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第30話
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「この車、すごく運転しやすいですね。まだまだ100年くらいは持ちそうだし」
「さすがリーダーね。いい事を言うじゃない」
ミラーから阿部君の突き刺すような視線を感じる。意地でも目を合わせる気はないが。そら、阿部君にしたら今回の収穫から車を買って取り分が減ったとしても、いや場合によっては0になったとしても、さほど痛くも痒くもないだろう。だけど私にしたら、フランス旅行は絵を返すためになくせないのだから、豪華とは程遠い貧乏旅行を余儀なくされ、そんな貧乏旅行でも貯金を使い果たしさらには借金までしないといけなくなるのだぞ。そこまでしてみんなをフランスに連れていっても、私が大風呂敷を広げたのもあるだろうけど、少なくとも阿部君は私に酷い仕打ちをするじゃないか。
明智君だって豊かな老後のために稼げる時に稼げるだけ稼ぎたいのだから、私を睨むなんてしないで中立を表すために見事なぬいぐるみと化しているぞ。酔っぱらった阿部君パパママから絡まれたくない気持ちが強すぎて、何も聞こえないだけかもしれないけど、少なくとも私に反対はしていない。
阿部君、大丈夫だ。きっと阿部君ママは何かワインに合う美味しいものを食べたいだけだ。100歩譲って我々の怪盗団に入りたいと言ったなら、この私がきっぱりと断ってやる。まさか車を運転している私に、酔っぱらっているとはいえ何か酷い事をしてこないだろう。
「そうでしょう。だてにリーダー歴は長くないんですよ」
「ふんっ。ほんの1週間かそこらじゃない」と小声だけど低音で発した阿部君の憎しみのこもった思いを聞き流し、私は続ける。
「そのワイン美味しいですか? ワインに合うチーズでも買いに、コンビニに寄りましょうか?」
「見かけによらず、気が利くじゃない。でも大事な話をしているし、リーダーのそのトラ模様崩れの顔でコンビニに入っていったら、今度こそ警察に捕まるじゃない」
顔がトラ模様になっているのをすっかり忘れていたぞ。危ないじゃないか。こんな顔でコンビニに入ったら、運が良くて警察を呼ばれ、運が悪いといきなり袋叩きだったぞ。めちゃくちゃ強い私が素人相手に反撃したなら、傷害罪で刑務所に入ることになってしまうからな。私が刑務所に入るとしたら、怪盗としてというのは譲れない。まあそんなありえない心配をしているときではないな。阿部君ママの言いたい事を、それとなく差し障りのないように聞いてみよう。
「大事な話って、何ですか?」
こんなスマートに聞けるなんて、さすが私だ。
「私たちも怪盗団に入れてくれるわよね?」
「無理です」と即答した私の一声が場を和ませるはずもなく、誰一人として口をきかなくなってしまった。こんな空気にしてまでも、下手にごまかすよりは、はっきり言ってあげる方が本人のためでもあるのだ。それで私を恨むのなら恨んでくれてもいい。それがリーダーの仕事でもあるのだから。
多分だけど、あくまでも私の照れ隠しだけど、本当は毎度毎度のことだけど、阿部君は初めて私を尊敬したかもしれない。
それとなく阿部君を見ると、あんなに鋭かった目が私が初めて見ると言っていいほどの優しい目となり、打ちひしがれた阿部君ママを抱きしめ無言で優しく背中をポンポンと軽く叩いて慰めていた。阿部君パパにいたってはもっと悲惨で、怪盗団に入れないと分かっただけでなく、一時は新車が手に入るかもと期待したところで御破算になったので、何も知らない人が見たらマネキンが置いてあると思っただろう。
ただこのままだと、次から運転手が必要になった時に頼みづらいし、現時点で必要ないというか役に立たないというだけで、この先状況が変わり奇跡的に阿部君パパママが必要にならないとは言えないだろう。なので、フォローしておくのも、リーダーの大事な仕事なのだ。
「無理ですと言ったのは、現時点でということです。今日の私がそうであったように、ほんのちょっとした失敗や勘違いで命を落とす危険があるのです。そんな時でも決して諦めない不屈の精神を持っていれば助かる道は開けるけれど、不屈の精神とは常人を遥かに超越した無敵の肉体があって初めて身につくものなんです」
やばい。かっこよすぎる。ここにいる全員の羨望の眼差しが眩しすぎるじゃないか。
明智君ですら……うん、しばらくそっとしておいてあげよう。ワインを飲んで酔っぱらった阿部君によって正座させられて説教された事がよほど堪えたのだから、この車の中に上品なワインの香りが漂っているかぎり、明智君は銅像を貫き通す覚悟だな。
「そうなんですね。わがまま言って、ごめんなさいね」
おおー、分かってくれたようだな。さすが、私。それに心なしか、阿部君パパママの酔いが覚めているようだぞ。やはり上品なワインだけあって、酒癖の悪い阿部君パパママでもそこまでの悪酔いはしないのだろう。
あー、私も飲んでみたいが、阿部君は果たして何本盗ってきたのだろう? でも阿部君と一緒に飲むと、いくら上品なワインとはいえ阿部君パパママのように本性を現すに決まっている。フランス産ワインの『アルセーヌ・ヌーボー』を飲んだ時に比べれば短時間で済むかもしれないが、それでも辛いし、何より明智君がかわいそうだ。もし本数に余裕があるなら、阿部君の言い値で1本譲ってもらって、阿部君が確実にアジトに寄りつかないであろう時に飲もう。
うん? 阿部君ママが何か言いたそうだな。向こうが歩み寄ってくれたのだから、私も歩み寄るとするか。
「でも、阿部君パパママは私と同じでまだまだ若いので、ちょっと努力すれば簡単に肉体改造ができますよ。その時に晴れて一緒に作戦に臨みましょう。それまでは見習いとして、運転手だけをお願いできますか?」
「はい、頑張ります」
さすが言葉の魔術師の面も持っている私だな。何気にこれで運転手を確保したぞ。
「さすがリーダーね。いい事を言うじゃない」
ミラーから阿部君の突き刺すような視線を感じる。意地でも目を合わせる気はないが。そら、阿部君にしたら今回の収穫から車を買って取り分が減ったとしても、いや場合によっては0になったとしても、さほど痛くも痒くもないだろう。だけど私にしたら、フランス旅行は絵を返すためになくせないのだから、豪華とは程遠い貧乏旅行を余儀なくされ、そんな貧乏旅行でも貯金を使い果たしさらには借金までしないといけなくなるのだぞ。そこまでしてみんなをフランスに連れていっても、私が大風呂敷を広げたのもあるだろうけど、少なくとも阿部君は私に酷い仕打ちをするじゃないか。
明智君だって豊かな老後のために稼げる時に稼げるだけ稼ぎたいのだから、私を睨むなんてしないで中立を表すために見事なぬいぐるみと化しているぞ。酔っぱらった阿部君パパママから絡まれたくない気持ちが強すぎて、何も聞こえないだけかもしれないけど、少なくとも私に反対はしていない。
阿部君、大丈夫だ。きっと阿部君ママは何かワインに合う美味しいものを食べたいだけだ。100歩譲って我々の怪盗団に入りたいと言ったなら、この私がきっぱりと断ってやる。まさか車を運転している私に、酔っぱらっているとはいえ何か酷い事をしてこないだろう。
「そうでしょう。だてにリーダー歴は長くないんですよ」
「ふんっ。ほんの1週間かそこらじゃない」と小声だけど低音で発した阿部君の憎しみのこもった思いを聞き流し、私は続ける。
「そのワイン美味しいですか? ワインに合うチーズでも買いに、コンビニに寄りましょうか?」
「見かけによらず、気が利くじゃない。でも大事な話をしているし、リーダーのそのトラ模様崩れの顔でコンビニに入っていったら、今度こそ警察に捕まるじゃない」
顔がトラ模様になっているのをすっかり忘れていたぞ。危ないじゃないか。こんな顔でコンビニに入ったら、運が良くて警察を呼ばれ、運が悪いといきなり袋叩きだったぞ。めちゃくちゃ強い私が素人相手に反撃したなら、傷害罪で刑務所に入ることになってしまうからな。私が刑務所に入るとしたら、怪盗としてというのは譲れない。まあそんなありえない心配をしているときではないな。阿部君ママの言いたい事を、それとなく差し障りのないように聞いてみよう。
「大事な話って、何ですか?」
こんなスマートに聞けるなんて、さすが私だ。
「私たちも怪盗団に入れてくれるわよね?」
「無理です」と即答した私の一声が場を和ませるはずもなく、誰一人として口をきかなくなってしまった。こんな空気にしてまでも、下手にごまかすよりは、はっきり言ってあげる方が本人のためでもあるのだ。それで私を恨むのなら恨んでくれてもいい。それがリーダーの仕事でもあるのだから。
多分だけど、あくまでも私の照れ隠しだけど、本当は毎度毎度のことだけど、阿部君は初めて私を尊敬したかもしれない。
それとなく阿部君を見ると、あんなに鋭かった目が私が初めて見ると言っていいほどの優しい目となり、打ちひしがれた阿部君ママを抱きしめ無言で優しく背中をポンポンと軽く叩いて慰めていた。阿部君パパにいたってはもっと悲惨で、怪盗団に入れないと分かっただけでなく、一時は新車が手に入るかもと期待したところで御破算になったので、何も知らない人が見たらマネキンが置いてあると思っただろう。
ただこのままだと、次から運転手が必要になった時に頼みづらいし、現時点で必要ないというか役に立たないというだけで、この先状況が変わり奇跡的に阿部君パパママが必要にならないとは言えないだろう。なので、フォローしておくのも、リーダーの大事な仕事なのだ。
「無理ですと言ったのは、現時点でということです。今日の私がそうであったように、ほんのちょっとした失敗や勘違いで命を落とす危険があるのです。そんな時でも決して諦めない不屈の精神を持っていれば助かる道は開けるけれど、不屈の精神とは常人を遥かに超越した無敵の肉体があって初めて身につくものなんです」
やばい。かっこよすぎる。ここにいる全員の羨望の眼差しが眩しすぎるじゃないか。
明智君ですら……うん、しばらくそっとしておいてあげよう。ワインを飲んで酔っぱらった阿部君によって正座させられて説教された事がよほど堪えたのだから、この車の中に上品なワインの香りが漂っているかぎり、明智君は銅像を貫き通す覚悟だな。
「そうなんですね。わがまま言って、ごめんなさいね」
おおー、分かってくれたようだな。さすが、私。それに心なしか、阿部君パパママの酔いが覚めているようだぞ。やはり上品なワインだけあって、酒癖の悪い阿部君パパママでもそこまでの悪酔いはしないのだろう。
あー、私も飲んでみたいが、阿部君は果たして何本盗ってきたのだろう? でも阿部君と一緒に飲むと、いくら上品なワインとはいえ阿部君パパママのように本性を現すに決まっている。フランス産ワインの『アルセーヌ・ヌーボー』を飲んだ時に比べれば短時間で済むかもしれないが、それでも辛いし、何より明智君がかわいそうだ。もし本数に余裕があるなら、阿部君の言い値で1本譲ってもらって、阿部君が確実にアジトに寄りつかないであろう時に飲もう。
うん? 阿部君ママが何か言いたそうだな。向こうが歩み寄ってくれたのだから、私も歩み寄るとするか。
「でも、阿部君パパママは私と同じでまだまだ若いので、ちょっと努力すれば簡単に肉体改造ができますよ。その時に晴れて一緒に作戦に臨みましょう。それまでは見習いとして、運転手だけをお願いできますか?」
「はい、頑張ります」
さすが言葉の魔術師の面も持っている私だな。何気にこれで運転手を確保したぞ。
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