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第19話
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すっぴんのうえに小野さん自身の名誉のためにどのような服装で来たのかまでは言えないけど、とにかく着の身着のままを絵に描いたような小野さんは急に呼ばれたのにもかかわらず嬉しそうだったのは意外だった。もし僕が同じ状況だったなら、分かりやすく不機嫌かもしくはこの世の終わりかのような顔でやって来るかもしれない。いや、そもそも来ない可能性がないと言う自信はない。僕も小野さんのような素敵な人になれるように努力だけはしよう。
僕が感嘆と上辺だけの反省をしていると、ちょうど監督の中の構想がまとまったみたいで、アシスタントらしき人たちがみんなに説明に走り出している。そんな中、僕となぜか僕のすぐ近くまで来ていた小野さんには監督直々に説明に来てくれた。
大まかな話では、本来スタントの人が運転する予定でいたので、助手席にも小野さんの代わりにエキストラが座ることになっていた。なのでトラックの中での僕と小野さんの会話のシーンは別撮りで繋ぎ合わせるはずだった。だけど僕がトラックを運転できると知ってしまった監督が、臨場感を持たせるためにもそのままトラックの中での芝居に切り替えのだ。ただそれだけではない。トラックと健二さんを乗せたタクシーのカーチェイスのシーンも、アップで撮ると僕ではないのが分かると思い、引きだけで撮る予定でいた。だけど運転しているのも助手席にも演者自身がいるので、アップだろうが引きだろうがそしてどんな角度でも撮れるようになった。
ここまで理解すると、監督があんなに興奮していたのが分かる。ただ、監督は僕の想像のさらに上を行っていた。監督はカメラを増やすのはもちろん、エキストラや車なんかを増やして、大げさな言い方をするなら壮大なシーンにするつもりらしい。急にそこまで変更して機材の準備やら人手やらが大丈夫なのか心配してしまったが、監督の一声で集められるようなので、改めてこの監督の凄さを実感した。それに、こういう状況にもかかわらず、目に入るすべてのスタッフがすごく嬉しそうに動き回っている気持ちが分かるような気がする。
最後に、僕と小野さんの変更されるであろうセリフについての説明があるのかと思いきや、なんとさも当たり前のようにトラックの中での兄役の僕と妹役の小野さんは物語に即したセリフをアドリブでお願いとだけ言って、僕に不安な気持ちを残しつつ監督は去ってしまった。良く言えば信用してくれているようなので誇らしい感覚もあるけれど、だからといって本番までボーっとして過ごすなんて耐えられない。なので、小野さんと打ち合わせをしたい。なのに、撮影スタートまでそんなに時間がない中、僕のメイクはそんなに時間を取らないけど今来たばっかりですっぴんの小野さんには時間が必要だろう。打ち合わせは諦め撮影はなんとでもなるだろうと開き直ったその時、小野さんの方から話しかけてくれた。
「ひろしさん、よかったらすぐにアドリブのセリフのリハーサルのような事をしたいんですけど、大丈夫ですか?」
「僕は大丈夫というか是非お願いしたいところだけど、小野さんはメイクとかいろいろする事があるでしょ?」
「そうですけど。メイクしながらでもできるので、ひろしさんも一緒に私の車で準備しながらセリフ合わせをしましょうよ」
「それは助かるよ。アドリブとはいえ、リハーサルはしておきたいもんね。でも、メイクしているところを見られるのって恥ずかしくないの?」
「それは恥ずかしいに決まってるじゃないですか。すっぴんだって見られたくなかったんですからね。家でまったりしてたのに、急に呼ばれて何も考えずに来たから、化粧してないことなんて忘れてましたよ」
「ごめんね。せっかくの休みのところを、無理に呼んだばかりじゃなくて急かしちゃって」
「そんなそんな。ひろしさんが謝らないでください。というか私は別に嫌々来たわけでもないし、むしろ喜んで来たんですよ。まあ、ひろしさんにすっぴんを見られたくない気持ちと、ひろしさんになら見られてもいいかなという複雑な気持ちがありますけどね」
「小野さんはすっぴんでも相変わらず素敵だから、僕もなんだか恥ずかしくなるよ」
「どうしてひろしさんが恥ずかしいんですか?」
「それはもう小野さんのような……おーい、塚谷君、じゃないや、美樹ー、メイクさんを小野さんの車に呼んでー」
「そんな大きな声を出さなくても、美樹ちゃんならひろしさんのすぐ後ろにいますよ」
「ええー。おお、美樹、話は聞いていたね。すぐにメイクさんを連れてきて」
「はいはい、聞いてましたよ。すぐにメイクさんを連れてくるので、ひろしさんは小野さんとセリフ合わせを早く始めてくださいね」
「ああ、そうだ。小野さん、時間が惜しいので急ごう」
妹に説得され一度は自首を決めた兄は妹に付き添われて警察署の近くまで来たが、急に両親の墓参りに行きたくなって踵を返した。すると偶然その辺りにいた刑事に見つかり反射的に逃げ出してしまう。しかしこのまま走って逃げ切れるわけもなく、たまたまエンジンをかけたままドライバーのいない大型トラックを見つけた時に、これを盗むことは今さら大した事ではないような気がした。
自首をして欲しかった妹だけど、兄がどういう思いで墓参りをしようとしているのかも分かるので、さらに犯罪を犯そうとする兄をどうしても止めようという気にはなれなかったようだ。ただ、兄をこのまま一人にはしたくなかった妹は、兄の静止を振り切り大型トラックの助手席に乗り込んだ。
つまらない言い争いをしている時間なんてないので、兄は妹を乗せたままアクセルを踏み込み無謀な逃走が幕を開ける。そして刑事はすぐにタクシーを捕まえ追跡を始めていた。
すっぴんも魅力溢れる小野さんが徐々に映画の中の人になっていくのを感じながら、僕はすぐ隣に座ってセリフ合わせを始めた。小野さんもプロなら僕もプロなので、自然とセリフが頭の中に湧いてきてはそれが口から出てくる。まるで本当の逃亡者とそれを複雑な気持ちで助ける妹がいるかのような空間が生まれていた。
そんな状況にもかかわらず、淡々とメイクをこなすプロがまた二人。はたから見れば、ものすごく異様な人たちに見えるのかもしれないが、ここにいる4人には当たり前の事だった。
そしてまず僕のメイクが終わり、しばらくして小野さんのメイクと僕たちのセリフ合わせがほぼ同時に終わって、後は衣装に着替えて本番を待つのみだ。これで僕はこの撮影が上手くいくという結論に達していたので、何の不安もなく自信を持って撮影に臨めるだろう。
僕が感嘆と上辺だけの反省をしていると、ちょうど監督の中の構想がまとまったみたいで、アシスタントらしき人たちがみんなに説明に走り出している。そんな中、僕となぜか僕のすぐ近くまで来ていた小野さんには監督直々に説明に来てくれた。
大まかな話では、本来スタントの人が運転する予定でいたので、助手席にも小野さんの代わりにエキストラが座ることになっていた。なのでトラックの中での僕と小野さんの会話のシーンは別撮りで繋ぎ合わせるはずだった。だけど僕がトラックを運転できると知ってしまった監督が、臨場感を持たせるためにもそのままトラックの中での芝居に切り替えのだ。ただそれだけではない。トラックと健二さんを乗せたタクシーのカーチェイスのシーンも、アップで撮ると僕ではないのが分かると思い、引きだけで撮る予定でいた。だけど運転しているのも助手席にも演者自身がいるので、アップだろうが引きだろうがそしてどんな角度でも撮れるようになった。
ここまで理解すると、監督があんなに興奮していたのが分かる。ただ、監督は僕の想像のさらに上を行っていた。監督はカメラを増やすのはもちろん、エキストラや車なんかを増やして、大げさな言い方をするなら壮大なシーンにするつもりらしい。急にそこまで変更して機材の準備やら人手やらが大丈夫なのか心配してしまったが、監督の一声で集められるようなので、改めてこの監督の凄さを実感した。それに、こういう状況にもかかわらず、目に入るすべてのスタッフがすごく嬉しそうに動き回っている気持ちが分かるような気がする。
最後に、僕と小野さんの変更されるであろうセリフについての説明があるのかと思いきや、なんとさも当たり前のようにトラックの中での兄役の僕と妹役の小野さんは物語に即したセリフをアドリブでお願いとだけ言って、僕に不安な気持ちを残しつつ監督は去ってしまった。良く言えば信用してくれているようなので誇らしい感覚もあるけれど、だからといって本番までボーっとして過ごすなんて耐えられない。なので、小野さんと打ち合わせをしたい。なのに、撮影スタートまでそんなに時間がない中、僕のメイクはそんなに時間を取らないけど今来たばっかりですっぴんの小野さんには時間が必要だろう。打ち合わせは諦め撮影はなんとでもなるだろうと開き直ったその時、小野さんの方から話しかけてくれた。
「ひろしさん、よかったらすぐにアドリブのセリフのリハーサルのような事をしたいんですけど、大丈夫ですか?」
「僕は大丈夫というか是非お願いしたいところだけど、小野さんはメイクとかいろいろする事があるでしょ?」
「そうですけど。メイクしながらでもできるので、ひろしさんも一緒に私の車で準備しながらセリフ合わせをしましょうよ」
「それは助かるよ。アドリブとはいえ、リハーサルはしておきたいもんね。でも、メイクしているところを見られるのって恥ずかしくないの?」
「それは恥ずかしいに決まってるじゃないですか。すっぴんだって見られたくなかったんですからね。家でまったりしてたのに、急に呼ばれて何も考えずに来たから、化粧してないことなんて忘れてましたよ」
「ごめんね。せっかくの休みのところを、無理に呼んだばかりじゃなくて急かしちゃって」
「そんなそんな。ひろしさんが謝らないでください。というか私は別に嫌々来たわけでもないし、むしろ喜んで来たんですよ。まあ、ひろしさんにすっぴんを見られたくない気持ちと、ひろしさんになら見られてもいいかなという複雑な気持ちがありますけどね」
「小野さんはすっぴんでも相変わらず素敵だから、僕もなんだか恥ずかしくなるよ」
「どうしてひろしさんが恥ずかしいんですか?」
「それはもう小野さんのような……おーい、塚谷君、じゃないや、美樹ー、メイクさんを小野さんの車に呼んでー」
「そんな大きな声を出さなくても、美樹ちゃんならひろしさんのすぐ後ろにいますよ」
「ええー。おお、美樹、話は聞いていたね。すぐにメイクさんを連れてきて」
「はいはい、聞いてましたよ。すぐにメイクさんを連れてくるので、ひろしさんは小野さんとセリフ合わせを早く始めてくださいね」
「ああ、そうだ。小野さん、時間が惜しいので急ごう」
妹に説得され一度は自首を決めた兄は妹に付き添われて警察署の近くまで来たが、急に両親の墓参りに行きたくなって踵を返した。すると偶然その辺りにいた刑事に見つかり反射的に逃げ出してしまう。しかしこのまま走って逃げ切れるわけもなく、たまたまエンジンをかけたままドライバーのいない大型トラックを見つけた時に、これを盗むことは今さら大した事ではないような気がした。
自首をして欲しかった妹だけど、兄がどういう思いで墓参りをしようとしているのかも分かるので、さらに犯罪を犯そうとする兄をどうしても止めようという気にはなれなかったようだ。ただ、兄をこのまま一人にはしたくなかった妹は、兄の静止を振り切り大型トラックの助手席に乗り込んだ。
つまらない言い争いをしている時間なんてないので、兄は妹を乗せたままアクセルを踏み込み無謀な逃走が幕を開ける。そして刑事はすぐにタクシーを捕まえ追跡を始めていた。
すっぴんも魅力溢れる小野さんが徐々に映画の中の人になっていくのを感じながら、僕はすぐ隣に座ってセリフ合わせを始めた。小野さんもプロなら僕もプロなので、自然とセリフが頭の中に湧いてきてはそれが口から出てくる。まるで本当の逃亡者とそれを複雑な気持ちで助ける妹がいるかのような空間が生まれていた。
そんな状況にもかかわらず、淡々とメイクをこなすプロがまた二人。はたから見れば、ものすごく異様な人たちに見えるのかもしれないが、ここにいる4人には当たり前の事だった。
そしてまず僕のメイクが終わり、しばらくして小野さんのメイクと僕たちのセリフ合わせがほぼ同時に終わって、後は衣装に着替えて本番を待つのみだ。これで僕はこの撮影が上手くいくという結論に達していたので、何の不安もなく自信を持って撮影に臨めるだろう。
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