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万事順調?
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「阿部君と明智君が全然戻って来ないから、いつものように逃げ帰ったと思って、車に戻ってきたんだよ。私はずっとチワワを監視してたんだぞ」
あっ、まずい。考えないで話したものだから、嫌味まで出てしまった。忘れておくれ。流しておくれ。じょ、冗談じゃないか。私たちの仲だろ。
「ああー、そうでしたね。チワワは大人しかったですか? ああそうですか。よかったですね。さあ帰りましょうか。明智君も乗って。ほら、パパも早く」
私の嫌味は流してくれたのか、私の言葉をほぼ聞いていなかったのか、ひとまず助かった。それはいいとして、ボールの事は何も言わないな。もしかしたら忘れているのか。もしかしたら、ではないな。しかし説教よりも、気になる事を言ったぞ。
「今、パパって言わなかったか? 阿部君パパもいるのか?」
「はい。私たちの事が心配で迎えにきてくれたみたいです」
よく見れば、阿部君が背負っている風呂敷越しに阿部君パパがいる。何か思案げだし。私も疑問がある。
「え? 阿部君と明智君はどこから外に出たんだい?」
「こんな荷物を持って塀を飛び越えられるわけがないんだから、予定通りに表の大きな門からに決まってるじゃないですか。パパが警察官をどこかに連れ出しているんだから」
荷物を持っていなくても、お前たちは塀を飛び越えられないじゃないかと、私は言えない。なので匿名の誰かが声を大にして言っておくれ。もしかしたら、ここまで届くかもしれない。その間に、私は疑問を解決しておくか。
「阿部君パパは一緒にいるじゃないか。阿部君と明智君が無事に出てきてから、急いで追いついてきたのか?」
「あっ、いいえ。私が車から出てすぐに、ひまわりと明智君に会ったので。それで一緒に戻ってきたんです」
「だそうです」
えっ。阿部君と明智君が出てきた時は、門に誰もいなかった。阿部君パパは警察官を連れ出していない。警備の警察官は?
「おかしくないか? それじゃ、警察官はどこにいるんだ?」
「どこかでさぼってるんじゃないですか。元警察官のリーダーなら、そのへんのところは詳しいでしょ? それよりも、そこどいてください。車に乗れないじゃないですか。ねえ、明智君?」
「ワンッ」
「私は誰にも気づかれないようにさぼっていたんだ。こんな分かりやすくさぼらないぞ」
「うん、明智君、何? あー、本当だ」
「どうした?」
「あのダミーもどきの監視カメラの下で何かしてますよ」
「えっ! まさか阿部君は、あの後ろをそんな大きな荷物を持って堂々と歩いてきたっていうのか?」
「ま、まあ、そうなりますね。気づかないのは、お互い様ということで。ねえ、明智君?」
「ワンッ!」
「下手にコソコソしなかったのが良かったのかもしれないな。でも普通は、そんなトラの覆面を被った人間と犬が唐草模様の大きな風呂敷包みを背中に抱えながら歩いていたら、完全に職質対象だけどな。あの警察官、思ったよりもいい加減な奴だな」
「そうですね。けしからんですね。ねえ、明智君?」
「ワンッ!」
しかし、その割に監視カメラの下で何をしているんだろうか。夫人の供述で警察内ではダミーとなっているが、名探偵でもある私が気になっていると阿部君パパから聞いて、事件現場に最も近い監視カメラを徹底的に調べているのだろうか。それなら仕事熱心とも言える。だけど持ち場を離れてまですることではない。そのすきにコソ泥でも入ろうものなら、目も当てられないぞ。
「阿部君パパ、一緒に家の周囲を周っている時に、あいつはあんなに必死でカメラを調べてたのか? 背後をおかしな二人組が通ったのも気づかないほどに」
「今見ているカメラは足を止めて見てましたけど、他のカメラはチラ見でしたよ」
やはりあのカメラだけが気にかかるのだな。一応確認するか。
「阿部君、あのカメラのあるちょうど向こう側が、事件現場だよな?」
「そ、そうかな。そんなことよりも、早く帰りましょうよ。お腹がペコペコなんですよ。ねえ、明智君?」
「ワンッ!」
そうだな。バカ警官の事を考えても時間を無駄にするだけだ。阿部君が何か変な事を言ってるし。
「えっ! 夫人が作ったセレブの豪華料理を盗み食いしてきたんじゃないのか?」
「バカリーダー、何を言ってるんですか? いくら私と明智君でも、ミッション中にそんな余裕があるわけないでしょ。それにアジトに戻れば、マリ先生が作っている美味しい料理が待っているのに。ねえ、明智君?」
「ワンッ! ワワンワンワ、ワーオー」
明智君も私をバカにしているようだな。そう思わせるお前たちも悪いのに。
「じゃあ、どうしてこんなに遅かったんだ?」
「えっ! この大きな風呂敷が見えないんですか? 新種の老眼なのかな。夫人が世界中から取り寄せている美味しいお菓子を盗っていたに決まってるじゃないですか。貢献できなかったリーダーの分はないですよ。次、頑張ってくださいね。ねえ、明智君?」
「ワンワ、ワンワー!」
「あ、阿部君、私たちが何のために今日ここに来たのか分かっているのかい?」
「な、何のため? そんなの、美味しいお菓子とささやかないたずらのために決まってるじゃないですか。ねえ、明智君?」
「ワ、ワン」
何も言わず、私は盗ってきたボールを二人に見せた。二人は思い出すのに1秒とかからなかったようだ。
「ま、まあ、私たちはチームなので、リーダーにもお菓子をあげますね。パパにもね。私たちって、本当に心が広いですよね。ねえ、明智君?」
「……」
明智君は私にお菓子を分けるのが不本意のようだな。否定しなかっただけでも良しとするか。ボールの件についても明智君なりに反省……しているフリはしている。どうやら私は勝ったようだ。だからってネチネチと今日のこいつらの失敗を蒸し返すようなことはしない。あっさり逆ギレするからな。そんな無益な憂さ晴らしよりも、小さな優越感を味わっていた方が体に良い。
アジトに着くまではお菓子の話は一切せず、私は明日の予定を淡々と説明した。二人は覆面を脱ぐのも忘れ真面目に静かに聞いている。どうせ一晩寝たら忘れるだろう。別にそれでいい。今、真のリーダーの気分を存分に味わえているのだ。十分じゃないか。
アジトに着くまでは短く感じた。阿部君と明智君は長く感じただろうが。ただ悦に入っていた私は大事な事を忘れていたようだ。アジトには我々怪盗団とは一切無関係のマリ先生が待っている。なので車を降りる前に慌てて、私が二人に変装をとくように促さないといけなかった。全く世話が焼ける。私がリーダーの威厳を見せながら言うと、二人は素直に従ったが。
しかしそんな私もロボットのお面を外すのを忘れていた。もちろん私は知っていたように装うが、私が忘れていたのを、阿部君と明智君は分かっている。だけど、私をバカにしない。私のいない所では、バカにするだろうが。なので我々怪盗団は、これからも上手くやっていけるのだ。
車が戻ってくる音が聞こえたのか、隠しきれない私のオーラを感じたのか、マリ先生が玄関まで出迎えに来てくれた。マリ先生を見た途端に、明智君はミッションの失敗を忘れ、マリ先生のもとにまっしぐらだ。そんな明智君をあえて見ないようにして、私と阿部君は戦利品のお菓子を粛々とアジトに運び入れる。捜査のついでに買ってきたと言えば全然怪しくない。どこでと聞かれれば、私が忘れたふりをすれば、悲しいけどマリ先生は納得してくれる。そしてそんな私に気を使って、それ以上は誰にも質問しない。こんな豪邸に住んでいる我々が盗んできたとは、間違っても思わないだろう。
マリ先生の料理はできていたので、すぐにでも食べたいところだ。だけど今日は様々な種類の汗をたっぷりかいたので、先にお風呂でさっぱりした方がいいようだ。お風呂に入る順番は揉めることなく、阿部君、阿部君パパ、私となった。揉めたところで、こうなるのだから、時間を無駄にしてはいけない。ただ、この順番だと私を待たないで食べられるのが目に見えている。しかし私は一計を案じたので、みんなは私を待ってくれていた。私をというよりも、明智君をだったが。
そう、私は明智君を洗うことにしたのだ。基本的に私の係なのだけれど、阿部君が洗ってくれることもある。ただ明智君はお風呂に入らないことが多々ある。忘れていると思うが、犬だから。
今日も明智君はマリ先生がいることもあって、少しでも早く食卓につく気だった。だけど私がすかさず「明智君、匂うぞ」と囁いてやったのだ。本当のところは全く臭くない。無臭というわけではないが、普段と変わらず心地いい匂いというか香りだ。ずっと嗅いでいても飽きないくらいに。さらに明智君はどんなに汗をかいても、獣臭なんてこれっぽっちもしない。明智君はいつも爽やかなのだ。顔以外は。
それなら普段もお風呂に入る必要なんてないのだろう。そもそもお風呂の文化があるのは人間だけだし。だけど明智君は冬のカピバラ並にお風呂が好きなのだ。それに湯船につかるだけではなく、石鹸で体中をゴシゴシ洗うのも好きだ。ただ残念なことに、自分で洗えない。そして一般的な犬のようにいつまでも濡れたままというのは嫌なので、すぐにでも乾きたい。強力なサーキュレーターとドライヤーで速乾燥をしている間は至福の時間だ。
一緒に湯船につかり、私が先に自らの体を洗った後に明智君を洗ってあげ、私が速攻で自らの体を拭いた後で明智君を乾かしてあげると、明智君は私に対してすごくおおらかになってくれる。家族であり親友なので、大げさに感謝を表すまではしないが。それでいい。お互いにできる事できない事があるので、補い合えばいいのだ。
そんな訳で、明智君がさっぱりするまで、みんなは待ってくれていた。
「おまたせー」「ワンワオー」
私と明智君が楽しそうに登場したのに、阿部君と阿部君パパとマリ先生の反応は薄い。特に阿部君はテレビの画面から目を離そうともしない。空腹は人間を愚かにするものなのか。認めたくはないが、私だけが待たせたなら、その反応もありだろう。だけど明智君もだからな。
もしや私の浅はかな作戦に気づいたのだろうか。いや、それでも、明智君を前にして、それはないだろ。よく見ると、阿部君パパの目は死んでいるし。阿部君の顔は見えないが、阿部君パパ以上に目が死んでいるのが後頭部から伝わってくる。空腹が限界を超えたのだろうか。とりあえず、三人の中でかろうじて明るいマリ先生に話しかけるか。明智君を抱きかかえておけば、対応してくれるはず。
「すいません、待たせすぎましたか?」
「あっ、いいえ。リーダーだけならまだしも、明智君を待っていても何もイライラしませんよ」
阿部君と明智君にお金を借りて買ったとはいえ、私はこの家の主なのに。でも悪口は言われ慣れているから堪えない。阿部君のおかげで、強い精神力を手に入れていたようだ。阿部君、ありがとう。でも、その阿部君が悪口を被せてこないのは、なぜだ? テレビを観ているというよりは、固まっているだけにも見えるし。空腹以外にも、何か辛い事があったのかもしれないな。しかし阿部君にそんな事があるのだろうか。話を続けるか。
「何かあったんですか? なんかどんよりしてますよね」
「あったんでしょうけど、私にはさっぱり。テレビを観ていたら、二人とも押し黙ってしまって。何を聞いても生返事しか返ってこないから、どうしたらいいか迷っていたの。いつも、こうなの?」
「いえ。いつもは黙っている時間なんてないですよ。阿部君、どうしたんだい? 豪華な晩ごはんを食べるぞ」
阿部君も阿部君パパも豪華な晩ごはんに反応しない。ありえない。何を企んでいるんだ?
「ワワワンワン。ワオー」
明智君がテレビの方を指差して何か言ってるが、私には何を言っているのか分からない。
「明智君、どうした?」
「ワオー!」
仕方がない。テレビを観てやるか。どうせ斬新なドッグフードのコマーシャルでも流れてるんだろ。買ってあげてもいいが、値段を見てからだからな。いや、それとも、まさか我々怪盗団が指名手配されている……わけがないよな? ちょっと恐いな。
自分を奮い立たせてテレビを観た私は、危うく阿部君のようになるところを、なんとか踏ん張った。年の功だな。まあ、それはいい。それよりも、テレビ画面だ。ニュースが流れている。やはり私たちが指名手配されているなんてことはなかった。ふうー。だけど受けた衝撃はそれに匹敵すると言っても過言ではない。
空港の近くでレポーターが取り乱すのを一切抑えようともせずに叫んでいる「トラはまだ発見されておりません、近隣の方は絶対に建物から出ないでください。我々クルーも……」と。それと並行して、トラが映っている監視カメラの映像も流している。
あのトラは、もしかして……。
「あ、阿部君、あれはトラゾウなのか?」
『トラゾウ』という言葉というか名前に、阿部君は大きく反応した。
「はいっ! さっきは、もっとたくさんの監視カメラの映像が流れていて、トラゾウの顔面アップのもあったんです。どっからどう見ても、トラゾウでした。どうしましょうか?」
「どうしましょうって……助けにいくに決まってるだろ」
「はいっ!」「ワオーン!」
明日の予定はどうやら白紙になるようだ。だけど一日を無駄にしてでも、私たちにはやらなければならない事がある。待ってろよ、トラゾウ。
あっ、まずい。考えないで話したものだから、嫌味まで出てしまった。忘れておくれ。流しておくれ。じょ、冗談じゃないか。私たちの仲だろ。
「ああー、そうでしたね。チワワは大人しかったですか? ああそうですか。よかったですね。さあ帰りましょうか。明智君も乗って。ほら、パパも早く」
私の嫌味は流してくれたのか、私の言葉をほぼ聞いていなかったのか、ひとまず助かった。それはいいとして、ボールの事は何も言わないな。もしかしたら忘れているのか。もしかしたら、ではないな。しかし説教よりも、気になる事を言ったぞ。
「今、パパって言わなかったか? 阿部君パパもいるのか?」
「はい。私たちの事が心配で迎えにきてくれたみたいです」
よく見れば、阿部君が背負っている風呂敷越しに阿部君パパがいる。何か思案げだし。私も疑問がある。
「え? 阿部君と明智君はどこから外に出たんだい?」
「こんな荷物を持って塀を飛び越えられるわけがないんだから、予定通りに表の大きな門からに決まってるじゃないですか。パパが警察官をどこかに連れ出しているんだから」
荷物を持っていなくても、お前たちは塀を飛び越えられないじゃないかと、私は言えない。なので匿名の誰かが声を大にして言っておくれ。もしかしたら、ここまで届くかもしれない。その間に、私は疑問を解決しておくか。
「阿部君パパは一緒にいるじゃないか。阿部君と明智君が無事に出てきてから、急いで追いついてきたのか?」
「あっ、いいえ。私が車から出てすぐに、ひまわりと明智君に会ったので。それで一緒に戻ってきたんです」
「だそうです」
えっ。阿部君と明智君が出てきた時は、門に誰もいなかった。阿部君パパは警察官を連れ出していない。警備の警察官は?
「おかしくないか? それじゃ、警察官はどこにいるんだ?」
「どこかでさぼってるんじゃないですか。元警察官のリーダーなら、そのへんのところは詳しいでしょ? それよりも、そこどいてください。車に乗れないじゃないですか。ねえ、明智君?」
「ワンッ」
「私は誰にも気づかれないようにさぼっていたんだ。こんな分かりやすくさぼらないぞ」
「うん、明智君、何? あー、本当だ」
「どうした?」
「あのダミーもどきの監視カメラの下で何かしてますよ」
「えっ! まさか阿部君は、あの後ろをそんな大きな荷物を持って堂々と歩いてきたっていうのか?」
「ま、まあ、そうなりますね。気づかないのは、お互い様ということで。ねえ、明智君?」
「ワンッ!」
「下手にコソコソしなかったのが良かったのかもしれないな。でも普通は、そんなトラの覆面を被った人間と犬が唐草模様の大きな風呂敷包みを背中に抱えながら歩いていたら、完全に職質対象だけどな。あの警察官、思ったよりもいい加減な奴だな」
「そうですね。けしからんですね。ねえ、明智君?」
「ワンッ!」
しかし、その割に監視カメラの下で何をしているんだろうか。夫人の供述で警察内ではダミーとなっているが、名探偵でもある私が気になっていると阿部君パパから聞いて、事件現場に最も近い監視カメラを徹底的に調べているのだろうか。それなら仕事熱心とも言える。だけど持ち場を離れてまですることではない。そのすきにコソ泥でも入ろうものなら、目も当てられないぞ。
「阿部君パパ、一緒に家の周囲を周っている時に、あいつはあんなに必死でカメラを調べてたのか? 背後をおかしな二人組が通ったのも気づかないほどに」
「今見ているカメラは足を止めて見てましたけど、他のカメラはチラ見でしたよ」
やはりあのカメラだけが気にかかるのだな。一応確認するか。
「阿部君、あのカメラのあるちょうど向こう側が、事件現場だよな?」
「そ、そうかな。そんなことよりも、早く帰りましょうよ。お腹がペコペコなんですよ。ねえ、明智君?」
「ワンッ!」
そうだな。バカ警官の事を考えても時間を無駄にするだけだ。阿部君が何か変な事を言ってるし。
「えっ! 夫人が作ったセレブの豪華料理を盗み食いしてきたんじゃないのか?」
「バカリーダー、何を言ってるんですか? いくら私と明智君でも、ミッション中にそんな余裕があるわけないでしょ。それにアジトに戻れば、マリ先生が作っている美味しい料理が待っているのに。ねえ、明智君?」
「ワンッ! ワワンワンワ、ワーオー」
明智君も私をバカにしているようだな。そう思わせるお前たちも悪いのに。
「じゃあ、どうしてこんなに遅かったんだ?」
「えっ! この大きな風呂敷が見えないんですか? 新種の老眼なのかな。夫人が世界中から取り寄せている美味しいお菓子を盗っていたに決まってるじゃないですか。貢献できなかったリーダーの分はないですよ。次、頑張ってくださいね。ねえ、明智君?」
「ワンワ、ワンワー!」
「あ、阿部君、私たちが何のために今日ここに来たのか分かっているのかい?」
「な、何のため? そんなの、美味しいお菓子とささやかないたずらのために決まってるじゃないですか。ねえ、明智君?」
「ワ、ワン」
何も言わず、私は盗ってきたボールを二人に見せた。二人は思い出すのに1秒とかからなかったようだ。
「ま、まあ、私たちはチームなので、リーダーにもお菓子をあげますね。パパにもね。私たちって、本当に心が広いですよね。ねえ、明智君?」
「……」
明智君は私にお菓子を分けるのが不本意のようだな。否定しなかっただけでも良しとするか。ボールの件についても明智君なりに反省……しているフリはしている。どうやら私は勝ったようだ。だからってネチネチと今日のこいつらの失敗を蒸し返すようなことはしない。あっさり逆ギレするからな。そんな無益な憂さ晴らしよりも、小さな優越感を味わっていた方が体に良い。
アジトに着くまではお菓子の話は一切せず、私は明日の予定を淡々と説明した。二人は覆面を脱ぐのも忘れ真面目に静かに聞いている。どうせ一晩寝たら忘れるだろう。別にそれでいい。今、真のリーダーの気分を存分に味わえているのだ。十分じゃないか。
アジトに着くまでは短く感じた。阿部君と明智君は長く感じただろうが。ただ悦に入っていた私は大事な事を忘れていたようだ。アジトには我々怪盗団とは一切無関係のマリ先生が待っている。なので車を降りる前に慌てて、私が二人に変装をとくように促さないといけなかった。全く世話が焼ける。私がリーダーの威厳を見せながら言うと、二人は素直に従ったが。
しかしそんな私もロボットのお面を外すのを忘れていた。もちろん私は知っていたように装うが、私が忘れていたのを、阿部君と明智君は分かっている。だけど、私をバカにしない。私のいない所では、バカにするだろうが。なので我々怪盗団は、これからも上手くやっていけるのだ。
車が戻ってくる音が聞こえたのか、隠しきれない私のオーラを感じたのか、マリ先生が玄関まで出迎えに来てくれた。マリ先生を見た途端に、明智君はミッションの失敗を忘れ、マリ先生のもとにまっしぐらだ。そんな明智君をあえて見ないようにして、私と阿部君は戦利品のお菓子を粛々とアジトに運び入れる。捜査のついでに買ってきたと言えば全然怪しくない。どこでと聞かれれば、私が忘れたふりをすれば、悲しいけどマリ先生は納得してくれる。そしてそんな私に気を使って、それ以上は誰にも質問しない。こんな豪邸に住んでいる我々が盗んできたとは、間違っても思わないだろう。
マリ先生の料理はできていたので、すぐにでも食べたいところだ。だけど今日は様々な種類の汗をたっぷりかいたので、先にお風呂でさっぱりした方がいいようだ。お風呂に入る順番は揉めることなく、阿部君、阿部君パパ、私となった。揉めたところで、こうなるのだから、時間を無駄にしてはいけない。ただ、この順番だと私を待たないで食べられるのが目に見えている。しかし私は一計を案じたので、みんなは私を待ってくれていた。私をというよりも、明智君をだったが。
そう、私は明智君を洗うことにしたのだ。基本的に私の係なのだけれど、阿部君が洗ってくれることもある。ただ明智君はお風呂に入らないことが多々ある。忘れていると思うが、犬だから。
今日も明智君はマリ先生がいることもあって、少しでも早く食卓につく気だった。だけど私がすかさず「明智君、匂うぞ」と囁いてやったのだ。本当のところは全く臭くない。無臭というわけではないが、普段と変わらず心地いい匂いというか香りだ。ずっと嗅いでいても飽きないくらいに。さらに明智君はどんなに汗をかいても、獣臭なんてこれっぽっちもしない。明智君はいつも爽やかなのだ。顔以外は。
それなら普段もお風呂に入る必要なんてないのだろう。そもそもお風呂の文化があるのは人間だけだし。だけど明智君は冬のカピバラ並にお風呂が好きなのだ。それに湯船につかるだけではなく、石鹸で体中をゴシゴシ洗うのも好きだ。ただ残念なことに、自分で洗えない。そして一般的な犬のようにいつまでも濡れたままというのは嫌なので、すぐにでも乾きたい。強力なサーキュレーターとドライヤーで速乾燥をしている間は至福の時間だ。
一緒に湯船につかり、私が先に自らの体を洗った後に明智君を洗ってあげ、私が速攻で自らの体を拭いた後で明智君を乾かしてあげると、明智君は私に対してすごくおおらかになってくれる。家族であり親友なので、大げさに感謝を表すまではしないが。それでいい。お互いにできる事できない事があるので、補い合えばいいのだ。
そんな訳で、明智君がさっぱりするまで、みんなは待ってくれていた。
「おまたせー」「ワンワオー」
私と明智君が楽しそうに登場したのに、阿部君と阿部君パパとマリ先生の反応は薄い。特に阿部君はテレビの画面から目を離そうともしない。空腹は人間を愚かにするものなのか。認めたくはないが、私だけが待たせたなら、その反応もありだろう。だけど明智君もだからな。
もしや私の浅はかな作戦に気づいたのだろうか。いや、それでも、明智君を前にして、それはないだろ。よく見ると、阿部君パパの目は死んでいるし。阿部君の顔は見えないが、阿部君パパ以上に目が死んでいるのが後頭部から伝わってくる。空腹が限界を超えたのだろうか。とりあえず、三人の中でかろうじて明るいマリ先生に話しかけるか。明智君を抱きかかえておけば、対応してくれるはず。
「すいません、待たせすぎましたか?」
「あっ、いいえ。リーダーだけならまだしも、明智君を待っていても何もイライラしませんよ」
阿部君と明智君にお金を借りて買ったとはいえ、私はこの家の主なのに。でも悪口は言われ慣れているから堪えない。阿部君のおかげで、強い精神力を手に入れていたようだ。阿部君、ありがとう。でも、その阿部君が悪口を被せてこないのは、なぜだ? テレビを観ているというよりは、固まっているだけにも見えるし。空腹以外にも、何か辛い事があったのかもしれないな。しかし阿部君にそんな事があるのだろうか。話を続けるか。
「何かあったんですか? なんかどんよりしてますよね」
「あったんでしょうけど、私にはさっぱり。テレビを観ていたら、二人とも押し黙ってしまって。何を聞いても生返事しか返ってこないから、どうしたらいいか迷っていたの。いつも、こうなの?」
「いえ。いつもは黙っている時間なんてないですよ。阿部君、どうしたんだい? 豪華な晩ごはんを食べるぞ」
阿部君も阿部君パパも豪華な晩ごはんに反応しない。ありえない。何を企んでいるんだ?
「ワワワンワン。ワオー」
明智君がテレビの方を指差して何か言ってるが、私には何を言っているのか分からない。
「明智君、どうした?」
「ワオー!」
仕方がない。テレビを観てやるか。どうせ斬新なドッグフードのコマーシャルでも流れてるんだろ。買ってあげてもいいが、値段を見てからだからな。いや、それとも、まさか我々怪盗団が指名手配されている……わけがないよな? ちょっと恐いな。
自分を奮い立たせてテレビを観た私は、危うく阿部君のようになるところを、なんとか踏ん張った。年の功だな。まあ、それはいい。それよりも、テレビ画面だ。ニュースが流れている。やはり私たちが指名手配されているなんてことはなかった。ふうー。だけど受けた衝撃はそれに匹敵すると言っても過言ではない。
空港の近くでレポーターが取り乱すのを一切抑えようともせずに叫んでいる「トラはまだ発見されておりません、近隣の方は絶対に建物から出ないでください。我々クルーも……」と。それと並行して、トラが映っている監視カメラの映像も流している。
あのトラは、もしかして……。
「あ、阿部君、あれはトラゾウなのか?」
『トラゾウ』という言葉というか名前に、阿部君は大きく反応した。
「はいっ! さっきは、もっとたくさんの監視カメラの映像が流れていて、トラゾウの顔面アップのもあったんです。どっからどう見ても、トラゾウでした。どうしましょうか?」
「どうしましょうって……助けにいくに決まってるだろ」
「はいっ!」「ワオーン!」
明日の予定はどうやら白紙になるようだ。だけど一日を無駄にしてでも、私たちにはやらなければならない事がある。待ってろよ、トラゾウ。
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