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阿部君が話を進めたがらない理由

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「じょ、冗談じゃないですか。私自身が濡れ衣の辛さを知ってるのに、それを他の誰かに味あわせるだなんて……。最後の手段にとっておきますよー!」
 なるほど。阿部君の気持ちも分からなくはないが、これ以上被害者を増やさないためにも、私は真犯人にたどり着かないといけなくなったな。どんどんプレッシャーが増してきてるぞ。いや、阿部君が犯人にされるよりは……。
「あくまでも最後の手段だからな」
 ひとまず、こう言っておくとするか。話を進めるためだからな。勘違いしないでおくれ。真犯人を見つける気はほとんど無くなっていないぞ。あっ、ほとんどではなく全くと言わないとだめだったか。些細な言葉の選択のミスだな。いや、ほんと。元桜の代紋にかけて、努力は怠らないと言っておこう。
「さっすが、腹黒いリーダー。リーダーがそこまで言うなら、私は止めません。でも、私の良心は一生痛むんでしょうね。私さえ……あと、ぬれぎぬを着せられるであろうかわいそうな人が我慢すればいいことです。なにせ、世の中不公平にできてるんだから」
 なんか私が一番悪いようになっていないか。今は、私だけが我慢するところか。本当に不公平な世の中だ。でもまあ私なら真犯人にたどり着けるだろう。きっと。根拠を聞くんじゃないぞ。そんなことよりも情報収集だ。
「話を進めてくれるかい、阿部君?」
「はい。それにしてもリーダーは話の腰を折りすぎじゃないですか。落ち着きのない初老っていうのは、ちょっと……。そんなことは、どうでもいいですね。それで少し話が前後したかもですけど、横たわっている人が瀕死の重傷を負っているのに私が気づいたところから続けますね。本当ならすぐにでも救急車を呼ばないといけないですよね? 例え私がスーパードクターだったとしても、そんな道具も薬もない所で手当てなんてできないんだから。勘違いしないでくださいね。私はスーパードクターではないので」
 いろいろ突っ込みたいが、話が横道に逸れるのを私のせいにされたくないので聞き流しておこう。とりあえず心の中で一つだけ突っ込んでおくか。阿部君にスーパードクターになりうる細胞は一つもないぞ。へへっ、ざまあみろ。
「リーダーがやけにおとなしいですね。ひねくれたリーダーのことだから、何かいちゃもんでもつけるかもと思ってたんですけど。このまま続けてもいいですか?」
 その手にのるか。私は黙って優しく微笑んで、続きを促す意を示した。勝った感がすごくあるのはなぜだろうか。阿部君はスーパードクターのくだりはなかったかのように続ける。
「倒れているのが道端だったなら当たり前に救急車を呼べるけど、現場は他人の家で私はそこに不法侵入している最中ですよね。なのでさっきも少しリーダーが口にしたように、そこにいる最もな言い訳を考えないといけなくなったんです」
 ここは相槌を打つくらいなら問題はないだろう。問題どころか、一般常識のある大人なら当然の行動だな。阿部君がわざわざ私の考えと一致したような含みを持たせたのも、私の相槌などを期待してのものだ。
「そうだね。でもそんな自然な言い訳というか理由なんてあるかなあ?」
「まあ、リーダーの平凡未満の思考回路なら思い浮かばないでしょうね。でもIQ100万の私なら、赤子の手をひねるようなものです」
 やってしまった。ついつい色気を出して相槌で終わらせずに、自分の意見まで言ってしまった。そして待ってましたとばかりに話が逸れたぞ。仕方がない。まず有無を言わさず謝ってやるか。それが近道だろう。
「阿部君の話のじゃまをして申し訳ない。ここは私に構わず話を進めてくれるかい?」
「反省してますか?」
「ああ、もちろん。もう金輪際じゃまをしない」
「ラストチャンスですからね。時間だってそんなにないんだから。ねえ、明智君?」「ワンッ!」
 悪いのは私なのか? 怪盗界一生真面目な私が。真面目な人間が損をする世の中ってどうなんだ? 我慢だ。きっといつの日にか報われる時が来るさ。さり気なく明智君の尻尾を踏むのは自重しよう。想像だけで私は溜飲を下げられるのだ。よし、落ち着いた。
「私は今からお口にチャックするよ」
「そんな幼稚な例えを使われると、なんか気持ち悪いですよ。ねえ、明智君?」「ウォエー!」
 こいつら、私をいじめて楽しんでやがるな。これはおそらくだけど、この先の展開がものすごく恥ずかしいからだ。それを理解したら、阿部君が哀れに見えてきたぞ。
「阿部君、真面目に話そうか?」
「はい。それで救急車を呼んだんです」
 なぜだか阿部君の顔が急に真っ赤になったぞ。一応羞恥心は持ってたようだな。これは聞き流すのは惜しいぞ。
「あれ? そこにいる言い訳はどうしたんだい? 被害者との関係やもしくは発見に至った経緯を救急隊員に聞かれただろ?」
「そうですね。この傷害事件とは関係がないので話す必要はないと思いますけど」
 これは、いよいよだな。
「いやいや、そんなことはない。何が手がかりになるか分からないんだから」
 ここまで言うと、正直者の阿部君はさすがに見栄を張らずにありのままに話すはずだ。阿部君の言い訳なんて確かに関係がないだろう。だけどこれはきっと阿部君をバカにできるチャンスのような気がする。日頃の恨みだ。真面目な人間が報われる時が想像以上に早く来たようだ。
「そうですかねえ。下手にひねるよりもシンプルな言い訳にした方が、後々つじつまを合わせるのにもいいですよね。なので先の先まで考えた末に、ごくありふれた言い訳にしたんですよ。私は嘘だけは苦手なのもあるし」
 一丁前に布石を打ってきたな。悪あがきもほどほどにした方がいいんじゃないか。
「それで、何と言ったんだい?」
「不審者に追われて後先考えずに入っていったとか、中で助けを求める声がしたとかは、普通の人なら考えるでしょうね。だけどそんなの後で監視カメラとか目撃者とかを探されたら、すぐにバレるじゃないですか。その時は監視カメラがダミーだなんて知らなかったし。そこまで考えてたんですよ。あらゆる可能性をしゅみれーとって言うんですか、それをして」
 くだらない言い訳なんかしてないで、早く言いやがれ。心の中で大爆笑してやるから。
「うん、それでそれで?」
「気がついたら、そこにいたんですって……」
 幼児でも言わないような言い訳を。嘘だよな。確認のために、もう一度言わせてやれ。
「え? すまない阿部君、よく聞こえなかった」
「だからあ、『気がついたらそこにいたんです』と、正々堂々と言ってやったんです!」
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