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犬は知っていた
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この家の犬も言葉が通じないことくらいは知っている。それなら無駄な努力はしないで、力技で私怨を晴らそうとするかもしれない。でも吠えているだけで部屋から出て来ないということは、、檻に入れられているか紐で繋がれているのだろうか。私たちがこの家の敷地内に入った時点で、この犬は嗅覚で私たちに気づき興奮状態だったのだろう。しかし、この家のドアを含む防音効果が打ち消し、私たちの耳に届いていなかったのだ。だけど今は、この客間とその犬のいる部屋のドアが開いている。
あれ? なんで客間のドアが開いたままなんだ? 普通は閉めていくのに。上流階級の夫人がそんな礼儀知らずのわけがないから、わざと開けた状態で立ち去ったのだな。あえて犬の声を聞かせるために。そうして我々を早々に帰らせようと仕組んでいる。これは尚更、何も聞かずに帰るわけにはいかないぞ。それに裏を返せば、脅しているだけで犬をけしかけるつもりなんてないはずだ。そのつもりなら、既にここに来て私が盾となっている頃合いだからな。
それに犬が私たちにケガをさせてしまったなら、飼い主である夫人の罪が問われてしまう。広大な敷地内の片隅で見ず知らずの人が倒れていた場合と違って、屋敷内で夫人自身がそばにいて飼い犬がケガをさせてしまったなら、今度は言い訳も難しい。罪状としては軽いが、軽かろうが重かろうが自分までもが警察に捕まったなら、悪徳政治家の政治家復帰は泡となるだろう。現時点でも非常に厳しいが、政治家は不思議と罪を犯しても復帰できることが多々あるのだ。だけどさすがに本人だけでなく息子と夫人までもが犯罪者になってしまったなら、地元が潤いさえすれば何も文句はない有権者でさえも票を入れづらくなるものだ。
あんまり真面目に政治を語るのは、私らしくないな。私にしたら、悪徳政治家が再び政治家に復帰して賄賂をたんまり強制徴収してくれた方が嬉しい。言うまでもないだろう。だけど、犬の傷害事件は穏便に済ませてやってもいいが、夫人が第一の容疑者になっている方の事件は手を抜くわけにはいかない。これも言うまでもないだろう。
という理由から、夫人、さっさとお茶を持って戻って来い。時間を無駄にしているだけだ。それに、犬だって本気を出せば檻の一つや2つ、紐の一本や二本を破壊するかもしれないだろ。明智君なら、実際にやったことはないができる。甲高い鳴き声からして、小型犬だとは思う。だけど小型犬だからって、あなどってはいけないのだ。
まあビビっているのは、私たちが弱いからではないのだ。はっきり言って明智君が本気を出せば、小型犬の一頭はおろか子トラや子熊相手でも勝てるのだ。ハッタリではない。しかし明智君は、こう見えて弱い者いじめなんてしないのだ。私の影響だな。その私は、動物虐待なんて決してしない。例え警察犬に逮捕される状況に追い込まれても、動物には一切手を出さないだろう。かじられた状態で逃げ切って、噛んでいる警察犬が諦めるかお腹がすくのをじっと我慢して待つのみだ。その警察犬は、私に恨みがあって私に苦痛を与えているわけではないのだからな。
そう言えば、こんな事があったな。それは警察犬ではなく暴力団の組長が飼っている番犬のことだ。その組長宅に忍び込んだ時に、まずは組の若い衆に囲まれてしまった。もちろん私は忠告をする。しかしそいつらは無視してかかってきた。あくまでも自分を守るために、私は仕方なく痛い目に合わせてしまったのだ。そして私が自分の強さに驚いて油断しているところに、組長の番犬が私にかぶりついた。大型犬の子犬だったな。私は仕返しなんて発想もなかったので、しばらくそのままミッションを続けたのだ。
またある時には、警察犬でも番犬でもなくペットの動物を救い出したこともあった。ペットと言っても子トラで、また別の暴力団が飼っていたのだ。しかし持て余していたので、組長に頼まれたこともあり怪盗ついでに連れて帰った。阿部君と明智君の怯えた顔を思い出すなあ。それから様々な危険を顧みず、生まれ故郷のインドネシアまで送ってあげたのだ。
どうだ、少しは私を見直して……いや、初めから尊敬しかなかったよな? いつの間にか業を煮やした夫人が戻ってきているので、探偵に戻るぞ。お茶とお茶菓子を忘れず持ってきたのは、さすが夫人と言っておこう。それだけ隙がないのは、考えようによっては厄介な相手とも言えるが。
「ごめんなさいね、こんな物しかなくて。うちのワンちゃんがなぜか今日に限って不機嫌で、私がお客様に用意するお菓子を次から次に奪い取って踏んづけてグチャグチャにするのよ。自分が欲しいのかなと思ったのに、そのくせ食べないなんて。何が気に入らないのかしらね? もしくは誰が? 今までお客さんが来たことがあっても、鳴き声一つたてず静かにじっとしていたのに」
本当なのか? 高級なお菓子を出したくない言い訳じゃないのか? と言っても、今ここにあるお菓子だって、なかなかの物だけどな。私と明智君はこんな高そうなお菓子は、ウインドーショッピングだけだったぞ。次はお菓子も盗ってやるか。いやいや、そうじゃない。本当に犬がお菓子をグチャグチャにしたのなら、犬は自由な状態じゃないか。なぜここまで来なかったんだろう。考えない考えない。来なかったのが事実でいいじゃないか。それよりも、落ち着け、私。
「そ、そ、そうなんですね。ワンちゃんだって、私たち人間と同じように機嫌の良い時もあれば悪い時もありますよ」
「そうですけど……。あの時から情緒不安定になったのよね。警察関係の方だしニュースになったので知ってらっしゃると思いますけど、宅の主人と息子が逮捕されてからなんですの」
「よほどご主人と息子さんがかわいがっておられたんですね。それで全然会えなくなったから……」
「いいえ、それはないです。私以外に全くなついてないので。だからあの日も、私は用事があって出かけないといけなかったんですけど、あの子を置いていくのは難しい事情があって。えっとー、この家でたくさんの政治家さんを集めて会合する予定だったのも……知ってますよね? それもあって、私はあの子を連れて一緒に出かけていたのです。そして帰ってきてみると……」
「ああー、初めて見るパトカーやら警察官がいて、ワンちゃんは怯えてしまったんですね?」
「いえいえ。それくらいでは全く動じるような子ではないんです。むしろ動揺している私を守るかのように、家の中に堂々と入っていったんです」
「そうなんですか。なかなか勇敢なワンちゃんだ。将来が楽しみですね。警察犬にスカウトしちゃおうかなー。ハハハ……。案外、そんな強い気持ちの持ち主が、ささいな事で精神をやられるのかもしれないですね」
「いえ、あの子にとっては、衝撃的な事が起こってたんです。警察は一切信用してくれなかったんですけど、今から話すのは事実です。関係者の人の前での言い方ではなかったですわね。それはさておき主人が逮捕されたあの日、実はどさくさに紛れて火事場ドロボーが入ったんです。たくさんの美術品や現金などが盗まれたんですのよ。でも警察は、どうせどこかに隠しているのを見つけられたくないから、私が嘘のドロボー話をしているんだろと言い張って。特に陣頭指揮を執っていた警視長とやらが、ここには第三者なんていなかった、いたとしてもこの僕がいなかったと言ってるということはいなかったことになるのだ。と、聞く耳を持ってくれなくて」
なるほど。警視長は私たちを守るために頑張ってくれたのだな。命の危険を冒してまで裏帳簿を渡しに行って良かった。渡しに行ったのは、明智君だけど。でも私は逆ギレした悪徳政治家たちから警視長を守るために奮闘したのだ。阿部君は……警視長のためには何もしていないか。いや、裏帳簿を見つけたのは阿部君だったはず。確か。明智君がいたからこそ、見つけられたのだけれど。阿部君のご機嫌取りのために、阿部君が見つけたことにしておいてくれるかい。何より私たちは太い絆で結ばれた仲間なのだから。誰がどうとかではなく、みんなの手柄なのだ。太いけど脆い絆なのは気づかないでくれるかい。
「冷たい言い方になりますけど、その件と私たちは一切これっぽちも全く全然1ミリも関係ないので、コメントは控えさせてください。でも、美術品や現金が無くなって、ワンちゃんが情緒不安定になりますか?」
私が質問してすぐに、スネに痛みが走った。夫人の見えないところで、人間のトゥーキックと犬の右ストレートが入ったのはすぐに分かった。この家の犬の情緒不安定の原因を作った奴らは、その話をさっさと切り上げろと言っているのだな。そのつもりは、ない。私はわざと、この家の犬の話を引き伸ばしているのだから。世間話で夫人の気持ちをほぐすためではないぞ。そう、お前たちの青ざめた顔を少しでも長く見て楽しみたいがために。もう手遅れだし、こんな機会は二度と来ないかもしれないのだから。割に合う合わないは別として、人にはどうしてもやらなければならない事があるのだ。
あれ? なんで客間のドアが開いたままなんだ? 普通は閉めていくのに。上流階級の夫人がそんな礼儀知らずのわけがないから、わざと開けた状態で立ち去ったのだな。あえて犬の声を聞かせるために。そうして我々を早々に帰らせようと仕組んでいる。これは尚更、何も聞かずに帰るわけにはいかないぞ。それに裏を返せば、脅しているだけで犬をけしかけるつもりなんてないはずだ。そのつもりなら、既にここに来て私が盾となっている頃合いだからな。
それに犬が私たちにケガをさせてしまったなら、飼い主である夫人の罪が問われてしまう。広大な敷地内の片隅で見ず知らずの人が倒れていた場合と違って、屋敷内で夫人自身がそばにいて飼い犬がケガをさせてしまったなら、今度は言い訳も難しい。罪状としては軽いが、軽かろうが重かろうが自分までもが警察に捕まったなら、悪徳政治家の政治家復帰は泡となるだろう。現時点でも非常に厳しいが、政治家は不思議と罪を犯しても復帰できることが多々あるのだ。だけどさすがに本人だけでなく息子と夫人までもが犯罪者になってしまったなら、地元が潤いさえすれば何も文句はない有権者でさえも票を入れづらくなるものだ。
あんまり真面目に政治を語るのは、私らしくないな。私にしたら、悪徳政治家が再び政治家に復帰して賄賂をたんまり強制徴収してくれた方が嬉しい。言うまでもないだろう。だけど、犬の傷害事件は穏便に済ませてやってもいいが、夫人が第一の容疑者になっている方の事件は手を抜くわけにはいかない。これも言うまでもないだろう。
という理由から、夫人、さっさとお茶を持って戻って来い。時間を無駄にしているだけだ。それに、犬だって本気を出せば檻の一つや2つ、紐の一本や二本を破壊するかもしれないだろ。明智君なら、実際にやったことはないができる。甲高い鳴き声からして、小型犬だとは思う。だけど小型犬だからって、あなどってはいけないのだ。
まあビビっているのは、私たちが弱いからではないのだ。はっきり言って明智君が本気を出せば、小型犬の一頭はおろか子トラや子熊相手でも勝てるのだ。ハッタリではない。しかし明智君は、こう見えて弱い者いじめなんてしないのだ。私の影響だな。その私は、動物虐待なんて決してしない。例え警察犬に逮捕される状況に追い込まれても、動物には一切手を出さないだろう。かじられた状態で逃げ切って、噛んでいる警察犬が諦めるかお腹がすくのをじっと我慢して待つのみだ。その警察犬は、私に恨みがあって私に苦痛を与えているわけではないのだからな。
そう言えば、こんな事があったな。それは警察犬ではなく暴力団の組長が飼っている番犬のことだ。その組長宅に忍び込んだ時に、まずは組の若い衆に囲まれてしまった。もちろん私は忠告をする。しかしそいつらは無視してかかってきた。あくまでも自分を守るために、私は仕方なく痛い目に合わせてしまったのだ。そして私が自分の強さに驚いて油断しているところに、組長の番犬が私にかぶりついた。大型犬の子犬だったな。私は仕返しなんて発想もなかったので、しばらくそのままミッションを続けたのだ。
またある時には、警察犬でも番犬でもなくペットの動物を救い出したこともあった。ペットと言っても子トラで、また別の暴力団が飼っていたのだ。しかし持て余していたので、組長に頼まれたこともあり怪盗ついでに連れて帰った。阿部君と明智君の怯えた顔を思い出すなあ。それから様々な危険を顧みず、生まれ故郷のインドネシアまで送ってあげたのだ。
どうだ、少しは私を見直して……いや、初めから尊敬しかなかったよな? いつの間にか業を煮やした夫人が戻ってきているので、探偵に戻るぞ。お茶とお茶菓子を忘れず持ってきたのは、さすが夫人と言っておこう。それだけ隙がないのは、考えようによっては厄介な相手とも言えるが。
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本当なのか? 高級なお菓子を出したくない言い訳じゃないのか? と言っても、今ここにあるお菓子だって、なかなかの物だけどな。私と明智君はこんな高そうなお菓子は、ウインドーショッピングだけだったぞ。次はお菓子も盗ってやるか。いやいや、そうじゃない。本当に犬がお菓子をグチャグチャにしたのなら、犬は自由な状態じゃないか。なぜここまで来なかったんだろう。考えない考えない。来なかったのが事実でいいじゃないか。それよりも、落ち着け、私。
「そ、そ、そうなんですね。ワンちゃんだって、私たち人間と同じように機嫌の良い時もあれば悪い時もありますよ」
「そうですけど……。あの時から情緒不安定になったのよね。警察関係の方だしニュースになったので知ってらっしゃると思いますけど、宅の主人と息子が逮捕されてからなんですの」
「よほどご主人と息子さんがかわいがっておられたんですね。それで全然会えなくなったから……」
「いいえ、それはないです。私以外に全くなついてないので。だからあの日も、私は用事があって出かけないといけなかったんですけど、あの子を置いていくのは難しい事情があって。えっとー、この家でたくさんの政治家さんを集めて会合する予定だったのも……知ってますよね? それもあって、私はあの子を連れて一緒に出かけていたのです。そして帰ってきてみると……」
「ああー、初めて見るパトカーやら警察官がいて、ワンちゃんは怯えてしまったんですね?」
「いえいえ。それくらいでは全く動じるような子ではないんです。むしろ動揺している私を守るかのように、家の中に堂々と入っていったんです」
「そうなんですか。なかなか勇敢なワンちゃんだ。将来が楽しみですね。警察犬にスカウトしちゃおうかなー。ハハハ……。案外、そんな強い気持ちの持ち主が、ささいな事で精神をやられるのかもしれないですね」
「いえ、あの子にとっては、衝撃的な事が起こってたんです。警察は一切信用してくれなかったんですけど、今から話すのは事実です。関係者の人の前での言い方ではなかったですわね。それはさておき主人が逮捕されたあの日、実はどさくさに紛れて火事場ドロボーが入ったんです。たくさんの美術品や現金などが盗まれたんですのよ。でも警察は、どうせどこかに隠しているのを見つけられたくないから、私が嘘のドロボー話をしているんだろと言い張って。特に陣頭指揮を執っていた警視長とやらが、ここには第三者なんていなかった、いたとしてもこの僕がいなかったと言ってるということはいなかったことになるのだ。と、聞く耳を持ってくれなくて」
なるほど。警視長は私たちを守るために頑張ってくれたのだな。命の危険を冒してまで裏帳簿を渡しに行って良かった。渡しに行ったのは、明智君だけど。でも私は逆ギレした悪徳政治家たちから警視長を守るために奮闘したのだ。阿部君は……警視長のためには何もしていないか。いや、裏帳簿を見つけたのは阿部君だったはず。確か。明智君がいたからこそ、見つけられたのだけれど。阿部君のご機嫌取りのために、阿部君が見つけたことにしておいてくれるかい。何より私たちは太い絆で結ばれた仲間なのだから。誰がどうとかではなく、みんなの手柄なのだ。太いけど脆い絆なのは気づかないでくれるかい。
「冷たい言い方になりますけど、その件と私たちは一切これっぽちも全く全然1ミリも関係ないので、コメントは控えさせてください。でも、美術品や現金が無くなって、ワンちゃんが情緒不安定になりますか?」
私が質問してすぐに、スネに痛みが走った。夫人の見えないところで、人間のトゥーキックと犬の右ストレートが入ったのはすぐに分かった。この家の犬の情緒不安定の原因を作った奴らは、その話をさっさと切り上げろと言っているのだな。そのつもりは、ない。私はわざと、この家の犬の話を引き伸ばしているのだから。世間話で夫人の気持ちをほぐすためではないぞ。そう、お前たちの青ざめた顔を少しでも長く見て楽しみたいがために。もう手遅れだし、こんな機会は二度と来ないかもしれないのだから。割に合う合わないは別として、人にはどうしてもやらなければならない事があるのだ。
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