全く負い目がなければ、阿部君パパママがこんな豪華な料理を用意しているのを訝しく思い、まぐれ推理で私と阿部君パパママが怪盗団の二軍を結成した事を悟ったかもしれない。そういう意味では阿部君が致命的な失敗をしてくれたのは不幸中の幸いと言っていいのだろうか。
捕まるのは阿部君だけで、口の軽い阿部君が私や明智君の事を白状したとしても、私たちはフランスにいるのだ。しかし、帰ってこられないのは参るぞ。うん、よく考えたら、それはまずいな。
よし、阿部君が私たちのことを売らないように、今のうちにこれでもかと愛想を振りまこう。それと明智君が一人ぼっちになった後の境遇を、さも悲惨で残酷な感じに話せば、血も涙もない阿部君でも少しくらいは同情するだろう。そしてダメ押しに、出所したあかつきにはリーダー代理の肩書きをあげると約束すれば、完璧だ。
「阿部君も一緒に食べようよ。どんな辛い事も美味しい料理が忘れさせてくれるかもしれないよ」
「ありがとうございます、リーダー」
「美味しいね、これ。阿部君の気持ちも加わってるから、美味しさ倍増ー……なんてね。ばか騒ぎはこれくらいにして、話を聞こうか。話す前に言っておくと、誰でも失敗はするんだから、あまりくよくよしてはいけないよ。未来を考えようよ。一緒にね。ただ、八つ当たりとかはしてはいけないよ。己を磨くために逃げずに状況を受け入れてからでないと、前には進めないのだから」
「はい。それでは、私が犯してしまった失敗について懺悔しますね。なんでも笑顔で許してくれる心の広いリーダー、聞いてください。悪徳政治家宅からの収穫が想像を超えてたくさんあったので、私は浮かれてしまったんです。なので、とりあえずワインで乾杯しようと……」
「あっ、もしかしたら私の『アルセーヌ・ヌーボー』か『ボジョレー・ルパン』を飲んでしまったのかい? そんな事は気にするな」
「いえ、あのワインもなかなか素晴らしいのは分かってますけど、リーダー思いの明智君が前みたいに不思議と冷蔵庫に近づけないようにするだろうし、もっとすごい……いや、比べようのない幻のワイン『怪盗20面相』で乾杯しようと。明智君は不安そうでしたけど、『怪盗20面相』の誘惑に負けたみたいで一緒に飲んでくれたんです」
「なるほどなるほど。確かに『怪盗20面相』を飲めるなら、正座で阿部君の説教を聞くのも耐えられるかもしれないな……え? うん? 『怪盗20面相』と言ったの?」
「あっ、はい。正座で説教というのはよく分からないですけど、比喩表現の一種ですか?」
そうか。阿部君は自分自身が酔うと、どんな風になるのか知らなかったのだな。阿部君パパママも同じようにたちが悪くなるのを見てるのだから、その遺伝子を受け継いでいる自分もそうなっているかもと考えたことはないのだろうか? いや違う違う。今は、そんな事よりも『怪盗20面相』についての疑問を解消しないと。
「いや、それは置いといて。『怪盗20面相』って言わなかった?」
「はい。悪徳政治家宅から20本ほど盗ってきたんです。風呂敷を開けてみたら少し足りないような気はしたけど、パパとママが車で1本飲んだから、それが印象に残って2、3本少ないと思っただけかもしれないですね。正確に何本盗ってきたのか覚えてないし」
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