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私の考えた作戦に穴はない
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「そこまで言うなら、リーダーの考えた作戦を披露してみてくださいよ。明智君に笑い飛ばされる覚悟はありますね?」
「ワッワッワー!」
「明智君、余裕があるんだな? 阿部君の作戦でいいのか?」
「ワッ……」
「では、私の考えた非の打ち所のない作戦を聞いておきなさい。阿部君も着眼点は悪くなかったぞ。褒めてあげよう。しかし大事な事を忘れている。あの家は、誰の家だ? そう、悪徳政治家の家だ。賄賂をこよなく愛している悪徳政治家のな。分かるな? あの家の者たちには、賄賂をもらう体質が染み込んでいるんだ。だからって夫人に賄賂を渡して、見返りにボールをくださいとなんて言ったらだめだぞ。さすがにそれくらいは分かるよな? うん? あれ? まさか、そんな考えを? いや、まさかな……」
「そんなわけないじゃないですか。なんですか、その疑いの目は。それよりも、続きを」
「そうだな。賄賂を使うのは、あの犬に対してだ。名目上で賄賂とは言ってるが、何らかの見返りを期待しているわけではない。ただ大人しくしていてくれればいいだけだ。そして賄賂の品が、この明智君の高級ドッグフード100粒というわけだな。喜ぶぞー」
「へっ?」「ワッ?」
「どうした? 何か分からない事があるなら、聞いてくれてかまわないぞ」
「では。頭が悪く記憶力も乏しいリーダーに教えてあげますね。そのドッグフードは元々あの犬のもので、それを私たち……いや、明智君が盗んだから、ご立腹なんです。それを100粒かそこら持ってきたからって『ありがとう。ご苦労さん。何か欲しい物があったら、言ってごらん。なになに、僕の飼い主である夫人が隠したボールかい? ああ、それなら、ここにあるから持っていきなさい。もちろん夫人には内緒にしておいてやるさ。と言っても、なくなったことには気づくだろうね。だけど僕は完璧に頑なに知らんぷりを演じるから安心しなさい。それでは、ごきげんよー』とは、言わないですよ。それどころか、明智君が目に入ったと同時に、ガブッですね。……、あっ、そこで、ロープで縛るんですか? ロープ係は、我らがリーダーですね」
ほんの数分前まで幸せの絶頂だった明智君が、暗がりでも分かるくらいに真っ青だな。全身が震えているし。反論する元気がないのか、反論しても阿部君がいいように意訳してしまうから黙っているのだろう。それとも噛まれている自分を想像して、反論どころではないのか。
安心しろ、明智君。私がそんな愚かな作戦を考えるわけがないだろ。と、明智君に言ってあげたいのは山々だ。だけどしばらくの間、明智君を見学するのも悪くないな。だって、すごく面白いぞ、明智君。ドッグフード代として100万円と100万円の200万円も払うんだから、余興のおまけがあってもいいだろう。
「阿部君、それはそれで面白い……いや、明智君がかわいそう、プッ……そんな名付けるとしたら『肉を切らせて骨を断つ作戦』なんてしていると、怪盗団が人員不足になってしまうだろ。ちなみにさっき阿部君が話した作戦も同様だ。ほんの少しの手違いで、阿部君が痛い目にあうかもしれない。それは嫌だろ?」
「はいっ!」
なんてはきはきした気持ちのいい返事をするんだ。よほど痛いのが苦手なんだな。私や明智君には、さんざん苦痛や恐怖を負わせてきたのに。しかしそれについていちいちダメ出しなんてすると、阿部君は確実に逆ギレするのだ。
「私が……私たちが天才的な大怪盗とはいえ、ミッションにリスクや緊張はつきものだ。だけどケガをするのを前提にした作戦は立てないようにしないとな」
「そうですね。それではこの事件が解決したら、犬にかじられたくらいではケガをしないような強靭な肉体作りに励んでくださいね。明智君もだよ。私は司令塔だから、頭脳だけをさらに上昇させますね」
「か、考えとくよ。それよりも、今日の作戦だ。あの犬は、このドッグフードを夢にまで見てるだろ? だからこれの匂いが漂ってきたら、仕返しどころではないに決まっている。阿部君も明智君も自分に当てはめてみろ。まずは、目の前の大好物だよな? いや、答えなくていい。するとあの犬は夢か現実か分からないままに、このドッグフードめがけてまっしぐらだ。すぐ近くに私たちがいても目に入らない。無我夢中で食べているところを、かわいそうだけど心を鬼にして延髄に空手チョップだな。私に任せておきなさい。一瞬であの犬は夢の中だ。アクション映画とかであるだろ?」
「そうですね。映画よりも、私がさっき言ったんですけどね。リーダーの物忘れが酷いのか、私が立てた作戦を無断で堂々と模写したのかは、深堀りする気はないですけど。そんな些細な事よりも、続きを聞きましょうか」
物忘れが酷くもなければ、阿部君の考えた作戦を参考にしたわけではない。悲しいかな、たまたま被ってしまったのだ。軽く叩いたようにしか見えない一撃で、相手を気絶させるのは全怪盗の憧れなのかもしれない。
気絶するほどの衝撃なのに、目覚めると全くの無傷だというのがポイントだ。何が起こったのかも記憶にない。本当にそんなことが可能なのか、医学に詳しい人は黙っているんだぞ。
「気絶しているとはいえ、いつ目が覚めるか分からないから、誰か一人はその犬に付いていた方がいいだろう。それに二人もいれば、ボールを盗ってくるなんて楽勝だ。ある場所も目星がついてるから、3分もあればお釣りがくるぞ。何と言っても大きいのは、監視カメラのスイッチを切ってあることだな。事件のほとぼりが冷めるまではダミーだと言い張らなければならないからな。夫人はスイッチを切る時は忙しかっただろうし、監視カメラの個別スイッチをいちいち把握しているわけがない。だから横着をして、防犯システムを丸ごと切ったはずだ。それでも外で警察官が警備している間は安心してしていて、わざわざスイッチを入れ直さない」
「へえー。リーダーにしては考えてたんですね。ぎりぎり及第点をあげますね」
「あ、ありがとう。……。誰か一人は、誰にしようか? 立候補する者はいるかい? はっきり言って、今回のミッションでは一番楽な役回りだぞ。ほんの2、3分、犬を眺めていたらいいだけだからな」
「それではリーダーどうぞ。ねえ、明智君?」
「ワンッ」
「えっ! いいのか? まさかとは思うが、万が一犬が目が覚めた時に、手のつけられないくらいに大暴れするのを恐れているのか?」
「ま、まさかですよ。ね、ねえ、あ、明智君?」
「ワ、ワワワンワ。ワーオー」
こんな事を言いたくないが、私は犬に噛まれ慣れているのだろうか。さほど恐くないし、何よりそんな短時間で気絶から目覚めるとは思えない。しかしあんまり喜ばないでおこう。恩着せがましくされる可能性が出てくるからな。かと言って一番大変なところを担当してやるなんて、上から目線はもっと危ない。今さら説明するまでもないか。なので、それぞれの担当が決定ということで、次に進もう。
「匂いをたどれる明智君は、初めからボールを盗る方に回って欲しかったから良かったよ。明智君と会話できるのは阿部君しかいないから、この割り当てが必然だったのかもな。一つ、阿部君に言っておくぞ。夫人に恨みがあるからって、わざわざくだらない仕返しをするんじゃないぞ」
「そんなことしませんよ。私はただ、夫人の犬が大暴れするのが怖い……ではなくて、自分が蒔いた種でもあるので、できるだけ前線で動きたいんです。夫人への仕返しなんて、全く忘れてましたよ。だけどそこまで言うなら、余裕があれば、ささやかないたずらだけ……。いいでしょ? リーダー中のリーダー?」
釘を差したのが裏目に出てしまった。簡単なミッションとはいえ、油断していては、ありえない失敗に繋がるし。夫人への仕返しなんて、犯人が誰であれ確定してからゆっくりでいいじゃないか。たまにはリーダーの厳しさも見せておかないとな。よーし、心を鬼にするぞ。何が、リーダー中のリーダーだ。そんなあからさまなお世辞が私に通用するなんて思うなよ。見くびるな!
「よ、余裕があったらだぞ。そして、ささやかなだからな」
「はいっ!」「ワンッ!」
明智君には言ってないぞ、と言いたいが、機嫌を損ねかねないな。まあ明智君が、お金にならないいたずらなんてするわけが……ないこともない。止め役がいなくなるのは不安だけど、今さら担当の変更なんてできないし。あんまり時間をかけるんじゃないぞ、阿部君明智君。いざとなったら、気絶させた夫人の犬を家の中に投げ飛ばしてやるか。盛り上がるだろうな。へへっ。私なりのささやかないたずらは。へへっ。
話しながら私たちは既に変装していたので、すぐにでもミッションに入れる状態だった。作戦会議も予定通りに進んだと言える。なので悪徳政治家宅の目と鼻の先にある大きな木の下に、阿部君パパは車を停めた。ここなら灯台下暗しなのだ。大きな門の前で警備している警察官からは完全な死角だし、通行人からも意識して探さなければ見つけられないのだ。私が停める場所をさり気なく指定したのは言うまでもない。
凶悪事件があったからなのか、悪徳政治家の家の近所だからなのだろう。日が暮れて間もないのに、人通りがほとんど、いや全くなかった。ついてるぞ。私の日頃の行いがいいからだ。警備の警察官も、まさかこんな時に怪盗が現れるなんて想定していないので、気が緩んでいるに違いない。
それでも、いやだからこそ、私は阿部君と明智君に緊張感を持って望むように促した。リーダーの大事な役目だからな。阿部君と明智君は襟を正して……。既に悪徳政治家宅の塀の前で、嬉しそうに今日の晩ごはんの話で持ちきりだ。二人がへそを曲げるかもしれないので、私は慌てて追いついた。え? リーダーの役目? なんだ、それ?
「おおー、二人とも、張り切ってるな。今日の晩ごはんは、客人であるマリ先生に任せてあるんだから、もし口に合わなくても美味しそうに全部食べるんだぞ。美味しいに決まってるし、少し運動してから食べるから心配するまでもないか。何かの手違いでマリ先生の料理に満足できなかったら、私が夜食を作ってやるからな」
「はいっ!」「ワオンッ!」
よし、リーダーの面目を躍如できたぞ。よかった。今日も頑張れそうだ。
まず塀の上に飛び乗るのは、私だ。二人からの命令や無言の圧力があったわけではない。どんな議論を交わそうが最終的に多数決になり、結果どうせ私が選ばれるのが、私と明智君と阿部君は知っているからだ。
さほど高くないし、有刺鉄線や鉄条網などの侵入者を傷だらけにしてしまう防御も施していないから、全然嫌ではない。どうしてわざわざこんな事を言うかと言えば、以前にそういう危険な塀に無理やり登らされたことがあるからだ。それが、この事件の新たな容疑者として名が出た、白シカ組組長の家だったかな。今は関係ないので忘れるか。悪徳政治家宅にはそんな危険な物がないんだし。政治家だけあって、見栄えの悪いもので自宅を囲む気にならなかったのが幸いした。
さあ、行くか。私は塀に最接近して、改めて塀を見上げた。
「ワッワッワー!」
「明智君、余裕があるんだな? 阿部君の作戦でいいのか?」
「ワッ……」
「では、私の考えた非の打ち所のない作戦を聞いておきなさい。阿部君も着眼点は悪くなかったぞ。褒めてあげよう。しかし大事な事を忘れている。あの家は、誰の家だ? そう、悪徳政治家の家だ。賄賂をこよなく愛している悪徳政治家のな。分かるな? あの家の者たちには、賄賂をもらう体質が染み込んでいるんだ。だからって夫人に賄賂を渡して、見返りにボールをくださいとなんて言ったらだめだぞ。さすがにそれくらいは分かるよな? うん? あれ? まさか、そんな考えを? いや、まさかな……」
「そんなわけないじゃないですか。なんですか、その疑いの目は。それよりも、続きを」
「そうだな。賄賂を使うのは、あの犬に対してだ。名目上で賄賂とは言ってるが、何らかの見返りを期待しているわけではない。ただ大人しくしていてくれればいいだけだ。そして賄賂の品が、この明智君の高級ドッグフード100粒というわけだな。喜ぶぞー」
「へっ?」「ワッ?」
「どうした? 何か分からない事があるなら、聞いてくれてかまわないぞ」
「では。頭が悪く記憶力も乏しいリーダーに教えてあげますね。そのドッグフードは元々あの犬のもので、それを私たち……いや、明智君が盗んだから、ご立腹なんです。それを100粒かそこら持ってきたからって『ありがとう。ご苦労さん。何か欲しい物があったら、言ってごらん。なになに、僕の飼い主である夫人が隠したボールかい? ああ、それなら、ここにあるから持っていきなさい。もちろん夫人には内緒にしておいてやるさ。と言っても、なくなったことには気づくだろうね。だけど僕は完璧に頑なに知らんぷりを演じるから安心しなさい。それでは、ごきげんよー』とは、言わないですよ。それどころか、明智君が目に入ったと同時に、ガブッですね。……、あっ、そこで、ロープで縛るんですか? ロープ係は、我らがリーダーですね」
ほんの数分前まで幸せの絶頂だった明智君が、暗がりでも分かるくらいに真っ青だな。全身が震えているし。反論する元気がないのか、反論しても阿部君がいいように意訳してしまうから黙っているのだろう。それとも噛まれている自分を想像して、反論どころではないのか。
安心しろ、明智君。私がそんな愚かな作戦を考えるわけがないだろ。と、明智君に言ってあげたいのは山々だ。だけどしばらくの間、明智君を見学するのも悪くないな。だって、すごく面白いぞ、明智君。ドッグフード代として100万円と100万円の200万円も払うんだから、余興のおまけがあってもいいだろう。
「阿部君、それはそれで面白い……いや、明智君がかわいそう、プッ……そんな名付けるとしたら『肉を切らせて骨を断つ作戦』なんてしていると、怪盗団が人員不足になってしまうだろ。ちなみにさっき阿部君が話した作戦も同様だ。ほんの少しの手違いで、阿部君が痛い目にあうかもしれない。それは嫌だろ?」
「はいっ!」
なんてはきはきした気持ちのいい返事をするんだ。よほど痛いのが苦手なんだな。私や明智君には、さんざん苦痛や恐怖を負わせてきたのに。しかしそれについていちいちダメ出しなんてすると、阿部君は確実に逆ギレするのだ。
「私が……私たちが天才的な大怪盗とはいえ、ミッションにリスクや緊張はつきものだ。だけどケガをするのを前提にした作戦は立てないようにしないとな」
「そうですね。それではこの事件が解決したら、犬にかじられたくらいではケガをしないような強靭な肉体作りに励んでくださいね。明智君もだよ。私は司令塔だから、頭脳だけをさらに上昇させますね」
「か、考えとくよ。それよりも、今日の作戦だ。あの犬は、このドッグフードを夢にまで見てるだろ? だからこれの匂いが漂ってきたら、仕返しどころではないに決まっている。阿部君も明智君も自分に当てはめてみろ。まずは、目の前の大好物だよな? いや、答えなくていい。するとあの犬は夢か現実か分からないままに、このドッグフードめがけてまっしぐらだ。すぐ近くに私たちがいても目に入らない。無我夢中で食べているところを、かわいそうだけど心を鬼にして延髄に空手チョップだな。私に任せておきなさい。一瞬であの犬は夢の中だ。アクション映画とかであるだろ?」
「そうですね。映画よりも、私がさっき言ったんですけどね。リーダーの物忘れが酷いのか、私が立てた作戦を無断で堂々と模写したのかは、深堀りする気はないですけど。そんな些細な事よりも、続きを聞きましょうか」
物忘れが酷くもなければ、阿部君の考えた作戦を参考にしたわけではない。悲しいかな、たまたま被ってしまったのだ。軽く叩いたようにしか見えない一撃で、相手を気絶させるのは全怪盗の憧れなのかもしれない。
気絶するほどの衝撃なのに、目覚めると全くの無傷だというのがポイントだ。何が起こったのかも記憶にない。本当にそんなことが可能なのか、医学に詳しい人は黙っているんだぞ。
「気絶しているとはいえ、いつ目が覚めるか分からないから、誰か一人はその犬に付いていた方がいいだろう。それに二人もいれば、ボールを盗ってくるなんて楽勝だ。ある場所も目星がついてるから、3分もあればお釣りがくるぞ。何と言っても大きいのは、監視カメラのスイッチを切ってあることだな。事件のほとぼりが冷めるまではダミーだと言い張らなければならないからな。夫人はスイッチを切る時は忙しかっただろうし、監視カメラの個別スイッチをいちいち把握しているわけがない。だから横着をして、防犯システムを丸ごと切ったはずだ。それでも外で警察官が警備している間は安心してしていて、わざわざスイッチを入れ直さない」
「へえー。リーダーにしては考えてたんですね。ぎりぎり及第点をあげますね」
「あ、ありがとう。……。誰か一人は、誰にしようか? 立候補する者はいるかい? はっきり言って、今回のミッションでは一番楽な役回りだぞ。ほんの2、3分、犬を眺めていたらいいだけだからな」
「それではリーダーどうぞ。ねえ、明智君?」
「ワンッ」
「えっ! いいのか? まさかとは思うが、万が一犬が目が覚めた時に、手のつけられないくらいに大暴れするのを恐れているのか?」
「ま、まさかですよ。ね、ねえ、あ、明智君?」
「ワ、ワワワンワ。ワーオー」
こんな事を言いたくないが、私は犬に噛まれ慣れているのだろうか。さほど恐くないし、何よりそんな短時間で気絶から目覚めるとは思えない。しかしあんまり喜ばないでおこう。恩着せがましくされる可能性が出てくるからな。かと言って一番大変なところを担当してやるなんて、上から目線はもっと危ない。今さら説明するまでもないか。なので、それぞれの担当が決定ということで、次に進もう。
「匂いをたどれる明智君は、初めからボールを盗る方に回って欲しかったから良かったよ。明智君と会話できるのは阿部君しかいないから、この割り当てが必然だったのかもな。一つ、阿部君に言っておくぞ。夫人に恨みがあるからって、わざわざくだらない仕返しをするんじゃないぞ」
「そんなことしませんよ。私はただ、夫人の犬が大暴れするのが怖い……ではなくて、自分が蒔いた種でもあるので、できるだけ前線で動きたいんです。夫人への仕返しなんて、全く忘れてましたよ。だけどそこまで言うなら、余裕があれば、ささやかないたずらだけ……。いいでしょ? リーダー中のリーダー?」
釘を差したのが裏目に出てしまった。簡単なミッションとはいえ、油断していては、ありえない失敗に繋がるし。夫人への仕返しなんて、犯人が誰であれ確定してからゆっくりでいいじゃないか。たまにはリーダーの厳しさも見せておかないとな。よーし、心を鬼にするぞ。何が、リーダー中のリーダーだ。そんなあからさまなお世辞が私に通用するなんて思うなよ。見くびるな!
「よ、余裕があったらだぞ。そして、ささやかなだからな」
「はいっ!」「ワンッ!」
明智君には言ってないぞ、と言いたいが、機嫌を損ねかねないな。まあ明智君が、お金にならないいたずらなんてするわけが……ないこともない。止め役がいなくなるのは不安だけど、今さら担当の変更なんてできないし。あんまり時間をかけるんじゃないぞ、阿部君明智君。いざとなったら、気絶させた夫人の犬を家の中に投げ飛ばしてやるか。盛り上がるだろうな。へへっ。私なりのささやかないたずらは。へへっ。
話しながら私たちは既に変装していたので、すぐにでもミッションに入れる状態だった。作戦会議も予定通りに進んだと言える。なので悪徳政治家宅の目と鼻の先にある大きな木の下に、阿部君パパは車を停めた。ここなら灯台下暗しなのだ。大きな門の前で警備している警察官からは完全な死角だし、通行人からも意識して探さなければ見つけられないのだ。私が停める場所をさり気なく指定したのは言うまでもない。
凶悪事件があったからなのか、悪徳政治家の家の近所だからなのだろう。日が暮れて間もないのに、人通りがほとんど、いや全くなかった。ついてるぞ。私の日頃の行いがいいからだ。警備の警察官も、まさかこんな時に怪盗が現れるなんて想定していないので、気が緩んでいるに違いない。
それでも、いやだからこそ、私は阿部君と明智君に緊張感を持って望むように促した。リーダーの大事な役目だからな。阿部君と明智君は襟を正して……。既に悪徳政治家宅の塀の前で、嬉しそうに今日の晩ごはんの話で持ちきりだ。二人がへそを曲げるかもしれないので、私は慌てて追いついた。え? リーダーの役目? なんだ、それ?
「おおー、二人とも、張り切ってるな。今日の晩ごはんは、客人であるマリ先生に任せてあるんだから、もし口に合わなくても美味しそうに全部食べるんだぞ。美味しいに決まってるし、少し運動してから食べるから心配するまでもないか。何かの手違いでマリ先生の料理に満足できなかったら、私が夜食を作ってやるからな」
「はいっ!」「ワオンッ!」
よし、リーダーの面目を躍如できたぞ。よかった。今日も頑張れそうだ。
まず塀の上に飛び乗るのは、私だ。二人からの命令や無言の圧力があったわけではない。どんな議論を交わそうが最終的に多数決になり、結果どうせ私が選ばれるのが、私と明智君と阿部君は知っているからだ。
さほど高くないし、有刺鉄線や鉄条網などの侵入者を傷だらけにしてしまう防御も施していないから、全然嫌ではない。どうしてわざわざこんな事を言うかと言えば、以前にそういう危険な塀に無理やり登らされたことがあるからだ。それが、この事件の新たな容疑者として名が出た、白シカ組組長の家だったかな。今は関係ないので忘れるか。悪徳政治家宅にはそんな危険な物がないんだし。政治家だけあって、見栄えの悪いもので自宅を囲む気にならなかったのが幸いした。
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