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第29話
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「そうだね、美樹」
塚谷君の顔を見た僕は心の底からそう思った。今までも結果として良い方向に進んだのだから、これからだって少なくとも塚谷君がいてくれる限りは、良い方向に進むはずだ。
「話は変わりますけど、ひろしさんは明日から一週間以上撮影がないので、しばらくはあっちの家から帰って来ないんですよね?」
「そうだね。今週はバスの仕事を3日入れてるし、よっぽどの急用がない限りは東京に戻って来ないつもりだよ」
「じゃあしばらく私に会えなくて寂しいだろうから、今日くらいは晩ごはんに付き合ってあげますね。この前、健二さんと行ったあのすき焼き屋さんを予約してあるので感謝してくださいね」
「あ、ありがとう」
この理不尽な要求は、すべて僕のために決まっている。決して塚谷君がすき焼きを食べたいというわけではないと思うが、塚谷君は終始オリジナルのすき焼きソングを歌いながらお店へと向かった。僕は無意識に相槌を打っていたような気がする。すき焼きを食べる前から楽しかったのは言うまでもない。
店に着くと、塚谷君はなぜか健二さんの名前を出した。すると、この前と同じ個室に通され、驚いたことにすでに健二さんとリカさんが待っていた。監督との打ち合わせのために待っていた30分の間に、ふとすき焼きを食べたくなった塚谷君が健二さんにメールをして予約をしてもらったらしい。リカさんも誘うと喜んで来てくれたようだ。
「よお、ひろし早かったな。リカとお前の話をしてたとこだよ」
「お疲れ様です。この店は健二さんが予約してくれたんですね?」
「なんかお前の初主演が決まったから、お祝いにすき焼きをご馳走しろと、美樹ちゃんからメールが来たからな」
「そんな、すいません。図々しい美樹がとんでもないお願いをして」
誰かにお尻をつねられたが、僕は反応しない。
「俺と美樹ちゃんの間に遠慮なんて存在しないからいいんだよ。むしろ嬉しいから喜んで来ちゃったよ。まさかリカまでいるとは思わなかったし、そのリカがひろしの秘密を知ってるなんて驚きだけどな」
「僕なんて、驚いたどころじゃなかったんですよ。今まで1年以上も誰にも知られなかったのに、ここ一週間の間に立て続けに健二さんとリカさんが、僕の運転するバスに乗って来るんだから。そして、あっさりと僕に気づくなんて」
「気づかれる時って、そんなもんさ。それよりいつまでもそんな所に立ってないで、まず座ってくれ。美樹ちゃんがかわいそうだよ。俺はすき焼きをもらってくるから、ちょっとだけ待っててくれるか」と言ってすぐに、健二さんは部屋から出ていった。僕と塚谷君は席に着きリカさんと話すことになったが、もちろん話の内容はあの事が中心になってしまう。
「まさかあんな所でリカさんが仕事で乗ってくるなんて、本当にびっくりしたよ。心の中で気づかれないように祈ってたんだけど……。気配も消したつもりだったし」
「私はロケ中というのもあったのかな。バスを運転してるのが、ひろしさんだとすぐに分かったし当たり前のような気がしましたよ。ひろしさんのために気づいていないフリをしても良かったけど……。もしかしたら、ひろしさんが私に気づいて動揺してるのかもと自惚れもあって。迷ったんですけど、結局は私がひろしさんに話しかけたかったのが一番の理由で、思い切ってみました。それに今までひろしさんがよく口を濁していた意味が分かって、すごく嬉しかったのも後押ししてくれたのかも」
「やっぱり、リカさんには知られてしまう運命だったんですよ。実は、この前リカさんが一緒に行けなかったのは、このお店なんですよ。すごく美味しかったから、どうしてもリカさんと一緒に食べたくて健二さんにお願いしちゃったんです」
塚谷君の優しい考えが分かったので、つねられたお尻の痛みはスッとどこかへ飛んでいってしまった。
「ありがとう、美樹ちゃん。あの時は本当に悲しかったけど、健二さんも困らせちゃったし後で謝っておかないと」
「今考えたら、あの時にリカさんにきちんと話してたら、バスの運転中に動揺しなかったんだね。何回も言うけど、まさかあんな所でリカさんがそれも仕事で乗ってくるなんて、想像すらしてなかったからね。でもまだ映画の方の撮影もあるのに、あのバス旅の仕事は負担にならないの?」
「この前も少し言ったと思うんですけど、趣味の延長なので。実は、私は一人でいろんな路線バスに乗って旅をするのが好きなんですよ。目的地云々じゃなくて、バスに乗ってるとなんて言うか、懐かしいけどわくわくもして童心に帰れるんですよね。だから『路線バスに乗って一人旅』のオファーが来た時は即答ですよ」
「そんな楽しそうな番組があるなんて知らなかったよ。僕も出てみたいな。というわけで、美樹、お願いね」
「もおー、ひろしさんは本当に人使いが荒いですよね。ただ、ひろしさんは俳優の仕事を怠けてたから、あまり知名度がないんですよね。出演させてくれるかどうかは微妙なところだけど、主演が決まったから必死でお願いしてみれば、向こうも考えてくれるかな。まあ次のドラマの宣伝にもなるので頑張ってあげますよ」
塚谷君はなんとも言えない複雑な笑顔だけど、僕は出演を確信した。
「そう言えば、ひろしさん主演のドラマに、リカさんも出てくれるんですよね?」
「うん。私の方からお願いしたんだけどね。あっ、そうだ。ひろしさん、健二さんのお手伝いをしなくても大丈夫ですか?」
リカさんがわざわざこんな事を言うのは、たぶん僕に少し席を離れてほしいのだろう。
「そうだね。ちょっと様子を見てくるよ」
塚谷君とリカさんがどんな話をしているのか気にはなったので、盗み聞きを……するわけがない。僕はまっすぐ健二さんを手伝いに行った。
「私ね、どうしても美樹ちゃんに言っておきたい事があるの。実は私、ひろしさんのことがずっと好きだったの。とってもとってもよ。だけど、ひろしさんと美樹ちゃんと一緒にいて分かったんだけど、ひろしさんは美樹ちゃんしか眼中にないのよね。ひろしさんは自分の気持ちに気づいてないかもしれないけど。だから、ひろしさんのことは諦めるわ。でもね友達としてひろしさんと美樹ちゃんをずっと好きでいられる自信はあるの。もちろん美樹ちゃんの気持ちは分かってるよ。美樹ちゃん分かりやすいもんね。これもまた、ひろしさんは全然気づいてないみたいだけど。あっ、美樹ちゃんは何も言わないで。この話はこれで終わり」
「リカさん、私、私……」
「美樹ちゃん、泣かないで。二人が戻ってきたら、私がいじめて泣かしたと思うじゃない」
「私もリカさんのことずっと好きですよ」
塚谷君の顔を見た僕は心の底からそう思った。今までも結果として良い方向に進んだのだから、これからだって少なくとも塚谷君がいてくれる限りは、良い方向に進むはずだ。
「話は変わりますけど、ひろしさんは明日から一週間以上撮影がないので、しばらくはあっちの家から帰って来ないんですよね?」
「そうだね。今週はバスの仕事を3日入れてるし、よっぽどの急用がない限りは東京に戻って来ないつもりだよ」
「じゃあしばらく私に会えなくて寂しいだろうから、今日くらいは晩ごはんに付き合ってあげますね。この前、健二さんと行ったあのすき焼き屋さんを予約してあるので感謝してくださいね」
「あ、ありがとう」
この理不尽な要求は、すべて僕のために決まっている。決して塚谷君がすき焼きを食べたいというわけではないと思うが、塚谷君は終始オリジナルのすき焼きソングを歌いながらお店へと向かった。僕は無意識に相槌を打っていたような気がする。すき焼きを食べる前から楽しかったのは言うまでもない。
店に着くと、塚谷君はなぜか健二さんの名前を出した。すると、この前と同じ個室に通され、驚いたことにすでに健二さんとリカさんが待っていた。監督との打ち合わせのために待っていた30分の間に、ふとすき焼きを食べたくなった塚谷君が健二さんにメールをして予約をしてもらったらしい。リカさんも誘うと喜んで来てくれたようだ。
「よお、ひろし早かったな。リカとお前の話をしてたとこだよ」
「お疲れ様です。この店は健二さんが予約してくれたんですね?」
「なんかお前の初主演が決まったから、お祝いにすき焼きをご馳走しろと、美樹ちゃんからメールが来たからな」
「そんな、すいません。図々しい美樹がとんでもないお願いをして」
誰かにお尻をつねられたが、僕は反応しない。
「俺と美樹ちゃんの間に遠慮なんて存在しないからいいんだよ。むしろ嬉しいから喜んで来ちゃったよ。まさかリカまでいるとは思わなかったし、そのリカがひろしの秘密を知ってるなんて驚きだけどな」
「僕なんて、驚いたどころじゃなかったんですよ。今まで1年以上も誰にも知られなかったのに、ここ一週間の間に立て続けに健二さんとリカさんが、僕の運転するバスに乗って来るんだから。そして、あっさりと僕に気づくなんて」
「気づかれる時って、そんなもんさ。それよりいつまでもそんな所に立ってないで、まず座ってくれ。美樹ちゃんがかわいそうだよ。俺はすき焼きをもらってくるから、ちょっとだけ待っててくれるか」と言ってすぐに、健二さんは部屋から出ていった。僕と塚谷君は席に着きリカさんと話すことになったが、もちろん話の内容はあの事が中心になってしまう。
「まさかあんな所でリカさんが仕事で乗ってくるなんて、本当にびっくりしたよ。心の中で気づかれないように祈ってたんだけど……。気配も消したつもりだったし」
「私はロケ中というのもあったのかな。バスを運転してるのが、ひろしさんだとすぐに分かったし当たり前のような気がしましたよ。ひろしさんのために気づいていないフリをしても良かったけど……。もしかしたら、ひろしさんが私に気づいて動揺してるのかもと自惚れもあって。迷ったんですけど、結局は私がひろしさんに話しかけたかったのが一番の理由で、思い切ってみました。それに今までひろしさんがよく口を濁していた意味が分かって、すごく嬉しかったのも後押ししてくれたのかも」
「やっぱり、リカさんには知られてしまう運命だったんですよ。実は、この前リカさんが一緒に行けなかったのは、このお店なんですよ。すごく美味しかったから、どうしてもリカさんと一緒に食べたくて健二さんにお願いしちゃったんです」
塚谷君の優しい考えが分かったので、つねられたお尻の痛みはスッとどこかへ飛んでいってしまった。
「ありがとう、美樹ちゃん。あの時は本当に悲しかったけど、健二さんも困らせちゃったし後で謝っておかないと」
「今考えたら、あの時にリカさんにきちんと話してたら、バスの運転中に動揺しなかったんだね。何回も言うけど、まさかあんな所でリカさんがそれも仕事で乗ってくるなんて、想像すらしてなかったからね。でもまだ映画の方の撮影もあるのに、あのバス旅の仕事は負担にならないの?」
「この前も少し言ったと思うんですけど、趣味の延長なので。実は、私は一人でいろんな路線バスに乗って旅をするのが好きなんですよ。目的地云々じゃなくて、バスに乗ってるとなんて言うか、懐かしいけどわくわくもして童心に帰れるんですよね。だから『路線バスに乗って一人旅』のオファーが来た時は即答ですよ」
「そんな楽しそうな番組があるなんて知らなかったよ。僕も出てみたいな。というわけで、美樹、お願いね」
「もおー、ひろしさんは本当に人使いが荒いですよね。ただ、ひろしさんは俳優の仕事を怠けてたから、あまり知名度がないんですよね。出演させてくれるかどうかは微妙なところだけど、主演が決まったから必死でお願いしてみれば、向こうも考えてくれるかな。まあ次のドラマの宣伝にもなるので頑張ってあげますよ」
塚谷君はなんとも言えない複雑な笑顔だけど、僕は出演を確信した。
「そう言えば、ひろしさん主演のドラマに、リカさんも出てくれるんですよね?」
「うん。私の方からお願いしたんだけどね。あっ、そうだ。ひろしさん、健二さんのお手伝いをしなくても大丈夫ですか?」
リカさんがわざわざこんな事を言うのは、たぶん僕に少し席を離れてほしいのだろう。
「そうだね。ちょっと様子を見てくるよ」
塚谷君とリカさんがどんな話をしているのか気にはなったので、盗み聞きを……するわけがない。僕はまっすぐ健二さんを手伝いに行った。
「私ね、どうしても美樹ちゃんに言っておきたい事があるの。実は私、ひろしさんのことがずっと好きだったの。とってもとってもよ。だけど、ひろしさんと美樹ちゃんと一緒にいて分かったんだけど、ひろしさんは美樹ちゃんしか眼中にないのよね。ひろしさんは自分の気持ちに気づいてないかもしれないけど。だから、ひろしさんのことは諦めるわ。でもね友達としてひろしさんと美樹ちゃんをずっと好きでいられる自信はあるの。もちろん美樹ちゃんの気持ちは分かってるよ。美樹ちゃん分かりやすいもんね。これもまた、ひろしさんは全然気づいてないみたいだけど。あっ、美樹ちゃんは何も言わないで。この話はこれで終わり」
「リカさん、私、私……」
「美樹ちゃん、泣かないで。二人が戻ってきたら、私がいじめて泣かしたと思うじゃない」
「私もリカさんのことずっと好きですよ」
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