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第10話
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「いやー、気づく人は気づくもんなんだねえ」
「そうですね。バス運転士の制服だったら間違いなく気づかれないけど、やっぱり私服だとこういう事もありますよ。世にも稀なひろしさんのファンというのが一番の原因でしょうけどね」
「何かちょっと引っかかる言葉があったような。気のせいかな?」
「はい、気のせいです。そんな事よりも、私のことは彼女に見えるんですね。もし今、週刊誌とかに写真を撮られたら困りますね」
「そうかなあ。別にやましい事があるわけでもないし、塚谷君はマネージャーなんだから自然だよ。僕は何も困らないから、面白おかしく書きたいなら書いてもいいんじゃない。そんな事よりも、僕がファンの人と話している間にドーナツがなくなってるんだけど」
「ああー、ほんとだー。じゃあ、そろそろ出発しましょうか?」
悔しいが何も言えない。次に食べるドーナツは、きっと今日の分も美味しさが足されているはずなので次回までの楽しみとしておこう。塚谷君は全然悪くない。塚谷君に八つ当たりなんて決してしない。それにもともと塚谷君のために買っておいたのだから。
そして再び塚谷君が運転して東京に向かい、先に塚谷君のマンションに寄って塚谷君を降ろし、そこからは自分で運転して帰ろうとしていたけど、塚谷君がまっすぐ僕の家に向かってくれて自宅までは運動がてら歩いて帰ると言い出した。
「そんな遠慮するなんて塚谷君らしくないよ」
「いやいやいや。まず私は、よく遠慮する慎み深い人間です。そしてまあちょっとだけ食べすぎたのかもしれないので、食後の運動が必要かなと思って。本当ならジョギングで帰りたいところだけど、このおしゃれな服装ではウォーキングしかできないですね。それでも1時間もかからないと思いますよ」
「でももう深夜で人通りもまばらというかほとんどいないし」
「もしかしたら、私のことを心配してくれてるんですか?」
「当たり前でしょ」
「嬉しい。ひろしさん、私のこと……」
「塚谷君のような優秀なマネージャーは、そうそういないんだから」
「あ、ありがとうございます。それじゃ先に私のマンションに寄りますね。今のうちに私の住所をナビに入れておきますね」
少し元気がなくなったような気がしたけど、まさか食べすぎて眠くなってきたのだろうか。
「塚谷君、眠くない?」
「え? 全然大丈夫ですけど。もし眠くて運転に少しでも不安があるなら、私はしないですよ。私は優秀なマネージャーなんだから、担当であるひろしさんをケガさせるような事をするわけないじゃないですか」
「そうだよね。何か塚谷君の元気が少しなくなったような気がしたから」
「そういう変化が分かるなら、他にも気づいてください」
「え? 他にもって?」
「なんでもないです。じゃあ、出発します」
その後は仕事の事や特に健二さんには触れずに、世間話をしながら淡々と時間が過ぎていった。今朝というか昨日の朝に健二さんに見つかった時の動揺は完全に無くなり、いつも通りの僕に戻れたのは、塚谷君の顔を見て安心できたからでもあった。塚谷君と一緒にいると落ち着くというか心地いい。こんなに優秀なマネージャーに出会えた事が、僕の人生の一番の幸せなのかもしれない。心の中で塚谷君に感謝を捧げたちょうどその時、塚谷君のマンションに着いてしまった。
「今日は本当にありがとう。明日というか、もう今日だね、9時頃に迎えに来るから着いたら電話するよ。おやすみ」
「はーい、待ってまーす。おやすみなさい」
気持ち的には楽になったとはいえ体的には相当疲れていたのだろう。ドーナツをほとんど食べずコーヒーを2、3杯飲んだにもかかわらず、僕は家に着いてシャワーを浴びてすぐに眠れた。いや、眠ってしまった。目覚まし時計をセットするのだけは忘れなかったのは、習性なのか仕事への責任感か分からないけれども。ついでに、この時は目覚まし時計との関係は良好だと付け加えておこう。
あくる日、寝た感じがほとんどないまま、朝から目覚まし時計と小競り合いというか正直に言うと戦争をしていたかもしれない。僕はいつになったら、目覚まし時計と仲良くなれるのだろうか。目覚まし時計はただ己の仕事を純粋に真っ直ぐしているだけなのだから、悪いのは僕ということは分かっていると言っても何の説得力もないのだろう。
毎朝の起きた時の反省はそこそこにして、とりあえず急いで身支度を整えてから愛車に乗って塚谷君のマンションの下まで行き電話をした。すると、やはり1コールもしないうちに塚谷君が出て、恒例の僕には何も話させずに、
「ひろしさん、すぐ降りて行きます」とだけ言って切れてしまったので、しばらく待っていると会心の笑顔で塚谷君がやって来た。この笑顔を見せられると、僕の心も同じくらいの笑顔になるので、何もなくても楽しくなってくる。
「おはようございまーす。いやー、迎えにきてもらえるっていいもんですね。私が運転しましょうか?」
「大丈夫。僕がするよ。少しは運転が上手になったから安心して乗っててね。それに塚谷君にはいつもお世話になったり迷惑かけてばっかりなんだから、たまにはこれくらいしないと僕はだめになってしまうよ」
「ひろしさんがだめになるわけないですよ。でも、お言葉に甘えて助手席に座りますね。なんか今日は良い日になりそうですよ」
「そうですね。バス運転士の制服だったら間違いなく気づかれないけど、やっぱり私服だとこういう事もありますよ。世にも稀なひろしさんのファンというのが一番の原因でしょうけどね」
「何かちょっと引っかかる言葉があったような。気のせいかな?」
「はい、気のせいです。そんな事よりも、私のことは彼女に見えるんですね。もし今、週刊誌とかに写真を撮られたら困りますね」
「そうかなあ。別にやましい事があるわけでもないし、塚谷君はマネージャーなんだから自然だよ。僕は何も困らないから、面白おかしく書きたいなら書いてもいいんじゃない。そんな事よりも、僕がファンの人と話している間にドーナツがなくなってるんだけど」
「ああー、ほんとだー。じゃあ、そろそろ出発しましょうか?」
悔しいが何も言えない。次に食べるドーナツは、きっと今日の分も美味しさが足されているはずなので次回までの楽しみとしておこう。塚谷君は全然悪くない。塚谷君に八つ当たりなんて決してしない。それにもともと塚谷君のために買っておいたのだから。
そして再び塚谷君が運転して東京に向かい、先に塚谷君のマンションに寄って塚谷君を降ろし、そこからは自分で運転して帰ろうとしていたけど、塚谷君がまっすぐ僕の家に向かってくれて自宅までは運動がてら歩いて帰ると言い出した。
「そんな遠慮するなんて塚谷君らしくないよ」
「いやいやいや。まず私は、よく遠慮する慎み深い人間です。そしてまあちょっとだけ食べすぎたのかもしれないので、食後の運動が必要かなと思って。本当ならジョギングで帰りたいところだけど、このおしゃれな服装ではウォーキングしかできないですね。それでも1時間もかからないと思いますよ」
「でももう深夜で人通りもまばらというかほとんどいないし」
「もしかしたら、私のことを心配してくれてるんですか?」
「当たり前でしょ」
「嬉しい。ひろしさん、私のこと……」
「塚谷君のような優秀なマネージャーは、そうそういないんだから」
「あ、ありがとうございます。それじゃ先に私のマンションに寄りますね。今のうちに私の住所をナビに入れておきますね」
少し元気がなくなったような気がしたけど、まさか食べすぎて眠くなってきたのだろうか。
「塚谷君、眠くない?」
「え? 全然大丈夫ですけど。もし眠くて運転に少しでも不安があるなら、私はしないですよ。私は優秀なマネージャーなんだから、担当であるひろしさんをケガさせるような事をするわけないじゃないですか」
「そうだよね。何か塚谷君の元気が少しなくなったような気がしたから」
「そういう変化が分かるなら、他にも気づいてください」
「え? 他にもって?」
「なんでもないです。じゃあ、出発します」
その後は仕事の事や特に健二さんには触れずに、世間話をしながら淡々と時間が過ぎていった。今朝というか昨日の朝に健二さんに見つかった時の動揺は完全に無くなり、いつも通りの僕に戻れたのは、塚谷君の顔を見て安心できたからでもあった。塚谷君と一緒にいると落ち着くというか心地いい。こんなに優秀なマネージャーに出会えた事が、僕の人生の一番の幸せなのかもしれない。心の中で塚谷君に感謝を捧げたちょうどその時、塚谷君のマンションに着いてしまった。
「今日は本当にありがとう。明日というか、もう今日だね、9時頃に迎えに来るから着いたら電話するよ。おやすみ」
「はーい、待ってまーす。おやすみなさい」
気持ち的には楽になったとはいえ体的には相当疲れていたのだろう。ドーナツをほとんど食べずコーヒーを2、3杯飲んだにもかかわらず、僕は家に着いてシャワーを浴びてすぐに眠れた。いや、眠ってしまった。目覚まし時計をセットするのだけは忘れなかったのは、習性なのか仕事への責任感か分からないけれども。ついでに、この時は目覚まし時計との関係は良好だと付け加えておこう。
あくる日、寝た感じがほとんどないまま、朝から目覚まし時計と小競り合いというか正直に言うと戦争をしていたかもしれない。僕はいつになったら、目覚まし時計と仲良くなれるのだろうか。目覚まし時計はただ己の仕事を純粋に真っ直ぐしているだけなのだから、悪いのは僕ということは分かっていると言っても何の説得力もないのだろう。
毎朝の起きた時の反省はそこそこにして、とりあえず急いで身支度を整えてから愛車に乗って塚谷君のマンションの下まで行き電話をした。すると、やはり1コールもしないうちに塚谷君が出て、恒例の僕には何も話させずに、
「ひろしさん、すぐ降りて行きます」とだけ言って切れてしまったので、しばらく待っていると会心の笑顔で塚谷君がやって来た。この笑顔を見せられると、僕の心も同じくらいの笑顔になるので、何もなくても楽しくなってくる。
「おはようございまーす。いやー、迎えにきてもらえるっていいもんですね。私が運転しましょうか?」
「大丈夫。僕がするよ。少しは運転が上手になったから安心して乗っててね。それに塚谷君にはいつもお世話になったり迷惑かけてばっかりなんだから、たまにはこれくらいしないと僕はだめになってしまうよ」
「ひろしさんがだめになるわけないですよ。でも、お言葉に甘えて助手席に座りますね。なんか今日は良い日になりそうですよ」
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