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第3話
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「おおー、早速ですね。どこに何を盗みに入るんですか?」
これだから素人はと思ったが、紳士のような怪盗の私は、これから何をしなければならないかを懇切丁寧に教えるのに何ら苛立ちを感じない。舌打ちも聞こえないように1回しただけだ。
「まずは、阿部君に怪盗のイロハを教えてあげよう。盗みに入るのはそれからだ」
「そうでしたね。リーダーは怪盗歴は長いんですか? 何年くらいですか?」
「え? 2,3……くらいかな」
「え! たったの2,3年なんですか? それは……」
「違う違う! 2,3……ゅぅ……ん……くらいだよ」
「ええー! 2,3十年ですか? そ、それはすごいですね。あっ、でも、リーダーの歳を考えたらそれくらいは当たり前ですよね。それでも、初めて尊敬しましたよ」
何気にバカにされたような気がしなくもないが、そんな事よりも阿部君は完全に勘違いしている。後々バレるよりは、今はっきり訂正した方がいいに決まっている。それが遅れれば遅れるほど、ビンタどころか最悪ドロップキックまで飛んできかねない。明智君も止めるふりをして、何かしらの嫌がらせをしてくるだろう。
いくら私が天性の怪盗だと知らしめても、阿部君ならあれこれ言いがかりのような理由を付けて暴れ回るだろう。それも嬉しそうに。私は人を見る目だってあるのだから。速攻で訂正しないとな。神様、私に勇気をください。
「違う違う! 2,3週間。2,3十年じゃなくて。オッケー? じゃあ、訓練に入ろうか?」よーし、言えたぞ。思い知ったか、阿部君。私はもう怖いものなしだからな。
「はーい」と同時に往復ビンタが2,3回とんできた。まあ圏内だし大して痛くないから我慢しよう。ふうー。
「まず……休憩だね」
「まだ始まってもないけど、リーダーの腫れた顔を見る限りはそれが賢明ですね。話は変わりますけど、どうしてそんな歳で怪盗になろうなんて思ったんですか? 頭悪いんですか?」
阿部君の後ろから、明智君が私を指差しバカにしたように笑っている。明智君は私と一心同体だと思ってたのに。
もしかしたら一身上の都合で、今までのドッグフードに安めのドッグフードをブレンドしたのがバレてるのか? 安い方の割合を少しずつ増やして終いには安い方に移行しようと考えていたが考え直さないといけないぞ。いざという時に裏切られかねないからな。食いしん坊のかわいいバカ犬のために、私が我慢すればいいだけだ。私は人間ができすぎだろうか。
「『ローマは一日にして成らず』という諺があるでしょ?」
「それで?」
「分からないかなあ?」
「はい」
「怪盗になるために一歩ずつ階段を上がってたんだよ。そうやって得た知識をひよっこの阿部君に教えてあげるんだから感謝しないといけないよ。そこにいるバカ犬……じゃなくて、明智君イエローも」
「まさかとは思いますけど、毎日毎日、怪盗になりたいと夢見てたら死にかけのおやじになってたと。それで死ぬくらいならやぶれかぶれで挑戦してみようと至ったとかじゃないですよね? リーダーは追い込まれないと出来ないタイプですか?」
私は今、ものすごくバカにされているのだろう。しかし常に冷静沈着に行動しないといけない怪盗が、こんな事くらいで怒りをぶつけるわけにはいかない。決して阿部君や明智君の仕返しが恐いわけではない。
だけどこのままだとストレスが溜まりすぎて不眠症になるかもしれないぞ。仕方がない。阿部君と明智君が大勢の前で転んで大笑いされているところを鮮明に想像しよう。そして実際に起こった事だと自己暗示し終わると、ふと思い出した。
「そう言えば、私の前職を話していなかったね。実は、警察官を30年ばかりやってたんだよ」
尊敬の眼差しを待っているのに、阿部君は無表情に近いが泣きそうに見えなくもない。驚かせ過ぎたのか? それはそうか。怪盗が最も恐れ忌み嫌う存在が警察官だと言っても過言ではないのだから。
「警察をリストラされて、その腹いせで困らせるために怪盗になるのを選んだんですね。動機は不純ですけど、乗りかかった舟です。私が明智君を含め面倒をみてあげますよ。なぜか分からないし全然好きとかじゃないのに、捨て犬とか捨ておやじとかを黙って見てられないんですよね。なんででしょうね?」
「優しいからなんじゃない。誰にでも一つくらいは良い所があるもんだよ」
私なりに精一杯のゴマをすったつもりだ。ささやかな皮肉を付け加えたのは失敗かもと思ったが、阿部君は気づかずに悦に入っている。
明智君も私の華麗な皮肉に賛同してくれると思ったのに、阿部君を見つめて何か言いたそうだ。すごく優しく嬉しそうな目で。捨て犬扱いされた事に気づいていないのか、このバカ犬は。
「まあ、私の事はさておき、今日はとりあえずリーダーの技量を見せていただきましょう。どこに盗みに入るかは、それを参考に私が的確な所をいくつか見繕ってあげますよ」
何か私を下に見出したが、ここは我慢して私の凄さを見せつけてやろうじゃないか。その後に吠え面をかいても許してやらなくもないが……そうだ、コードネームの『レッド』を奪ってやろう。
俄然やる気の出た私に、阿部君は酷い仕打ちをした。ちくしょー。
「何をすればいいの?」
「盗みに入った時に番犬がいるのは、よくある事ですよね? そこで、明智君を番犬に見立てて、リーダーは番犬に見つかった時の対処を見せてください。明智君、準備オッケー? よーし、始め!」
私がものすごい身体能力の持ち主の上に類稀なる知能を有しているとはいえ、この狭いワンルームの一室でバカ犬から逃げるのは難しかった。
バカ犬も手加減すればいいのに、一体何の恨みがあるんだ。
主導権は名ばかりのリーダーから、ものの数秒で阿部君レッドへと移された。いや、盗まれたと言っていいだろう。この私から盗むなんて、あっぱれだと言っておくか。でも、いつか……。
「今日はこれで終わりにしましょう。明日、目ぼしい所をピックアップしてくるので、どこに何を盗みに入るかを話し合いましょうね。一応、リーダーもどこか心当たりがあったら発表してください。検討してあげますよ。おつかれー」
私に何か言葉を返す時間も与えず、阿部君は帰ってしまった。全力で尻尾を振っている明智君に見送られて。
これだから素人はと思ったが、紳士のような怪盗の私は、これから何をしなければならないかを懇切丁寧に教えるのに何ら苛立ちを感じない。舌打ちも聞こえないように1回しただけだ。
「まずは、阿部君に怪盗のイロハを教えてあげよう。盗みに入るのはそれからだ」
「そうでしたね。リーダーは怪盗歴は長いんですか? 何年くらいですか?」
「え? 2,3……くらいかな」
「え! たったの2,3年なんですか? それは……」
「違う違う! 2,3……ゅぅ……ん……くらいだよ」
「ええー! 2,3十年ですか? そ、それはすごいですね。あっ、でも、リーダーの歳を考えたらそれくらいは当たり前ですよね。それでも、初めて尊敬しましたよ」
何気にバカにされたような気がしなくもないが、そんな事よりも阿部君は完全に勘違いしている。後々バレるよりは、今はっきり訂正した方がいいに決まっている。それが遅れれば遅れるほど、ビンタどころか最悪ドロップキックまで飛んできかねない。明智君も止めるふりをして、何かしらの嫌がらせをしてくるだろう。
いくら私が天性の怪盗だと知らしめても、阿部君ならあれこれ言いがかりのような理由を付けて暴れ回るだろう。それも嬉しそうに。私は人を見る目だってあるのだから。速攻で訂正しないとな。神様、私に勇気をください。
「違う違う! 2,3週間。2,3十年じゃなくて。オッケー? じゃあ、訓練に入ろうか?」よーし、言えたぞ。思い知ったか、阿部君。私はもう怖いものなしだからな。
「はーい」と同時に往復ビンタが2,3回とんできた。まあ圏内だし大して痛くないから我慢しよう。ふうー。
「まず……休憩だね」
「まだ始まってもないけど、リーダーの腫れた顔を見る限りはそれが賢明ですね。話は変わりますけど、どうしてそんな歳で怪盗になろうなんて思ったんですか? 頭悪いんですか?」
阿部君の後ろから、明智君が私を指差しバカにしたように笑っている。明智君は私と一心同体だと思ってたのに。
もしかしたら一身上の都合で、今までのドッグフードに安めのドッグフードをブレンドしたのがバレてるのか? 安い方の割合を少しずつ増やして終いには安い方に移行しようと考えていたが考え直さないといけないぞ。いざという時に裏切られかねないからな。食いしん坊のかわいいバカ犬のために、私が我慢すればいいだけだ。私は人間ができすぎだろうか。
「『ローマは一日にして成らず』という諺があるでしょ?」
「それで?」
「分からないかなあ?」
「はい」
「怪盗になるために一歩ずつ階段を上がってたんだよ。そうやって得た知識をひよっこの阿部君に教えてあげるんだから感謝しないといけないよ。そこにいるバカ犬……じゃなくて、明智君イエローも」
「まさかとは思いますけど、毎日毎日、怪盗になりたいと夢見てたら死にかけのおやじになってたと。それで死ぬくらいならやぶれかぶれで挑戦してみようと至ったとかじゃないですよね? リーダーは追い込まれないと出来ないタイプですか?」
私は今、ものすごくバカにされているのだろう。しかし常に冷静沈着に行動しないといけない怪盗が、こんな事くらいで怒りをぶつけるわけにはいかない。決して阿部君や明智君の仕返しが恐いわけではない。
だけどこのままだとストレスが溜まりすぎて不眠症になるかもしれないぞ。仕方がない。阿部君と明智君が大勢の前で転んで大笑いされているところを鮮明に想像しよう。そして実際に起こった事だと自己暗示し終わると、ふと思い出した。
「そう言えば、私の前職を話していなかったね。実は、警察官を30年ばかりやってたんだよ」
尊敬の眼差しを待っているのに、阿部君は無表情に近いが泣きそうに見えなくもない。驚かせ過ぎたのか? それはそうか。怪盗が最も恐れ忌み嫌う存在が警察官だと言っても過言ではないのだから。
「警察をリストラされて、その腹いせで困らせるために怪盗になるのを選んだんですね。動機は不純ですけど、乗りかかった舟です。私が明智君を含め面倒をみてあげますよ。なぜか分からないし全然好きとかじゃないのに、捨て犬とか捨ておやじとかを黙って見てられないんですよね。なんででしょうね?」
「優しいからなんじゃない。誰にでも一つくらいは良い所があるもんだよ」
私なりに精一杯のゴマをすったつもりだ。ささやかな皮肉を付け加えたのは失敗かもと思ったが、阿部君は気づかずに悦に入っている。
明智君も私の華麗な皮肉に賛同してくれると思ったのに、阿部君を見つめて何か言いたそうだ。すごく優しく嬉しそうな目で。捨て犬扱いされた事に気づいていないのか、このバカ犬は。
「まあ、私の事はさておき、今日はとりあえずリーダーの技量を見せていただきましょう。どこに盗みに入るかは、それを参考に私が的確な所をいくつか見繕ってあげますよ」
何か私を下に見出したが、ここは我慢して私の凄さを見せつけてやろうじゃないか。その後に吠え面をかいても許してやらなくもないが……そうだ、コードネームの『レッド』を奪ってやろう。
俄然やる気の出た私に、阿部君は酷い仕打ちをした。ちくしょー。
「何をすればいいの?」
「盗みに入った時に番犬がいるのは、よくある事ですよね? そこで、明智君を番犬に見立てて、リーダーは番犬に見つかった時の対処を見せてください。明智君、準備オッケー? よーし、始め!」
私がものすごい身体能力の持ち主の上に類稀なる知能を有しているとはいえ、この狭いワンルームの一室でバカ犬から逃げるのは難しかった。
バカ犬も手加減すればいいのに、一体何の恨みがあるんだ。
主導権は名ばかりのリーダーから、ものの数秒で阿部君レッドへと移された。いや、盗まれたと言っていいだろう。この私から盗むなんて、あっぱれだと言っておくか。でも、いつか……。
「今日はこれで終わりにしましょう。明日、目ぼしい所をピックアップしてくるので、どこに何を盗みに入るかを話し合いましょうね。一応、リーダーもどこか心当たりがあったら発表してください。検討してあげますよ。おつかれー」
私に何か言葉を返す時間も与えず、阿部君は帰ってしまった。全力で尻尾を振っている明智君に見送られて。
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