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第17話
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「ひろし、ちょっと頼みがあるんだけど」
「なんですか?」
「明日休みのところ悪いけど、ちょっとだけ手伝ってくれないか?」
「えっとおー……そんなに遅くならないなら大丈夫ですけど、何をすればいいんですか?」
「犯人役のひろしが大型トラックを奪って逃げるシーンがあるだろ?」
「ありますね。その後で、刑事役の健二さんがタクシーを捕まえて追いかけてくるんですよね。でも、トラックを奪う時と降りてから徒歩で逃げていくシーンは別撮りで、運転しているシーンはスタントの人がやる予定ですよ」
「そのスタントの人だけど、ケガしたみたいで来れないんだってさ。それで、ひろしが代わりに運転してくれたら予定通りに撮影が進むんだけどな。ついでに乗り降りのシーンも撮れれば一石二鳥になるし。いや、それはリカがいないと成立しないか。それでもなんとかトラックの運転だけでもしてくれないか?」
「ええー、みんなが見ている前でトラックを運転して何か感づかれたらと思うと、ちょっとそれは……」
客観的に見ると、トラックをちょっと運転したからといって、そこから僕がバス運転士をしているなんて、ありえない想像だ。今の僕は守りに入りすぎているのだろうか。
「頼むよ、ひろし。あんまり上手に運転しなかったら誰も何も怪しまないし、間違ってもバス運転士とひろしを関連付けないから大丈夫だよ。スタッフに約束したし、俺のためじゃなくて、この映画のために協力してくれないか」
「ひろしさん、健二さんがこんなにお願いしてるんだから。それにすき焼きをいっぱい食べたでしょ。トラックの運転をしなさい。マネージャー命令です」
「分かりました。僕のマネージャーの美樹がすき焼きをいっぱい食べたのもあるので、明日トラックの運転をします」
僕は塚谷君には逆らえないのか、それとも塚谷君の後押しを期待していたのだろうか。
「ひろし、ありがとう。そして、美樹ちゃん、ありがとう」
「いえいえ、そんなそんな。健二さんとすき焼きのためなら、これくらい朝飯前です。明日は、ひろしさんの首に縄を付けてでも連れていくので安心して待っていてくださいね」
何か悔しかったので、塚谷君が先に取っておいたすき焼きの肉を食べて溜飲を下げようとしたら、塚谷君の箸ブロックにあってさらに不満が溜まってしまった。だけど、塚谷君の余裕がありかつ嬉しそうな顔を見ると、明日の撮影の不安はなくなっていた。
翌朝、ロケでの撮影というのもあって、塚谷君が事務所の車で迎えに来てくれた。言うまでもなく目覚まし時計にささやかな傷を残してしまったのは誰にも内緒だけど、僕は待ってましたとばかりにドアを開ける。いつものことながらロケ日和のすごく良い天気だったので、晴れ男だと思わざるを得ないが奥ゆかしい僕はいちいちそんな事は自慢しない。がしかし、
「ひろしさん、おはようございます。私がいると晴れてばかりですね。やっぱり私は晴れ女なんだから、感謝してくださいね」
認めるのは悔しいけど、塚谷君の言う事も間違ってないのかもと心の奥底で考えつつ、僕はとりあえず挨拶だけを返すだけだ。
「おはよう、塚谷君」
明らかに塚谷君の顔が曇った。なぜだろう? 『晴れ女』をはっきりと言葉で肯定して欲しかったのだろうか? いやいや、それどころではないような感じだ。目を合わせてもくれない。
「どうしたの、塚谷君?」
身動き一つしない塚谷君を見てこれは何かあると思い、僕は必死に考えて考えて考えて、そして思い出した。
「おはよう、美樹」
「おはようございます。それでは現場に行きましょう」
塚谷君のこの会心の笑顔は、たぶん誰も真似できないだろう。こんな元気をくれる笑顔を。
撮影現場に着くと、すでに健二さんは来ていて、その周りには監督やスタッフが大勢いて何か真剣に話している。塚谷君と僕の二人とは対象的に雰囲気が暗く感じるのは気のせいだろうか。それでも軽い足取りで挨拶をするために近づいていくと、僕に気づいた健二さんが嬉しさと悲しさが入り混じった複雑な表情になって先に話しかけてきた。
「おおー、ひろしー、来てくれたな。たった今、監督にひろしの事を説明してたところだよ」
「おはようございますって、何かこの辺りの空気がどんよりしてないですか?」
「そうなんだよ。俺が今日のトラックのドライバーはひろしでいくと言ったら、なぜか監督が良い顔しないんだよ。俺が保証するって言ってるのに」
すると、健二さんよりは年下だけどまあまあ威厳のある監督が、僕と健二さんの会話が聞こえていたのもあって話に加わってきた。ひろしさんではなく当事者の僕に聞かせたい気持ちが強いのだろう。
「だって健二さん、今日トラックを走らせるのは広い直線道路ってわけにはいかないんですよ。犯人は逃げるために狭くて入り組んだ道路をそれなりのスピードを出しながら走らせないと絵にならないから、スタント会社のドライバーの中でも選りすぐりの人を発注したくらいなんです。顔の広い健二さんが任しとけって言ったみたいで、僕はてっきり同レベルのドライバーの知り合いでもいるのかと思って。それで予定通り今日の撮影を決行することにしたのに、まさかひろし君とは。あっ、別にひろし君をバカにしてるとかそんなのではないからね」
僕をフォローしてすぐに監督は続ける。
「ひろし君でも一般のドライバーでも乗用車なら問題なく通れる道路ですけど、トラックでは本当にギリギリなんですよ。道路の使用許可を今日しか取ってなかったから、ついつい健二さんの提案に甘えてしまったけど、ひろし君が運転すると知ってたら中止してましたよ。万が一、事故はもちろんトラックを家の壁や電柱にぶつけていろいろ壊してしまったら、僕は一生後悔すると思うので簡単にゴーサインを出せないです。それで相談なんですけど、幸いトラックを業者の人が早めに持ってきてくれたので、本番で通るコースよりはずっと走りやすい道をひろし君に運転してもらって、そして私自身が助手席に乗ってひろし君の運転の様子を見て最終的に判断したいと思います。それでいいですか?」
監督は僕にではなく健二さんに許可を得ようとしていたので、健二さんが自信満々に承諾した。たった一回僕の運転するバスに乗った健二さんにこんなにも信頼されているなんてただただ嬉しい。今は半信半疑というかほとんど期待していない監督の信頼も勝ち取らないといけなくなったのは、小さくない誤算かもしれないが。しかしここまで来たのだから、やるしかない。なのですぐに僕と健二さんは監督から離れちょっとした作戦会議に入った。
「なんですか?」
「明日休みのところ悪いけど、ちょっとだけ手伝ってくれないか?」
「えっとおー……そんなに遅くならないなら大丈夫ですけど、何をすればいいんですか?」
「犯人役のひろしが大型トラックを奪って逃げるシーンがあるだろ?」
「ありますね。その後で、刑事役の健二さんがタクシーを捕まえて追いかけてくるんですよね。でも、トラックを奪う時と降りてから徒歩で逃げていくシーンは別撮りで、運転しているシーンはスタントの人がやる予定ですよ」
「そのスタントの人だけど、ケガしたみたいで来れないんだってさ。それで、ひろしが代わりに運転してくれたら予定通りに撮影が進むんだけどな。ついでに乗り降りのシーンも撮れれば一石二鳥になるし。いや、それはリカがいないと成立しないか。それでもなんとかトラックの運転だけでもしてくれないか?」
「ええー、みんなが見ている前でトラックを運転して何か感づかれたらと思うと、ちょっとそれは……」
客観的に見ると、トラックをちょっと運転したからといって、そこから僕がバス運転士をしているなんて、ありえない想像だ。今の僕は守りに入りすぎているのだろうか。
「頼むよ、ひろし。あんまり上手に運転しなかったら誰も何も怪しまないし、間違ってもバス運転士とひろしを関連付けないから大丈夫だよ。スタッフに約束したし、俺のためじゃなくて、この映画のために協力してくれないか」
「ひろしさん、健二さんがこんなにお願いしてるんだから。それにすき焼きをいっぱい食べたでしょ。トラックの運転をしなさい。マネージャー命令です」
「分かりました。僕のマネージャーの美樹がすき焼きをいっぱい食べたのもあるので、明日トラックの運転をします」
僕は塚谷君には逆らえないのか、それとも塚谷君の後押しを期待していたのだろうか。
「ひろし、ありがとう。そして、美樹ちゃん、ありがとう」
「いえいえ、そんなそんな。健二さんとすき焼きのためなら、これくらい朝飯前です。明日は、ひろしさんの首に縄を付けてでも連れていくので安心して待っていてくださいね」
何か悔しかったので、塚谷君が先に取っておいたすき焼きの肉を食べて溜飲を下げようとしたら、塚谷君の箸ブロックにあってさらに不満が溜まってしまった。だけど、塚谷君の余裕がありかつ嬉しそうな顔を見ると、明日の撮影の不安はなくなっていた。
翌朝、ロケでの撮影というのもあって、塚谷君が事務所の車で迎えに来てくれた。言うまでもなく目覚まし時計にささやかな傷を残してしまったのは誰にも内緒だけど、僕は待ってましたとばかりにドアを開ける。いつものことながらロケ日和のすごく良い天気だったので、晴れ男だと思わざるを得ないが奥ゆかしい僕はいちいちそんな事は自慢しない。がしかし、
「ひろしさん、おはようございます。私がいると晴れてばかりですね。やっぱり私は晴れ女なんだから、感謝してくださいね」
認めるのは悔しいけど、塚谷君の言う事も間違ってないのかもと心の奥底で考えつつ、僕はとりあえず挨拶だけを返すだけだ。
「おはよう、塚谷君」
明らかに塚谷君の顔が曇った。なぜだろう? 『晴れ女』をはっきりと言葉で肯定して欲しかったのだろうか? いやいや、それどころではないような感じだ。目を合わせてもくれない。
「どうしたの、塚谷君?」
身動き一つしない塚谷君を見てこれは何かあると思い、僕は必死に考えて考えて考えて、そして思い出した。
「おはよう、美樹」
「おはようございます。それでは現場に行きましょう」
塚谷君のこの会心の笑顔は、たぶん誰も真似できないだろう。こんな元気をくれる笑顔を。
撮影現場に着くと、すでに健二さんは来ていて、その周りには監督やスタッフが大勢いて何か真剣に話している。塚谷君と僕の二人とは対象的に雰囲気が暗く感じるのは気のせいだろうか。それでも軽い足取りで挨拶をするために近づいていくと、僕に気づいた健二さんが嬉しさと悲しさが入り混じった複雑な表情になって先に話しかけてきた。
「おおー、ひろしー、来てくれたな。たった今、監督にひろしの事を説明してたところだよ」
「おはようございますって、何かこの辺りの空気がどんよりしてないですか?」
「そうなんだよ。俺が今日のトラックのドライバーはひろしでいくと言ったら、なぜか監督が良い顔しないんだよ。俺が保証するって言ってるのに」
すると、健二さんよりは年下だけどまあまあ威厳のある監督が、僕と健二さんの会話が聞こえていたのもあって話に加わってきた。ひろしさんではなく当事者の僕に聞かせたい気持ちが強いのだろう。
「だって健二さん、今日トラックを走らせるのは広い直線道路ってわけにはいかないんですよ。犯人は逃げるために狭くて入り組んだ道路をそれなりのスピードを出しながら走らせないと絵にならないから、スタント会社のドライバーの中でも選りすぐりの人を発注したくらいなんです。顔の広い健二さんが任しとけって言ったみたいで、僕はてっきり同レベルのドライバーの知り合いでもいるのかと思って。それで予定通り今日の撮影を決行することにしたのに、まさかひろし君とは。あっ、別にひろし君をバカにしてるとかそんなのではないからね」
僕をフォローしてすぐに監督は続ける。
「ひろし君でも一般のドライバーでも乗用車なら問題なく通れる道路ですけど、トラックでは本当にギリギリなんですよ。道路の使用許可を今日しか取ってなかったから、ついつい健二さんの提案に甘えてしまったけど、ひろし君が運転すると知ってたら中止してましたよ。万が一、事故はもちろんトラックを家の壁や電柱にぶつけていろいろ壊してしまったら、僕は一生後悔すると思うので簡単にゴーサインを出せないです。それで相談なんですけど、幸いトラックを業者の人が早めに持ってきてくれたので、本番で通るコースよりはずっと走りやすい道をひろし君に運転してもらって、そして私自身が助手席に乗ってひろし君の運転の様子を見て最終的に判断したいと思います。それでいいですか?」
監督は僕にではなく健二さんに許可を得ようとしていたので、健二さんが自信満々に承諾した。たった一回僕の運転するバスに乗った健二さんにこんなにも信頼されているなんてただただ嬉しい。今は半信半疑というかほとんど期待していない監督の信頼も勝ち取らないといけなくなったのは、小さくない誤算かもしれないが。しかしここまで来たのだから、やるしかない。なのですぐに僕と健二さんは監督から離れちょっとした作戦会議に入った。
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