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警視長との再会

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 以前話した、私が警視長を助けた時に、実は明智君もいたのだ。さらに警視長のためにある重要書類を届けたので、二人には面識がある。なので警視長の匂いを頼りに探せるだろう。と言っても、警視庁の中でバカ犬の明智君を普通に歩かせていては、間違いなく叩き出されてしまう。
 だけど明智君を連れている私の見た目が警察官だったらどうだ? そう、私は警察を辞めるずっと前に、いつか使えると思い無くしたことにして、警察官の制服を一組失敬しておいたのだ。膨大な始末書を書かされただけでなく、年下の上司の巡査部長をはじめ1年に1回くらいしか会わない管轄の警察署長に、これでもかというくらいに説教されたがな。おそらく、いや絶対に、ストレス解消も兼ねていただろう。そう思うくらいの史上稀に見る説教だったな。まあ私は根に持つタイプではないので、話を進めるとするか。
 私は、阿部君パパに車で送ってもらっている最中に、警察官の制服に着替えていたのだ。これで、私がタクシーなんかの公共交通機関を使わないで、100万円払ってまで阿部君パパに送ってもらったのかを理解してもらえたと思う。
 私は警視庁の地を堂々と踏みしめた。バカ面の明智君を連れていても、誰も気にとめない。明智君の警察犬の凛々しさとは程遠いのだけが心配だったけど、やはり警察官の制服が想像以上に効果を発揮しているようだ。
 そして私は、厳密には明智君だけど、読者に飽きられる前に警視長室のドアの前に到着した。道中の紆余曲折およびアクシデントやトラブルは省略しよう。しいて一つだけあげるとすれば、女性警官に明智君好みのきれいな人が多すぎた。そしてそんな人に限って、明智君を触りに来るし明智君は一緒に遊ぼうとするしで、足止めは食らうし私の正体がバレやしないかとヒヤヒヤしたのだ。
 私が警視長室のドアをノックすると同時に明智君が一声「ワンッ!」と吠えると、警視長はまるでドアのすぐ前で待っていたかのように速攻でドアが開いた。警視長という立場上、命を狙われることもあるだろうに、無警戒すぎないだろうか。
 警視長は笑顔だったので、おそらく誰が来たのかをすぐに察知しての行動だろう。それでも早いことにはかわりがないが。まあそれくらい、私の来訪が嬉しかったに違いない。
 ノックの音だけで私だとすぐに分かるほど好かれているとは夢にも思わなかったが、私ほどの人間力や魅力があれば頷ける。
 そのくせ照れているのか、何も言わず警視長は私を見ずに明智君の方に目を向けている。仕方がないので、私から挨拶をしてやろうじゃないか。と思ってすぐに、警視長が先に口を開いた。
「やっぱり、あの時のワンちゃんだ!」
「ワンッ! ワワンワンワワワン、ワンワーン」
「おおー。ワンちゃんも僕のことを覚えてくれてるのかい? うれしいなー」
「ワンッ! ワンワ、ワワンワンワワワワーン。ワワ」
「ありがとうありがとう。あの時、ワンちゃんが重要書類を持ってきてくれたから、悪徳政治家どもを逮捕できたんだよ。何かお礼をしないとね。何がいいかなー? えっと……あっ、中で話そうか。入って入って」
 警視長と明智君が警視長室に入ると、ドアは閉じられた。え? 警視長なりの冗談か? 
 昔から仲が良かったけど、正式には久しぶりに会ったんだぞ。冗談にしては失礼じゃないのかな。それに、あの悪徳政治家を逮捕できたのは、私が助太刀したからだし。もし私が助太刀しなかったなら、悪徳政治家を逮捕するどころか、警視長の命を奪われたのかもしれないんだぞ。
 あの時の私は怪盗のミッション中でちょっとした変装をしていたから、もしかしたら私だと気づかなかったのだろうか? いや、でも直接的なことは言わなかったけど、それとなく私を認識していた。だからこそ、ちょっとためらいがちに怪盗の敵である警察の警視長に会いに来たのだから。
 それとも可能性はゼロに近いが、明智君に再会した嬉しさのあまり、私に気づかなかったのか。ありえるな。なにせ今の私は必死に努力してオーラを消しているからな。
 うーん。どうしよう。しばし待つか。もう一度ドアをノックしようか。時間が惜しいからノックしよう。
 私はノックした。待てど暮らせど、時が止まったかのようだ。こうなったら大声で呼びかけるしかないな。
「あけちくーん!」
 警視長に呼びかけても無視されると考えたのは、私だけではないだろう。そして私の作戦はひとまず成功した。明智君にズボンの裾を引かれながら、警視長が不思議そうにドアを開けたのだ。
「ほらー、ワンちゃん。誰もいないじゃ……あれ? もしかしたら先輩ですか?」
「そうです。久しぶりですね。警部補改め、今は警視長ですか」
「あっ、はい。おかげさまで。でも、一体、なんでこんな所でボーっと突っ立てるんですか? 私の警護でもするように言われたとか?」
「いえいえ。今日は訳あって警視長にお願いが。中に入ってもいいですか? ここではなんなので」
「あっ、そうですね。かわいいワンちゃんのお客さんもいるけど……そう言えば、先輩はちょっと前にワンちゃんを飼い始めたんですよね? やっぱりワンちゃんはかわいいですよね? 名前は何と言うんですか? 私がプレゼントした服を着れる大きさに成長しましたか? あっ、それと……」
「そういうのを含めて、中で……」
「ああ、そうですね。そうそう、このワンちゃんはすごく頭が良いんですよ。実はですね……」
「あっ、そのバカ面……じゃなくて、かわいいワンちゃんこそ、私の愛犬で……」
「あー、思い出した。やっぱり、あの時の変な変装をしていた頭のおかしい男は……」
「とりあえず入りますよ! 失礼します。明智君、警視長を奥に連れていってくれないかな?」
 私はやっとの思いで警視長室に入ると、一応他に誰もいないのかを確認した。さらに警視長にこの部屋が盗聴などの危険がないのかを確認したところで、何から話せばいいのか迷ってしまった。
 そんな私の心情を察したのか、明智君が「ワンッ!」と一声。分からない。明智君は何を伝えたいんだ。
 すると、警視長の方から警察官らしからぬ事を言ってきた。私からすると、さすが警視長と言うべきだろうか。だから敢えて私に気づかないフリをしてくれたのかもしれない。それでも帰らない私と警視長室の外では差し障りのない会話を続け、万が一私たちの会話を聞かれていることも想定してくれていたのだろう。だけど私の本気度に折れてくれたうえで、警視長も腹をくくってくれたのだろう。考えすぎだろうか。
「先輩が怪盗なのは分かってます。このワンちゃんも仲間なんですね。それで捕まるのを覚悟でわざわざここへ来たということは、よほどのことがあるんですね? 安心してください、今日のところは先輩を逮捕しません」
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