路線バス運転士俳優ひろしの冒険

きよバス

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第48話

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「ところで、番組名は決まってるんですか?」
「仮でベタですけど、『ロンドン交通博物館を訪ねて』です。でもこれだと本当に視聴率が期待できないので、ひろしさんと小野さんの名前を使わせてもらうかもしれません。やっぱり少しでも多くの人に観てもらって、バスに関心を持ってほしい気持ちがあるので。構いませんか?」
「はい。それでバス好きの裾野が広がるなら、是非とも使ってください」
「ありがとうございます。それで次は大まかな日程なんですけど。ロンドン交通博物館の倉庫の方が開いているのが来週末なので、それまでは『路線バスに乗って一人旅』をひたすら撮影したいと思います。それから2日か3日かけて、じっくりと『ロンドン交通博物館を訪ねて』を作り込みましょう」
「『ロンドン交通博物館を訪ねて』にそんなに時間を取ってくれるなんて、相当気合が入ってますね」
「そうですね。『路線バスに乗って一人旅』と同じ気持ちでいようとは思ってるんですけど、なかなか抑えきれないですね。『路線バスに乗って一人旅』はバスに乗ってる時間は長いけど、やっぱり旅番組なんですよね。そこへいくと『ロンドン交通博物館を訪ねて』はバスそのものだし、出来いかんが、バスに関する番組の将来を左右すると言っても過言ではないと思うんです。だからバス好きな人だけでなく興味がない人でも楽しめて、あわよくばバス好きになってもらうために試行錯誤しながら番組を作るので、時間があるに越したことはないですね」
 最初は興味本位でロンドン交通博物館に行きたいだけだったけど、ディレクターの思いや視聴者の事を考えてできるだけの事をしようと思った。これで本当に僕たちの打ち合わせが終わりだ。それでも別のテーブルでは監督のチームが、まだまだ真剣に食事もほとんど取らず打ち合わせをしている。なので、久しぶりに会ったリカさんとお酒でも飲みながら無駄話を繰り広げたいところを、一人寂しくホテルの自分の部屋へ引っ込んだ。
 これと言って何もすることもないし、明日からの撮影に備えて寝てもいいのだろう。だけどまだまだ宵の口だし、寝ようと思って寝られる心理状態にはないようだ。仕方がないので、何もせずにボーっとするしかなかった。そう観念してものの数秒で、ドアをノックする音が聞こえた。嬉しくないと言えば嘘になるだろう。
 大体の予想と期待した通り、ドアを開けると塚谷君がいた。塚谷君だけではない。その後ろに隠れるように、リカさんまでもがいる。少し驚きはしたが、もう少し打ち合わせでもしたいのだろうという考えにすぐに落ち着いた。でも一応聞いてみるべきだろう。
「どうしたの?」
「どうせ、ひろしさん得意の何もしないでボーっとしていると思って、ちょっとお酒でも飲みながら無駄話でもするために来ました」
 さすが敏腕マネージャーというべきなんだろうけど、なんか悔しい。
「まあ、暇ではないけど、少しくらいなら付き合ってあげてもいいかな」
「はーい。リカさん、ひろしさんはめちゃくちゃ暇なので、とことん付き合ってくれと言ってますよ。いいですか?」
「うん、いいよ。お邪魔しまーす」
 すでに一歩部屋に入り込んでいた塚谷君に続いて、リカさんまでイノシシのように入ってくる。僕は押されるように部屋に戻るしかなかった。そして僕の部屋のはずなのに、借りてきた猫のように席に着く。そして打ち合わせの「う」の字もない話が幕を開けた。
「この前、ひろしさんのバスに乗りに行ったんですよ。それなのに、いなかったから、その日はたまたま休みだったのかと思って。それでそれから一週間一日中乗ってもいないから、おもいきって別の運転士さんに聞いたんです。そしたら泣く泣く辞めたって言うじゃないですか。私に相談もなく辞めるなんて水臭いですよ」
 辞めたのは不可抗力のようなものだったけど、そうでなくてもリカさんに相談すべきことなのだろうか。それは別にしても、一週間も無駄にさせてしまったようだし、とりあえず謝っておいた方が無難なのだろう。だけど一週間も通う前に、聞いてくれれば良かったのにと思うが。
「ごめんね。でも、一週間も通う前に、僕の連絡先は知らないまでも美樹に聞こうとは思わなかったの?」
「そうねえ。バスに乗ってるのは楽しかったし、美樹ちゃんの仕事の邪魔をするのもあれだから。なによりそうやって時間をかけて苦労して、ひろしさんの運転するバスに巡り合ったら幸せだなって」
「えっ? それって、もしかして僕のことが……」
「はい。ほんのちょっと前までは大好きだったけど、恥ずかしくて言えなかったの。今も好きだけど、家族を好きなような好きかな。まあ終わったことは忘れましょう。そんなことよりも、どうして相談もせずにバス運転士を辞めたんですか?」
「なにせ突然のことだったからね」
「突然? 何かあったんですか?」
「えっ! もしかしたら、あの事件の事を知らないの?」
「事件? 何か悪い事でもしたんですか?」
 僕が思わず塚谷君を見ると、それに合わせるかのように目を逸らされた。僕が自ら説明しろということなのだろう。しかし、あれだけ世間を賑わせたのに、本当に知らないのだろうか。それとも僕が自惚れているだけで、世間では大して話題になっていなかったのかもしれない。
「僕が悪い事はしてないと思うけど。大まかに言うと、僕が運転していたバスにひなちゃんと誘拐犯が乗ってきてバスジャックにあって、そこから解決するまでをテレビで生放送されてたんだよ」
 あまりに端的に説明したからなのか、リカさんはいまいち理解していないように無表情で僕を見つめている。怒ってないし笑ってもないので、僕が冗談を言ってるとは思っていないだけでも良かった。ただ、もう少し細かく心を込めて話すべきだったのかもしれない。
 リカさんが何も話さないので、僕は続けた。
「それで、バスを運転している山田広志が俳優の山田ひろしだということが、世間やバス会社に知られてしまったから。そんな状態でそのままバス運転士を続けると、普段バスを使ってる人や同僚や会社に迷惑がかかるような事が起こるのは目に見えてるでしょ」
「そっかあ。それで、ひろしさん少し元気がなかったんですね」
「えっ、そう見えるかな? バス絡みの映画と旅番組が決まるまでは落ち込んでなくもなかったけど、今はすっかり元気だよ」と言ったものの、撮影とかではなく本物のバス運転士には復帰できないのかもと不安にはなっている。塚谷君はまた別のバス会社を探してくれると言ってくれたが、いつになるのか見通しが立っていない。一般のお客さんを乗せてバスを走らせる日が来る保障なんて、はっきり言ってどこにもない状況だ。
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