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思いがけない再会

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 阿部君明智君を呼び止めるのも必要だけど、私はまずは集中治療室から出てきた人に近寄った。しかし出てきた人は私なんて眼中になく、病院探検に行くか捜査に戻るか固まりながら逡巡している阿部君明智君を見ている。なぜだ? 普通は目の前にいる私に何らかの反応を示すはずじゃないのか。
「あらー、明智君。どうしてこんな所にいるの? 私に会いに来てくれたの?」
「ワッオーン!」
 集中治療室から出てきたのは、今朝方、明智君が諸事情でへこんでいる時に気を利かせた阿部君に頼まれ、明智君を優しく撫でてくれた金髪のお姉さんだ。私は遠目から見ていただけなので、すぐには分からなかったが。阿部君が急ぎ足で戻ってきてお礼を言ったし、明智君が全速力で戻ってきて私を突き飛ばし金髪のお姉さんのすぐ前まで来て「ワンワン」言うので、私は理解した。
 すると明智君が「今朝はありがとー」と言ったように、私には聞こえたのだ。空耳というか幻聴だろう。しかし金髪のお姉さんが「どういたしまして」と答えた。どういうことなんだ? 阿部君がまたもや気を利かせたようだ。明智君の口の動きに合わせて同時通訳をしたのだ。時間差がほぼゼロの。すごいぞ阿部君。それが分かったのは、晩ごはんの時だったけども。
 それよりも、この金髪のお姉さんは医師に見える。これは私たちのお願いを簡単に聞いてくれる、またとないチャンスだ。と思ったのに、お姉さんは今朝の続きで明智君のお腹をナデナデしているので、割って入るのが難しい。このお姉さんか明智君が飽きるまで、私はじっと待ってないといけないのか。その通りだ。
 明智君が飽きるわけがないので、お姉さんが飽きるか用事を思い出すかだな。そしてそれは想像以上に早くやってきた。医師が暇なわけがないのだ。
「明智君、またねー」
 おいおい、どうして阿部君も明智君も呼び止めない? 何をしに来たのか忘れているのだな、うん。明智君は楽しかったから、まだ分かる。しかし阿部君は、私と同じように手持ち無沙汰で眺めていただけじゃないか。愚痴っている場合ではないな。
「ちょ、ちょっと待ってください」
 お姉さんはすぐに振り向い……いや、ガン無視だ。私は嬉しそうに手を振っている明智君の頭を優しく叩いて、応援の意思を伝えた。明智君は一瞬だけイラッとした後に、すぐに察してお姉さんを呼んでくれた。阿部君の同時通訳で。お姉さんは、呼ばれるのを待っていたかのように、すぐに振り向いた。
「明智君、何か忘れ物?」
「は、はい。お名前を……」おい!
「私はね、マリって言うの。みんなは『マリ先生』て言ってくれるのよ」
「ありがとー、マリ先生」違う違う! マリ先生が再び踵を返すよりも早く、私は叫んだ。
「ちょっと待ってください」
 私の必死さが伝わったのか、マリ先生は微動だにしない。まさか私の形相にビビったわけではないと思う。だけど何も話そうとしないな。すると見かねた阿部君が、今度は明智君の声真似ではなく自分の声で説明してくれた。
「ああ、すいません。その怪しい人は一応私たちの知り合いで、驚くことに明智君の飼い主なんです」
「えっ。明智君の飼い主はあなたじゃなかったの? うーん……たし……か……に、言われて……みれば……明智君に似てるわね」
 なんか私の方が明智君に似せていってるような言い方に聞こえなくもないが。伝われば、どちらでもいいか。それに似せようと思って似るものではないけどな。そんな事よりも、大事なお願いをしないと。
「はじめまして。明智君の飼い主であり名付け親です。今日はお願いがあってやってまいりました」
「えっ! 明智君を、私に? うーん、嬉しいけど。私は一人暮らしで、医師をしてるから、忙しくて。でも、病院にお願いして、連れてきてもいいようにすれば大丈夫かな。明智君ならセラピードッグにだってなれるだろうし。上手くいけば、明智君もお給料をもらえるかもしれないわね。明智君、うちに来る?」
「ワッオーン! ワオワオワーオーン、ワンワンワーン」
 え? なんでそうなるんだ? それに明智君がとても嬉しそうだな。お願いは、そんな事ではないなんて言えなくなったぞ。どうしようか。明智君が望むなら、私は涙をのむしかない。
 一人暮らしの中年の警察官であった私が、なぜ明智君を飼おうと思ったのか今でも分からない。だけど明智君が来てから、はっきり言って楽しかった。噛まれたり蹴られたり叩かれたり引きづられもしたけど、それでも楽しかった。
 明智君は楽しくなかったのだろうか。マリ先生に即答したくらいだから、そこまでは楽しくなかったのだろう。
 私は自分のエゴで明智君を連れ帰るわけにはいかない。むしろ、今まで、こんな私と一緒にいてくれたことに感謝すべきなのだろう。私の長年の夢であった怪盗団を結成してくれただけでなく、探偵団にまで付き合ってくれているのだから。明智君、今までありがとう。マリ先生のところに行っても、幸せな犬生を歩んでおくれ。明智君のドッグフードは後で届けるよ。それが私の明智君のためにしてあげられる最後の事だね。
 使い方は間違っているかもしれないけど、明智君との思い出が走馬灯のように流れてきた。自然と涙が溢れてくる。涙をのむどころか、涙で溺れ死にそうだ。でもいい。明智君のいない人生なら、本当に走馬灯が流れてもいい。
 気づけば誰かが優しく頭を撫でてくれている。天使かお釈迦様、どちらだろう。どちらにしても、私は本当に死んだようだ。え? 何か死ぬ要素があったか? ショック死? 明智君とのお別れの? いやいや、人間がそんな事で死ぬほど弱いなら、人類はとっくに滅んでいる。
 なんと、私の頭を撫でてくれているのは、マリ先生だ。それも嫌な顔一つせずに。これも晩ごはんの時に知ったのだけれど、阿部君が必死でお願いしてくれたらしい。嫌な顔をしないように念も押して。阿部君の魂胆は何となく分かったが。明智君が怪盗団を脱退して一番困るのは、自分だと判断したのだ。阿部君明智君対私という構図が崩れるからな。
 ただ、この時の私は何も言わず、マリ先生に癒やされるにまかしていた。わけが分からなかったから言葉が出てこなかったなんて言えるはずがない。すると、業を煮やしたのか我慢の限界だったのか、マリ先生が口を開いた。
「ごめんなさい。ほんの冗談のつもりだったんです」
「ワッーン……」
 今度は明智君が落ち込む番となった。明智君、気持ちは分かる。だけどそこは、嘘でも一緒になって冗談でした風を装わないといけないぞ。私との間に遺恨が残るじゃないか。と私が思うが早いか、明智君が私にすり寄ってきた。今日の豪華な晩ごはんの事を思い出したのだな。これぞ、明智君。何ら悪びれもせず恥も外聞もなく当たり前に、私に媚びを売れるのだ。
 私も冗談で明智君をマリ先生になすりつけてやろうかな。だめだ。リスクが高すぎる。冗談と分かっていながらも、これ幸いとばかりに明智君はマリ先生についていくだろう。マリ先生の性格は知らないが、明智君の飼い主が言ってるし、何よりも明智君自身がついてくるので連れ帰る可能性が高い。
 そうなると明智君は怪盗を引退するのだろうか。セラピードッグの退屈な毎日に満足できるのか? 怪盗の醍醐味を味わってしまっているのだから難しいと思うのだけど。しかしセラピーの対象にきれいな女の人が一人でもいれば喜んで続けられる。
 明智君がいないと怪盗のミッションが不可能とまでは言わないが、いるに越したことはない。いや、いてくれないと困ると言っておだてないと。ここはお互いに妥協するところだな。明智君には時給制のアルバイト怪盗になってもらおう。ミッションはアルバイトの明智君のスケジュール優先で行わざるを得ないが。セラピードッグは副業を認めてくれるのだろうか。ミッションの次の日に眠そうにしないように、明智君に忠告しておくか。え? 私は何を考えているんだ。
 明智君は誰にも渡さない。明智君だって、心の奥の奥のまたその奥のこれ以上底がない奥底では、私と一緒にいたいと思っているはず。でも今はそれどころではないので、考えないようにしよう。ここに何をしに来たのかを思い出せ、私。
「そうですよね。冗談に決まってますよね。私は大丈夫です。いつもの光景なので。それよりも、一つお願いがあるんですけど……」
「私と記念撮影ですか? いつもは断ってるんですけど、明智君も一緒ならいいですよ」
「ワッオーン!」「いえいえ、違います」
 なんか、どこかの誰かに似ているような。阿部君の冷たい視線が本当に身にしみるな。しかしその視線の意図がはっきりしない。「お前もこんなお調子者だからな」と言いたいのか、以前言われたように「さっさと要件を言わないからこんな風になるのよ」と言いたいのかが。
 いや、でも、私は阿部君の前ではお調子者を見せていない。違う違う、そもそも私はお調子者ではない。ただの人気怪盗だ。……。さっさと要件を言おう。阿部君の言う通りに、要件から入れば確かに無駄な会話のラリーが省けた。単刀直入に行くぞ。
「昨日意識不明で運ばれてきた身元不明の人の匂いがついている何かを、貸してください」と私が言うな否や、マリ先生が高速で後退りして、私と距離を取った。
 え? 私が悩んでいると、すかさず阿部君が口を挟んでくれた。
「マリ先生、すいません。うちのバカリーダーは本当にバカなんです。と言っても別に変態とかではないんですよ。そう見えるのは否定しませんけど。実は私たちは、臨時で特別な警察官なんです。警察で3番目に偉い警視長の中でも最も警視総監に近い人に、泣く泣く頼まれ捜査をしている者です。ほら、みんな、てちょーを……あっ、明智君はバッジがあるね」
 私としたことが早まってしまったようだ。それもこれも『早とちりマリ先生』……いまいち語呂が良くないな。何を言いたいのかと言えば、マリ先生が最後まで聞かずに勝手に間違った質問を想像したのが原因だ。私が順を追って説明しようとしていたのに。それに、阿部君だって悪い。すぐに私に圧力をかけるから、焦ってしまい思考回路が麻痺したのもあるのだ。それをまるで私だけが悪いかのようにわざわざ大声で言うなんて。
 周りにいる人が私をバカにしているような眼差しを送っているぞ。集中治療室の中にいる医師、看護師までもが。気のせいかもしれないが、治療を受けている患者も、私をあざ笑ってるような。いいぞ。笑えば元気になるっていうからな。それが黒い笑いでも効果はあるのだろうか。逆効果にならないように祈ろう。損害賠償を請求されかねない。
 マリ先生も私に視線を向けているが、何を考えているかほとんど読めない。阿部君の言葉を完全には真に受けていないようで、恐怖がありつつ警戒も怠っていないようで蔑みも表しているような。安堵がないのだけが分かる。それでも勇気を出して何か言おうとしている。がんばれ、マリ先生。
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