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第49話
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「じゃあ、そういう事にしておきましょう。でもそんなドラマみたいな事件が本当に起こるんですね。そしてそれをひろしさんが解決に導いたのなら、『名バス運転士ホームズ』とそっくりじゃないですか」
「そうだねえ。言われてみれば似ている所もあったから、助手のリカさんが乗ってたら、本当にドラマの撮影だと勘違いした人もいたかもしれないね。でもあれだけの騒ぎになってたのに、リカさんはどこで何をしていたの?」
「どこで何をと言われても、それはいつのことですか?」
「あっ、そうか。えっとお……ドラマの最終回が放送された日だったかなあ」
「その日は……美樹ちゃん、その日は、私は何をしてたのかなあ?」
「美樹が知ってるわけないでしょ」
「私、知ってますよ。リカさんのスケジュール表が『重要』のハンコ付きで無理やり強制的に、私のデスクに置いてあるので」
「えっ、なんで? なんでよその事務所のタレントさんのスケジュールが? 僕の知らない間に合併したの?」
「そんなわけないでしょ。私のスケジュールを知っておいてくれたら、いつ一緒に遊べるか分かると思って。それで本田さんにこっそりと置いてきてもらってるの。意味が分からないのは、すごいしたり顔で本田さんが、一番上に置いてきたとか言うことですけどね。確かに一番見える所というのは分かるけど、一番上をそこまで強調しなくてもいいのに。不思議な人です」
僕は必死で頑張って笑うのを堪えた。それでも塚谷君が今どんな顔をしているのか、ちらりと見る衝動を抑えるのは難しかったが。塚谷君はただでさえ大きな目をさらに見開き威圧的に僕を見つめていた。なので速攻でリカさんに助けを求めて話を戻すのみだ。
「それでも、その日にリカさんが何をしていたかなんて、美樹は覚えてないと思うけど」
「覚えてないですけど、スケジュール表の写真が携帯に入ってるからすぐに見られますよ」と言いながら美樹は携帯を手に持っていたが、僕はどうしても聞かずにはいられない事を抑えきれなくなっていた。
「最初からスケジュール表のデータを美樹の携帯に送ればいいのに、どうして本田さんは危険を犯してまでわざわざうちの事務所にこっそり入って直接置いていくのかな?」
「私もそれが不思議で聞いたんですよ。本田さんが言うには、美樹ちゃんの成長を見ると自分もまだまだ頑張ろうと思えるからだそうなんです」
「美樹の成長? そんな短期間で変わるものなのかな?」
「でしょう? それでもっと詳しく聞くと、美樹ちゃんのデスクにスケジュール表を置くのは果てしない挑戦なんだと」
僕はどういうことか気づいてしまった。詳しく説明すると、塚谷君の名誉に関わるだろう。これ以上は話を膨らませてはいけない。
「まあ、本田さんの意思でそうしてるなら問題ないかな」
「でも、本田さんがひろしさんの事務所の人に迷惑をかけてないのかな」
「それは大丈夫だよ。それに本田さんは決してこっそりと行動してるわけではなさそうだよ。むしろ皆は、本田さんを固唾をのんで見守ってるね。それで美樹、あの日にリカさんは何をしてたの?」
何事もなかったかのように塚谷君に聞くと、少し顔を赤らめながらも淡々と答えてくれた。
「その日は、リカさんは行方不明になってますね」
「行方不明?」
「はい。スケジュール表には、そう書いてあります」
「そうそう。誰にも干渉されないように行方不明になるんですよ。海外旅行に行ったり、自宅で何もしないでダラダラゴロゴロしたり、いろいろですけどね。この前の行方不明期間中は、確か手作りドーナツに大挑戦してましたよ。それで自信作ができたから、ひろしさんに食べてもらおうと思ってついでにバスに乗りに行ったんです。そうそう思い出しました。ひろしさんが全然見つからなかったから、すっかり忘れてましたよ」
若い頃からメディアの前に出ていたリカさんならではの考えで、あえてスケジュール表には休みではなくて行方不明と記すのだろう。世間の人に注目を浴びるようになった今なら、その気持は痛いほどに分かる。塚谷君はそれを理解してくれている。だから数多くあった仕事のオファーを断ったり延期してもらったりして、久しぶりの仕事をイギリスでとしてくれたのかもしれない。ここなら僕もリカさんも、単なる観光客のように振る舞っていられる。それに名目は仕事だけれど、大好きなバスに乗り放題なのだから最高のリハビリになるはずだ。
自ら「リハビリ」という言葉を出したということは、やはり僕はまだ完全ではないのだろう。そしてそれを分かっている塚谷君とリカさんは、僕のためにあの手この手で協力してくれている。二人、いや健二さんとひなちゃんを含めた4人の気持ちをここにきてやっと理解できた僕は、明日からの仕事は無意識に成功に導ける自信が湧いてきたと言えば硬すぎるので、最高に楽しくなりそうだ。
イギリス滞在中に、監督チームはこの最初のホテルに連泊するが、僕たち「路線バスに乗って一人旅」の特別版チームは泊まるホテルが毎日違う。さらに僕たち出演者自らが手配しないといけないのだ。それも楽しみであり番組の見どころでもある。だけど最初のホテルを出発した時は、僕の頭の中にはバスしかなかった。
最初のホテルを出るとまずは、大きな荷物を持ちながらの撮影は不便というか考えられないので、それ用にチャーターした車にそれぞれの荷物を積んで、さらにスタッフの一人が乗った。ついでに僕たちが乗ったバスの後ろから撮影するらしい。これで僕たち出演者をすぐ近くで撮るカメラマンが一人減ってしまった。と思ったが、チャーター車に回ったのはアシスタントディレクターの人で、カメラマンは2人とも残ると知って安心する。そのうえなんとディレクターさんまでがカメラマンを兼任すると聞いて驚かされた。
これが当たり前なのかもしれない。前回出演した時はどうだったか忘れてしまっているのだろう。いや、前回はドラマ以外のテレビ出演が初めてということもあり、そこまで観察しなかったのかもしれない。まあ僕の記憶は今はどうでもいいことだ。このスタッフさんたちの貪欲さを頼もしく感じているのは、きっと僕だけではないはず。
そしていよいよ、構成や結果なんて気にしないでついでにカメラの存在も忘れて、僕たちはこれから始まる長くて楽しい旅行に心躍らせて一歩を踏み出した。僕がひとまず観光をそっちのけで、ホテルの最寄りのバス停まで一目散に歩く。するとバス停に着いて初めて、みんなが文句も言わずついてきてくれたことに気づいてはっとする。旅の始まりなのに、全員がほぼ無言だなんてありえないじゃないか。
猪突猛進して僕が悪いのは目に見えていた。なので謝ろうとして、みんなの様子を見る。以外なことに、出演者だけでなくスタッフの人たちまでもが、なんだか嬉しそうな雰囲気を醸し出しているような感じだ。
僕がこの旅でとるべき道が完全に固まった。僕たちは嘘偽りのないプライベートの旅をしていればいいんだと。ただ一つ、ドーナツ屋さんだけは、頭に入れておかないといけない。
「そうだねえ。言われてみれば似ている所もあったから、助手のリカさんが乗ってたら、本当にドラマの撮影だと勘違いした人もいたかもしれないね。でもあれだけの騒ぎになってたのに、リカさんはどこで何をしていたの?」
「どこで何をと言われても、それはいつのことですか?」
「あっ、そうか。えっとお……ドラマの最終回が放送された日だったかなあ」
「その日は……美樹ちゃん、その日は、私は何をしてたのかなあ?」
「美樹が知ってるわけないでしょ」
「私、知ってますよ。リカさんのスケジュール表が『重要』のハンコ付きで無理やり強制的に、私のデスクに置いてあるので」
「えっ、なんで? なんでよその事務所のタレントさんのスケジュールが? 僕の知らない間に合併したの?」
「そんなわけないでしょ。私のスケジュールを知っておいてくれたら、いつ一緒に遊べるか分かると思って。それで本田さんにこっそりと置いてきてもらってるの。意味が分からないのは、すごいしたり顔で本田さんが、一番上に置いてきたとか言うことですけどね。確かに一番見える所というのは分かるけど、一番上をそこまで強調しなくてもいいのに。不思議な人です」
僕は必死で頑張って笑うのを堪えた。それでも塚谷君が今どんな顔をしているのか、ちらりと見る衝動を抑えるのは難しかったが。塚谷君はただでさえ大きな目をさらに見開き威圧的に僕を見つめていた。なので速攻でリカさんに助けを求めて話を戻すのみだ。
「それでも、その日にリカさんが何をしていたかなんて、美樹は覚えてないと思うけど」
「覚えてないですけど、スケジュール表の写真が携帯に入ってるからすぐに見られますよ」と言いながら美樹は携帯を手に持っていたが、僕はどうしても聞かずにはいられない事を抑えきれなくなっていた。
「最初からスケジュール表のデータを美樹の携帯に送ればいいのに、どうして本田さんは危険を犯してまでわざわざうちの事務所にこっそり入って直接置いていくのかな?」
「私もそれが不思議で聞いたんですよ。本田さんが言うには、美樹ちゃんの成長を見ると自分もまだまだ頑張ろうと思えるからだそうなんです」
「美樹の成長? そんな短期間で変わるものなのかな?」
「でしょう? それでもっと詳しく聞くと、美樹ちゃんのデスクにスケジュール表を置くのは果てしない挑戦なんだと」
僕はどういうことか気づいてしまった。詳しく説明すると、塚谷君の名誉に関わるだろう。これ以上は話を膨らませてはいけない。
「まあ、本田さんの意思でそうしてるなら問題ないかな」
「でも、本田さんがひろしさんの事務所の人に迷惑をかけてないのかな」
「それは大丈夫だよ。それに本田さんは決してこっそりと行動してるわけではなさそうだよ。むしろ皆は、本田さんを固唾をのんで見守ってるね。それで美樹、あの日にリカさんは何をしてたの?」
何事もなかったかのように塚谷君に聞くと、少し顔を赤らめながらも淡々と答えてくれた。
「その日は、リカさんは行方不明になってますね」
「行方不明?」
「はい。スケジュール表には、そう書いてあります」
「そうそう。誰にも干渉されないように行方不明になるんですよ。海外旅行に行ったり、自宅で何もしないでダラダラゴロゴロしたり、いろいろですけどね。この前の行方不明期間中は、確か手作りドーナツに大挑戦してましたよ。それで自信作ができたから、ひろしさんに食べてもらおうと思ってついでにバスに乗りに行ったんです。そうそう思い出しました。ひろしさんが全然見つからなかったから、すっかり忘れてましたよ」
若い頃からメディアの前に出ていたリカさんならではの考えで、あえてスケジュール表には休みではなくて行方不明と記すのだろう。世間の人に注目を浴びるようになった今なら、その気持は痛いほどに分かる。塚谷君はそれを理解してくれている。だから数多くあった仕事のオファーを断ったり延期してもらったりして、久しぶりの仕事をイギリスでとしてくれたのかもしれない。ここなら僕もリカさんも、単なる観光客のように振る舞っていられる。それに名目は仕事だけれど、大好きなバスに乗り放題なのだから最高のリハビリになるはずだ。
自ら「リハビリ」という言葉を出したということは、やはり僕はまだ完全ではないのだろう。そしてそれを分かっている塚谷君とリカさんは、僕のためにあの手この手で協力してくれている。二人、いや健二さんとひなちゃんを含めた4人の気持ちをここにきてやっと理解できた僕は、明日からの仕事は無意識に成功に導ける自信が湧いてきたと言えば硬すぎるので、最高に楽しくなりそうだ。
イギリス滞在中に、監督チームはこの最初のホテルに連泊するが、僕たち「路線バスに乗って一人旅」の特別版チームは泊まるホテルが毎日違う。さらに僕たち出演者自らが手配しないといけないのだ。それも楽しみであり番組の見どころでもある。だけど最初のホテルを出発した時は、僕の頭の中にはバスしかなかった。
最初のホテルを出るとまずは、大きな荷物を持ちながらの撮影は不便というか考えられないので、それ用にチャーターした車にそれぞれの荷物を積んで、さらにスタッフの一人が乗った。ついでに僕たちが乗ったバスの後ろから撮影するらしい。これで僕たち出演者をすぐ近くで撮るカメラマンが一人減ってしまった。と思ったが、チャーター車に回ったのはアシスタントディレクターの人で、カメラマンは2人とも残ると知って安心する。そのうえなんとディレクターさんまでがカメラマンを兼任すると聞いて驚かされた。
これが当たり前なのかもしれない。前回出演した時はどうだったか忘れてしまっているのだろう。いや、前回はドラマ以外のテレビ出演が初めてということもあり、そこまで観察しなかったのかもしれない。まあ僕の記憶は今はどうでもいいことだ。このスタッフさんたちの貪欲さを頼もしく感じているのは、きっと僕だけではないはず。
そしていよいよ、構成や結果なんて気にしないでついでにカメラの存在も忘れて、僕たちはこれから始まる長くて楽しい旅行に心躍らせて一歩を踏み出した。僕がひとまず観光をそっちのけで、ホテルの最寄りのバス停まで一目散に歩く。するとバス停に着いて初めて、みんなが文句も言わずついてきてくれたことに気づいてはっとする。旅の始まりなのに、全員がほぼ無言だなんてありえないじゃないか。
猪突猛進して僕が悪いのは目に見えていた。なので謝ろうとして、みんなの様子を見る。以外なことに、出演者だけでなくスタッフの人たちまでもが、なんだか嬉しそうな雰囲気を醸し出しているような感じだ。
僕がこの旅でとるべき道が完全に固まった。僕たちは嘘偽りのないプライベートの旅をしていればいいんだと。ただ一つ、ドーナツ屋さんだけは、頭に入れておかないといけない。
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