明智君という名の犬と自己中見習い怪盗と初老新米怪盗の私

きよバス

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第32話

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「お待たせしました。さあ帰りましょうか」
「はい、リーダー」
 うん? やけに返事がいいな。もしや怪盗団気取りか? いや、怪盗の厳しさをあれだけ懇切丁寧に教えてあげたのだから、それは、ないな。
 ということは……さては片道だけとはいえ運転をしたし、何よりこの車は阿部君のものでもあるが少なくとも名義は阿部君パパなのだろう。どう見ても、ガソリン代だけ払って終わりとはいかなそうだな。うーん、今回の収穫がいかほどのものか分からないから、いい加減な約束はしたくないし。世界中のちびっ子が喉から手が出るほど欲しがる、私と一緒に写真を撮れる権利を使うか。あくまでも良好な関係を続けるためだ。
「はい、着きましたよ。今日は、手伝っていただいてありがとうございました。この御礼は、また後ほど。それでは、おやすみなさい」
「ちょっと、リーダー? まさかそんな顔で歩いて帰るつもりじゃないわよね? ほとんど人通りがないかもしれないけど、万一誰かに見られたら、この辺りで変な噂が立って警察の巡回強化地域に指定されたら困るでしょ」
「ああー、忘れてました。洗面所だけ貸していただけますか?」
「洗面所と言わず、お風呂も入ってさっぱりしてから、頑張ったリーダーはお腹も空いていると思うのでちょっと早い朝ごはんでも食べていってください」
 うーん、どうしようか。せっかくの申し出を断るのは失礼な気がするが、後で阿部君に図々しいとか言われ罵倒されたうえに法外な朝食代を請求されないだろうか。
 私が考えあぐねていると、阿部君ママが畳み掛けてきた。
「今日のリーダーの大活躍の話をどうしても聞きたいので、遠慮せず是非お願いします。ねえ、パパ?」
「そうですそうです。今日の大活躍もそうだし、ひまわりがいつも足を引っ張って
迷惑をかけてると思うので、その罪滅ぼしもさせてくださいよ」
 おおー、さすが親だけあって、阿部君が私に多大なる負担をかけている事を見なくとも分かるのだな。そういうことなら、形だけでも一応謹んで受けようじゃないか。きちんと盛大にもてなすのだぞ。
「そうですね。あんまり遠慮するのも失礼かと思うので、お言葉に甘えさせてもらいますね。でも本当に気を使わないでくださいね」
 シャワーだけを浴びてすぐにお風呂から出ても、心のこもった豪華な料理がまだまだ未完成だと思い、私は阿部君パパママのためだけを考え、時間をつぶすことにした。湯舟にお湯を張りお風呂に行く途中で目に入った入浴剤を入れて、にわか温泉を楽しみ疲れを取ることに専念しよう。念を押しておくが、阿部君パパママに気を使わせないためだからな。
 お風呂から出ると、新品の下着と阿部君パパのお古のパジャマが用意されていたので、ほとんど文句も言わずそれに身を包んだ。それから、ダイニングではなく阿部君パパママの二人の話し声がするリビングらしき部屋に入っていくと、なんと二人は『怪盗20面相』を飲んでいた。私は嵌められたのだろうか。いや、大丈夫だ。見たところ『怪盗20面相』はほとんど残っていないが、車の中で3分の2ほど飲んでいるので今ここで3分の1を飲んだに過ぎないし、悪酔いするような安い酒ではないのだから限りなくシラフに近いはずだ。阿部君ファミリーの場合は悪酔い云々ではないだろうけど、例え絡んできても短時間で終わるだろう。
 ただ、それ以上に気になるのは、用意してあるはずの豪華な料理が見当たらないし美味しそうな匂いがどこからも漂ってこないことだ。ここで私から料理の話に触れるのは失礼だろうか。うん、いくらなんでも、とてつもなく私にお世話になっている阿部君の親だからといって、そんな厚かましくはなりたくないぞ。
 私が戸惑い立ち尽くしていると、私が入ってきてすぐに気づいただろうに、やっと気づいたふりをして阿部君ママが口を開いた。私にではなく、阿部君パパに対してだけど。
「パパ、リーダーがやっと来たから、冷蔵庫に冷やしてある『怪盗20面相』を取ってくるわね」
「ありがとう、ママ。はい、リーダーはここに座って。ワインのアテでも取ってくるので待っていてください」
 え? ワインのアテとか言ってたぞ。ということは飲むことしか考えてないじゃないか。豪華な料理は、私をおびき寄せるための罠だったのか。いや、よく考えたら、誰も豪華な料理とは言ってないかもしれないな。私の妄想というか願望というか……早とちり? 控えめな私にしては珍しい失敗だな。うんうん。でも、豪華ではないにしても朝ごはんと言ってたじゃないか。まあ、ワインとアテが朝ごはんでも何もおかしくないか。なにせ『怪盗20面相』なんだから。
「ええー! 『怪盗20面相』があるんですか?」
「あるわよ。あと2本だけ」
 なんとなく騙された感はあるが、『怪盗20面相』を飲めるなら我慢しよう。あと、阿部君パパママからの激しいダメ出し及び愚痴も我慢してやるか。そんなもの、『怪盗20面相』が小鳥のさえずりに変えてくれるはずだ。
 しかし『怪盗20面相』ほどの幻のワインを3本も阿部君から奪うなんてなかなかやるじゃないか。我々怪盗団がいない間に隠せるだけ隠したのだろうけど、1本だけならまだしも2本も3本も減っていたら阿部君は気づいただろうに。それとも、2、3本減ったくらいでは気づかないほど大量に盗ってきたとでも? ということは、阿部君が車から降りる時に背負っていた大きな風呂敷は、まさかあれ全部『怪盗20面相』なのか? ありえるな。あの悪徳政治家だったら、幻とはいえ『怪盗20面相』をたくさん所有していた可能性は高い。
 そう結論付けたところで、阿部君パパママが一緒に戻ってきた。何か企んでいるよいうな顔をしているが、気のせいだろうか。
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