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口が堅い早朝草野球チーム

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 おっ、阿部君が阿部君パパを連れて戻ってきたな。起こすのはできたが、やはり阿部君パパも寝起きは不機嫌だ。でもまあ、この松阪牛祭りを見ると、すぐにご機嫌さんになるだろう。
「おはよう、阿部君パパ。この、ま・つ・ざ・か・うし、を一緒に食べたくて、起きてもらったんだ」
 嘘も方便だ。これで機嫌良く早朝出勤をしてくれる。その証拠に、私に挨拶を返すのも忘れて、空いているイスにダイビングした。私が座るはずだったイスに。なので阿部君パパの前には一人用ホットプレートと焼かれるのを待っている松坂牛が輝いていた。
 確かに、どんな思いやりのある人でさえ、わがままにするだけの素晴らしいお肉だ。だけど阿部君パパだって食べたことくらいはあるだろ。お前はあれだけど、阿部君ママはコンスタントに俳優の仕事があるのだから。芸能人に疎い私は、どちらも知らないがな。
 私のホットプレートは取られたが、おかげで阿部君と明智君とトラゾウが使っている大きなホットプレートの方へ混ぜてもらえた。このホットプレートはオーダーメイドだから大きいだけではなく、肉の美味しさを最大限に引き出すのだ。阿部君パパには内緒だぞ。本来なら私が仲間外れになっていただなんて、誰も突っ込まないよな。
 松阪牛の前でネガティブになっていられないので、楽しくいただくとするか。と言っても、上品にだ。阿部君パパに言ってるんだぞ。トラゾウや明智君を見習わないとだめだからな。明智君とトラゾウががっついていると思うのは間違いだ。阿部君は言わずもがなだ。我々怪盗団は雰囲気を重視するというか、雰囲気をも味わうのだ。
 なので阿部君パパも真似ておくれ。娘に恥をかかせるんじゃないぞ。なぜか私に……いや、明智君とトラゾウにさえも、八つ当たりが炸裂するのだから。
「いただきまーす」「いただきます」「いただきます」「ワオオワワン」「ガオーンガガン」
 みんなが、ホットプレートの上で食べ頃になった松阪牛に手を伸ばそうとしたその時、阿部君が唐突に上品さを忘れてしまった。
「あー、マリ先生を忘れてたー!」
「大丈夫だよ、ひまわり。今日は休みって言ってたから、もう少し休ませてあげなさい。起きたら好きなだけ食べられるように、松阪牛をてんこ盛りで用意しておけばいいよ」
 なんか阿部君パパの松阪牛のような言い方だな。だけどここで私がムキになって訂正しては上品さに欠けるから、聞こえなかったことにしておくか。阿部君パパが上品に娘に説明したから、私が余計に悪目立ちしてしまうかもしれない。
「うん、分かった。でも休みって、いいなー。私なんて、ほぼ毎日出勤してるっていうのに」
 ほぼ毎日出勤して、明智君と遊んでから、午前中には帰るじゃないかと、私は言えない。明智君とトラゾウも言えない。なので、みんなが聞き流す。正論とはいえ責め立てるのが上品さに欠けるからではない。ただの恐怖心だ。それよりも松阪牛に集中しよう。雑念は松阪牛に失礼だ。では、しばらくそっとしておいておくれ。
 最高の朝食を食べて昨日の疲れが完全に取れた私たちは、阿部君パパの運転で河川敷に向かった。私は自分の推理を証明するための口車が完成していないので、やや緊張している。阿部君は先が全く見えないので、あからさまに緊張している、ふりをしている。明智君は今日もボールをくわえてしまわないか不安で、とてつもなく緊張している。トラゾウは名探偵初日なので、緊張しているというよりも興奮している。
 そんな名探偵一行がアジトを出た時はまだ薄暗かったが、河川敷に着く頃には朝日が私たちを歓迎していた。私の睨んだ通りに、早朝草野球チームがたむろしている。もし誰もいなかった時の言い訳を全く考えていなかったので、私は命拾いしたようだ。でも阿部君パパ以外は勝手に目が覚めていたから問題はなかった……いや、あいつらは因縁をつけてくるだろう。あいつらとは言わなくても分かるよな?
 被害妄想で時間を無駄にしている場合ではなかった。ひとまずじゃまにしかならない匿名の3人と阿部君パパを残し、私は話をしにいく。好奇心旺盛なみんなは一緒に行きたがったが、真面目に話をしたいから、私は涙目になり必死に頼み込むと渋々引き下がってくれた。理由を聞かれても、頑なになって言わなかったし言えない。
 阿部君は怪しいだけだし、明智君に限ってはアメリカンポリス風の星型バッジを見せたところでだし、トラゾウはそのアメリカンポリス風の星型バッジをまだもらっていないし、阿部君パパは空気を読まずに相手を怒らせるかもしれない。そうなると私も信用されなくなる。話を聞くどころか、ウォーミングアップ代わりに袋叩きにされるかもしれない。
 なので私は一人凛々しい捜査官を気取りながら、草野球チームに聞き込みに向かった。本心を言えば、トラゾウは邪魔をしないから連れていってもいいが、やはり差別は良くないからな。
「おはようございます。少し話を聞かせてください」と言いながら、私は警察手帳を、そこにいる全員にこれでもかと見せびらかした。まるで警察手帳が声を出しているかのように。すると代表者らしい中年の男性が、なんだか胡散臭いと感じているのを隠そうとしないで、私に近づいてくる。私一人でこれなのだから、もし阿部君と明智君がいたなら、袋叩きは確定路線だったな。それもなぜか阿部君と明智君は草野球チームに加担しているのが目に浮かぶ。
「なんですか? というより、本物の警察なんですか? 失礼を承知で言いますけど、あなたのようなバカ面に警察の仕事が務まるとは思えないんですけど」
 が、我慢だ。しかし、人を見た目で判断するなんて、なんて奴だ。何より、私はバカ面ではない。
「ははっ。本物というか臨時ですけどね。そんなに時間を取らせないので、お願いできませんか? 私の質問を聞いてから、どうしても嫌なら答えなくても構いませんので」
「まあいいですよ。どうせ話を聞かないと、去ってくれないんでしょ? で、なんですか?」
 うーん、なんか好戦的のような。気のせいだろうか。それとも後ろめたい事があって、それを隠すために上から来てるのだろう。暴いてやろうぞ、お前の隠し事。この名探偵リーダーが。
「昨日と一昨日も、この河川敷でこの時間に野球をしてましたか?」
「あ、はい。してましたよ。きちんと申請して許可も得てるので、今さら文句を言われても納得できないですけど」
「いえいえ。そういう因縁をつけに来たのではないんです。あそこに悪徳……いえ、元政治家の屋敷がありますよね?」
「……」
「ありますよね?」
「えっ……あっ……はい……。そうなんですか。あの大きな家は政治家さんの……。初耳ですよ」
「まあいいでしょう。それで、ここから打ったボールが、あの家に入らなかったですか?」
「ええー! ええー! ええー! そんな……まさか。軟球ですよ。あんな遠くまで飛ぶわけないでしょ。ゆうに100メートルはあるじゃないですか。いや、もっとかな。うちに、そんな力のあるスーパーマッチョマンがいるように見えますか?」
 うーん、確かに。ざっと見たところ、こいつらのチームにそんな助っ人外国人のような奴はいないな。でもこいつが何か隠しているのは絶対だ。白々しすぎるもんな。
 あれ? どう見ても、ユニホームが一種類だけだな。
「あのー、相手チームはまだ来てないんですか?」
「そ、そうかな。いつものことなので、気づかなかったなー。あと5時間もすれば来るんじゃないですか」
「はっ? そ、早朝野球ですよね?」
「そそそうですよ。僕たちはみんなサラリーマンなので、早朝か休日しか野球ができないんですよね。夜だとナイター設備を使うから割り増し料金になるでしょ? それはちょっと財布に優しくないので……。早くこないかなー。あっ……。もうすぐ来るので、このへんでいいですか? 今日は早朝野球の後に仕事をして、そのまた後にナイターでやるので忙しいんですよねー」
「あっ、もう少しだけ。試合が始まるのを遅らせはしないので。それにしても相手チームは5時間も待たせることは日常茶飯事なんですか? なかなかいいかげんな人たちですね? それともあなたたちが能天気なのかな?」
「僕たちは真面目なだけですよ。だけどそんなバカ正直にいつまでも待たないですよ。5時間なんて。誰がそんな事を? ありえないでしょ」
 言っている事が支離滅裂になっているのに気づいてないのだろうか。この嘘つき先生は。白状して楽になった方がいいぞ。誘導尋問の高等テクニックを使ってやるか。非合法なのかもしれないが、なんと言っても私は非常勤だからな。
「待たせるくせに、遠慮なく特大ホームランを打つなんて、さぞ悔しいでしょ?」
「悔しいなんてもんじゃないですよ。どいつもこいつもバカスカ打ちやがるし。なのに昨日とか一昨日は、さらに一人の化け物をスカウトしてきやがって。2試合とも代打で1打席だけだったんですけど、なんと、あそこの大きな家まで……。……」
「あそこの大きな家まで? どうぞ、続きを……」
「……」
「大丈夫ですよ。あの家の人が訴えているわけではないので。それに万が一そうでも、あなたが正直に話してくれたなら、責任はその打った人にだけ問うので安心してください。なにせ私は臨時の捜査官なので、いくらでも融通がききますよ。へへへハハハ」
「わ、分かりました。約束ですよ。実は、相手チームが連れてきた奴は、相撲取りみたいなので、守備にはつけないんですよ。キャッチャーでも厳しいくらいのデブ……いや、その、お太りになられていて。それで1試合1打席限定で、ここぞというところで出て来て。デブのくせに。あのデブデブデブ……失礼しました。そのくせシャープにバットを振るものだから、あっさりホームランですよ。それもあんな遠くにあるあの家までの。ぎりぎりフェンスを超えても同じホームランなんだから、遠慮しろと言いたいですね。あいつ、僕たちをビビらせるために、必要以上に飛ばしやがって。いや、全然チビってないですよ。本当に。信じてくれますよね? そんな目で見ないでくださいよ。はいはい、チビリましたよ。でも野球が終わるまでに乾いたから、いいじゃないですか」
「あの……それよりも、ホームランの話を。ボールは、あの家まで飛んだんですね?」
「あっ、はい。確かにあの家に入ったのは見えました。あまりに勢いよく飛んでいったから、逆にスローモーションでフラッシュバックして、はっきり記憶に残ってます」
「なるほど。よほどの恐怖だったようですね。謝りがてらボールを取りに行きましたか?」
「ま、まさか。有名な元政治家の家だと知っていたので、取りになんていけないですよ。行けば、政治犯か何かと疑われるでしょ?」
 うん、これは嘘ではないだろう。しかしそれでも勇気を奮い起こして取りに行ってくれていれば、白シカ組組長の襲撃犯を見られたかもしれないのに。いやそもそも襲撃事件が起こらなかっただろう。きっかけはボールだったのは確実だ。勢いもすごかったから、軟球といえども無傷ではなかった。でもせいぜい打撲程度だし、なにより事故で終わったのに。今さら言ってもだな。
 私の推理が証明された事を素直に喜ぼう。飛んできたボールで白シカ組組長は意識を失ったまでは、はっきりした。ボールが飛んできたのは偶然だし、暴行方法も行きあたりばったりに見えたので、計画的ではない。そうなると偶然現場近くもしくは現場そのものにいた人が犯人だとしか考えられないな。そしてそこは悪徳政治家の敷地内で、今現在住んでいるのは夫人だけだ。住み込みも通いでもお手伝いさんはいない。栄枯盛衰なのか、悪徳政治家の政治家関係者及び元秘書は影も形もない。たまたま現場近くの道路を歩いていた一般人が、塀の向こう側で悲鳴が聞こえたからって、入ってくるだろうか。普通の民家でも他人の家となったら敷居が高い。よほど確信がないと無理……いや、それでもまず警察に通報する。警察に……。
 あまり飛躍させてはだめだ。まだまだ時間はあるし、話を聞かないといけない容疑者もいる。それに、こいつらが共犯の可能性だってあるじゃないか。よく考えたら、いくら警察に聞かれたからって、さっきのような支離滅裂になるだろうか。芝居じゃないのか。その後の説明がなんだか流暢だし。犯人はよく喋るとか言うしな。こんな大勢で口裏を合わせるなんてありえない、という先入観は捨てるべきだろうか。逆に大勢いたからこそ、偶然の事故に見えるように仕組めたんじゃないのか。
 話だけではなく、実際に打つところを見ないとだめだ。
「今日も、そのブタ……いや、デブ……その、肥満さん……えっとー、お太りになられている方は、今日も来ると思いますか?」
「はい。来るでしょうね。一週間焼肉食べ放題の契約をしたと言ってたし。それに来てくれないと困りますよ」
「えっ? 打たれ過ぎて、おかしくなったんですか? ボクシングのようなパンチドランカーって、野球にもあるのかな? ご愁傷様です」
 よしよし。こいつらが共犯でないなら、今日もホームランを見れそうだな。そのうえで判断してやる。ぎりぎり届かないくらいなら信じてやってもいいが、全くだったなら共犯者に急浮上だぞ。
「何言ってるんですか。僕たちは、やられたらやり返すんです。なんと今日は元プロのピッチャーに頼み込んで助っ人に入ってもらっているんですよ。ほら、あの人です。ベンチに座ってるから目立たないけど、一人だけ頭一つも二つも大きいんですよ。それに去年まで現役だったので、ものすごいボールを投げられるんです。あいつら、驚くぞ。次にチビるのは、あいつらだ」
「えっ。ということは、今日は特大ホームランを見られないんですか?」
「はい。絶対に抑えます。ざまあみろですよ。私たちのチームを怒らせたあげく、チビらせるとどうなるか思い知らせてやりますよ」
 うーん、こいつの真剣さを見てると、ホームランを打たれたのは本当のような気がするな。知能犯の欠片すら見えないし。だけど実際にこの目で見てから最終判断をしたい。このチームがスカウトしたっていう助っ人ピッチャーに八百長を頼むのは難しいか。相手チームの相撲取りの実力が分からないが、こいつらの自信を見ている限りでは、元プロのピッチャーに分がありそうだ。なにより本職だからな。
 閃いたぞー。
「でもそれだと、抑えるだけですね」
「そうですけど。それが何か?」
「借りを返したとは、言えないですよね?」
「え? どういうことですか?」
「打たれたのだから、打ち返さないと」
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