路線バス運転士俳優ひろしの冒険

きよバス

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第22話

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「実は……」
 ちょうどその時、小野さんの携帯電話が鳴ったので、僕は自然と口をつぐんだ。命拾いしたかもしれない。いや、ただの延命か。それはさておき、脇見運転はしたくないので小野さんを見れないが、小野さんの気配で携帯電話を取り出したのが分かった。まだまだ冷静に運転できている証拠だ。
「マネージャーか。だから携帯預けときたかったのに」と言って、電話に出るのかと思いきや全然出ようとしない。
「電話出ないの?」
「うーん。だって、ひろしさんとのデートを邪魔されたくないし」
「デートお? からかってないで、もしかしたらさっきのシーンの事で何かあったのかもしれないよ。それなら僕も関係があるから出てほしいんだけど」
「からかってないけど、ひろしさんがそう言うなら」と言って電話に出てくれた小野さんは「おねがい?」とか「ひろしさんに?」とか、しばらく話して電話を切ってから内容を説明してくれた。
 なんでも、僕と小野さんがトラックを乗り降りするシーンやトラックの中での会話のシーンは明後日に他のシーンのついでに撮る予定だったから、それまではトラックを借りておくことになっていた。だけどトラックを使うシーンは今日まとめて全部撮れたから、もう必要ないし図体が大きいので邪魔なのだそうだ。トラックを少しかわいそうに思った。それはそれとして、業者の人にトラックを取りにきてもらおうとしたら、急な変更なので人手がないからできないと言われたけど、持ってきてくれるぶんには対応してくれると。それで僕に白羽の矢が立ったようだ。ついででもあると考えて。
「まったくもう。ひろしさんを何だと思ってるのよ。ねえ、ひろしさん?」
「僕なら大丈夫だよ」
「まあ、そう言うのが分かってたみたいで、ご丁寧に住所と地図までもう送ってきてくれてるから、私がナビしますね」
 仕事は増えたが、さっきまで何の話をしていたのかうやむやになっているようで安心もした。なので、これを機に話題を一気に変えることにも成功して、運転に関する言葉は小野さんの頭から離れていったようだ。そして身も心も無事に業者の会社までトラックを運転してくると、小野さんのマネージャーらしき人が先に来て待ってくれていた。小野さんと僕と、それからもちろん塚谷君も送ってくれるのだろう。
 指定された場所にトラックを停めても塚谷君はまだ眠っていたが、この期に及んでも僕はなぜだか起こす気になれなかった。やはり昨日今日の塚谷君の頑張りを目にしていたせいなのだろうけど、それだけなのか? 愛おしい気持ちが出てきて、もう少し塚谷君の寝顔を見ていたかったのかもしれない。しかしいつまでもこのままというわけにはいかないので、気を利かせてくれたのか真意は分からないが、小野さんが塚谷君に呼びかけてくれた。
「美樹ちゃーん、起きてー」
 塚谷君は起きない。小野さんはなぜか嬉しそうだ。
「美樹ちゃーん、ごはんだよー」
 小野さんは人を見る目があるのか、早くも塚谷君の性格を知ってしまったようで、塚谷君はあっさり目を覚ました。もちろん僕は頑張って笑いをこらえている。
「うーん。おはようございますって、なんで小野さんがいるのですか? ここはどこ? うーん、あっそうだ。私はひろしさんのせいで、トラックのこんな狭い所に押し込められて動かないように命令されたんだ。ひどいと思いませんか、小野さん?」
 もしかしたら、塚谷君も僕と同じで寝起きは機嫌が悪いのか。いや、人間誰しも寝起きは機嫌が悪いのかも。
「いつまで寝ぼけてるの? 美樹のおかげもあって無事に撮影が終わったから、約束の贅沢な晩ごはんに行くよ。もちろん行くんでしょ?」
「行くに決まってるじゃないですか。だけど、寝起きの私の顔をそんなまじまじといつまでも見ないでください」
「はいはい。じゃあ、先に出てるから気が済んだら早くトラックから降りてきてね」
 僕と小野さんがトラックから降りると、すぐに塚谷君が笑顔で降りてきた。だけどいちいち変わり身の早い塚谷君に突っ込むようなことはしない。塚谷君の笑顔が伝染した僕と小野さんは、ただただ幸せな気分だった。
「あれ? ここってどこですか?」
「ああ、事情があって。ここはトラックを貸してくれた業者の会社だよ。でも、小野さんのマネージャー?の人が迎えにきてくれてるから大丈夫だよ」
「わざわざすいません。うちの山田ひろしが迷惑ばっかりかけて。この後、お好み焼きを食べに行くんですけど、よかったらお礼にご馳走させてもらえないですか、小野さん?」
「ええー、私も行っていいの? 行きたい。いや、絶対に行く。ありがとう、美樹ちゃん」
「いえいえそんな。今日の成功は、小野リカさんの協力なしではありえなかったんだから。それに喜んでください。今日のお好み焼きは豚とかイカだけじゃなくて具材の全部乗せなんですよ。それがひろしさんの奢りだから、私たちは世界一の幸せ者になれますね」
 僕が贅沢な晩ごはんを食べたいと言ったので、もしかしたら高級フランス料理なんかもあるかと考えていたが、贅沢というのがお好み焼きで具材の全部乗せという方向に行った塚谷君を抱きしめたい気分だった。なのに、いつの間にか小野さんと腕を組んで本当の仲良し姉妹かのように歩いている。誰とでもすぐに仲良くなれる塚谷君を微笑ましく思い、嬉しい気分の僕と塚谷君を取られたのかと意味不明な嫉妬をしている僕が共存していた。顔はものすごい笑顔だったけれども。
 そして、笑顔の3人が歩いていった先には小野さんのマネージャーらしき人が待っていた。
「わざわざ迎えにきてもらって、本当にありがとうございます」
「いえそんな。監督に直々に頼まれたのもありますけど、私も何か役に立ちたいと思っていたし、うちの小野も迎えに来ないといけなかったので、ついでですよ。だからそんなに気にしないでください。それよりも、山田さんのおかげで小野もそして私も最高の仕事ができました。あろがとうございます。あれっ? そちらの方は、もしかして山田さんのマネージャーの方では? 山田さんを迎えにきていたのですか?」
「あ、いえ、話すと長くなるので。申し訳ないんですけど、うちの塚谷と僕を一緒に乗せていっていただけませんか?」
「どうぞどうぞ。そのつもりで来たので、是非乗っていってください。行き先は最初の撮影拠点でいいですよね?」
「はい。ありがとうございます」
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