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第15話
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「僕も動揺していたとはいえ、健二さんの心の葛藤は全く分からなかったですよ。やっぱり、健二さんは健二さんですね」
「いやいや、ひろしだって淡々と運転してたじゃないか。心臓はバクバク言ってたけど、あまりの乗り心地の良さに寝てしまうかもと思ったよ。お前の運転は大したものだよ」
乗客を寝かせてしまうくらいの心地いい運転を目指している僕は、何気に心の中でガッツポーズをしてしまった。アカデミー賞を貰えるくらいに嬉しいのは、健二さんがお世辞ではなくて本音で言ってくれているからだ。
「はいはい。そんなあくびが出そうになる褒め合いは後にして続きを聞かせてくださいよ、健二さん」
せっかく余韻に浸りたいのに、塚谷君がたまに見せるデリカシーの無さで我に返らざるを得ない。
「塚谷君、こういう時は静かにしていようね」
塚谷君の腕を軽く抓ると倍以上の力で抓り返されたが、ここは僕のポーカーフェイスの見せ所だ。
「いいよいいよ。美樹ちゃんの言う通りだ」
「あっ、健二さん、話もだけど手も休んでますよ」
塚谷君はどんなすごい相手でもそうでない人でも別け隔てなく接するので、なんというか尊敬とは違うかもしれないけど、見習うべき事として考えさせられてしまう。ただ塚谷君のキャラクターがあって成立していることも多々あるので、単純に真似をすると痛い目にあうかもしれない。だから、よく考えて行動しないといけないだろうけど。
「ははっ。美樹ちゃんには敵わないなあ」
塚谷君の明るい一言で、健二さんはすき焼き作りを再開して続きを話し始めた。塚谷君がいてくれて良かったと心底思うし、塚谷君の偉大さを改めて感じる。
「あんな所にいたのにはもちろん理由があって……どこから話せばいいかなあ……えっと、そうだなあ遡れば10年以上前なんだけど。大学を出てすぐ役者になったはいいけどそんなすぐに芽が出るわけはなくて、精々エキストラで出るだけだったから収入はバイトも入れて月に数万円程度だったかな。でも、生活は充実していたし楽しかったんだよ。というのは、学生時代から好きで好きで大好きだった彼女がいて、ただその彼女がいてくれるだけで幸せだった。だからその彼女のためだけに芝居を上手になって必ず役者の仕事だけで生活できるようになってやる、いや彼女がいてくれるから役者の道でやっていけるという根拠のない自信があった。結婚にはこだわってなかったけど、いつまでも一緒にいたいと思ってたから何かきっかけ一つで結婚もしようと思っていて、例えば初主演が決まるとかでプロポーズしようかなと漠然としてたかな。まあ先に子供ができるというどちらかと言えばオーソドックスな理由で結婚しようとなったのは、大方想像できたよな。だけど俺は軽く考えてたけど、結婚というのはそんな簡単なものじゃなくて、家族と家族が繋がるというものすごく重大な事なんだよ。という訳で、これも察しがついてると思うけど、彼女の親が大反対。理由は言わなくても分かるよな? それでしばらくは反対されてたけど、起死回生の俺の初主演が決まるという奇跡が起こって自信満々で彼女の親を説得に行ったのに、門前払いされて頭が真っ白になったもんだ。その時にはもう彼女の体も心配だったから泣く泣く両親のもとにいてもらってたんだけど、彼女とも会わせてくれなくなってて。それでも時間を作っては何度も何度も会いに行ったけど、もちろん会えなくて。半年くらいそういう辛い時期があってそしてある雨の日に行ったら、彼女の葬式をやっててさ」
ここで少し間が空いてしまったが、健二さんの頭の中に当時の事が鮮明に浮かんでいるのが表情からも明らかなので、僕も塚谷君もここは静かに待つだけだ。そんな中、すき焼きだけが己の存在を表していると、それが箸を伝わって健二さんの手の神経からさらに健二さんの脳に呼びかけてくれたのか、ぐっと涙を堪えて健二さんが続ける。
「それからしばらくの記憶は曖昧で、傘はいつの間にか無くしてて、びしょ濡れで彼女の家の前に立っていた俺に気づいた参列者の人たちがちょっとずつ騒ぎ始めているんだ。俺が有名人だというので騒いでるんじゃなくて、とてもじゃないけど大泣きしてびしょ濡れの俺に小林健二の面影なんてこれっぽっちもないから、そこにいる誰もが知らない怪しい人がいるという感じに見えたんだろう。そしてその騒ぎを耳にした彼女のお母さんが俺の目の前まで来た時に少しだけ落ち着けたんだ。また追い返されるのかと思ったけど、家の中に上がるように言われて、びしょ濡れだから葬式中なのにシャワーを使わせてもらったりして……。いや、ここまで細かく話す必要はないか。そろそろ、すき焼きが食べごろだぞ」
「やったー。ひろしさんも食べましょ」
「うん。いただきます」
「おいしーい。ほら、ひろしさんは健康のために野菜をいっぱい食べないと。お肉は私が食べてあげますよ」
「何を言ってるの、塚谷君。お肉は年上の僕が食べてあげるから、塚谷君は美容のためにも野菜をいっぱい食べて。塚谷君のためなんだから、僕を信じて」
「私なんてきれいになっても意味がないです。だけど、ひろしさんはこれからもメディアにたくさん出ることになるので、自分磨きを続けないとだめですよ。ひろしさんのために、私が泣く泣く肉を食べてあげますよ。これもマネージャーの使命なんでしょうね。ああ悲しい悲しい」
ものすごく嬉しそうに肉を頬張る塚谷君には逆らえないのだろう。おそらく今日のすき焼きは肉1野菜9になることを確信したが、昨日と今日の塚谷君の頑張りを思うと素直に受け入れられた。
「ははっ。続きを話すぞ。それで着ていた服ももちろんびしょ濡れだったから、彼女のお父さんの服を借りたけど葬式に出られるような服でもなかったし、すっかり落ち着いて泣き止んでさっぱりした顔で小林健二と気づかれるといろいろ困ることもあるからと、生前彼女が使っていた部屋で葬式が終わるまで待っているように言われて行ったら、そこに赤ちゃんがいたんだよ。もちろん誰の子かすぐに分かったけど、言うまでもないよな? その赤ちゃんを見ていたら、俺は強くならないといけないと思って、すべてを受け入れられると確信した。だから、彼女の葬式が無事に終わった後で彼女の両親から冷静に真実を聞くことができたんだ」
「健二さん、ごめんなさい」
「どうした、美樹ちゃん?」
「ひろしさんが、健二さんの分まですき焼きを食べちゃったみたいなんです」
「うそだー。健二さんの分を食べたのは、塚谷君でしょ!」
「ひろしさん、ひどい。自分だけいっぱい食べて、責任を私になすりつけるなんて」
「出た。塚谷君得意の下手嘘泣き」
「まだまだ頼むから、遠慮せずにいっぱい食べて、美樹ちゃん」
「やったー。よかったですね、ひろしさん」
「いやいや、ひろしだって淡々と運転してたじゃないか。心臓はバクバク言ってたけど、あまりの乗り心地の良さに寝てしまうかもと思ったよ。お前の運転は大したものだよ」
乗客を寝かせてしまうくらいの心地いい運転を目指している僕は、何気に心の中でガッツポーズをしてしまった。アカデミー賞を貰えるくらいに嬉しいのは、健二さんがお世辞ではなくて本音で言ってくれているからだ。
「はいはい。そんなあくびが出そうになる褒め合いは後にして続きを聞かせてくださいよ、健二さん」
せっかく余韻に浸りたいのに、塚谷君がたまに見せるデリカシーの無さで我に返らざるを得ない。
「塚谷君、こういう時は静かにしていようね」
塚谷君の腕を軽く抓ると倍以上の力で抓り返されたが、ここは僕のポーカーフェイスの見せ所だ。
「いいよいいよ。美樹ちゃんの言う通りだ」
「あっ、健二さん、話もだけど手も休んでますよ」
塚谷君はどんなすごい相手でもそうでない人でも別け隔てなく接するので、なんというか尊敬とは違うかもしれないけど、見習うべき事として考えさせられてしまう。ただ塚谷君のキャラクターがあって成立していることも多々あるので、単純に真似をすると痛い目にあうかもしれない。だから、よく考えて行動しないといけないだろうけど。
「ははっ。美樹ちゃんには敵わないなあ」
塚谷君の明るい一言で、健二さんはすき焼き作りを再開して続きを話し始めた。塚谷君がいてくれて良かったと心底思うし、塚谷君の偉大さを改めて感じる。
「あんな所にいたのにはもちろん理由があって……どこから話せばいいかなあ……えっと、そうだなあ遡れば10年以上前なんだけど。大学を出てすぐ役者になったはいいけどそんなすぐに芽が出るわけはなくて、精々エキストラで出るだけだったから収入はバイトも入れて月に数万円程度だったかな。でも、生活は充実していたし楽しかったんだよ。というのは、学生時代から好きで好きで大好きだった彼女がいて、ただその彼女がいてくれるだけで幸せだった。だからその彼女のためだけに芝居を上手になって必ず役者の仕事だけで生活できるようになってやる、いや彼女がいてくれるから役者の道でやっていけるという根拠のない自信があった。結婚にはこだわってなかったけど、いつまでも一緒にいたいと思ってたから何かきっかけ一つで結婚もしようと思っていて、例えば初主演が決まるとかでプロポーズしようかなと漠然としてたかな。まあ先に子供ができるというどちらかと言えばオーソドックスな理由で結婚しようとなったのは、大方想像できたよな。だけど俺は軽く考えてたけど、結婚というのはそんな簡単なものじゃなくて、家族と家族が繋がるというものすごく重大な事なんだよ。という訳で、これも察しがついてると思うけど、彼女の親が大反対。理由は言わなくても分かるよな? それでしばらくは反対されてたけど、起死回生の俺の初主演が決まるという奇跡が起こって自信満々で彼女の親を説得に行ったのに、門前払いされて頭が真っ白になったもんだ。その時にはもう彼女の体も心配だったから泣く泣く両親のもとにいてもらってたんだけど、彼女とも会わせてくれなくなってて。それでも時間を作っては何度も何度も会いに行ったけど、もちろん会えなくて。半年くらいそういう辛い時期があってそしてある雨の日に行ったら、彼女の葬式をやっててさ」
ここで少し間が空いてしまったが、健二さんの頭の中に当時の事が鮮明に浮かんでいるのが表情からも明らかなので、僕も塚谷君もここは静かに待つだけだ。そんな中、すき焼きだけが己の存在を表していると、それが箸を伝わって健二さんの手の神経からさらに健二さんの脳に呼びかけてくれたのか、ぐっと涙を堪えて健二さんが続ける。
「それからしばらくの記憶は曖昧で、傘はいつの間にか無くしてて、びしょ濡れで彼女の家の前に立っていた俺に気づいた参列者の人たちがちょっとずつ騒ぎ始めているんだ。俺が有名人だというので騒いでるんじゃなくて、とてもじゃないけど大泣きしてびしょ濡れの俺に小林健二の面影なんてこれっぽっちもないから、そこにいる誰もが知らない怪しい人がいるという感じに見えたんだろう。そしてその騒ぎを耳にした彼女のお母さんが俺の目の前まで来た時に少しだけ落ち着けたんだ。また追い返されるのかと思ったけど、家の中に上がるように言われて、びしょ濡れだから葬式中なのにシャワーを使わせてもらったりして……。いや、ここまで細かく話す必要はないか。そろそろ、すき焼きが食べごろだぞ」
「やったー。ひろしさんも食べましょ」
「うん。いただきます」
「おいしーい。ほら、ひろしさんは健康のために野菜をいっぱい食べないと。お肉は私が食べてあげますよ」
「何を言ってるの、塚谷君。お肉は年上の僕が食べてあげるから、塚谷君は美容のためにも野菜をいっぱい食べて。塚谷君のためなんだから、僕を信じて」
「私なんてきれいになっても意味がないです。だけど、ひろしさんはこれからもメディアにたくさん出ることになるので、自分磨きを続けないとだめですよ。ひろしさんのために、私が泣く泣く肉を食べてあげますよ。これもマネージャーの使命なんでしょうね。ああ悲しい悲しい」
ものすごく嬉しそうに肉を頬張る塚谷君には逆らえないのだろう。おそらく今日のすき焼きは肉1野菜9になることを確信したが、昨日と今日の塚谷君の頑張りを思うと素直に受け入れられた。
「ははっ。続きを話すぞ。それで着ていた服ももちろんびしょ濡れだったから、彼女のお父さんの服を借りたけど葬式に出られるような服でもなかったし、すっかり落ち着いて泣き止んでさっぱりした顔で小林健二と気づかれるといろいろ困ることもあるからと、生前彼女が使っていた部屋で葬式が終わるまで待っているように言われて行ったら、そこに赤ちゃんがいたんだよ。もちろん誰の子かすぐに分かったけど、言うまでもないよな? その赤ちゃんを見ていたら、俺は強くならないといけないと思って、すべてを受け入れられると確信した。だから、彼女の葬式が無事に終わった後で彼女の両親から冷静に真実を聞くことができたんだ」
「健二さん、ごめんなさい」
「どうした、美樹ちゃん?」
「ひろしさんが、健二さんの分まですき焼きを食べちゃったみたいなんです」
「うそだー。健二さんの分を食べたのは、塚谷君でしょ!」
「ひろしさん、ひどい。自分だけいっぱい食べて、責任を私になすりつけるなんて」
「出た。塚谷君得意の下手嘘泣き」
「まだまだ頼むから、遠慮せずにいっぱい食べて、美樹ちゃん」
「やったー。よかったですね、ひろしさん」
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