路線バス運転士俳優ひろしの冒険

きよバス

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第18話

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「ひろし、悪いな。せっかく来てもらったのに、話がまとまってなくて」
「いえいえ大丈夫です。監督の言う事も安全にすごく気を使ってくれているのもよく分かったので、むしろ話が聞けて良かったですよ」
「そう言ってくれると助かるよ。それで、昨日はあんまり上手に運転しなくていいと言ったけど、やっぱり本気で運転してくれないか?」
「そうですね。そうしないと、監督は納得しないと思うので、いつも通りの運転をしますね。僕には、健二さんと美樹の二人の心強い味方がいるので、すべてが上手くいくと思いますよ」
「ありがとう、ひろし。このカーチェイスと言えば大げさかもしれないけど、このシーンの出来がこの映画の出来を左右すると言ってもいいくらい大事なんだよ。かと言って日数とか予算とか場所的に延期してまで撮れるかとか問題があるから、脚本を相当いじらないといけなくなるだろうな。そうなったら言うまでもなく面白さが半減するんだよ。だから、俺だけじゃなくて監督やスタッフみんなのためにも頼むな」
「任しといてください。ああそれと差し入れは……美味しいドーナツをお願いしますね」
「オッケー!。世界一美味しいドーナツをすぐに買いに行ってくるから、美樹ちゃんを連れていっていいよな?」
「もちろんです。それではお互いの任務を完璧に果たしてから一緒に食べるドーナツを楽しみにしてます」
「おおー。今日のひろしはいつも以上にかっこいいな」
「健二さんに言われると嬉しいですね。それでは行ってきます」
 健二さんに見送られて僕は監督と一緒にトラックに乗り込んだ。バスとは違って運転席側から乗ることに少しだけ戸惑ってけど、いざ運転席に座ると適度な緊張感と監督に納得してもらえる自信が僕の中に存在していた。だけど、対象的に監督の顔が強張っている。僕の運転を見ればすぐに安心してもらえるのは分かっているが、少しでも早く楽な気持ちになって欲しくなってきた。
「監督、そんな顔をしなくても大丈夫ですよ。運転には自信があるので、すべてが予定通り運べると約束できますよ。逆にそんな緊張されてると、それが伝わってきて失敗する可能性があるじゃないですか」
「ひろし君のその自信はどこから来るの? まさか……」
「えっ? いや、その……」
 一瞬、気づかれたのかと思ったけど。
「まさか、自家用車がトラックなの?」
 いくらなんでも考えすぎだった。
「そ、そんなわけないじゃいですか。免許を取りに行った時に、暇だったから何回も教習車で練習させてもらったんですよ。まあ、口でああだこうだと言ってても埒が明かないので、出発しましょうか? コースの指示だけお願いしますね」
「オッケー。じゃあ道路に出て次の信号をまず右折してから、また言うよ」
「分かりました。シートベルト大丈夫ですね。では、発車します」
 指示通りに出発して、初めのうちはクラッチの繋がるタイミングやアクセルの硬さブレーキの効き具合なんかを確かめながら慎重に運転したので少しぎこちなかったかもしれない。だけど慣れてくると思い通りに操れる自信が出てきている。そこからは監督のコース指示もあって、初めての道を通い慣れている道かのように30分ほど走り戻ってきた。するとドーナツの買い出しから先に戻っていた健二さんが、わざわざ出迎えに来てくれた。
「どうだった、ひろし?」
 やはり気が気でなかったのか、少し表情が硬いようだ。
「全然問題ないと思いますけど、監督に確認してみてください」
 こうは言ったが、僕はやるべき事をしたつもりだったので、予定通りに撮影ができる自信はあったけれども。
「そうかそうか。じゃあ監督、ひろしの運転でもなんとか撮影はできるだろ?」
「健二さん、すみません……」
「えっ! だめなのか?」
「いえ、そんなことないです。健二さんがあんな真剣にひろし君を推薦してくれたのに疑ったことを、先に謝りたくて」
「ということは、予定通り行くんだな?」
「それなんですけど、予定通りは無理ですね」
「なんでだよ? 何が不満なんだ? ひろしの運転に文句があるのか?」
「何を言ってるんですか。あんな上手に運転するひろし君を活かした撮影に切り替えないと。すぐに脚本家と相談したいので、話はまた後で。この映画は当たりますよー。楽しくなってきたー。おーい、誰かー、小野リカさんのマネージャーに連絡してすぐに来てもらえないか、じゃないや、すぐに来てくれるように説得してくれー。いや、後で私が土下座でもなんでもするから絶対に連れてきてくれー。あっ、健二さんひろし君、撮影スタートは予定通りの時刻だけど、ひろし君は少しばかりセリフが増えるかもしれないから、そのつもりでいてね。あっそれから、健二さんひろし君、ありがとうございます」
 そして、監督はものすごい勢いで走り去ってしまった。
「トラックの中で何かあったのか、ひろし?」
「僕は別に何も。いつも通り普通に運転していただけですけど、監督は最初はまるで世界中の絶望を一人で背負っているような顔をしていたのが、しばらくすると別人のように生き生きした顔になってぶつぶつひとり言を言い始めて落ち着きもなくなってきたんです。終いには『もう分かったから』と言って、僕のテストを早々に切り上げさせて帰ってきたんですよ」
「そうか。だけど予想以上に上手くいったというか、いき過ぎたのかもな。急遽、リカを呼ぶとか言ってたから、よっぽどいい考えが閃いたのかもしれないけど、そんな簡単にリカが来るのかどうか怪しいけどな」
「そうですよね。小野さんだって、この映画の撮影のない日に他に仕事を入れてる可能性は十二分にあるだろうし、他に予定がないにしてもせっかくの休みにいきなりはちょっと嫌でしょうね」と健二さんと話していると、
「小野リカさん、オッケー取れましたー。30分ほどで来てくれるそうです」と、よく通る声がしたので、健二さんと僕は無言でお互いの顔を見ながら笑うしかなかった。
 そしてまだ監督の新しいプランを聞いてはいなかったが、さっきの監督の興奮が徐々に僕にも伝わってきて、初めて名前のある役をもらった時のように久しぶりにわくわくしてきた。そうなると小野リカさんが来るまでの30分が長く感じて、たぶん健二さんも僕と同じような気持ちになっていたのだろう。無駄な雑談で時間を潰そうにも気の利いた事はお互いに何も浮かばずに、監督の今の頭の中はどうなっているのか必死に考えるのみだ。
 そこにドーナツを咥えながら何食わぬ顔で塚谷君がやって来て、僕の口にドーナツを押し付けた。すると、僕が単純なのかドーナツがすごいのか答えは永遠の謎ということにしておくが、不思議と真冬だった次の日が突然春になったような感覚に陥ったのだ。そこから塚谷君とのドーナツ争奪戦を繰り広げる有様となっていると、時空に歪みが生じたかのように30分があっという間に過ぎ、いつの間にか小野リカが登場していた。
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