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第13話
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まずは昨日の続きの件に決着をつけないと、前に進めないな。
白イノシシ会の組長は白シカ組の組長から猫を誘拐してくれと言っていた。だけど、白シカ組の組長は猫など飼っていないと考えるまでもなく断言したぞ。どちらかが嘘をついている。
白イノシシ会の組長が嘘をつくメリットなんてないから、白シカ組の組長が嘘をついていると考えるのが妥当だろう。だけど、何のために嘘を?
誘拐されたくないから、いないと言ったと考えれば腑に落ちる。しかし私たちは、単なるオーソドックスで何ら怪しくない記者を装っていたんだぞ。飼い主なら親バカぶりを遺憾なく発揮して喜んで取材を受けるはず。
もしかしたら私から隠しきれない大怪盗のオーラが滲み出ていてカメラ越しでも感じたのだろうか。いやいや、あそこには明智君と阿部君もいたんだぞ。二人から溢れ出ている残念なオーラが私のオーラを打ち消していた。だから組長が私たちを怪盗団だと見抜いたとは思えないのだ。
かと言って、記者だというのも信じているかどうか疑問だ。そうだ、記者だと信じなかったに決まっているじゃないか。バカ面の明智君と悪魔が憑依した阿部君プラス苦肉の策で変顔をせざるを得なかった私たちを見て、まともに相手したくなかっただけだ。
きっと、猫はいる。
明智君と阿部君が私の考えた陰険な作戦だけを素直にやっていたら、こんな疑問で時間を潰すことはなかったのに。何よりいつの間にか、私は明智君のお金に手を出さないように誓わされもしなかっただろう。口ではああ言ったが、知らない顔して明智君のお金を使ってやろうかな。
いやだめだ。もしそんな事をしたら、私はリーダーの地位を失ってしまう。
世界中のちびっ子の憧れであるこの怪盗団のリーダーの地位は、私が生きている間は、私のものだ。
よーし、すっきりさっぱりしたところで、リーダーの特権を発動して再び仕返しを兼ねた作戦を発表してやろう。しかしその前に、なぜあんなふざけた偽記者を演じたのか確かめないといけないな。明智君と阿部君の退路を断つために。
「リーダー、リーダー、どうしたんですか? 大丈夫ですか?」
「え? 何?」
「何って、さっきから呼んでるのに、全然返事をしてくれないじゃないですか。本当に大丈夫なんですか? この近くの病院がまだ開いてるので……」
「今の私に病院は必要ない。病院が必要になるのは、白シカ組の奴らだ。緻密な作戦を練るのに集中していたから、返事をしている場合ではなかっただけだ」
「作戦とは、まさか白シカ組の事ですか? それなら必要ないじゃないですか。組長は猫を飼ってないって言いましたよ」
「うん、その事だけど……。あっ、その前に、どうして私に内緒で猫の取材だなんてふざけた事をやろうとしたんだ?」
「それは、リーダーが考えた作戦だと、私と明智君がおとりになって白シカ組の組員に叩かれたり踏んづけられたりされている間に、リーダーが手薄になった組長から猫を誘拐する算段でしょ?」
「大まかに言えば、そうなるかな」
「百歩譲って、リーダーがおいしいところを頂くのは我慢してあげますよ。やせ我慢ですけどね。ただそれ以上に、私と明智君が辛い思いをするのは嫌なんですよ。リーダーだって辛いのは嫌でしょ? 明智君のキャッシュカードの事で気が動転していて冷静な判断が出来ないままに、リーダーの考えた穴だらけの作戦に賛同しましたけど、ふと我に返ったら出来るわけないと気づいて。いや、やりたくないと私と明智君の意見が一致して。だから一番手っ取り早い方法で猫を頂くことにしたんです」
「なるほどー。そうだったんだね。本当だ。冷静になって考えると、どうしようもない作戦だよね。だけど、白イノシシ会に現金を盗みに入った時は、そんなどうしようもない作戦で成功したでしょ?」
「何を言ってるんですか。全然違いますよ。あの時におとりになったのはリーダーで、今回のおとりは私と明智君のつもりだったじゃないですか。リーダーは大して役に立たない割に打たれ強いけど、私と明智君は有能だけどか弱いんですよ。……。あっ、今のは嘘です。えっとー、そのー、何と言ったらいいのかな、そうそう、私と明智君はリーダーのように強くも賢くもないから、手に余ると言いたかったんです」
「まあ、確かに。私は強いし賢いしかっこいい」
「かっこいいは言ってないです。お世辞でもそれはちょっと。まあ、強いも賢いもおだててるだけなので……というのは照れ隠しということで」
「阿部君の言わんとしている事は分かるよ。少しでも私に近づけるように頑張りたまえ」
「あっ、話が逸れましたね。私と明智君が考えた作戦の説明を続けますね。私の誘いにまんまと組長が猫を連れて出てきたら、猫と明智君をすり替えるんです。その後で明智君が自力で逃げればミッション完了です。でも、猫がいないんじゃ……」
「阿部君と明智君の考えた作戦もほんの少しだけ穴があるような。いや、今は未遂に終わった事をあれこれ検討している場合ではないな。白シカ組の組長は何か隠してると思わないか?」
「そうですね。こっちの組長もへそくりをたっぷりと……」
「違う違う。そういう意味ではなくて、きっとあいつは私たちに嘘をついたぞ。だからあんなに大げさに私たちを脅して、もう近づけさせないようにしたんだ」
「そうですかね。こんな純粋でかわいい私に嘘をつくなんてありえないと思いますよ」
「そ、そうかなあ? うーん、でも、純粋でかわいい阿部君を撃ち殺そうとするやつだよ」
「いえ、あれは、気味の悪い初老のおじさんに対して放った言葉ですよ。きっと。私と明智君だけだったら『猫はいないけど、せっかく来たのだからお茶でも飲んでいきなさい』と言ってましたね。でも、まあ、ここまで来たついでに白シカ組からもへそくりをたっぷりといただきましょう。どうせ警察に届けないし、あわよくば白イノシシ会のせいに出来ますよ」
阿部君の言うことを何から何まで認めるつもりはないが、再度白シカ組に盗みに入る気になってくれたので不必要な口答えはやめておこう。
そして阿部君と明智君がお金の山を見つけて発狂している間に、組長があれほどまでして私たちを追っ払おうとした真の意味を私が突き止めてやる。警察官の頃から培った私の危機意識が、白シカ組には何かあると言ってやまないのだ。
それに白イノシシ会の組長と約束したのだから、最低限、猫がいるのかいないのかは確かめないといけないだろう。
「それじゃ、さくさくっと組長宅を偵察して、一度アジトに戻って暗くなってから作戦開始といこうか」
「リーダー、何言ってるんですか? そんなんじゃだめでしょ」
おおー。阿部君と明智君の考えていそうな事を読んで適当に言ったが、ようやく偵察の重大性に気づいてくれたのだな。そうだろうそうだろう。
変装や変顔をしていたとはいえ、さっきの今だから慎重にかつさり気なく周囲を歩いて監視カメラの位置や死角を把握しよう。そして忍び込みやすい場所と逆に裏をかいて、ここから忍び込むなんてありえないという場所なんかも確認しておいた方がいいな。何周もぐるぐる回ってたら怪しまれて本末転倒になるといけないので、警察官時代にあまりにも同情を買うのが上手な盗撮犯から賄賂として頂いたペン型カメラを駆使して動画もたっぷり撮ってやる。
「分かったよ。まずは念入りに偵察しようか。いくぞー」
「ええー。何を聞いてたんですか? 偵察なんてやってる場合ではないでしょ。バカなんですか?」
「え! 阿部君は偵察の重要性に気づいたんじゃないの?」
「偵察なんて『別に』ですよ。怪盗にとって必要か不必要かで言えば必要だし、言葉の響きもなかなかですけど、今大事なのは偵察ではないでしょ」
え? 今大事なのは偵察ではない? もっと大事な事って何だ? もしかしたら祝勝会で飲むワインの事を言っているのか?
私に無断で大事な『アルセーヌ・ヌーボー』を2本も飲んだお詫びに『アルセーヌ・ヌーボー』100本と『ボジョレー・ルパン』100本を買うのに付き合ってほしいのだろうか。そういうことなら荷物持ちくらいやってもいいが。いや、だめだ。阿部君にアルコールを与えると酷い目にあうじゃないか。
「阿部君、祝勝会にワインは必要ないと思うが、せめて10回に1回くらいでいいんじゃないか?」
「どこでどうなったら、話が祝勝会になるんですか。まだ何の収穫もないのに。せっかく話が出たので言っときますけど、祝勝会にワインは付き物ですからね。確か私たちのアジトの冷蔵庫に白ワインの『ボジョレー・ルパン』が3本と赤ワインの『アルセーヌ・ヌーボー』が1本残ってましたね?」
「いや、あれは、私が退職金をはたいて買ったもので、ここぞという時に飲むと決めてあるんだ。ねえ、明智君?」
「ワン! ワンワンワンワンワーン」
「そうなんですか。うーん、どうしようかなー。今日、リーダーと明智君が大活躍したら考えてあげますよ」
「あ、ありがとう。明智君、力を合わせて頑張ろう」
「ワン!」
「それはそれとして、ちょっと話が逸れすぎなので、きちんと大事な話をしませんか?」
「大事な話って祝勝会のワインじゃないんでしょ? 阿部君にとって大事な事が他に思い浮かばないけど」
「はあーあ。誰が私の事って言いました? 私は自分の事なんてこれっぽっちも気にしてないですよ。私にとってかけがえのないこの怪盗団の作戦が成功するために、大事な事があるじゃないですか」
なんだ? 偵察でも祝勝会でもないと。どんな敵に対しても怯まないような鋼の肉体と精神なのか? いやでも阿部君と明智君は問題外だけど、私は完成されているぞ。なによりそんな一朝一夕にどうこうなるものではないな。阿部君の感じだと、そんなに時間を必要としないようだから、十分な睡眠だな。
「分かったよ、阿部君。さっそく帰って一眠りしようか」
「はあー! 寝るのなんて仕事が終わればいくらでも出来るでしょ。そんなに考えて本当に分からないんですか?」
ちくしょー。どうしてこんなにもバカにされないといけないんだ。私は天下無敵のリーダーなんだぞ。もう頭にきた。かくなるうえは……。
「降参です。教えてください」
「どうしようかなー。あーなんか肩がこってきたなー。立ちっぱなしで、足もむくんできたし。誰かマッサージしてくれないかなー」
「喜んで、私が。明智君は足を揉んであげて。阿部君、あそこにベンチがあるよ」
マッサージすること1時間。さすがの私でも両手の握力が無くなり、背後から阿部君を睨んでいた目も涙目となっていた。明智君も肉球が擦り切れるほど阿部君の足をこね回して限界を迎えようとしている。
遠慮なく涙と鼻水を垂れ流していた明智君が訴えるような視線を私に向けていたのにようやく気づくと恥も外聞も捨て、あくまでもかわいいバカ犬の明智君のためだけど、私の得意技の一つである『懇願』を阿部君にお見舞いしてやった。
なのに、阿部君は無視だ。なかなかやるじゃないか。いや、待てよ、寝てるようだぞ。
これは稀に見る史上最高のチャンスじゃないのか? 日頃と今朝のお礼をこめてどうやって起こそうか思案していると、明智君も阿部君が寝ているのに気づき「ワワーン」と一声かけただけで、阿部君が起きてしまった。
欲張らずにシンプルでもいいから、ぶん殴って起こしておけばおけばよかったと思ったのも後の祭りで、またもや阿部君にモンゴリアンチョップをくらわしてやった想像だけに終わってしまった。ついでに明智君にはジャイアントスイングで月まで飛ばしてやった。もちろん想像だ。
「いやーよく寝たなー。じゃあ、行きますか?」
「え? 答えを聞いてないんだけど」
「ええー、まだ分からないんですか? 何やってたんですか。まったくもー。いやーめんどくさい。教えてあげますよ。コスチュームを買いにいかないといけないでしょ」
「え? コスチューム? 冗談だよね?」
「はあー。何が冗談なんですか。怒りますよ」
「いや、でも、コスチュームならあるでしょ? あのふざけた……かわいいライオンの覆面に艶やかできらびやかなワンピースが。明智君だって阿部君とおそろいの覆面に邪魔だろっていうくらいの大きなマントが」
「ああー。あれは舞い上がってましたね。知ってました? ライオンはオスだけがあんな立派なタテガミがあるんですよ。ということは、私の覆面は男の子用じゃないですか。かわいい私にはふさわしくないでしょ。そしてあのワンピースもあの覆面がありきなので」
「は、はあ。じゃあさっそく、コスチュームを買いにいこうか」
「はーい。あっでも、リーダーはあれで十分ですよ。新調したいなら活躍してからにしてくださいね」
「あ、ああ、頑張るよ」
阿部君は下地は赤のトラの覆面にヒョウ柄のワンピース、明智君は下地は黄色のトラの覆面にヒョウ柄の大きなマント、私は前回と同じ夜店で売っているようなふざけたロボットのお面に暗がりでは青と分からない地味な出で立ち……白状するが上下セットのデニム風シャツとパンツで、白シカ組の組長宅の裏の塀の前に立っていた。
白イノシシ会の組長は白シカ組の組長から猫を誘拐してくれと言っていた。だけど、白シカ組の組長は猫など飼っていないと考えるまでもなく断言したぞ。どちらかが嘘をついている。
白イノシシ会の組長が嘘をつくメリットなんてないから、白シカ組の組長が嘘をついていると考えるのが妥当だろう。だけど、何のために嘘を?
誘拐されたくないから、いないと言ったと考えれば腑に落ちる。しかし私たちは、単なるオーソドックスで何ら怪しくない記者を装っていたんだぞ。飼い主なら親バカぶりを遺憾なく発揮して喜んで取材を受けるはず。
もしかしたら私から隠しきれない大怪盗のオーラが滲み出ていてカメラ越しでも感じたのだろうか。いやいや、あそこには明智君と阿部君もいたんだぞ。二人から溢れ出ている残念なオーラが私のオーラを打ち消していた。だから組長が私たちを怪盗団だと見抜いたとは思えないのだ。
かと言って、記者だというのも信じているかどうか疑問だ。そうだ、記者だと信じなかったに決まっているじゃないか。バカ面の明智君と悪魔が憑依した阿部君プラス苦肉の策で変顔をせざるを得なかった私たちを見て、まともに相手したくなかっただけだ。
きっと、猫はいる。
明智君と阿部君が私の考えた陰険な作戦だけを素直にやっていたら、こんな疑問で時間を潰すことはなかったのに。何よりいつの間にか、私は明智君のお金に手を出さないように誓わされもしなかっただろう。口ではああ言ったが、知らない顔して明智君のお金を使ってやろうかな。
いやだめだ。もしそんな事をしたら、私はリーダーの地位を失ってしまう。
世界中のちびっ子の憧れであるこの怪盗団のリーダーの地位は、私が生きている間は、私のものだ。
よーし、すっきりさっぱりしたところで、リーダーの特権を発動して再び仕返しを兼ねた作戦を発表してやろう。しかしその前に、なぜあんなふざけた偽記者を演じたのか確かめないといけないな。明智君と阿部君の退路を断つために。
「リーダー、リーダー、どうしたんですか? 大丈夫ですか?」
「え? 何?」
「何って、さっきから呼んでるのに、全然返事をしてくれないじゃないですか。本当に大丈夫なんですか? この近くの病院がまだ開いてるので……」
「今の私に病院は必要ない。病院が必要になるのは、白シカ組の奴らだ。緻密な作戦を練るのに集中していたから、返事をしている場合ではなかっただけだ」
「作戦とは、まさか白シカ組の事ですか? それなら必要ないじゃないですか。組長は猫を飼ってないって言いましたよ」
「うん、その事だけど……。あっ、その前に、どうして私に内緒で猫の取材だなんてふざけた事をやろうとしたんだ?」
「それは、リーダーが考えた作戦だと、私と明智君がおとりになって白シカ組の組員に叩かれたり踏んづけられたりされている間に、リーダーが手薄になった組長から猫を誘拐する算段でしょ?」
「大まかに言えば、そうなるかな」
「百歩譲って、リーダーがおいしいところを頂くのは我慢してあげますよ。やせ我慢ですけどね。ただそれ以上に、私と明智君が辛い思いをするのは嫌なんですよ。リーダーだって辛いのは嫌でしょ? 明智君のキャッシュカードの事で気が動転していて冷静な判断が出来ないままに、リーダーの考えた穴だらけの作戦に賛同しましたけど、ふと我に返ったら出来るわけないと気づいて。いや、やりたくないと私と明智君の意見が一致して。だから一番手っ取り早い方法で猫を頂くことにしたんです」
「なるほどー。そうだったんだね。本当だ。冷静になって考えると、どうしようもない作戦だよね。だけど、白イノシシ会に現金を盗みに入った時は、そんなどうしようもない作戦で成功したでしょ?」
「何を言ってるんですか。全然違いますよ。あの時におとりになったのはリーダーで、今回のおとりは私と明智君のつもりだったじゃないですか。リーダーは大して役に立たない割に打たれ強いけど、私と明智君は有能だけどか弱いんですよ。……。あっ、今のは嘘です。えっとー、そのー、何と言ったらいいのかな、そうそう、私と明智君はリーダーのように強くも賢くもないから、手に余ると言いたかったんです」
「まあ、確かに。私は強いし賢いしかっこいい」
「かっこいいは言ってないです。お世辞でもそれはちょっと。まあ、強いも賢いもおだててるだけなので……というのは照れ隠しということで」
「阿部君の言わんとしている事は分かるよ。少しでも私に近づけるように頑張りたまえ」
「あっ、話が逸れましたね。私と明智君が考えた作戦の説明を続けますね。私の誘いにまんまと組長が猫を連れて出てきたら、猫と明智君をすり替えるんです。その後で明智君が自力で逃げればミッション完了です。でも、猫がいないんじゃ……」
「阿部君と明智君の考えた作戦もほんの少しだけ穴があるような。いや、今は未遂に終わった事をあれこれ検討している場合ではないな。白シカ組の組長は何か隠してると思わないか?」
「そうですね。こっちの組長もへそくりをたっぷりと……」
「違う違う。そういう意味ではなくて、きっとあいつは私たちに嘘をついたぞ。だからあんなに大げさに私たちを脅して、もう近づけさせないようにしたんだ」
「そうですかね。こんな純粋でかわいい私に嘘をつくなんてありえないと思いますよ」
「そ、そうかなあ? うーん、でも、純粋でかわいい阿部君を撃ち殺そうとするやつだよ」
「いえ、あれは、気味の悪い初老のおじさんに対して放った言葉ですよ。きっと。私と明智君だけだったら『猫はいないけど、せっかく来たのだからお茶でも飲んでいきなさい』と言ってましたね。でも、まあ、ここまで来たついでに白シカ組からもへそくりをたっぷりといただきましょう。どうせ警察に届けないし、あわよくば白イノシシ会のせいに出来ますよ」
阿部君の言うことを何から何まで認めるつもりはないが、再度白シカ組に盗みに入る気になってくれたので不必要な口答えはやめておこう。
そして阿部君と明智君がお金の山を見つけて発狂している間に、組長があれほどまでして私たちを追っ払おうとした真の意味を私が突き止めてやる。警察官の頃から培った私の危機意識が、白シカ組には何かあると言ってやまないのだ。
それに白イノシシ会の組長と約束したのだから、最低限、猫がいるのかいないのかは確かめないといけないだろう。
「それじゃ、さくさくっと組長宅を偵察して、一度アジトに戻って暗くなってから作戦開始といこうか」
「リーダー、何言ってるんですか? そんなんじゃだめでしょ」
おおー。阿部君と明智君の考えていそうな事を読んで適当に言ったが、ようやく偵察の重大性に気づいてくれたのだな。そうだろうそうだろう。
変装や変顔をしていたとはいえ、さっきの今だから慎重にかつさり気なく周囲を歩いて監視カメラの位置や死角を把握しよう。そして忍び込みやすい場所と逆に裏をかいて、ここから忍び込むなんてありえないという場所なんかも確認しておいた方がいいな。何周もぐるぐる回ってたら怪しまれて本末転倒になるといけないので、警察官時代にあまりにも同情を買うのが上手な盗撮犯から賄賂として頂いたペン型カメラを駆使して動画もたっぷり撮ってやる。
「分かったよ。まずは念入りに偵察しようか。いくぞー」
「ええー。何を聞いてたんですか? 偵察なんてやってる場合ではないでしょ。バカなんですか?」
「え! 阿部君は偵察の重要性に気づいたんじゃないの?」
「偵察なんて『別に』ですよ。怪盗にとって必要か不必要かで言えば必要だし、言葉の響きもなかなかですけど、今大事なのは偵察ではないでしょ」
え? 今大事なのは偵察ではない? もっと大事な事って何だ? もしかしたら祝勝会で飲むワインの事を言っているのか?
私に無断で大事な『アルセーヌ・ヌーボー』を2本も飲んだお詫びに『アルセーヌ・ヌーボー』100本と『ボジョレー・ルパン』100本を買うのに付き合ってほしいのだろうか。そういうことなら荷物持ちくらいやってもいいが。いや、だめだ。阿部君にアルコールを与えると酷い目にあうじゃないか。
「阿部君、祝勝会にワインは必要ないと思うが、せめて10回に1回くらいでいいんじゃないか?」
「どこでどうなったら、話が祝勝会になるんですか。まだ何の収穫もないのに。せっかく話が出たので言っときますけど、祝勝会にワインは付き物ですからね。確か私たちのアジトの冷蔵庫に白ワインの『ボジョレー・ルパン』が3本と赤ワインの『アルセーヌ・ヌーボー』が1本残ってましたね?」
「いや、あれは、私が退職金をはたいて買ったもので、ここぞという時に飲むと決めてあるんだ。ねえ、明智君?」
「ワン! ワンワンワンワンワーン」
「そうなんですか。うーん、どうしようかなー。今日、リーダーと明智君が大活躍したら考えてあげますよ」
「あ、ありがとう。明智君、力を合わせて頑張ろう」
「ワン!」
「それはそれとして、ちょっと話が逸れすぎなので、きちんと大事な話をしませんか?」
「大事な話って祝勝会のワインじゃないんでしょ? 阿部君にとって大事な事が他に思い浮かばないけど」
「はあーあ。誰が私の事って言いました? 私は自分の事なんてこれっぽっちも気にしてないですよ。私にとってかけがえのないこの怪盗団の作戦が成功するために、大事な事があるじゃないですか」
なんだ? 偵察でも祝勝会でもないと。どんな敵に対しても怯まないような鋼の肉体と精神なのか? いやでも阿部君と明智君は問題外だけど、私は完成されているぞ。なによりそんな一朝一夕にどうこうなるものではないな。阿部君の感じだと、そんなに時間を必要としないようだから、十分な睡眠だな。
「分かったよ、阿部君。さっそく帰って一眠りしようか」
「はあー! 寝るのなんて仕事が終わればいくらでも出来るでしょ。そんなに考えて本当に分からないんですか?」
ちくしょー。どうしてこんなにもバカにされないといけないんだ。私は天下無敵のリーダーなんだぞ。もう頭にきた。かくなるうえは……。
「降参です。教えてください」
「どうしようかなー。あーなんか肩がこってきたなー。立ちっぱなしで、足もむくんできたし。誰かマッサージしてくれないかなー」
「喜んで、私が。明智君は足を揉んであげて。阿部君、あそこにベンチがあるよ」
マッサージすること1時間。さすがの私でも両手の握力が無くなり、背後から阿部君を睨んでいた目も涙目となっていた。明智君も肉球が擦り切れるほど阿部君の足をこね回して限界を迎えようとしている。
遠慮なく涙と鼻水を垂れ流していた明智君が訴えるような視線を私に向けていたのにようやく気づくと恥も外聞も捨て、あくまでもかわいいバカ犬の明智君のためだけど、私の得意技の一つである『懇願』を阿部君にお見舞いしてやった。
なのに、阿部君は無視だ。なかなかやるじゃないか。いや、待てよ、寝てるようだぞ。
これは稀に見る史上最高のチャンスじゃないのか? 日頃と今朝のお礼をこめてどうやって起こそうか思案していると、明智君も阿部君が寝ているのに気づき「ワワーン」と一声かけただけで、阿部君が起きてしまった。
欲張らずにシンプルでもいいから、ぶん殴って起こしておけばおけばよかったと思ったのも後の祭りで、またもや阿部君にモンゴリアンチョップをくらわしてやった想像だけに終わってしまった。ついでに明智君にはジャイアントスイングで月まで飛ばしてやった。もちろん想像だ。
「いやーよく寝たなー。じゃあ、行きますか?」
「え? 答えを聞いてないんだけど」
「ええー、まだ分からないんですか? 何やってたんですか。まったくもー。いやーめんどくさい。教えてあげますよ。コスチュームを買いにいかないといけないでしょ」
「え? コスチューム? 冗談だよね?」
「はあー。何が冗談なんですか。怒りますよ」
「いや、でも、コスチュームならあるでしょ? あのふざけた……かわいいライオンの覆面に艶やかできらびやかなワンピースが。明智君だって阿部君とおそろいの覆面に邪魔だろっていうくらいの大きなマントが」
「ああー。あれは舞い上がってましたね。知ってました? ライオンはオスだけがあんな立派なタテガミがあるんですよ。ということは、私の覆面は男の子用じゃないですか。かわいい私にはふさわしくないでしょ。そしてあのワンピースもあの覆面がありきなので」
「は、はあ。じゃあさっそく、コスチュームを買いにいこうか」
「はーい。あっでも、リーダーはあれで十分ですよ。新調したいなら活躍してからにしてくださいね」
「あ、ああ、頑張るよ」
阿部君は下地は赤のトラの覆面にヒョウ柄のワンピース、明智君は下地は黄色のトラの覆面にヒョウ柄の大きなマント、私は前回と同じ夜店で売っているようなふざけたロボットのお面に暗がりでは青と分からない地味な出で立ち……白状するが上下セットのデニム風シャツとパンツで、白シカ組の組長宅の裏の塀の前に立っていた。
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