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第24話
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なんとここでまた運転の話に戻ってくるなんて想像もしていなかったが、今はすぐ横に塚谷君がいる。なのでこの敏腕マネージャーが上手くフォローしてくれるに違いないと思い塚谷君を見ると、速攻で分かりやすく目を逸らされた。でもそろそろ注文したものが運ばれてくる頃かもと思ってすぐ、今日は調子に乗って具材全部乗せを頼んでしまったことを思い出す。またしても塚谷君にやられてしまったと八つ当たりをしても解決なんてしない。
やっぱり小野さんには知られる運命なのかと、さっきも言い出しそうになったことを振り返り、僕はいよいよ観念した。するとまたしてもタイミング良く小野さんの携帯電話が鳴り響く。この奇跡には感謝したが、2回も言いそびれてなんとも言いようのない切なさもあった。だからといって、わざわざ僕の方から言おうとは思わないが。
「もしもし本田さん、どうしたんですか?」
小野さんは今度は携帯電話の画面を見てすぐに電話に出た。仕事の電話とはいえ、僕たちの目の前ですぐに出てくれたことは何か嬉しい。しかし、いつの間に僕たちはこんなに打ち解けたのだろうか。塚谷君が僕の視界に入ったところで理解した。
「確認?」
小野さんのマネージャーの本田さんは、もしかしたら心配性なのだろうか。いやいや慎重でしっかりしていると言うべきだ。
「あー、忘れてた。ありがとうございます。それで、何時入りでしたっけ?」
本田さんは小野さんをよく理解している事を、僕は理解した。
「待ってます。お疲れさまです」と言って小野さんが電話を切るとすぐに、店員さんがお好み焼きを持ってきてくれた。それは小野さんにはタイミング良く、僕にとっては少し遅く、塚谷君にいたってはすっかり待ちくたびれた時だった。
小野さんの前に置く時は嬉しいような照れているような感じだったのに、僕と塚谷君の前に置く時は絵に描いたような営業スマイルだったことは言う必要がないのだろう。誰も悪くないというか、僕が勝手に気にしているだけだ。何よりも今現在の最優先事項はお好み焼きを焼き始めることなのだ。
各々が鉄板の上にお好み焼きを流し入れると、しばらくは会話にもってこいの時間がやって来た。往生際の悪い僕は、小野さんから再び運転に関する事を聞く機会を奪うためにも、間髪入れず僕の方から質問する。塚谷君が珍しく静かだから、尚更僕自身で頑張らないといけないようだ。
「小野さんは、明日仕事なんだね?」
「その前に、ひろしさんにお願いがあるんですけど、いいですか?」
「もちろん。なんでも言って」
嫌な予感が少しするけど、断れるはずがない。
「私のことは、下の名前で呼んでください」
内容は予想外だったけど、全然問題のない事で安心した。
「なんだ、そんな事か。分かりました。でもちょっと恥ずかしいけど……リカさんは明日も仕事なんだね?」
「そうなんですよ。今回の映画とは全く関係はないんですけどね。気分転換と言ったら失礼のなるから、えっと、その、映画の撮影は緊張の連続だから、本田さんが気を利かせてリラックスしながらでもいい仕事を見つけてきてくれるんです。お家でボーっとしてても映画の事が頭から離れない時があるから、そういう仕事は本当にありがたいですよ。だからって適当にするわけではなくて、なんて言うか本気で楽しむところを視聴者の皆さんに観てもらおうという感じですかね」
「分かる分かる。芝居は好きだけど、毎日だと苦痛に感じることもあるんだよね。それでほんのたまに休みをもらっても、何もする気がしないうちに一日が終わったりして休んだ気にならないし。でも芝居以外に全然違う事を趣味でもなんでもいいけどすると、疲れるどころか逆に元気になって休み明けの芝居にも好影響を与えるよね。リカさんは趣味とかあるの?」
「実はあるんですけど恥ずかしいので、もっと仲良くなれたら、ひろしさんにも教えてあげますね。ちなみに明日の仕事はほとんど趣味に近いから寝坊しない自信はありますよ」
僕と小野さんの会話かお好み焼きの焼け具合かどちらかに集中していて、それまで全く会話に入って来なかった塚谷君が満を持して口を開こうとしていた。
「はいはい。いつまでも無駄口をたたいている場合ではないですよ。そろそろ片面が焼けてきたので、本日の最も緊張する瞬間がやって来たんだから。誰からチャレンジするんですか? いや、私が決めてあげますね。最初の挑戦者はー……もちろん私です。見ててくださいね」
気配を消していた塚谷君はお好み焼きとにらめっこをしていたようで、ひっくり返すタイミングに間違いはないだろう。ただ、一番の問題は上手くひっくり返せるかどうかだ。
小野さんと僕が固唾をのみ見守る中、塚谷君の両手に握られた大きなコテが塚谷君の体の一部になり、お好み焼きの下に入ったと思ったらすぐにお好み焼きは宙を舞う。そして、美味しそうに焼けた面を上にして、元あった場所にそっと着陸した。あまりに鮮やかだったので、小野さんと僕はもちろんのこと、少し離れた所で心配そうに見ていた店員さんまでが拍手で称えていた。何より一番喜んでいるのは、塚谷君のお好み焼きだろう。
次に塚谷君が指名したのは僕だったけど、小野さんとの会話や今日の芝居で緊張を度々味わい、さらにお好み焼きをきれいにひっくり返すという緊張は僕の一日の許容量を超えていたのだろう。言い訳というのは重々承知だけれども、人間は言い訳をしてしまう唯一の生き物なんだからと、小野さんの前で軽く失敗したうえに言い訳をしてさらに恥の上塗り状態にもかかわらず楽しかった。なぜなら、塚谷君だけでなく小野さんも、そして離れた所にいる店員さんまで遠慮せずに笑顔になっていたのだから。
そして指名なんてされずとも次は最後に残った小野さんの番だったが、足音もたてずに店員さんが近づいて来たのでギャラリーが3人に増えてしまった。だけど、そのへんはさすがの小野さんで顔色一つ変えずに両手にコテを握りしめる。一瞬間を置き、きれいな掛け声と共にひっくり返されたお好み焼きは、とてもきれいとは……いや芸術的な形となって鉄板の上で悲鳴を上げていた。
塚谷君と僕がお腹を抱えて大爆笑する中、小野さんは顔を真っ赤にしているだけで微動だにしない。すると、店員さんが小野さんからコテを奪い、慣れた手付きでそれなりに見える姿へと直してくれたので、お好み焼きはぎりぎりこの世に踏みとどまった。しかし、それからなぜか僕と塚谷君が店員さんに説教される展開となった。
「あなたたち、小野リカさんがちょっと失敗したくらいで笑ったらだめでしょ」
いやいや、僕が失敗したのを見て笑っていたのに。
「いいんです、いいんです。私たちは友人同士なので気にしないでください」
店員さんは、小野さんが僕たちに気を使ってそう言っているだけなのかもと、いまいち納得していなかったのだろう。言わなくてもいい事まで口に出す。
「えっ? マネージャーさんと付き人さんとかじゃないの?」
こう言われて塚谷君は居ても立っても居られなくなったようだ。
「何を言ってるんですか。私たちは、どっからどう見ても仲良し3人組じゃないですか。それに確かに私はマネージャーですけど、リカさんのマネージャーではなくて、ここにいる山田ひろしのマネージャーなんだから。別にちやほやしてくれなくてもいいので、私の大好きなひろしさんをバカにするような事は言わないでください」
そして塚谷君は下を向いて黙ってしまったので、少し気まずい雰囲気になってしまった。僕も小野さんも掛ける言葉が見つからない。店員さんは謝ってからその場を離れてすぐに僕が注文していた焼きそばを持ってくると、お詫びにサービスするからとエビを5匹も付けてくれた。
もともとあっさりした性格の塚谷君はエビの効果もあって、速攻でいつもの塚谷君に戻ってくれた。店員さんも胸をなでおろしている。なので何事もなかったかのように、この日の晩ごはんはとても楽しく過ぎていった。
やっぱり小野さんには知られる運命なのかと、さっきも言い出しそうになったことを振り返り、僕はいよいよ観念した。するとまたしてもタイミング良く小野さんの携帯電話が鳴り響く。この奇跡には感謝したが、2回も言いそびれてなんとも言いようのない切なさもあった。だからといって、わざわざ僕の方から言おうとは思わないが。
「もしもし本田さん、どうしたんですか?」
小野さんは今度は携帯電話の画面を見てすぐに電話に出た。仕事の電話とはいえ、僕たちの目の前ですぐに出てくれたことは何か嬉しい。しかし、いつの間に僕たちはこんなに打ち解けたのだろうか。塚谷君が僕の視界に入ったところで理解した。
「確認?」
小野さんのマネージャーの本田さんは、もしかしたら心配性なのだろうか。いやいや慎重でしっかりしていると言うべきだ。
「あー、忘れてた。ありがとうございます。それで、何時入りでしたっけ?」
本田さんは小野さんをよく理解している事を、僕は理解した。
「待ってます。お疲れさまです」と言って小野さんが電話を切るとすぐに、店員さんがお好み焼きを持ってきてくれた。それは小野さんにはタイミング良く、僕にとっては少し遅く、塚谷君にいたってはすっかり待ちくたびれた時だった。
小野さんの前に置く時は嬉しいような照れているような感じだったのに、僕と塚谷君の前に置く時は絵に描いたような営業スマイルだったことは言う必要がないのだろう。誰も悪くないというか、僕が勝手に気にしているだけだ。何よりも今現在の最優先事項はお好み焼きを焼き始めることなのだ。
各々が鉄板の上にお好み焼きを流し入れると、しばらくは会話にもってこいの時間がやって来た。往生際の悪い僕は、小野さんから再び運転に関する事を聞く機会を奪うためにも、間髪入れず僕の方から質問する。塚谷君が珍しく静かだから、尚更僕自身で頑張らないといけないようだ。
「小野さんは、明日仕事なんだね?」
「その前に、ひろしさんにお願いがあるんですけど、いいですか?」
「もちろん。なんでも言って」
嫌な予感が少しするけど、断れるはずがない。
「私のことは、下の名前で呼んでください」
内容は予想外だったけど、全然問題のない事で安心した。
「なんだ、そんな事か。分かりました。でもちょっと恥ずかしいけど……リカさんは明日も仕事なんだね?」
「そうなんですよ。今回の映画とは全く関係はないんですけどね。気分転換と言ったら失礼のなるから、えっと、その、映画の撮影は緊張の連続だから、本田さんが気を利かせてリラックスしながらでもいい仕事を見つけてきてくれるんです。お家でボーっとしてても映画の事が頭から離れない時があるから、そういう仕事は本当にありがたいですよ。だからって適当にするわけではなくて、なんて言うか本気で楽しむところを視聴者の皆さんに観てもらおうという感じですかね」
「分かる分かる。芝居は好きだけど、毎日だと苦痛に感じることもあるんだよね。それでほんのたまに休みをもらっても、何もする気がしないうちに一日が終わったりして休んだ気にならないし。でも芝居以外に全然違う事を趣味でもなんでもいいけどすると、疲れるどころか逆に元気になって休み明けの芝居にも好影響を与えるよね。リカさんは趣味とかあるの?」
「実はあるんですけど恥ずかしいので、もっと仲良くなれたら、ひろしさんにも教えてあげますね。ちなみに明日の仕事はほとんど趣味に近いから寝坊しない自信はありますよ」
僕と小野さんの会話かお好み焼きの焼け具合かどちらかに集中していて、それまで全く会話に入って来なかった塚谷君が満を持して口を開こうとしていた。
「はいはい。いつまでも無駄口をたたいている場合ではないですよ。そろそろ片面が焼けてきたので、本日の最も緊張する瞬間がやって来たんだから。誰からチャレンジするんですか? いや、私が決めてあげますね。最初の挑戦者はー……もちろん私です。見ててくださいね」
気配を消していた塚谷君はお好み焼きとにらめっこをしていたようで、ひっくり返すタイミングに間違いはないだろう。ただ、一番の問題は上手くひっくり返せるかどうかだ。
小野さんと僕が固唾をのみ見守る中、塚谷君の両手に握られた大きなコテが塚谷君の体の一部になり、お好み焼きの下に入ったと思ったらすぐにお好み焼きは宙を舞う。そして、美味しそうに焼けた面を上にして、元あった場所にそっと着陸した。あまりに鮮やかだったので、小野さんと僕はもちろんのこと、少し離れた所で心配そうに見ていた店員さんまでが拍手で称えていた。何より一番喜んでいるのは、塚谷君のお好み焼きだろう。
次に塚谷君が指名したのは僕だったけど、小野さんとの会話や今日の芝居で緊張を度々味わい、さらにお好み焼きをきれいにひっくり返すという緊張は僕の一日の許容量を超えていたのだろう。言い訳というのは重々承知だけれども、人間は言い訳をしてしまう唯一の生き物なんだからと、小野さんの前で軽く失敗したうえに言い訳をしてさらに恥の上塗り状態にもかかわらず楽しかった。なぜなら、塚谷君だけでなく小野さんも、そして離れた所にいる店員さんまで遠慮せずに笑顔になっていたのだから。
そして指名なんてされずとも次は最後に残った小野さんの番だったが、足音もたてずに店員さんが近づいて来たのでギャラリーが3人に増えてしまった。だけど、そのへんはさすがの小野さんで顔色一つ変えずに両手にコテを握りしめる。一瞬間を置き、きれいな掛け声と共にひっくり返されたお好み焼きは、とてもきれいとは……いや芸術的な形となって鉄板の上で悲鳴を上げていた。
塚谷君と僕がお腹を抱えて大爆笑する中、小野さんは顔を真っ赤にしているだけで微動だにしない。すると、店員さんが小野さんからコテを奪い、慣れた手付きでそれなりに見える姿へと直してくれたので、お好み焼きはぎりぎりこの世に踏みとどまった。しかし、それからなぜか僕と塚谷君が店員さんに説教される展開となった。
「あなたたち、小野リカさんがちょっと失敗したくらいで笑ったらだめでしょ」
いやいや、僕が失敗したのを見て笑っていたのに。
「いいんです、いいんです。私たちは友人同士なので気にしないでください」
店員さんは、小野さんが僕たちに気を使ってそう言っているだけなのかもと、いまいち納得していなかったのだろう。言わなくてもいい事まで口に出す。
「えっ? マネージャーさんと付き人さんとかじゃないの?」
こう言われて塚谷君は居ても立っても居られなくなったようだ。
「何を言ってるんですか。私たちは、どっからどう見ても仲良し3人組じゃないですか。それに確かに私はマネージャーですけど、リカさんのマネージャーではなくて、ここにいる山田ひろしのマネージャーなんだから。別にちやほやしてくれなくてもいいので、私の大好きなひろしさんをバカにするような事は言わないでください」
そして塚谷君は下を向いて黙ってしまったので、少し気まずい雰囲気になってしまった。僕も小野さんも掛ける言葉が見つからない。店員さんは謝ってからその場を離れてすぐに僕が注文していた焼きそばを持ってくると、お詫びにサービスするからとエビを5匹も付けてくれた。
もともとあっさりした性格の塚谷君はエビの効果もあって、速攻でいつもの塚谷君に戻ってくれた。店員さんも胸をなでおろしている。なので何事もなかったかのように、この日の晩ごはんはとても楽しく過ぎていった。
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