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第29話
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「早く座りなさい」
恐怖か何かで動かない阿部君に業を煮やした阿部君ママが、阿部君そっくりの声で刺すように発すると、阿部君は覚悟したのか両親の間に座り、ミラー越しに目が合った私に訴えかけた。「できるだけ飛ばして」と言っているような気がしたし、言われなくてもそうするつもりだったので、私は制限速度の限界まで車の速度を上げ、まずは我が家兼アジトへ向かった。明智君とトラゾウを少しでも早くこの緊張感から解放させてあげたかったからだ。
しかし阿部君一人の酔っぱらいでも逆らうのは命がいくらあっても足りないと思わせたのに、阿部君パパママの二人のいかつい酔っぱらいに挟まれた阿部君の恐怖はいかほどのものなのだろうか。阿部君の表情からして知っているのは間違いないが、知っていてもあの阿部君が上手く流せないということは、攻略法が今のところまだ発見されていないに違いない。そして、この先も見つからないだろう。
「ひまわり、パパとママの言いたい事は分かってるの?」
阿部君パパはただ目を見開き瞬き一つせず阿部君を凝視している。阿部君ママが言葉で攻めて、阿部君パパは無言で圧をかけ続けるのだな。こ、これは、恐い。阿部君一人の酔っぱらいは、この一人二役を演じていたようだったけど、そこまでの圧力はなかったぞ。うーん、年季が違うからなのか、怒りの度合いが違うのか。
だめだ、そんな事を考えている場合ではない。私は車の運転をしているだけでいいのだ。今の私が阿部君のためにできる事は、1秒でも早くアジトに……いや待てよ、阿部君パパママは簡単に阿部君を降ろさせるだろうか? 家まで連れ帰って眠くなるまで説教をするつもりでは。それが自然の流れと言っていいだろう。
阿部君、がんばれ……。
「ごめんなさい、分からないです」
「分からないで終わらせないで、考えなさい。だからあなたは、内定が一つも……」
阿部君は本当に分からないのだろうか。阿部君パパママが言いたい事は、私でも分かるくらいなのだから、きっと分かっているはず。阿部君パパママは、我々の怪盗団に入りたいのだ。だけど阿部君が答えてしまうと、お願いという名の脅迫で無理やり怪盗団に在籍してしまう事が目に見えているので、下手に答えられないのだろう。阿部君の性格からして、例え酔っぱらっている時の約束だとしても実行しないといけなくなるのだ。
がしかし、いつまでも分からないの一点張りが通用しないことも、私が察しているくらいなのだから、身内であり今まで何度もこういう目に合っているだろう阿部君が知らないわけがない。そしてその阿部君なだけに、阿部君パパママがどれくらいで酔いが覚めるのかも知っていると思われる。だからきっと、話を引き伸ばして阿部君パパママが話の核心に入るのを遅らせ、あわよくばその核心に至らないようにしたいのだろう。
分かるぞ、阿部君。頑張ってくれ。あくまでも、阿部君パパママは運転手止まりだ。
「ごめんなさい。じゃあちょっと考えるから、時間をちょうだい」
「だめ! いくら考えても無駄だから、優しいママが教えてあげるわよ」
なんと強引な。しらふの阿部君パパママのお願いなら軽くいなせても、こんなに酔っぱらって言いようのない不気味な圧をかけてきている阿部君パパママにミッションに帯同させるように頼まれれば、断るのは明智君から100円盗むよりも難しいぞ。
どうするんだ、阿部君。何か妥協案はないのか? とりあえずコードネームを付けてあげるだけじゃだめなのか?
だめなのだろう。コードネームを付けたら付けたで、怪盗団の団員気取りになってミッションに参加しようと画策するだろうし、調子に乗って作戦まで立てて、すべての権力を握っているリーダーの座を私から奪おうとするはずだ。阿部君、なんとか話をはぐらかせてくれ。阿部君ならできる。
「あーあーあー! もうここまで出てるから、ちょっと待ってよ」
「うー……。ちょっとだけだからね。3秒だけあげるわ。3、2、1、終了ー」
「わ、分かったー。く、車でしょ?」
「車? そんなわけないでしょ」「えっ、何何?」
阿部君パパママが全力否定する上から、今まで無言の圧力に徹していた阿部君パパが反応して、阿部君パパママのチームワークに亀裂が入ったみたいだぞ。阿部君、やるじゃないか。22年の付き合いは伊達ではないな。車という言葉に、やや不安は感じたが。
「この車、もうだいぶガタが来てるんじゃない?」
「車なんて、こんなものよ」「うんうん、そうなんだ。それで?」
うーん、先が読めてきたぞ。これはまずい。間違っても阿部君が一人で買ってあげるわけがないじゃないか。ということは、我々怪盗団が買わされるのか? でもここで私が阿部君ママの応援をして、車の事をなかったことにすると、今度こそ阿部君パパママが私たちの仲間に加わりたいと直球で言ってくるし。
そうなるとミッションを失敗して捕まるリスクが急上昇するだろう。それとも阿部君パパママは私と同等とまではいかなくとも、天性の怪盗の素質を持っていて想像を超える逆境にも立ち向かえるというのだろうか? いやもしそうなら、阿部君がこんなにも必死で抵抗なんてしないで、あっさり承諾して酔っぱらいからの解放を勝ち取っているはずだ。
うーん、少なくとも今は怪盗団には入れたくないが、果たして本当に阿部君ママはそれを言いたいのだろうか。ここは賭けに出てみるのも悪くないのでは。今回、どれほどのお金を手に入れたのか分からないが、阿部君パパの車代を怪盗団が負担するとしたら、単純に私の取り分が減るのだから、豪華フランス旅行が白紙になって節約切り詰めフランス放浪旅になってしまうぞ。それはまずい事だらけじゃないか。
でもこうやって怪盗団の送り迎えをやってもらったし、これからだって気持ちよくやってもらうためには、無碍に断れないぞ。車の話はひとまず忘れてもらって、話を本筋に戻してもらおう。
恐怖か何かで動かない阿部君に業を煮やした阿部君ママが、阿部君そっくりの声で刺すように発すると、阿部君は覚悟したのか両親の間に座り、ミラー越しに目が合った私に訴えかけた。「できるだけ飛ばして」と言っているような気がしたし、言われなくてもそうするつもりだったので、私は制限速度の限界まで車の速度を上げ、まずは我が家兼アジトへ向かった。明智君とトラゾウを少しでも早くこの緊張感から解放させてあげたかったからだ。
しかし阿部君一人の酔っぱらいでも逆らうのは命がいくらあっても足りないと思わせたのに、阿部君パパママの二人のいかつい酔っぱらいに挟まれた阿部君の恐怖はいかほどのものなのだろうか。阿部君の表情からして知っているのは間違いないが、知っていてもあの阿部君が上手く流せないということは、攻略法が今のところまだ発見されていないに違いない。そして、この先も見つからないだろう。
「ひまわり、パパとママの言いたい事は分かってるの?」
阿部君パパはただ目を見開き瞬き一つせず阿部君を凝視している。阿部君ママが言葉で攻めて、阿部君パパは無言で圧をかけ続けるのだな。こ、これは、恐い。阿部君一人の酔っぱらいは、この一人二役を演じていたようだったけど、そこまでの圧力はなかったぞ。うーん、年季が違うからなのか、怒りの度合いが違うのか。
だめだ、そんな事を考えている場合ではない。私は車の運転をしているだけでいいのだ。今の私が阿部君のためにできる事は、1秒でも早くアジトに……いや待てよ、阿部君パパママは簡単に阿部君を降ろさせるだろうか? 家まで連れ帰って眠くなるまで説教をするつもりでは。それが自然の流れと言っていいだろう。
阿部君、がんばれ……。
「ごめんなさい、分からないです」
「分からないで終わらせないで、考えなさい。だからあなたは、内定が一つも……」
阿部君は本当に分からないのだろうか。阿部君パパママが言いたい事は、私でも分かるくらいなのだから、きっと分かっているはず。阿部君パパママは、我々の怪盗団に入りたいのだ。だけど阿部君が答えてしまうと、お願いという名の脅迫で無理やり怪盗団に在籍してしまう事が目に見えているので、下手に答えられないのだろう。阿部君の性格からして、例え酔っぱらっている時の約束だとしても実行しないといけなくなるのだ。
がしかし、いつまでも分からないの一点張りが通用しないことも、私が察しているくらいなのだから、身内であり今まで何度もこういう目に合っているだろう阿部君が知らないわけがない。そしてその阿部君なだけに、阿部君パパママがどれくらいで酔いが覚めるのかも知っていると思われる。だからきっと、話を引き伸ばして阿部君パパママが話の核心に入るのを遅らせ、あわよくばその核心に至らないようにしたいのだろう。
分かるぞ、阿部君。頑張ってくれ。あくまでも、阿部君パパママは運転手止まりだ。
「ごめんなさい。じゃあちょっと考えるから、時間をちょうだい」
「だめ! いくら考えても無駄だから、優しいママが教えてあげるわよ」
なんと強引な。しらふの阿部君パパママのお願いなら軽くいなせても、こんなに酔っぱらって言いようのない不気味な圧をかけてきている阿部君パパママにミッションに帯同させるように頼まれれば、断るのは明智君から100円盗むよりも難しいぞ。
どうするんだ、阿部君。何か妥協案はないのか? とりあえずコードネームを付けてあげるだけじゃだめなのか?
だめなのだろう。コードネームを付けたら付けたで、怪盗団の団員気取りになってミッションに参加しようと画策するだろうし、調子に乗って作戦まで立てて、すべての権力を握っているリーダーの座を私から奪おうとするはずだ。阿部君、なんとか話をはぐらかせてくれ。阿部君ならできる。
「あーあーあー! もうここまで出てるから、ちょっと待ってよ」
「うー……。ちょっとだけだからね。3秒だけあげるわ。3、2、1、終了ー」
「わ、分かったー。く、車でしょ?」
「車? そんなわけないでしょ」「えっ、何何?」
阿部君パパママが全力否定する上から、今まで無言の圧力に徹していた阿部君パパが反応して、阿部君パパママのチームワークに亀裂が入ったみたいだぞ。阿部君、やるじゃないか。22年の付き合いは伊達ではないな。車という言葉に、やや不安は感じたが。
「この車、もうだいぶガタが来てるんじゃない?」
「車なんて、こんなものよ」「うんうん、そうなんだ。それで?」
うーん、先が読めてきたぞ。これはまずい。間違っても阿部君が一人で買ってあげるわけがないじゃないか。ということは、我々怪盗団が買わされるのか? でもここで私が阿部君ママの応援をして、車の事をなかったことにすると、今度こそ阿部君パパママが私たちの仲間に加わりたいと直球で言ってくるし。
そうなるとミッションを失敗して捕まるリスクが急上昇するだろう。それとも阿部君パパママは私と同等とまではいかなくとも、天性の怪盗の素質を持っていて想像を超える逆境にも立ち向かえるというのだろうか? いやもしそうなら、阿部君がこんなにも必死で抵抗なんてしないで、あっさり承諾して酔っぱらいからの解放を勝ち取っているはずだ。
うーん、少なくとも今は怪盗団には入れたくないが、果たして本当に阿部君ママはそれを言いたいのだろうか。ここは賭けに出てみるのも悪くないのでは。今回、どれほどのお金を手に入れたのか分からないが、阿部君パパの車代を怪盗団が負担するとしたら、単純に私の取り分が減るのだから、豪華フランス旅行が白紙になって節約切り詰めフランス放浪旅になってしまうぞ。それはまずい事だらけじゃないか。
でもこうやって怪盗団の送り迎えをやってもらったし、これからだって気持ちよくやってもらうためには、無碍に断れないぞ。車の話はひとまず忘れてもらって、話を本筋に戻してもらおう。
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