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第46話
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『路線バスに乗って一人旅』のスタッフと言っても4人だけだけどを含めて、監督及びその映画のスタッフ、あの事件以来久しぶりに会った健二さんとひなちゃん、ドラマの撮影の時以来またまた久しぶりのリカさん、そして塚谷君と僕のみんな一緒に日本を出発した。僕自身にいろいろあって随分時間が流れたように感じていたが、実際にはそれほどでもないので、健二さんひなちゃんとリカさんも全く変わっていなくて安心したし嬉しかった。
塚谷君が全員分の搭乗手続きをしている間に、これまた塚谷君の力作である旅のしおりを受け取り目を通して驚いた。こんなわくわくする楽しい旅のしおりを作るとは。台本を読み込む以外には自由気ままに過ごして今日を待っていた僕と違って、打ち合わせをした日の塚谷君のデスクからして、仕事が山のように溜まっていたはずなのに。ただ、これを作っている間は塚谷君のデスクが悪い意味で繁栄しているのかと思うと、笑いをこらえるのが苦しかったが。
さほど待たされずに、監督や健二さんをはじめ全員がエコノミークラスに案内された。監督らしいと思う。しかし健二さんはひなちゃんのためにファーストクラスに乗ると思ったが意外だ。おそらく、ひなちゃんのさしがねだろう。そして誰のさしがねか断言まではできないが、塚谷君の隣りにはリカさん、健二さんの隣りには監督、健二さんの恨めしそうな目に見られながら僕の隣りにはひなちゃんが座るはめとなった。
「ひろしさん、久しぶりだね。たまにバスに乗っても、全然ひろしさんに会わないから心配してたんだよ。もう辞めちゃったの?」
「ひなちゃんにまで心配かけてたんだね。正直に言うけど、あのバス会社は事情があって辞めるしかなかったんだよ」
「そっか。大人の事情ってやつだね。でも、元気そうで安心したよ」
「またいつか、バスを運転できるようになれるからね。それに今回の映画はバス関連だし。さらにイギリスをバスで旅行できる番組にまで出られるんだから。今は楽しくてしょうがないよ」
「やっぱり、美樹ちゃんのおかげなんだよね? それなのに、美樹ちゃんの給料って、ドーナツだけというのは本当なの?」
「いやいやいや、給料がドーナツだなんてありえないよ。大人は、仕事をしてお金をもらって、そして生活したり好きな物を買ったり好きな事に使ったりするんだよ」
「ひろしさん? そんなことくらい知ってるに決まってるでしょ。子供のたわいない冗談を真に受けてどうするの」
「そ、そんなこと分かってたよ。冗談にそのまま乗っかるのも、どうかと思って、ひなちゃんの裏をかいただけだからね」
「ひろしさんは負けず嫌いなのかなあ? しょうがないから、そういうことにしておいてあげるよ。いじけてふてくされて『路線バスに乗って一人旅』に臨まれても、気を使うもん」
子供相手にムキになる僕が幼稚なのか、ひなちゃんが大人びているのか、結論は出さずにしておこう。ただ、子供の相手をするのが苦手なはずだった僕が、こんなにも自然体でいられるなんて……おそらく僕が人間的に成長したのだろう。
「ということは、ひなちゃんも『路線バスに乗って一人旅』に出るの?」
「すごく迷ったんだけど、パパが駄々をこねるから。私が出ないなら、『路線バスに乗って一人旅』だけじゃなくて『名バス運転士ホームズ』にも出ないって。本気じゃないとは思うけど、もしそうなったら、ひろしさんと美樹ちゃんがかわいそうでしょ。あっ、私は『名バス運転士ホームズ』にはもちろん出ないから、安心してね。パパが監督さんにゴリ押しで私を出させようとしてたんだよ。だけどこの前のドラマ版に出たのに違う役で映画版に出るのは、観る人を裏切るような感じがするからって、きちんとパパに説明したら最終的には分かってくれたから」
さすが健二さんのDNAを引き継いでいるだけあって、もし本格的に俳優業を始めたらと思うと、楽しくてしょうがなかった。
「おかげで、健二さんが『路線バスに乗って一人旅』に出てくれるんだね。さらに出演料をいらないって言ってくれてるんだから、ひなちゃんにはいろいろな人が感謝してるだろうね」
「そんな……私なんて大した事してないのに。それに『名バス運転士ホームズ』の映画版では、きっちり出演料をもらうみたいだし」
「まあそれは当たり前のことだから。ドラマ版では無報酬だったけど、それは例外中の例外だし。それでも変わらずすごい演技をするんだから、やっぱり健二さんは本当に素晴らしい俳優だよ。そう言えば、あの時のひなちゃんも無報酬だったの?」
「当たり前でしょ。ど素人の私が、あんな楽しいドラマに出られただけで幸せだよ。だけど今回の『路線バスに乗って一人旅』は出演料を要求しちゃったの。よかったんだよね?」
「いろいろな意味でひなちゃんは貢献してるんだから、もちろんだよ。ひなちゃんの出演料は、ドーナツ何個なの?」
ここぞとばかりに、さっきの冗談を踏まえた冗談で返したのに、ひなちゃんが真顔になってしまった。僕はやってしまったと思ったけど、別の意味でやってしまっていたのだ。
「どうして私の出演料がドーナツだって分かったの? ひろしさん、なかなかやるじゃない」
これは冗談に冗談で返されているのだろうか。どうなんだろう。この僕が、たかだか11歳の子供に心理戦で負けるわけにはいかない。いや、負けたくない。
「ま、まあね。さっきのひなちゃんの冗談が、ここに繋がってるって、すぐに分かったよ」
こう答えれば、どちらとも取れるような気がした。大人ってずるい……じゃなくて、賢いと自画自賛だ。
「正確には、『路線バスに乗って一人旅』の中で、美味しいドーナツを売ってる店に絶対に行きたいって言ったんだけどね。イギリスには美味しい食べ物のイメージがないけど、それでもチェーン店じゃない美味しいドーナツ屋さんを一緒に頑張って探してね」
健気なひなちゃんと塚谷君のためにも、美味しいドーナツ屋さんを絶対に見つけるんだと、僕は静かに燃えていた。
塚谷君が全員分の搭乗手続きをしている間に、これまた塚谷君の力作である旅のしおりを受け取り目を通して驚いた。こんなわくわくする楽しい旅のしおりを作るとは。台本を読み込む以外には自由気ままに過ごして今日を待っていた僕と違って、打ち合わせをした日の塚谷君のデスクからして、仕事が山のように溜まっていたはずなのに。ただ、これを作っている間は塚谷君のデスクが悪い意味で繁栄しているのかと思うと、笑いをこらえるのが苦しかったが。
さほど待たされずに、監督や健二さんをはじめ全員がエコノミークラスに案内された。監督らしいと思う。しかし健二さんはひなちゃんのためにファーストクラスに乗ると思ったが意外だ。おそらく、ひなちゃんのさしがねだろう。そして誰のさしがねか断言まではできないが、塚谷君の隣りにはリカさん、健二さんの隣りには監督、健二さんの恨めしそうな目に見られながら僕の隣りにはひなちゃんが座るはめとなった。
「ひろしさん、久しぶりだね。たまにバスに乗っても、全然ひろしさんに会わないから心配してたんだよ。もう辞めちゃったの?」
「ひなちゃんにまで心配かけてたんだね。正直に言うけど、あのバス会社は事情があって辞めるしかなかったんだよ」
「そっか。大人の事情ってやつだね。でも、元気そうで安心したよ」
「またいつか、バスを運転できるようになれるからね。それに今回の映画はバス関連だし。さらにイギリスをバスで旅行できる番組にまで出られるんだから。今は楽しくてしょうがないよ」
「やっぱり、美樹ちゃんのおかげなんだよね? それなのに、美樹ちゃんの給料って、ドーナツだけというのは本当なの?」
「いやいやいや、給料がドーナツだなんてありえないよ。大人は、仕事をしてお金をもらって、そして生活したり好きな物を買ったり好きな事に使ったりするんだよ」
「ひろしさん? そんなことくらい知ってるに決まってるでしょ。子供のたわいない冗談を真に受けてどうするの」
「そ、そんなこと分かってたよ。冗談にそのまま乗っかるのも、どうかと思って、ひなちゃんの裏をかいただけだからね」
「ひろしさんは負けず嫌いなのかなあ? しょうがないから、そういうことにしておいてあげるよ。いじけてふてくされて『路線バスに乗って一人旅』に臨まれても、気を使うもん」
子供相手にムキになる僕が幼稚なのか、ひなちゃんが大人びているのか、結論は出さずにしておこう。ただ、子供の相手をするのが苦手なはずだった僕が、こんなにも自然体でいられるなんて……おそらく僕が人間的に成長したのだろう。
「ということは、ひなちゃんも『路線バスに乗って一人旅』に出るの?」
「すごく迷ったんだけど、パパが駄々をこねるから。私が出ないなら、『路線バスに乗って一人旅』だけじゃなくて『名バス運転士ホームズ』にも出ないって。本気じゃないとは思うけど、もしそうなったら、ひろしさんと美樹ちゃんがかわいそうでしょ。あっ、私は『名バス運転士ホームズ』にはもちろん出ないから、安心してね。パパが監督さんにゴリ押しで私を出させようとしてたんだよ。だけどこの前のドラマ版に出たのに違う役で映画版に出るのは、観る人を裏切るような感じがするからって、きちんとパパに説明したら最終的には分かってくれたから」
さすが健二さんのDNAを引き継いでいるだけあって、もし本格的に俳優業を始めたらと思うと、楽しくてしょうがなかった。
「おかげで、健二さんが『路線バスに乗って一人旅』に出てくれるんだね。さらに出演料をいらないって言ってくれてるんだから、ひなちゃんにはいろいろな人が感謝してるだろうね」
「そんな……私なんて大した事してないのに。それに『名バス運転士ホームズ』の映画版では、きっちり出演料をもらうみたいだし」
「まあそれは当たり前のことだから。ドラマ版では無報酬だったけど、それは例外中の例外だし。それでも変わらずすごい演技をするんだから、やっぱり健二さんは本当に素晴らしい俳優だよ。そう言えば、あの時のひなちゃんも無報酬だったの?」
「当たり前でしょ。ど素人の私が、あんな楽しいドラマに出られただけで幸せだよ。だけど今回の『路線バスに乗って一人旅』は出演料を要求しちゃったの。よかったんだよね?」
「いろいろな意味でひなちゃんは貢献してるんだから、もちろんだよ。ひなちゃんの出演料は、ドーナツ何個なの?」
ここぞとばかりに、さっきの冗談を踏まえた冗談で返したのに、ひなちゃんが真顔になってしまった。僕はやってしまったと思ったけど、別の意味でやってしまっていたのだ。
「どうして私の出演料がドーナツだって分かったの? ひろしさん、なかなかやるじゃない」
これは冗談に冗談で返されているのだろうか。どうなんだろう。この僕が、たかだか11歳の子供に心理戦で負けるわけにはいかない。いや、負けたくない。
「ま、まあね。さっきのひなちゃんの冗談が、ここに繋がってるって、すぐに分かったよ」
こう答えれば、どちらとも取れるような気がした。大人ってずるい……じゃなくて、賢いと自画自賛だ。
「正確には、『路線バスに乗って一人旅』の中で、美味しいドーナツを売ってる店に絶対に行きたいって言ったんだけどね。イギリスには美味しい食べ物のイメージがないけど、それでもチェーン店じゃない美味しいドーナツ屋さんを一緒に頑張って探してね」
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