路線バス運転士俳優ひろしの冒険

きよバス

文字の大きさ
上 下
17 / 50

第17話

しおりを挟む
「ひろし、ちょっと頼みがあるんだけど」
「なんですか?」
「明日休みのところ悪いけど、ちょっとだけ手伝ってくれないか?」
「えっとおー……そんなに遅くならないなら大丈夫ですけど、何をすればいいんですか?」
「犯人役のひろしが大型トラックを奪って逃げるシーンがあるだろ?」
「ありますね。その後で、刑事役の健二さんがタクシーを捕まえて追いかけてくるんですよね。でも、トラックを奪う時と降りてから徒歩で逃げていくシーンは別撮りで、運転しているシーンはスタントの人がやる予定ですよ」
「そのスタントの人だけど、ケガしたみたいで来れないんだってさ。それで、ひろしが代わりに運転してくれたら予定通りに撮影が進むんだけどな。ついでに乗り降りのシーンも撮れれば一石二鳥になるし。いや、それはリカがいないと成立しないか。それでもなんとかトラックの運転だけでもしてくれないか?」
「ええー、みんなが見ている前でトラックを運転して何か感づかれたらと思うと、ちょっとそれは……」
 客観的に見ると、トラックをちょっと運転したからといって、そこから僕がバス運転士をしているなんて、ありえない想像だ。今の僕は守りに入りすぎているのだろうか。
「頼むよ、ひろし。あんまり上手に運転しなかったら誰も何も怪しまないし、間違ってもバス運転士とひろしを関連付けないから大丈夫だよ。スタッフに約束したし、俺のためじゃなくて、この映画のために協力してくれないか」
「ひろしさん、健二さんがこんなにお願いしてるんだから。それにすき焼きをいっぱい食べたでしょ。トラックの運転をしなさい。マネージャー命令です」
「分かりました。僕のマネージャーの美樹がすき焼きをいっぱい食べたのもあるので、明日トラックの運転をします」
 僕は塚谷君には逆らえないのか、それとも塚谷君の後押しを期待していたのだろうか。
「ひろし、ありがとう。そして、美樹ちゃん、ありがとう」
「いえいえ、そんなそんな。健二さんとすき焼きのためなら、これくらい朝飯前です。明日は、ひろしさんの首に縄を付けてでも連れていくので安心して待っていてくださいね」
 何か悔しかったので、塚谷君が先に取っておいたすき焼きの肉を食べて溜飲を下げようとしたら、塚谷君の箸ブロックにあってさらに不満が溜まってしまった。だけど、塚谷君の余裕がありかつ嬉しそうな顔を見ると、明日の撮影の不安はなくなっていた。

 翌朝、ロケでの撮影というのもあって、塚谷君が事務所の車で迎えに来てくれた。言うまでもなく目覚まし時計にささやかな傷を残してしまったのは誰にも内緒だけど、僕は待ってましたとばかりにドアを開ける。いつものことながらロケ日和のすごく良い天気だったので、晴れ男だと思わざるを得ないが奥ゆかしい僕はいちいちそんな事は自慢しない。がしかし、
「ひろしさん、おはようございます。私がいると晴れてばかりですね。やっぱり私は晴れ女なんだから、感謝してくださいね」
 認めるのは悔しいけど、塚谷君の言う事も間違ってないのかもと心の奥底で考えつつ、僕はとりあえず挨拶だけを返すだけだ。
「おはよう、塚谷君」
 明らかに塚谷君の顔が曇った。なぜだろう? 『晴れ女』をはっきりと言葉で肯定して欲しかったのだろうか? いやいや、それどころではないような感じだ。目を合わせてもくれない。
「どうしたの、塚谷君?」
 身動き一つしない塚谷君を見てこれは何かあると思い、僕は必死に考えて考えて考えて、そして思い出した。
「おはよう、美樹」
「おはようございます。それでは現場に行きましょう」
 塚谷君のこの会心の笑顔は、たぶん誰も真似できないだろう。こんな元気をくれる笑顔を。
 撮影現場に着くと、すでに健二さんは来ていて、その周りには監督やスタッフが大勢いて何か真剣に話している。塚谷君と僕の二人とは対象的に雰囲気が暗く感じるのは気のせいだろうか。それでも軽い足取りで挨拶をするために近づいていくと、僕に気づいた健二さんが嬉しさと悲しさが入り混じった複雑な表情になって先に話しかけてきた。
「おおー、ひろしー、来てくれたな。たった今、監督にひろしの事を説明してたところだよ」
「おはようございますって、何かこの辺りの空気がどんよりしてないですか?」
「そうなんだよ。俺が今日のトラックのドライバーはひろしでいくと言ったら、なぜか監督が良い顔しないんだよ。俺が保証するって言ってるのに」
 すると、健二さんよりは年下だけどまあまあ威厳のある監督が、僕と健二さんの会話が聞こえていたのもあって話に加わってきた。ひろしさんではなく当事者の僕に聞かせたい気持ちが強いのだろう。
「だって健二さん、今日トラックを走らせるのは広い直線道路ってわけにはいかないんですよ。犯人は逃げるために狭くて入り組んだ道路をそれなりのスピードを出しながら走らせないと絵にならないから、スタント会社のドライバーの中でも選りすぐりの人を発注したくらいなんです。顔の広い健二さんが任しとけって言ったみたいで、僕はてっきり同レベルのドライバーの知り合いでもいるのかと思って。それで予定通り今日の撮影を決行することにしたのに、まさかひろし君とは。あっ、別にひろし君をバカにしてるとかそんなのではないからね」
 僕をフォローしてすぐに監督は続ける。
「ひろし君でも一般のドライバーでも乗用車なら問題なく通れる道路ですけど、トラックでは本当にギリギリなんですよ。道路の使用許可を今日しか取ってなかったから、ついつい健二さんの提案に甘えてしまったけど、ひろし君が運転すると知ってたら中止してましたよ。万が一、事故はもちろんトラックを家の壁や電柱にぶつけていろいろ壊してしまったら、僕は一生後悔すると思うので簡単にゴーサインを出せないです。それで相談なんですけど、幸いトラックを業者の人が早めに持ってきてくれたので、本番で通るコースよりはずっと走りやすい道をひろし君に運転してもらって、そして私自身が助手席に乗ってひろし君の運転の様子を見て最終的に判断したいと思います。それでいいですか?」
 監督は僕にではなく健二さんに許可を得ようとしていたので、健二さんが自信満々に承諾した。たった一回僕の運転するバスに乗った健二さんにこんなにも信頼されているなんてただただ嬉しい。今は半信半疑というかほとんど期待していない監督の信頼も勝ち取らないといけなくなったのは、小さくない誤算かもしれないが。しかしここまで来たのだから、やるしかない。なのですぐに僕と健二さんは監督から離れちょっとした作戦会議に入った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

命の灯火 〜赤と青〜

文月・F・アキオ
ライト文芸
交通事故で亡くなったツキコは、転生してユキコという名前の人生を歩んでいた。前世の記憶を持ちながらも普通の小学生として暮らしていたユキコは、5年生になったある日、担任である園田先生が前世の恋人〝ユキヤ〟であると気付いてしまう。思いがけない再会に戸惑いながらも次第にツキコとして恋に落ちていくユキコ。 6年生になったある日、ついに秘密を打ち明けて、再びユキヤと恋人同士になったユキコ。 だけど運命は残酷で、幸せは長くは続かない。 再び出会えた奇跡に感謝して、最期まで懸命に生き抜くツキコとユキコの物語。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

ナツキス -ずっとこうしていたかった-

帆希和華
ライト文芸
 紫陽花が咲き始める頃、笹井絽薫のクラスにひとりの転校生がやってきた。名前は葵百彩、一目惚れをした。  嫉妬したり、キュンキュンしたり、切なくなったり、目一杯な片思いをしていた。  ある日、百彩が同じ部活に入りたいといい、思わぬところでふたりの恋が加速していく。  大会の合宿だったり、夏祭りに、誕生日会、一緒に過ごす時間が、二人の距離を縮めていく。  そんな中、絽薫は思い出せないというか、なんだかおかしな感覚があった。フラッシュバックとでも言えばいいのか、毎回、同じような光景が突然目の前に広がる。  なんだろうと、考えれば考えるほど答えが遠くなっていく。  夏の終わりも近づいてきたある日の夕方、絽薫と百彩が二人でコンビニで買い物をした帰り道、公園へ寄ろうと入り口を通った瞬間、またフラッシュバックが起きた。  ただいつもと違うのは、その中に百彩がいた。  高校二年の夏、たしかにあった恋模様、それは現実だったのか、夢だったのか……。      17才の心に何を描いていくのだろう?  あの夏のキスのようにのリメイクです。  細かなところ修正しています。ぜひ読んでください。  選択しなくちゃいけなかったので男性向けにしてありますが、女性の方にも読んでもらいたいです。   よろしくお願いします!  

キャバ嬢とホスト

廣瀬純一
ライト文芸
キャバ嬢とホストがお互いの仕事を交換する話

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

処理中です...