42 / 62
久しぶりの怪盗のミッションはワクワクする
しおりを挟む
それにしても、ここ1、2時間は本当に素晴らしい時を過ごさせてもらった。私だけでなく周囲にいた人みんながそうだったから、奇跡が起こったといっても過言ではない。普通は誰かがいい思いをすれば、別の誰かが嫌な思いをすることが多々ある。オブラートに包むと、主役がいるのは脇役がいるからなのだ。オブラートって溶けやすいな。
慣れない事をする必要はなかった。今日はみんなが主役だったのだから。私が脚本家だったなら、誰が主役の話でも傑作を作れるだろう。阿部君と阿部君パパのは簡単だ。マリ先生のも余裕だ。スーパーマーケットの店員さんとお客さんの話だって、めいめい一人ひとりの作品を造作もなく作る自信がある。
明智君が主役の作品なら、はっきり言って文字を覚えたばかりの幼児でも作れるだろう。そして大ヒット間違いなしで2作目が早々に話題になっている。
あっ、肝心の私が主役の話を忘れていたぞ。いやいや、わざとではない。ほんと、うっかり。私が主役の話なんて何の珍しさもないから、逆に話題にならないかもな。書きたいなら書いてもいいが、目新しさが皆無だからドラマ化はされないぞ。
あれ? 私は何を話しているんだ。みんなが幸せなら、それでいいじゃないか。今日は良い夢が見られそうだ。
……。事件の事を忘れていないぞ。本当だ。信じてくれるよな? うん、分かる分かる。正直に言うと忘れていた。いいだろ。少しの間くらい、幸せを噛み締めたって。アジトに着いたら気持ちを入れ替えて再び頑張るさ。被害者と警視長のために。
なので今のうちに、ボール奪取作戦を練ろう。私ならアジトに着くまでに、完璧な作戦を作れるはず。ミッションの難易度は相当低いので無計画で臨んでも成功すると言いたいところだけど、一つだけ問題がある。集中して読んでくれている人なら分かるだろう。
そう、夫人の飼い犬だ。あの犬は私たちに気づくと大騒ぎする。そうなると悪徳政治家夫人も大騒ぎする。そうなると事件現場である悪徳政治家宅を警備している警察官が慌ててとんでくる。やっつけようと思えば簡単だけど、優しく親切で既に明智君にひどい目に合わされたあの警察官をこれ以上いじめてはかわいそうだ。逃げ帰るの一択だろう。結果、二度とボールに対面できなくなってしまう。
それでも時間に余裕があるなら、他の切り込み方で事件は解決できる自信はある。だけど何度も言うが私たちには時間が限られているのだ。だからあのボールをきっかけにして夫人を早々に追い込みたいのだ。失敗は許されない。考えろ、私。うん、閃いた。
明智君のドッグフードをここでも使わせてもらおう。やはり犬を相手にする時は、あの高級ドッグフードが一番だな。安直だろうか。うーん、あんまり多用していると私のボキャブラリーが少ないと誤解されかねないな。二回、いや三回、もしくは10回くらいまでなら……。白シカ組の組長の犬と悪徳政治家夫人の犬で二回使う予定だけど、しばらくするとみんな忘れてくれるだろう。その時に素知らぬ顔をして使うかもしれない。いや、無理か。明智君が許してくれないし、許してくれたとしても一粒一万円だから、私が破産してしまう。今日のミッションでは是が非でも使いたいから、明日の白シカ組組長訪問前に何か良いアイデアが浮かんだら白紙に戻すのもありだな。まずは今日を生き抜かないと。詳しくは、阿部君と明智君に説明する時に話すので、先を進めるぞ。アジトに着いてしまったし。
もうすっかり日が暮れていた。予定通りだ。豪邸を目の当たりにしたマリ先生は驚きを隠せないで、しばし呆然としていた。謙遜するわけではないが、別にそこまでの豪邸をではない。この高級住宅街の中では。むしろこじんまりとしている。マリ先生の中の私への評価がよほど低かったのだろう。それはそれで悲しいが、それが案外一般の人から見た私の、いや私たちの姿なのだ。でもそれでいい。下手に目立って、警察や税務署に目をつけられたくない。終わってしまう。
私たちは、あえて豪邸を自慢するでも謙遜するでもなく一切ふれない。しなければならない事が山ほどあるのだから。そんな話は食事の時にでもすればいいだろう。なのでマリ先生を含めたみんなで協力して、盗んだのではなくきちんと買った荷物を淡々と運び入れる。明智君もできる範囲で頑張った。これはマリ先生がいるからではない。私たち怪盗団は平等なのだから、各々ができる事を当たり前にするのだ。
荷物を運びながらも、明智君に大事なお願いをしなければならない。大事なお願いとは、言うまでもなくドッグフードの提供の追加だ。頑張る明智君に並び話しかけるのは、普通の人なら一苦労だろう。だけど私は……いちいちくだらない事で自慢話をしている時ではないな。息を切らしながら……こんな描写はしないでおこう、明智君に並び要点だけを素早く伝えた。明智君は「ワン」と言ってくれた。「はい」か「いいえ」か分からない時は、自分の都合の良いように解釈するのが、我々怪盗団の掟だ。
明智君は快く受け入れてくれたが、決してサービスではない。そこまで都合良くすると、非常に都合の悪いことになる。私はバカではないからな。マリ先生が話を聞いてくれていたなら、確実に明智君はサービスしてくれただろう。しかしマリ先生は私たちの豪邸への驚きで上の空というのもあったが、明智君と私の歩くいや走る速度上に存在しなかったのだから仕方がない。話を聞かれたら聞かれたで、ドッグフードを何に使うのか怪しまれるだけなので、結果としてはそれで良かったのだ。今回も100粒にするか。足りるだろうか。念の為に白シカ組へのお土産に使う分も持っていこう。
荷物をすべて運び入れると、マリ先生に気づかれないように変装セットと高級ドッグフードを車に積んだ。何ら危険はなかったが。なぜならマリ先生はまだ夢でも見ているようだったので、私たちの行動を気にする余裕なんてなかったのだから。そして私たちには、時間敵余裕がない。なので、忘れているかもと、マリ先生に料理を念押ししてから、「いってきます」と一言だけ残して出発した。
明智君が駄々をこねるかもと不安がないこともなかったが、そんな私を鼓舞するように率先して車に乗り込んだ。一切振り向かずに。耳だけが後ろに向いていたが。見送るマリ先生の声に集中していたのは、みんなが知っている。マリ先生が私たちの怪盗団にいたとしたら、今まで私の担当だった数々の危険な役割りを、明智君はきっと率先してやってくれるだろう。と思わずにはいられなかった。
私が明智君の事で頭をいっぱいにしていると、阿部君が主役感を丸出しで話を始めた。第一声は私のつもりでいたが、そんな小さな事は全く気にしない。明智君が柄にもなく張り切るからだぞ、と逆恨みもしない。だけどこの失敗は胸に刻んでおくか。
「ボールを奪うとか言ってましたけど、こんな早い時間に行く必要があるんですか? 夫人はまだ眠ってないでしょうし、何よりもあのうるさくて獰猛で頭がイカれてる犬がいるんですよ。きちんと作戦を練らないと、みんな食べられてしまうじゃないですか」
「作戦なら考えてある。そのためにも明智君のドッグフードが必要だったんだ。説明するぞ」
確かにこんな早い時間に行く必要はないというか、夫人の存在を考えると危険が大きいのかもしれない。ただ深夜とかだと、それはそれで静かすぎて足音一つに気づかれる危険もある。それにこんな早い時間に怪盗が現れるなんてないという心理が働いていて、夫人も犬も油断しているはずだ。まあ一番の理由は、ひと仕事終えてからゆっくり落ち着いて豪華な晩ごはんを食べたいからだなんて、言えるわけがないな。
「待ってください。リーダーの考えた作戦なんてあてにできないです。私の考えた作戦でいきましょう」
嫌な予感しかないが、頭ごなしに却下はできないな。そんなことをしたなら、議論も何もしないで、多数決で決められてしまう。エセ民主主義のうっかり独裁者に。
「その作戦とやらを教えてくれるかい? 阿部君の案と私の案の、より良くより確実でより安全でより楽しい方に決めようじゃないか」
今日の明智君なら、私を贔屓してくれる可能性がある。若干だけど。あっ、別に贔屓して欲しいわけではないからな。奇跡的に阿部君が名案を浮かんだかもしれないし、きちんと精査してみるか。
「比べるまでもなく、私に3票入ると思いますけどね。もちろんパパは数に入れてないですよ」
ということは、この私までも阿部君の作戦に賛成すると踏んでいるのか。すごい自信だな。そんなことにはならないと思うが、一応真面目に検討してやるか。なにせ私は公平公正な人間だからな。
「では阿部君が考えた作戦を教えてくれるかい?」
「はい。下手なお世辞とかはいらないので、思ったことをそのまま言ってくださいね。作戦名はですね……」
「阿部君、時間が惜しい。作戦名は晩ごはんの時にでも聞くよ」
「ほんと、リーダーはいつも余裕がなさすぎますよ。だからそんなんなんですよ」
そんなんとは、どんなんなんだ? いや、いい。とりあえず謝っておけばいいだろう。
「すまない。作戦を教えてくれるかい?」
「はいっ! 明智君の高級ドッグフードを持ってきたのは、リーダーの手柄にしておいてあげますよ。だからあんまり自分の能力のなさを嘆かないでくださいね。でもあんまり私に気を使わせるのもどうかと……」
「阿部君、続きを……」
「そのドッグフードをリーダーにたっぷりこすりつけるので、リーダーはそのまま悪徳政治家の家に歩いて近づいていってください。ある程度近づけたら、夫人の犬が気づきます。するとあの夢にまで見た盗まれたドッグフードが人型の塊になって帰ってきてくれたんだと思いますよね。もう居ても立っても居られないです。あれだけ大きな家なんだから、犬の一匹や二匹なんてどこからか出られます。窓の一つや二つ閉め忘れてるでしょう。いや、犬の知能があれば、窓を開けるなんて楽勝ですね。ねえ、明智君?」
「ワン」
「それで外に出てくると、リーダーに猪突猛進するでしょ? では、どうなると思います?」
「私は食べられる? いや、まさか、そんなわけないよな?」
「えっ! そんなわけあるじゃないですか。食べられると言っても、噛まれるだけで留められるかどうかは、リーダー次第ですけどね。無我夢中で必要以上に大口を開けて飛びかかってくるので、その犬は隙だらけだからなんとかなるでしょ? でも噛まれるまで、じっと動かないでくださいね。そして噛んだ瞬間に、延髄に空手チョップをお見舞いしてください。よく映画とかであるやつです。分かりますよね? それで気絶するはずです。それを見た明智君がすぐにロープを持っていくので、縛り上げてください。特に口は絶対に開かないように厳重に。あとは夫人が家にいるだけなので、私と明智君がそっと入って、ボールを盗ってきます。そしてさよならですね。リーダーはドッグフードまみれなので、歩いて帰ってください。汚い人が車に乗るのは、パパが断固拒否するので。さあ、行きますよ」
「あ、阿部君、私は間違いないし、おそらく明智君も反対すると思うぞ。せめてロープを持ってくるのを阿部君がやるなら、明智君は考えてくれるだろうけど」
「それはダメですよー。あの犬の攻撃対象が、ロープ担当の人になっても全くおかしくないですからね」
「そ、そうだな。明智君が何か言いたそうに、阿部君を見つめているぞ」
「僕に任しとけワン、と言いたいんだよね、明智君?」
「ワワワ、ワンワオワンワワンワンワオオーワンワン」
「『はい』と言ってます」
「正直者の阿部君なのに、最近嘘が多くないか?」
「これは嘘ではありません。願望です」
「なるほど。明智君、大丈夫だ。阿部君の考えた作戦なんて実行されるわけがないだろ」
「ワオン!」
慣れない事をする必要はなかった。今日はみんなが主役だったのだから。私が脚本家だったなら、誰が主役の話でも傑作を作れるだろう。阿部君と阿部君パパのは簡単だ。マリ先生のも余裕だ。スーパーマーケットの店員さんとお客さんの話だって、めいめい一人ひとりの作品を造作もなく作る自信がある。
明智君が主役の作品なら、はっきり言って文字を覚えたばかりの幼児でも作れるだろう。そして大ヒット間違いなしで2作目が早々に話題になっている。
あっ、肝心の私が主役の話を忘れていたぞ。いやいや、わざとではない。ほんと、うっかり。私が主役の話なんて何の珍しさもないから、逆に話題にならないかもな。書きたいなら書いてもいいが、目新しさが皆無だからドラマ化はされないぞ。
あれ? 私は何を話しているんだ。みんなが幸せなら、それでいいじゃないか。今日は良い夢が見られそうだ。
……。事件の事を忘れていないぞ。本当だ。信じてくれるよな? うん、分かる分かる。正直に言うと忘れていた。いいだろ。少しの間くらい、幸せを噛み締めたって。アジトに着いたら気持ちを入れ替えて再び頑張るさ。被害者と警視長のために。
なので今のうちに、ボール奪取作戦を練ろう。私ならアジトに着くまでに、完璧な作戦を作れるはず。ミッションの難易度は相当低いので無計画で臨んでも成功すると言いたいところだけど、一つだけ問題がある。集中して読んでくれている人なら分かるだろう。
そう、夫人の飼い犬だ。あの犬は私たちに気づくと大騒ぎする。そうなると悪徳政治家夫人も大騒ぎする。そうなると事件現場である悪徳政治家宅を警備している警察官が慌ててとんでくる。やっつけようと思えば簡単だけど、優しく親切で既に明智君にひどい目に合わされたあの警察官をこれ以上いじめてはかわいそうだ。逃げ帰るの一択だろう。結果、二度とボールに対面できなくなってしまう。
それでも時間に余裕があるなら、他の切り込み方で事件は解決できる自信はある。だけど何度も言うが私たちには時間が限られているのだ。だからあのボールをきっかけにして夫人を早々に追い込みたいのだ。失敗は許されない。考えろ、私。うん、閃いた。
明智君のドッグフードをここでも使わせてもらおう。やはり犬を相手にする時は、あの高級ドッグフードが一番だな。安直だろうか。うーん、あんまり多用していると私のボキャブラリーが少ないと誤解されかねないな。二回、いや三回、もしくは10回くらいまでなら……。白シカ組の組長の犬と悪徳政治家夫人の犬で二回使う予定だけど、しばらくするとみんな忘れてくれるだろう。その時に素知らぬ顔をして使うかもしれない。いや、無理か。明智君が許してくれないし、許してくれたとしても一粒一万円だから、私が破産してしまう。今日のミッションでは是が非でも使いたいから、明日の白シカ組組長訪問前に何か良いアイデアが浮かんだら白紙に戻すのもありだな。まずは今日を生き抜かないと。詳しくは、阿部君と明智君に説明する時に話すので、先を進めるぞ。アジトに着いてしまったし。
もうすっかり日が暮れていた。予定通りだ。豪邸を目の当たりにしたマリ先生は驚きを隠せないで、しばし呆然としていた。謙遜するわけではないが、別にそこまでの豪邸をではない。この高級住宅街の中では。むしろこじんまりとしている。マリ先生の中の私への評価がよほど低かったのだろう。それはそれで悲しいが、それが案外一般の人から見た私の、いや私たちの姿なのだ。でもそれでいい。下手に目立って、警察や税務署に目をつけられたくない。終わってしまう。
私たちは、あえて豪邸を自慢するでも謙遜するでもなく一切ふれない。しなければならない事が山ほどあるのだから。そんな話は食事の時にでもすればいいだろう。なのでマリ先生を含めたみんなで協力して、盗んだのではなくきちんと買った荷物を淡々と運び入れる。明智君もできる範囲で頑張った。これはマリ先生がいるからではない。私たち怪盗団は平等なのだから、各々ができる事を当たり前にするのだ。
荷物を運びながらも、明智君に大事なお願いをしなければならない。大事なお願いとは、言うまでもなくドッグフードの提供の追加だ。頑張る明智君に並び話しかけるのは、普通の人なら一苦労だろう。だけど私は……いちいちくだらない事で自慢話をしている時ではないな。息を切らしながら……こんな描写はしないでおこう、明智君に並び要点だけを素早く伝えた。明智君は「ワン」と言ってくれた。「はい」か「いいえ」か分からない時は、自分の都合の良いように解釈するのが、我々怪盗団の掟だ。
明智君は快く受け入れてくれたが、決してサービスではない。そこまで都合良くすると、非常に都合の悪いことになる。私はバカではないからな。マリ先生が話を聞いてくれていたなら、確実に明智君はサービスしてくれただろう。しかしマリ先生は私たちの豪邸への驚きで上の空というのもあったが、明智君と私の歩くいや走る速度上に存在しなかったのだから仕方がない。話を聞かれたら聞かれたで、ドッグフードを何に使うのか怪しまれるだけなので、結果としてはそれで良かったのだ。今回も100粒にするか。足りるだろうか。念の為に白シカ組へのお土産に使う分も持っていこう。
荷物をすべて運び入れると、マリ先生に気づかれないように変装セットと高級ドッグフードを車に積んだ。何ら危険はなかったが。なぜならマリ先生はまだ夢でも見ているようだったので、私たちの行動を気にする余裕なんてなかったのだから。そして私たちには、時間敵余裕がない。なので、忘れているかもと、マリ先生に料理を念押ししてから、「いってきます」と一言だけ残して出発した。
明智君が駄々をこねるかもと不安がないこともなかったが、そんな私を鼓舞するように率先して車に乗り込んだ。一切振り向かずに。耳だけが後ろに向いていたが。見送るマリ先生の声に集中していたのは、みんなが知っている。マリ先生が私たちの怪盗団にいたとしたら、今まで私の担当だった数々の危険な役割りを、明智君はきっと率先してやってくれるだろう。と思わずにはいられなかった。
私が明智君の事で頭をいっぱいにしていると、阿部君が主役感を丸出しで話を始めた。第一声は私のつもりでいたが、そんな小さな事は全く気にしない。明智君が柄にもなく張り切るからだぞ、と逆恨みもしない。だけどこの失敗は胸に刻んでおくか。
「ボールを奪うとか言ってましたけど、こんな早い時間に行く必要があるんですか? 夫人はまだ眠ってないでしょうし、何よりもあのうるさくて獰猛で頭がイカれてる犬がいるんですよ。きちんと作戦を練らないと、みんな食べられてしまうじゃないですか」
「作戦なら考えてある。そのためにも明智君のドッグフードが必要だったんだ。説明するぞ」
確かにこんな早い時間に行く必要はないというか、夫人の存在を考えると危険が大きいのかもしれない。ただ深夜とかだと、それはそれで静かすぎて足音一つに気づかれる危険もある。それにこんな早い時間に怪盗が現れるなんてないという心理が働いていて、夫人も犬も油断しているはずだ。まあ一番の理由は、ひと仕事終えてからゆっくり落ち着いて豪華な晩ごはんを食べたいからだなんて、言えるわけがないな。
「待ってください。リーダーの考えた作戦なんてあてにできないです。私の考えた作戦でいきましょう」
嫌な予感しかないが、頭ごなしに却下はできないな。そんなことをしたなら、議論も何もしないで、多数決で決められてしまう。エセ民主主義のうっかり独裁者に。
「その作戦とやらを教えてくれるかい? 阿部君の案と私の案の、より良くより確実でより安全でより楽しい方に決めようじゃないか」
今日の明智君なら、私を贔屓してくれる可能性がある。若干だけど。あっ、別に贔屓して欲しいわけではないからな。奇跡的に阿部君が名案を浮かんだかもしれないし、きちんと精査してみるか。
「比べるまでもなく、私に3票入ると思いますけどね。もちろんパパは数に入れてないですよ」
ということは、この私までも阿部君の作戦に賛成すると踏んでいるのか。すごい自信だな。そんなことにはならないと思うが、一応真面目に検討してやるか。なにせ私は公平公正な人間だからな。
「では阿部君が考えた作戦を教えてくれるかい?」
「はい。下手なお世辞とかはいらないので、思ったことをそのまま言ってくださいね。作戦名はですね……」
「阿部君、時間が惜しい。作戦名は晩ごはんの時にでも聞くよ」
「ほんと、リーダーはいつも余裕がなさすぎますよ。だからそんなんなんですよ」
そんなんとは、どんなんなんだ? いや、いい。とりあえず謝っておけばいいだろう。
「すまない。作戦を教えてくれるかい?」
「はいっ! 明智君の高級ドッグフードを持ってきたのは、リーダーの手柄にしておいてあげますよ。だからあんまり自分の能力のなさを嘆かないでくださいね。でもあんまり私に気を使わせるのもどうかと……」
「阿部君、続きを……」
「そのドッグフードをリーダーにたっぷりこすりつけるので、リーダーはそのまま悪徳政治家の家に歩いて近づいていってください。ある程度近づけたら、夫人の犬が気づきます。するとあの夢にまで見た盗まれたドッグフードが人型の塊になって帰ってきてくれたんだと思いますよね。もう居ても立っても居られないです。あれだけ大きな家なんだから、犬の一匹や二匹なんてどこからか出られます。窓の一つや二つ閉め忘れてるでしょう。いや、犬の知能があれば、窓を開けるなんて楽勝ですね。ねえ、明智君?」
「ワン」
「それで外に出てくると、リーダーに猪突猛進するでしょ? では、どうなると思います?」
「私は食べられる? いや、まさか、そんなわけないよな?」
「えっ! そんなわけあるじゃないですか。食べられると言っても、噛まれるだけで留められるかどうかは、リーダー次第ですけどね。無我夢中で必要以上に大口を開けて飛びかかってくるので、その犬は隙だらけだからなんとかなるでしょ? でも噛まれるまで、じっと動かないでくださいね。そして噛んだ瞬間に、延髄に空手チョップをお見舞いしてください。よく映画とかであるやつです。分かりますよね? それで気絶するはずです。それを見た明智君がすぐにロープを持っていくので、縛り上げてください。特に口は絶対に開かないように厳重に。あとは夫人が家にいるだけなので、私と明智君がそっと入って、ボールを盗ってきます。そしてさよならですね。リーダーはドッグフードまみれなので、歩いて帰ってください。汚い人が車に乗るのは、パパが断固拒否するので。さあ、行きますよ」
「あ、阿部君、私は間違いないし、おそらく明智君も反対すると思うぞ。せめてロープを持ってくるのを阿部君がやるなら、明智君は考えてくれるだろうけど」
「それはダメですよー。あの犬の攻撃対象が、ロープ担当の人になっても全くおかしくないですからね」
「そ、そうだな。明智君が何か言いたそうに、阿部君を見つめているぞ」
「僕に任しとけワン、と言いたいんだよね、明智君?」
「ワワワ、ワンワオワンワワンワンワオオーワンワン」
「『はい』と言ってます」
「正直者の阿部君なのに、最近嘘が多くないか?」
「これは嘘ではありません。願望です」
「なるほど。明智君、大丈夫だ。阿部君の考えた作戦なんて実行されるわけがないだろ」
「ワオン!」
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
伏線回収の夏
影山姫子
ミステリー
ある年の夏。俺は15年ぶりにT県N市にある古い屋敷を訪れた。某大学の芸術学部でクラスメイトだった岡滝利奈の招きだった。かつての同級生の不審死。消えた犯人。屋敷のアトリエにナイフで刻まれた無数のXの傷。利奈はそのなぞを、ミステリー作家であるこの俺に推理してほしいというのだ。俺、利奈、桐山優也、十文字省吾、新山亜沙美、須藤真利亜の六人は、大学時代にこの屋敷で共に芸術の創作に打ち込んだ仲間だった。グループの中に犯人はいるのか? 脳裏によみがえる青春時代の熱気、裏切り、そして別れ。懐かしくも苦い思い出をたどりながら事件の真相に近づく俺に、衝撃のラストが待ち受けていた。
《あなたはすべての伏線を回収することができますか?》
隅の麗人 Case.2 腐臭の供儀
久浄 要
ミステリー
東京は丸の内。
オフィスビルの地階にひっそりと佇む、暖色系の仄かな灯りが点る静かなショットバー『Huster』(ハスター)。
今夜もまた名状しがたい悪夢のような複雑怪奇な事件が大都会東京の夜の街に怪しく蠢き出す…。
西園寺の下に届いた、記憶障害者か知覚障害者が書いたとしか思えないような奇妙で奇怪な謎の手記。
事件に呼応するかのように、京王井の頭線の電車内から、白骨化した頭蓋骨と奇怪な手記が発見される…。
2014年3月。吉祥寺。
謎の手記と街の噂、SNSの奇妙な書き込みの作中作が驚くべき事件の結末へと繋がる第二話『腐臭の供儀』。
難解にしてマニアック。
事件記者の東城達也と刑事の西園寺和也。ちょっぴり変わった車椅子の女探偵、片桐美波の個性豊かな三人が名状し難い悪夢のような複雑怪奇な事件の謎に再び挑む、謎解き本格推理中編『隅の麗人』シリーズ第二段!
カバーイラスト 歩いちご
※『隅の麗人』をエピソード毎に分割した作品です。
パラダイス・ロスト
真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。
※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。
旧校舎のフーディーニ
澤田慎梧
ミステリー
【「死体の写った写真」から始まる、人の死なないミステリー】
時は1993年。神奈川県立「比企谷(ひきがやつ)高校」一年生の藤本は、担任教師からクラス内で起こった盗難事件の解決を命じられてしまう。
困り果てた彼が頼ったのは、知る人ぞ知る「名探偵」である、奇術部の真白部長だった。
けれども、奇術部部室を訪ねてみると、そこには美少女の死体が転がっていて――。
奇術師にして名探偵、真白部長が学校の些細な謎や心霊現象を鮮やかに解決。
「タネも仕掛けもございます」
★毎週月水金の12時くらいに更新予定
※本作品は連作短編です。出来るだけ話数通りにお読みいただけると幸いです。
※本作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません。
※本作品の主な舞台は1993年(平成五年)ですが、当時の知識が無くてもお楽しみいただけます。
※本作品はカクヨム様にて連載していたものを加筆修正したものとなります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる