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阿部君明智君、元気を取り戻す
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少し歩いたし、そして安全地帯にも来たので、二人は随分と落ち着いてくれた。もう話すくらいはできるだろう。なので答え合わせをするつもりで、私は聞く。
「明智君、被害者は知ってる人だったのかい?」
明智君は阿部君を見た。阿部君は力強く頷く。私を信頼している証拠だ。この感覚はいつ以来だろうか。余韻に浸ろうか。いや、ぼーっとしていると勘違いされて、目を覚まされてしまう。夜に寝る前に思い出してから、余韻に浸ろう。
背中を押された明智君は「ワン」とだけ答え、それからゆっくり頷いた。既に点を線にして答えを導き出していた私は、予想された答えを聞いたとはいえ嬉しかった。そういうものだろ? そして一番を譲りたくない。明智君と阿部君が続いて名前を言い出しそうになったので、私は速攻で割り込んだ。
「ずばり、あの被害者は、白シカ組の組長だろ?」
一番を私に取られて悔しいだろうに、二人は微塵も見せなかった。それどころか、私に羨望の眼差しを隠していない。被害者の身元が判明したのに、私が一切うろたえないからだ。そんな私を見て、明智君は勇気が湧いてきたのだろう。力強く「ワン!」と鳴き、私にハイタッチを求めてきた。阿部君が協力して明智君を持ち上げている。それでもまだ低いので、少し屈んでハイタッチをするか、立ったままただのタッチをするか迷った。うん、明智君と目線を合わせよう。
明智君と阿部君はすっかり落ち着きを取り戻した。もう大丈夫だな。明智君と阿部君がこんなにもうろたえたあげく涙まで見せてしまった理由を、一応説明しておいた方がいいだろう。できるだけ簡潔に。
被害者が二人にとって会いたくない人だったというのは先程説明したけれど、たたの会いたくない人ではないのだ。こう言うと、今回の事件の被害者が私たちが盗みに入った家の人だと、大抵の人は分かったと思う。そう、私たちはローカルとはいえ暴力団である白シカ組の組長宅に盗みに入ったことがあるのだ。そして現金を1000万円と他に何か細やかな物を頂いた。
変装をしていたので、その時の怪盗が私たちだと知られてはいない。しかし負い目があると不安がつきまとうのだ。それなら暴力団なんかを敵に回さずとも他にあっただろと言われるのかもしれない。その通りだ。理由を話そうか。
我々怪盗団は真面目に生きている人からは盗まないと決めているのだ。そうなると対象は限られてくる。しかし世の中に悪人はいくらでもいるのだ。悲しいことに。暴力団しかり悪徳政治家しかり。他にも犯罪とまではいかなくても、悪どい方法で利益を上げている人は、セキュリティを強化するように忠告しておいてやろう。
自業自得とはいえ、そんな事情があったのかと見直してくれたなら嬉しい。それでも、白シカ組の組長は仕返しはしないと言ってくれたのだ。二人は先に逃げたので、聞いたのは私だけだったが。だけど私は二人にきちんと伝えた。なので二人は一応安心はしている。表面上は。心の底から信用していないし、してはいけないだろう。相手が暴力団なのだから。なのでほとぼりが冷めるまでは、半径100メートル以内には近寄りたくないほどだったのだ。
阿部君と明智君がこんなにも怯えているのに、私が平気なのに違和感を持った人もいるだろう。私が怖いもの知らずというのもある。だけどそれだけではないのだ。簡潔に言えば、私を生贄にして先に逃げた二人は、事の顛末を見ていないからだ。そして私は詳細に説明しなかった。それは嫌がらせではなく、他に話すことがあったので、すっかり忘れていたのだ。話すまでもないと思ったのかもしれない。まさか二人がこんなにも警戒していたなんて想像すらしていなかったのだ。
私が二人と違ってこんなにも冷静に行動できているのかを説明するとしよう。私たち怪盗団の手柄で悪徳政治家が逮捕されたとの関係がなくもない。それは白シカ組組長のお願いから始まったのだから。はっきり言って、悪徳政治家の逮捕は予定外だった。白シカ組のお願いを遂行していたら、何を間違ったのか偶然が重なり悪徳政治家の汚職事件が白日の下に晒されてしまったのだ。自業自得なので同情する気なんてさらさらない。
悪徳政治家の件は置いとくとして、私たちは白シカ組の組長のお願いを完璧にこなしてあげた。なので組長は感謝こそすれ、恨みなんてこれっぽちもないのだ。それにお願いは一つではなかった。悪徳政治家宅でのドタバタ怪盗劇では、私の命の危険があったのだけれど、もう一つのお願いでは組長及び組員の命を救うことに繋がる。なので仁義に重きを置く暴力団が、私たちに手を出すわけがないのだ。
実は密輸で手に入れた子供のトラをペットにしていたのだけれど、白シカ組組長は持て余していた。私たちがたまたま組長宅に盗みに入ったちょうどその時、組長をはじめ組員たちが子トラに襲われそうになっていた。その場を上手くまとめ、さらに私がその子トラを引き取ってあげたのだ。
もう誰も覚えていないと思うので、再度言わせてもらうおと、悪徳政治家宅への侵入に私はトラを伴っていた。初耳だぞとか言わないでくれるかい。今一度言っているのだから、それでいいだろ。その時のトラが、この子トラなのだ。そしてそれを見た警備員が気絶したと言ったと……思う。まずい、私自身が忘れてしまっている。言っただろうか。揚げ足を取られたくない。うーん、……。あー、言った言った。気絶したのが原因かどうかは別として、その警備員は直後に解雇されたと、悪徳政治家婦人から聞かされたぞ。だから、今回の事件の被害者候補に入れたじゃないか。思い出したぞ。ギリギリセーフだった。揚げ足を取るのが趣味な人は残念だったな。
でもまあ、被害者が判明したので、この警備員の事は忘れておくれ。おそらくだけど、二度と話題に上がらない。無関係のやつのために、これ以上、時間とスペースを無駄にしていられないのだから。あっさりと事件を解決して時間とスペースと私の心に余裕があったなら、通行人Aとして出てくるかもしれないがな。ただすれ違うのは面白くないので、不運が重なり明智君に何か嫌がらせを受けるというのもありかもしれない。フフッ。
今は事件に集中しよう。時間とスペースを作りたくなってきた。私の心の余裕は何とでもなる。続けるぞ。
「あの被害者が白シカ組組長だというのは、私から警察に伝えておくよ。私たち怪盗団が盗みに入ったことがあるから、すぐに分かった。なんて言えないから、何か適当な理由を考えないといけないな。阿部君との接点を全く見せないで説明するのは困難だけど、私なら余裕だよ。だから大船に乗ったつもりでいておくれ。黄金の大船にしたいけど沈むと困るから、木造だぞ」
「あてにはできないけど、妥協しますよ。でも適当な理由なんて、リーダーに思い浮かぶんですか?」
すっかり普段の阿部君だな。なんか複雑な気分だ。
「明智君が被害者の匂いを辿って家まで行ったと言えば、納得しないやつなんていないよ。そんな短時間で? なんて疑問に思われたら、警視長と仲の良い優秀な明智君なら朝飯前ですと言うだけだ。それで誰も何も言ってこない」
「そうですね。これで私は完全に容疑者から外れますね。だけど、また別の気がかりが。白シカ組の組員たちが、この前の件と今回の事件を関連付けてしまうかもしれないですよ。『主君の恨み晴らさずにおくべきかー』とか言ったら、どうするんですか?」
「阿部君、考えすぎだ。明智君が再び顔面蒼白になったじゃないか。明智君、大丈夫だよ。私たちが白シカ組から仕返しされることは、絶対にない。むしろ感謝されて、お歳暮とお中元が楽しみなくらいだぞ。だけど、私たちの個人情報を知られたくないな。こちらから取りにいくとするか。盗みにいくのではなくて、私たちのために用意してくれている物を受け取りにいくだけだからな」
「本当ですか?」「ワンワワ?」
「ああ。明智君は単純に歳を数えたらまだまだ子供だから、お年玉も期待できるぞ」
「……」「ワオー!」
明智君、あからさますぎるぞ。阿部君が嫉妬しているじゃないか。仕方がないから、阿部君にもお年玉をあげてくれるように頼むとするか。阿部君の分は、中身を私が出すしかないだろう。こういうのは気持ちだからな。
「阿部君、阿部君が望むなら、阿部君もお年玉をもらえるぞ」
「リーダー、大好き!」
阿部君は、こんなにもチョロかったのか。もしかしたらお年玉とは無縁の子供時代だったのだろうか。ないこともないな。阿部君は正直者だから。阿部君パパママが気を使って、親戚一同にお年玉をあげないようにお願いしたのかもしれない。親戚一同だってそれぞれ家庭の事情があるのだから、たくさんあげられる人もいれば、そうでない人もいる。それなら均一に一番裕福でない人に合わせるのもありだけど、それはそれで惨めな気持ちにさせるし。それに阿部君自体が皆一緒だと怪しむだろう。結果、根掘り葉掘り調べ上げるに決まっている。
せめて阿部君パパママだけでもあげればいいじゃないか。推測の域は出ないが、教育方針もあるのだろう。阿部君パパはいつも暇そうに見えるが、阿部君ママは俳優の仕事が忙しい。なのでそれなりに収入はあるはず。阿部君の家が、金持ちたちが多く住んでいる町にあるというだけで、それを証明するに十分だ。
ゆえに、その気になれば、阿部君が望むだけのお小遣いやお年玉をあげるのは可能だった。だけど、それだと阿部君のためにならないと、阿部君パパママは判断した。なので必要最低限もしくは全くあげなかったのだろう。
そしてすくすくと育った阿部君は、貰えないなら奪ってやるの精神で怪盗に……。飛躍しすぎだろうか。仲が良いとはいえ、人の家のことをあれこれ詮索するべきではないな。私には他に詮索というか推理しないといけない事があるし。
お年玉一つで、阿部君がこんな笑顔を私に振りまいてくれている。私も素直に喜んでおこう。気がかりが一つあるとすれば、お年玉の中身を見た時に露骨に嫌な顔をしないかどうかだな。阿部君、雰囲気を楽しむんだぞ。
そのためにも、生死の境を彷徨っている白シカ組組長、死ぬんじゃないぞ。別の意味で阿部君と明智君が悲しむのだから。とはいえお前が力尽きたら、線香くらいは上げにいってやるし、香典もはずんでやる。ただ、香典返しはポチ袋を二つ用意して、お正月に阿部君と明智君にあげてくれるか。不謹慎な発言をしているのは重々承知だ。それでも私は阿部君と明智君の笑顔を見たいのだ。
その代わりと言ってはなんだけど、犯人は絶対に捕まえてやる。被害者が白シカ組組長だと判明したことで、やや複雑になったが問題ない。名探偵の名推理の再開といくか。
「明智君、被害者は知ってる人だったのかい?」
明智君は阿部君を見た。阿部君は力強く頷く。私を信頼している証拠だ。この感覚はいつ以来だろうか。余韻に浸ろうか。いや、ぼーっとしていると勘違いされて、目を覚まされてしまう。夜に寝る前に思い出してから、余韻に浸ろう。
背中を押された明智君は「ワン」とだけ答え、それからゆっくり頷いた。既に点を線にして答えを導き出していた私は、予想された答えを聞いたとはいえ嬉しかった。そういうものだろ? そして一番を譲りたくない。明智君と阿部君が続いて名前を言い出しそうになったので、私は速攻で割り込んだ。
「ずばり、あの被害者は、白シカ組の組長だろ?」
一番を私に取られて悔しいだろうに、二人は微塵も見せなかった。それどころか、私に羨望の眼差しを隠していない。被害者の身元が判明したのに、私が一切うろたえないからだ。そんな私を見て、明智君は勇気が湧いてきたのだろう。力強く「ワン!」と鳴き、私にハイタッチを求めてきた。阿部君が協力して明智君を持ち上げている。それでもまだ低いので、少し屈んでハイタッチをするか、立ったままただのタッチをするか迷った。うん、明智君と目線を合わせよう。
明智君と阿部君はすっかり落ち着きを取り戻した。もう大丈夫だな。明智君と阿部君がこんなにもうろたえたあげく涙まで見せてしまった理由を、一応説明しておいた方がいいだろう。できるだけ簡潔に。
被害者が二人にとって会いたくない人だったというのは先程説明したけれど、たたの会いたくない人ではないのだ。こう言うと、今回の事件の被害者が私たちが盗みに入った家の人だと、大抵の人は分かったと思う。そう、私たちはローカルとはいえ暴力団である白シカ組の組長宅に盗みに入ったことがあるのだ。そして現金を1000万円と他に何か細やかな物を頂いた。
変装をしていたので、その時の怪盗が私たちだと知られてはいない。しかし負い目があると不安がつきまとうのだ。それなら暴力団なんかを敵に回さずとも他にあっただろと言われるのかもしれない。その通りだ。理由を話そうか。
我々怪盗団は真面目に生きている人からは盗まないと決めているのだ。そうなると対象は限られてくる。しかし世の中に悪人はいくらでもいるのだ。悲しいことに。暴力団しかり悪徳政治家しかり。他にも犯罪とまではいかなくても、悪どい方法で利益を上げている人は、セキュリティを強化するように忠告しておいてやろう。
自業自得とはいえ、そんな事情があったのかと見直してくれたなら嬉しい。それでも、白シカ組の組長は仕返しはしないと言ってくれたのだ。二人は先に逃げたので、聞いたのは私だけだったが。だけど私は二人にきちんと伝えた。なので二人は一応安心はしている。表面上は。心の底から信用していないし、してはいけないだろう。相手が暴力団なのだから。なのでほとぼりが冷めるまでは、半径100メートル以内には近寄りたくないほどだったのだ。
阿部君と明智君がこんなにも怯えているのに、私が平気なのに違和感を持った人もいるだろう。私が怖いもの知らずというのもある。だけどそれだけではないのだ。簡潔に言えば、私を生贄にして先に逃げた二人は、事の顛末を見ていないからだ。そして私は詳細に説明しなかった。それは嫌がらせではなく、他に話すことがあったので、すっかり忘れていたのだ。話すまでもないと思ったのかもしれない。まさか二人がこんなにも警戒していたなんて想像すらしていなかったのだ。
私が二人と違ってこんなにも冷静に行動できているのかを説明するとしよう。私たち怪盗団の手柄で悪徳政治家が逮捕されたとの関係がなくもない。それは白シカ組組長のお願いから始まったのだから。はっきり言って、悪徳政治家の逮捕は予定外だった。白シカ組のお願いを遂行していたら、何を間違ったのか偶然が重なり悪徳政治家の汚職事件が白日の下に晒されてしまったのだ。自業自得なので同情する気なんてさらさらない。
悪徳政治家の件は置いとくとして、私たちは白シカ組の組長のお願いを完璧にこなしてあげた。なので組長は感謝こそすれ、恨みなんてこれっぽちもないのだ。それにお願いは一つではなかった。悪徳政治家宅でのドタバタ怪盗劇では、私の命の危険があったのだけれど、もう一つのお願いでは組長及び組員の命を救うことに繋がる。なので仁義に重きを置く暴力団が、私たちに手を出すわけがないのだ。
実は密輸で手に入れた子供のトラをペットにしていたのだけれど、白シカ組組長は持て余していた。私たちがたまたま組長宅に盗みに入ったちょうどその時、組長をはじめ組員たちが子トラに襲われそうになっていた。その場を上手くまとめ、さらに私がその子トラを引き取ってあげたのだ。
もう誰も覚えていないと思うので、再度言わせてもらうおと、悪徳政治家宅への侵入に私はトラを伴っていた。初耳だぞとか言わないでくれるかい。今一度言っているのだから、それでいいだろ。その時のトラが、この子トラなのだ。そしてそれを見た警備員が気絶したと言ったと……思う。まずい、私自身が忘れてしまっている。言っただろうか。揚げ足を取られたくない。うーん、……。あー、言った言った。気絶したのが原因かどうかは別として、その警備員は直後に解雇されたと、悪徳政治家婦人から聞かされたぞ。だから、今回の事件の被害者候補に入れたじゃないか。思い出したぞ。ギリギリセーフだった。揚げ足を取るのが趣味な人は残念だったな。
でもまあ、被害者が判明したので、この警備員の事は忘れておくれ。おそらくだけど、二度と話題に上がらない。無関係のやつのために、これ以上、時間とスペースを無駄にしていられないのだから。あっさりと事件を解決して時間とスペースと私の心に余裕があったなら、通行人Aとして出てくるかもしれないがな。ただすれ違うのは面白くないので、不運が重なり明智君に何か嫌がらせを受けるというのもありかもしれない。フフッ。
今は事件に集中しよう。時間とスペースを作りたくなってきた。私の心の余裕は何とでもなる。続けるぞ。
「あの被害者が白シカ組組長だというのは、私から警察に伝えておくよ。私たち怪盗団が盗みに入ったことがあるから、すぐに分かった。なんて言えないから、何か適当な理由を考えないといけないな。阿部君との接点を全く見せないで説明するのは困難だけど、私なら余裕だよ。だから大船に乗ったつもりでいておくれ。黄金の大船にしたいけど沈むと困るから、木造だぞ」
「あてにはできないけど、妥協しますよ。でも適当な理由なんて、リーダーに思い浮かぶんですか?」
すっかり普段の阿部君だな。なんか複雑な気分だ。
「明智君が被害者の匂いを辿って家まで行ったと言えば、納得しないやつなんていないよ。そんな短時間で? なんて疑問に思われたら、警視長と仲の良い優秀な明智君なら朝飯前ですと言うだけだ。それで誰も何も言ってこない」
「そうですね。これで私は完全に容疑者から外れますね。だけど、また別の気がかりが。白シカ組の組員たちが、この前の件と今回の事件を関連付けてしまうかもしれないですよ。『主君の恨み晴らさずにおくべきかー』とか言ったら、どうするんですか?」
「阿部君、考えすぎだ。明智君が再び顔面蒼白になったじゃないか。明智君、大丈夫だよ。私たちが白シカ組から仕返しされることは、絶対にない。むしろ感謝されて、お歳暮とお中元が楽しみなくらいだぞ。だけど、私たちの個人情報を知られたくないな。こちらから取りにいくとするか。盗みにいくのではなくて、私たちのために用意してくれている物を受け取りにいくだけだからな」
「本当ですか?」「ワンワワ?」
「ああ。明智君は単純に歳を数えたらまだまだ子供だから、お年玉も期待できるぞ」
「……」「ワオー!」
明智君、あからさますぎるぞ。阿部君が嫉妬しているじゃないか。仕方がないから、阿部君にもお年玉をあげてくれるように頼むとするか。阿部君の分は、中身を私が出すしかないだろう。こういうのは気持ちだからな。
「阿部君、阿部君が望むなら、阿部君もお年玉をもらえるぞ」
「リーダー、大好き!」
阿部君は、こんなにもチョロかったのか。もしかしたらお年玉とは無縁の子供時代だったのだろうか。ないこともないな。阿部君は正直者だから。阿部君パパママが気を使って、親戚一同にお年玉をあげないようにお願いしたのかもしれない。親戚一同だってそれぞれ家庭の事情があるのだから、たくさんあげられる人もいれば、そうでない人もいる。それなら均一に一番裕福でない人に合わせるのもありだけど、それはそれで惨めな気持ちにさせるし。それに阿部君自体が皆一緒だと怪しむだろう。結果、根掘り葉掘り調べ上げるに決まっている。
せめて阿部君パパママだけでもあげればいいじゃないか。推測の域は出ないが、教育方針もあるのだろう。阿部君パパはいつも暇そうに見えるが、阿部君ママは俳優の仕事が忙しい。なのでそれなりに収入はあるはず。阿部君の家が、金持ちたちが多く住んでいる町にあるというだけで、それを証明するに十分だ。
ゆえに、その気になれば、阿部君が望むだけのお小遣いやお年玉をあげるのは可能だった。だけど、それだと阿部君のためにならないと、阿部君パパママは判断した。なので必要最低限もしくは全くあげなかったのだろう。
そしてすくすくと育った阿部君は、貰えないなら奪ってやるの精神で怪盗に……。飛躍しすぎだろうか。仲が良いとはいえ、人の家のことをあれこれ詮索するべきではないな。私には他に詮索というか推理しないといけない事があるし。
お年玉一つで、阿部君がこんな笑顔を私に振りまいてくれている。私も素直に喜んでおこう。気がかりが一つあるとすれば、お年玉の中身を見た時に露骨に嫌な顔をしないかどうかだな。阿部君、雰囲気を楽しむんだぞ。
そのためにも、生死の境を彷徨っている白シカ組組長、死ぬんじゃないぞ。別の意味で阿部君と明智君が悲しむのだから。とはいえお前が力尽きたら、線香くらいは上げにいってやるし、香典もはずんでやる。ただ、香典返しはポチ袋を二つ用意して、お正月に阿部君と明智君にあげてくれるか。不謹慎な発言をしているのは重々承知だ。それでも私は阿部君と明智君の笑顔を見たいのだ。
その代わりと言ってはなんだけど、犯人は絶対に捕まえてやる。被害者が白シカ組組長だと判明したことで、やや複雑になったが問題ない。名探偵の名推理の再開といくか。
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