路線バス運転士俳優ひろしの冒険

きよバス

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第45話

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 僕も監督も騙されたのかもしれない。しかしこんななかなかの図々しいお願いを言えない僕の気持ちを代弁してくれただけで、例え塚谷君の欲望が少しくらい入っていてもいいだろう。
「でも僕たちが一緒に行って、監督やスタッフの皆さんの仕事の邪魔にならないんですか?」
「うーん、邪魔にならないとは思うけど、相手もできないかな。私たちだってプロだから、イギリスでの1分1秒を無駄にはしないからね。だから本音を言えば、私たちが仕事をしている間は、ひろし君たちはイギリス観光をして英気を養っていてほしいけど。特に、ひろし君は最近大変な目にあってるでしょ」
 僕が答えようとした時に塚谷君の携帯電話が鳴り、塚谷君は部屋の隅の方へ行って何やらヒソヒソと話し始めたので、塚谷君の邪魔にならないように会話は中断した。塚谷君は2、3分電話していただろうか。さっきまでのしょげた感じがなくなり、堂々とした足取りで戻ってきて、これでもかといわんばかりの仁王立ちで間を作った。
「イギリスでは、ひろしさんも仕事をしてもらいますよ。遊んでいいのは、私だけー」
「えっ? でも制作に関して素人の僕が下手に何か手伝おうとしても、監督やスタッフさんたちの邪魔になるだけだよ」
「何を言ってるんですか。制作に関して素人で役立たずで足手まといにしかならないひろしさんを、映画スタッフの人たちと一緒にしておけるわけないでしょ」
「そこまでは言ってない。でも、仕事をするって言わなかった?」
「それは『路線バスに乗って一人旅』の特別バージョンのことに決まってるじゃないですか」
「『路線バスに乗って一人旅』? イギリスで?」
「はい。まあ一人旅ではなくて特別バージョンなので、健二さんとリカさんも一緒ですけどね」
「ええー! 健二さんとリカさんは知ってるの?」
「もちろんですよ。健二さんとリカさんはノーギャラで出てくれるんですよ」
「ええー、どうして?」
「そ、それは……健二さんはひなちゃんも一緒に連れていってもいいですよと言ってあげたらイチコロだったし、リカさんは『楽しそう』って一言でOKもらいましたよ」
 その様子が頭に浮かんで、満更事実とはそんなにかけ離れていないような気がした。
「それでも、よくそんな企画が通ったね?」
「そりゃあ、通りますよ。今をときめくひろしさんが旅費や滞在費はおろかギャラまで必要ないってなったら、少々番組のコンセプトが変わっても賛成してくれますよ。おまけに、そんなつもりはなかったんですけど、映画の宣伝を好きなだけしてもいいって言ってくれて。こんなウインウインウインなことってあるもんなんですね。あっ、私もタダでイギリスに行けるからウインウインウインウインになるのかな」
「まあウインの数は分からないけど、始まりは美樹だから美樹は正当な報酬を受け取ってるだけだよ」
「いえいえそんなそんな。そんなことよりも、先方は正確な日程を知りたがってるので、監督、今日中にすべて決めますよ」
「まかしといて。実は塚谷さんから話があった時点で、日程は決めてあるんだよね。本当はすぐに行こうとしたけど、ひろし君をはじめみんながすぐに動けるのかなかなか把握できなかったから。僕たちは海外もよく行くから全員パスポートを持ってるけど、ひろし君はどうか分からないでしょ?」
「すいません、その通りです。一緒に行く必要のない僕のために、予定を狂わせて本当に申し訳ないです」
「うそうそ、冗談だよ。今やってる仕事がまだ終わってないからって、スタッフに全力の力づくで止められてしまって」
 言われてみれば、確かにそうだ。監督がそんなに暇なわけがない。でもそんななのに、この台本を作ってくれたなんて驚きだし感謝だし尊敬もある。監督のことだから決して片手間で作っていないし、今現在関わっている仕事だっていい加減にするわけがないのだから。そしてここ何日かは寝る間も惜しんで働いていただろうに、そういう感じを微塵もみせない監督って、人間を超越しているとしかいいようがない。行動力も想像力も。
 イギリスでの滞在は2週間も予定しているので、その間の都合のいい日に『路線バスに乗って一人旅』のスタッフと合流して気の済むまでバスに乗ることとなった。当たり前だけど乗客としてだ。運転できないことは心残りと言えば心残りだけど、日本でならまだしも海外なのだから納得するべきだろう。こっそり国際免許まで取っておいたなんて口が裂けても言わない方がいいようだ。
 僕が複雑な考えを巡らせている間に、大勢で行くイギリス旅行の打ち合わせは順調に無事に終わった。
「あっそれと、台本は仮でイギリスに行ってから少し訂正や追加もあるけど、大筋は変わらないからしっかり頭に入れておいてね。まあ、ひろし君なら言うまでもないか。それから、ひろし君なりにああしたいとかこうしたいとかがあったら、遠慮しないで言ってね。そして塚谷さん、本当に旅行のしおりを任せても大丈夫?」
「もちろん大丈夫です。楽しいしおりを作るので、期待して待っていてくださいね」
「ありがとう。塚谷さんも遠慮しないで好きなようにしおりを作ってね」
「監督、大丈夫です。美樹の辞書に遠慮という言葉はありません」
 つねられているお尻の痛みよりもこれから始まるたくさんの楽しい事が圧倒的に大きいので、痛覚が無くなったのかもと錯覚しながら笑顔の監督を送り出すと、心を込めて塚谷君にお礼を言った。柄にもなく少し照れくさそうにしているということは、今回はさすがに塚谷君なりにぎりぎりの攻防の末にほんのちょっと前に話がまとまって、達成感よりも安堵の方が大きいのだろう。あれだけの大物を巻き込んでこれだけの素晴らしい企画を考え実行に移すのは、塚谷君だからできたと言っていいくらいだけど、でも僕といる時は普通のかわいい塚谷君にしか見えないから不思議だ。
「美樹、『路線バスに乗って一人旅』だけでイギリスでの2週間を使えないと思うけど、まだ何か隠してる仕事があるんじゃないの?」
「さすがはひろしさんと言いたいところですけど、予定している仕事はそれだけなんです。なので余った時間は観光にでも当てようかと。どこか行きたい所はありますか?」
「なくはないけど……」
「どこですか? 一応言ってみてください。ひろしさんの辞書じゃなくて人生に遠慮なんてあるわけがないんだから」
 さり気なくさっきの仕返しをされている。だからといって、僕はやり返さない。なので間違っても塚谷君のお尻をつねるなんてしないで、素直に気になっていた所の名前を発した。
「ロンドン交通博物館って知ってる?」
「初耳ですけど、そんなのがあるんですね」と言うと、塚谷君は何か黙考し始める。
「ああー、いい事を思いつきました。どうせなら『路線バスに乗って一人旅』でそこに行きましょうよ。ああー、さらにいい事を思いつきましたよ。もうこうなったら、『路線バスに乗って一人旅』のスタッフさんの時間が許すかぎり、イギリス中をバスを使って巡りましょう。さっそく交渉してきますね」
 塚谷君は交渉と言ったけど、塚谷君の意見が100パーセント通ることが目に見えていた。なのでイギリスでの2週間は毎日仕事になるのだろう。大好きなバスに乗るという仕事をして観光もして、幸せすぎる自分が恐いくらいだ。何か嫌な事が起きなければいいのに。
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