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トラゾウ、お前もか

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 せっかく来てくれたのだから、トラゾウがいる間は毎日一緒に遊んだり、怪盗のミッションを一緒にやりたいところだ。だけど、いかんせん私たちには時間がない。と言っても、トラゾウはどれくらい日本にいるのだろうか。
 来たばっかりでなんだけど、大事な事なので、聞いておかないといけないな。明智君と同じくらいに、ご飯を食べるのだから。だからって我慢だけはさせたくない。お腹いっぱい食べておくれ。
 ああ、そうだ。白イノシシ会の組長に事件の関する話を聞きに行った時に、ついでにトラゾウのご飯代を寄付してもらうか。無理やりではない。白イノシシ会の組長が言ってたことだ。白シカ組の組長から猫を救出して、どこかの保護団体に渡してくれたら、そこに気持ちばかりの寄付をすると。
 そして保護しているのは、私だ。組長が信用しなかった時に備えて、トラゾウを連れていこう。脅し取るのは私の性に合わないから、トラゾウの可愛さをアピールすれば納得してくれるだろう。
「トラゾウ、いつまで日本にいるんだい?」
「ガッガオ、ガガオガガオンガ」
 ……。分からない。ちなみに阿部君は理解しているが、すすんで通訳してくれないことの方が多い。なので期待を込めた視線で訴えるように阿部君を見る。
「あ、阿部君?」
「だそうです」
 ちくしょー。ボールを嫌味ったらしく見せて、説教まがいに明日の予定を披露したのを、恨んでやがるな。それは、この個性的な二度と食べられない美味しい料理で、帳消しだろ。いや、そもそもボールをすっかり忘れていた阿部君が悪いのに。と、ぼやいていても時間の無駄だな。明智君に頼んでみるか。
「あ、明智君?」
「ワオンワオ」
 おそらく「だそうです」と言ったのだろう。私は、ただ阿部君に口添えして欲しかっただけなのに。そんな阿部君の口真似をして、私を見下して楽しいのか? 楽しいのだ。それとも阿部君と同じように、私に仕返しをしているのだろう。事件とは無関係の1つ目のボールを明智君がうっかりくわえた時に、私が押したのを今になって気づいたのかもしれない。
 阿部君も明智君も、いつまでも根に持つなんて、性格がネジ曲がりすぎだな。私のように何でも許せる大きな心を持てないものなのだろうか。二人が大怪盗になる道のりは険しいようだ。
 嘆いていても二人が成長するわけではないので、荒業で攻めるしかないな。覚悟しろよ。泣き出すかも。
「阿部君、明智君、もう一品くらい食べられるんじゃないか? もちろんトラゾウも」
「イエーイ! リーダー、大好き」「ワオーン! リーダー、大好き」「ガオーン! リーダー、大好き」
 え? 今、明智君とトラゾウは日本語を話さなかったか? 気にしてもしょうがない。どうせ私の偉大な脳が、いつものごとく私に都合よく変換したのだろう。それよりもトラゾウの滞在期間の方が重要だ。
「阿部君、結局トラゾウはいつまで日本にいるつもりなんだい?」
「ああー、決めていないそうです」
 なるほど。確かにそうだ。自由人ならぬ自由トラがなにも慌ててインドネシアに帰る必要なんてない。帰るかどうかすらも決めていないというのが本当のところかもしれないな。それなら事件の解決を最優先にして、トラゾウには一週間ほどこのアジトから出ないようにしてもらおう。
「トラゾウも『ひまわり探偵社』の探偵になる?」
「ガオーン!」
 え? いやいや、それはさすがに……。だけどトラゾウはすっかり『名探偵トラゾウ』気取りだな。
「え? この会社の名前は『株式会社ラッキー』じゃないの?」
 ああー。そう言えば、探偵業の時は『ひまわり探偵社』を徹底しろとか、阿部君が言っていた。なのについつい、そんなどうでもいい事を忘れて、マリ先生には『株式会社ラッキー』と言ってしまったようだ。あの時、阿部君も近くにいたんだから、そこですぐに訂正してくれればなんとでもなったのに。
 そうか。阿部君も自分で言いながら、すっかり忘れていたな。もしくは全然活躍できなかったから、恥ずかしくて言えなかったのだろう。だけど久しぶりの怪盗のミッションで、ボールの事は忘れながらも阿部君にとってはそれに比べようのない素晴らしいお菓子という戦利品を持ち帰ったので、自信を取り戻したのだ。
 だからって今さら、『ひまわり探偵社』なんてどうでもいいじゃないか。マリ先生にどう言い訳をしたらいいんだ。阿部君がまいた種だ。たまには阿部君に丸投げしてやるか。いくら正直者の阿部君でも、なんとかごまかせるだろう。
 だけど、阿部君の視線を感じる。無視無視。
 阿部君の視線が、いくらか怒気をはらんできた。我慢だ。頑張れ、私。
 阿部君の視線が殺気に変わった。……。
「すいません。最近会社名を変えたばっかりだったので、ついいつもの感じで私が前の会社名を教えてしまったみたいですね。私の、うっかりさん! エヘヘ」
 なんで私が全員の白い目にさらされないといけないんだ。阿部君、貸しだからな。でもこれで、ダミー会社の名前が『ひまわり探偵社』となってしまったな。本職は探偵なのに。
 これだけは言っておくぞ。阿部君の名前を会社名に入れても、社長でリーダーで一番偉いのは、私だからな。その旨を、阿部君に目で訴えると奇跡的に理解してくれた。全責任を私に押し付けた負い目があったようだな。それと社長の重責はめんどくさいのだ。
「名前は『ひまわり探偵社』ですけど、名ばかりの社長はリーダーにしてあるんです。初老のおじさんがいじけると後々面倒でしょ?」
 一言二言三言余計だな。阿部君のささやかな、いや、最大限の抵抗だ。
「阿部君も明智君も大変ねえ」
「いえいえ。若い時の苦労は……なんだったかな? そんな感じのやつです。それよりも、マリ先生は私のことを『ひまわり』と呼んでくださいね。リーダーとは差をつけておきたいので」
「確かに、そうね。ああ、トラゾウだっけ? ほったらかしてるけど、かわいそうじゃない、ひまわり?」
「忘れてたー。ごめんね、トラゾウ。うん? リーダー、追加の料理を早く作らないとだめじゃないですか。自分で言ったことなんだから、いちいち催促される前にやってくださいね。じゃあ、名探偵トラゾウ、事件の概要を説明するから、きちんと聞いておくんだよ」
「ガオ」
 私は口答え一つせずにキッチンに向かった。明日からの捜査の想像に集中してイライラしないようにしながら。こういう捜査って、普通は探偵と助手の二人一組でやるものではないのか? プラス犬一頭なら、まだ許容範囲だ。しかし、さらにプラストラ一頭というのは定番から外れているし、はっきり言って邪魔になる。トラゾウの名誉のために言っておくが、トラゾウが足手まといになると言っているわけではない。ただの数の問題だ。代わりに阿部君が外れたら、明智君とトラゾウの通訳がいなくなる。明智君が外れると、匂いをもとに追跡するのができなくなるし、ここぞという時に明智君に罪をなすりつけなくなる。トラゾウになすりつけるのは、私の良心が許さない。そしてそのトラゾウが探偵になったつもりでいるのに、だめだなんて言えるはずがない。
 トラを連れてそこら中を歩き回るなんてパニックになるし、関係者も恐れおののき話なんて聞いてくれないだろ、という不平不満は受け付けていないからな。だけど説明はしておくか。私が何も考えない無神経の阿部君のような猪突猛進するバカ者だと思われないように。
 トラゾウは犬用のライオンの覆面と犬用の服を着せてあげるので、さも犬が覆面と服を着ているように見える。服や覆面では隠せない部分もたくさんあるが、そこの模様はあまりにトラすぎるので、服の一部だと大抵の人は勘違いしてくれる。いかに私たちが当たり前に普通に行動できるかも重要だ。そしてどこかで、トラゾウが一緒にいてくれることを、私は喜んでいる。なので、明日からの捜査は4人体制が決まりだな。警視長に頼み込んで、トラゾウにも明智君のようなアメリカンポリス風星型バッジを貰ってあげよう。
 気づけば、朝になっていた。と言ってもまだまだ薄暗い。早朝から捜査があるにもかかわらず、新参者のマリ先生と帰ってきたトラゾウがいたこともあり、宴は夜が更けても続いていたようだ。途中からの記憶がないので、断言はできない。マリ先生も阿部君パパも遠慮なく泊まっていってくれたと思う。自慢ではないが、うちには客間が数え切れないほど……こんな事を言うと、私が数を数えられない人だと勘違いするバカが出てくるかもしれないな。まあ、いいか。他人がどう思おうが、私は私だ。
 何か意味不明な事を口走っているな。昨日は慌ただしかったし喜怒哀楽も激しかったし疲労困憊だったから、少し眠っただけでは本調子になっていないだけだ。美味しい朝ごはんが解決してくれる。だけど、もう少し布団の上でまったりしよう。と決めてほんの3秒で、阿部君がリビング兼私の寝室にずかずかと入ってきた。別に私を起こしにきたわけではない。キッチンやダイニングに行くための通り道なだけだ。そしてついでに、リビングのソファーで眠っているトラゾウと明智君……えっ、明智君がいるじゃないか。マリ先生が泊まっているのだから、マリ先生と一緒に寝ていてもおかしくないのに。やっぱり明智君が一番好きなのは、私なんだな。いつもの布団というかソファーが落ち着くのかもしれないが、ここは私の都合のいいようにとっておこう。
 阿部君が明智君とトラゾウを起こすと、二人は待っていたかのようにすぐに起きた。捜査二日目ともなると、てっきり飽きてしまい下手したら捜査を放棄するかもと思っていたが。なのに、名探偵ひまわりと名犬あけっちーは、名探偵トラゾウと同じように早起きしてくれた。嬉しい誤算と言ってもいいくらいだ。これで現場近くの河川敷でやっているであろう早朝草野球の人たちに、予定通りに話を聞きにいける。ただ、そのためには運転手にも起きてもらわないといけない。
 阿部君パパが自ら早起きできるモチベーションを、私には思い浮かばない。ということは誰かが叩き起こさないといけないということだ。適任は、身内である阿部君だな。素直にお願いしてみるか。本来なら言われなくとも、阿部君が行かないといけないんだけどな。もちろん私はそんな恐ろしいダメ出しをする気なんてない。なので考えること10分、名案が浮かんだ私は、すでに3人仲良く朝ごはんを食べているダイニングに向かった。
「おはよう、阿部君、明智君、トラゾウ。阿部君、誠に申し訳ないんだけど、阿部君パパを起こしてくれないかい? 私が起こしに行ってもいいんだけど、阿部君パパが自分の家で寝ていると勘違いして、起こしに来た私を泥棒扱いすると困るから。お願いできるかい?」
「はーい」
 え! こんな素直に。これは何かある。嫌な予感しかない。と言っても私だってバカではない。今日も昨日とは違う別の香しい匂いが充満している。昨日は私が隠しておいたうなぎの蒲焼をあっさり見つけたのだから、今日だって私の隠しておいたごちそうを見つけたのがすぐに分かった。油断していた。昨日あんなにたくさんの買い物をしたのだから、そこからいくらでも選べただろうに。
 実はキッチンの床下にもう一つ私専用の冷蔵庫を設置してあって、そこに私専用のごちそうを隠してある。家族で親友である明智君にも内緒だ。明智君の鼻を持ってしても見つけられない完全防備のはずだったのに。どうやって見つけたんだ? うーん、考える時間がもったいないな。しかしどれだけ出したんだろうか。さすがに全部は出してないはず。いくら阿部君が大食感で、明智君に満腹中枢がなくて、トラゾウが出されたものは全部平らげるからって、全部食べられるわけがない。少なくとも私の分が残っているはず。
 あっ、言うのを忘れていた。その秘密の冷蔵庫には、一頭買いしたA5ランクの松坂牛を食べやすい大きさに加工して保管しておいたのだ。加工したのは、もちろん私ではないし、買ったのも私ではない。一応言っておくと、盗んだものではない。ある男に貰ったのだ。
 ある男というのは、なんと今回の事件の被害者だと判明した白シカ組組長だ。説明しておかないと、私に黒い交際があるのかと疑念を抱かれかねない。義理人情に厚い暴力団の組長のたってのお願いを泣く泣く聞いてやった私に、結果を報告しに行った時に白シカ組組長が持たせてくれたのだ。時間がないし今回の事件とはさほど関係ないが手短に教えてやろう。少しくらいは大怪盗の片鱗を披露しておかないと、私をただの名探偵だと誤解されかねないからな。
 何年か前に、フランスの有名美術館の有名画家の有名絵画が特別に日本で展覧会を開いて、展覧会は無事に終わったのだけれど、フランスに返されるために展覧会場から空港に向かっている途中で強奪された。その強奪犯グループが白シカ組組員で構成されていたのだけれど、組長の関与の証拠が一切見つからなかったこともあり、組長は逮捕を免れた。白シカ組がどうしてそんな事をしたのかと言えば、今回の事件現場の主である悪徳政治家が、有名な絵画を自分のものにしたかったからだ。そこで以前から繋がりのあった白シカ組組長に頼んだというか強要した。
 うーん、どうしても長くなってしまう。なので、おもいっきり端折る。我々怪盗団が白シカ組からトラゾウを引き取るついでに1000万円ほど頂いてしまった時に、白シカ組組長が拝み倒してきた。白シカ組が奪って悪徳政治家の家で飾ってあった絵画を、フランスの美術館に返してくれるようにと。私は、フランスと日本の友好のかけ橋になりたいがためにきいてあげた。なのでお礼なんて貰うつもりはなかった。相手が暴力団というのもあったし。
 だけど暴力団だって人間だ。その人間が、涙を流してお礼を言いながらA5ランクの松阪牛を押し付けてきているのに、断るなんてできない。私は情にもろい大怪盗で知られているから、分かるよな?
 長くなったが、そんなわけで貯金がかつかつになった私でも松阪牛を隠し持てたのだ。でもまあ、阿部君に見つけられて安心もした。悪徳政治家から絵画を奪いフランスに返すために、阿部君も明智君もそしてトラゾウも大活躍だったからだ。それにやはり美味しい物はみんなで食べた方がいい。さらにこれで阿部君と明智君は引け目を感じてくれるのだから好都合だな。ヘヘッ。今日の捜査も、私が主人公だ。ホームズは私だ。ワトソン君とレストレード警部だったかな……それと、名もなき助手は、私の邪魔をするんじゃないぞ。ワトソン君役とレストレード警部役と名もなき助手役は、3人で相談して決めてくれ。
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