魔女の記憶を巡る旅

あろまりん

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第四章【白】

白の魔女

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 翌朝、雛はいつも通り朝食を食べると『やくそういちにいってきます』と走り去って行った。まあ、行き先はわかっているのだ、後で中央広場へ迎えにいけばいいだろう。俺はとりあえず冒険者ギルドに顔を出すことにした。あれからどうなっているのか…レンは『術が効いているから問題ない』とは言っていたが。

 ギルドに入ると、受付嬢が俺に気付いた。すぐに飛んできて、ギルドマスターの部屋に行ってほしいと言ってきた。俺は頷き、2階のギルドマスターの部屋へと入る。


「邪魔するぜ」

「ああ、待っていたよ」


 机に向かっていたタリアが顔を上げてこちらを見た。ソファに座るように示され、俺はそちらへ向かう。
 タリアもすぐソファへ移動し、向かい合って話をした。


「昨日はご苦労だったね、シグムント。あんたがいてくれて助かったよ」

「いや、無事で何よりだ」

「ああ、あまり胸のすくもんじゃなかったけど、何事もなく異端審問が終わってよかったよ。
当初心配されてた魔女の襲撃もなかったし、市民の暴動も抑えられたしね」


 タリアの様子からすると、やはりレンガ言ったように、異端審問は何事もなく終わったように記憶が書き換えられているようだ。『白』の魔女の魔法の威力を見せ付けられたかのよう。タリアだけでなく、おそらくあの場にいた全ての人間は、『白』の魔女が介入したことすら覚えていないのだろう。
 まあそれでいいのだろう。囚われになっていた魔女は救われ、天に還った。あの司祭が宣言したように、天に還したのは事実だ。たとえそれがどのように人々の記憶に残っていようとも。

 ギルドでクエスト終了の手続きをし、外に出る。さて、雛を探しに行くか、と中央広場の方へと足を向ければ、途中の運河を渡る橋の欄干に澪が腰掛けていた。側にレンはいない。1人のようだ。俺に気がつくと、こいこい、と手招く。


「昨日は世話になったな、シグ」

「今日は1人なのか?レンはどうした」

「レンは雛に付いててもらっている。たまにはあやつにも暇をやらんとな」

「・・・雛にくっついていてもレンの息抜きになるのか?」

「それはそれ、という事だな」


 結局雛に振り回されて息抜きにはならないのではないだろうか。まあ澪に比べたらマシ…なのか?俺にはわからない。澪はストンと欄干から降りると、俺を伴って中央広場の端にある、ベンチへと誘った。何か話したいことでもあるのだろうか。


     □ ■ □


 さわり、と心地良い風が吹く。澪はフードを外すと、ふるふると頭を振って風を楽しんでいる。


「ふう、心地良いな」

「いいのか、フードを外して」

「構わんよ、結界は張っているからな」

「・・・教会都市のど真ん中で魔女が魔法を使ってバレないのか?」

「バレるような真似はしないさ。『教会』の奴らも魔法の力を感じはしても、それが『魔女』のものなのかそうでないのかなど判断は付きはしない」


 いいのかそれで。と思いはしたが、『古の魔女』相手に魔法討論をしたところで俺に身があるとも思えない。バレないならそれでいいんだろう、多分。雛もそうだが、澪も表立って誰かを傷つけたりするような『魔女』でないことはわかっている。澪は薬草市の賑わいを目を細めて見守っている。その瞳には慈愛深い色が宿っており、その少女が『古の魔女』の1人だなんて言われなければわからないだろうと思った。


「何も聞かないのだな」

「何をだ?」

「『我等』のことについてだ。雛に聞いたのか?」

「人には言いたくない事のひとつやふたつあるだろう。言いたくない事を無理に聞き出すような事はしたくない。・・・俺にも言いたくない過去のひとつやふたつあるからな」

「・・・なるほど、本当に変わっているな、お前は。雛が気にいるのも頷ける」

「澪、何か話したい事でもあるんじゃないのか」


 そう問いかけると、ゆっくりとこちらを向いた。昨日のような強制的に惹きつけられるような感覚はない。澪はふわりと微笑んで、俺に小さな巾着を手渡した。


「餞別じゃ、取っておけ」

「何だ?」


 巾着を開ければ、そこには小さな砂時計が。出してみると、砂は真白く美しい色をして、さらさらと零れ落ちている。


「それは儂が作っただ。何か困ったらそれを叩き壊せ。どんな所であろうと儂が手を貸してやる」

「いいのか、そんな物を俺に渡して」


 驚いた。『白』の魔女自らが俺にこんな加護を渡すとは。いや待てよ、『魔女』ってのは対価無しに何かする事はないんじゃなかったか?


「・・・この対価は何だ」

「対価なぞいらんよ。それは今回の事に対する儂からの詫び、だな。お前にはメルクーシュアを救ってもらった」

「俺は何もしちゃいないだろう」

「いや?お前は儂やレンだけでなく、あのようになったメルクーシュアさえも『人間』として扱ってくれた。
儂が礼をするには十分な扱いをしてくれたよ」

「そんなの—————」
「当たり前、そう言える、言ってくれる『人間ヒト』が今の世の中で一体どれだけいると思う?」


 言葉が出なかった。確かに『魔女』相手にそう言える人間がどれだけいるのか。俺の頭の中にはダグや『無銘の賢者』の爺さんの顔が浮かんだが、あの2人も『魔女』を目の前にしたらどういう反応をするのかは未知数だ。ダグについては雛を普通に扱っちゃいるが、他の魔女に対してはわからない。爺さんも同様だ。
 黙り込んだ俺に、澪は微笑んだ。目に宿るは聖女のごとき慈愛の眼差し。


「心から礼を言う、シグムント・・スカルディオ。其方が儂に、『白の系譜』にしてくれた事は忘れない。
いずれ其方に儂の力が必要な時が来るだろう。その時は遠慮せず呼ぶがいい。ファータ・モルガーナ白の魔女の名において、其方の力となる事を約束しよう」


     □ ■ □


 その後、レンと連れ立って雛が戻り、澪とレンは街中へと消えていった。俺達も帰路に着くべく、またも乗合馬車に乗ってマダラとの合流点である森を目指し、ふたつ先の小さな村を目指した。
 コトコト揺れる馬車の中で、雛は屋台で買ったのだろう、ドーナツをムシャムシャ食っていた。どれだけ買ってきたんだ。


「シグ、ファーになにもらったの」

「あん?・・・砂時計だよ」

「おお、おおばんぶるまいだね。さすがファー」

「貰っちまってよかったのか、と尋ねたが、礼だと言われたらな。今後何かの時に助けてもらうさ」

「ねぇシグ、シグはきょうかいとしにつたわる『せいじょでんせつ』ってしってる?」

「何を今更」


 教会都市、というよりも『教会』設立に関わる『聖女伝説』は俺のような冒険者だけでなく、大人から子供まで知っているような古い昔話…いや御伽噺だ。
 かつて、『聖女』と呼ばれる女性がいた。その女性は貧富や身分に分け隔てなく、癒しの術を用い、たくさんの薬や医術を生み出した聖人であると。今現在伝わっている癒しの魔法や薬はどれもその『聖女』が弟子達に教え伝えたものばかりらしい。


「・・・って話だろうが。それがどうした」

「うん、それね、ファーのことなの」

「—————何だって?」

「いやしのじゅつも、くすりも、もともとはファーやしろのこたちがおしえたことだよ」


 そんな馬鹿な、と思う反面、確かに言われてみれば当てはまる。そもそも『白』の系譜の魔女達は高名な薬師として昔は名を馳せていたものが多いと聞く。『魔女狩り』が本格化するまでは『魔女』達はそうして人々と関わって生きてきたのだから。


「せいじょさまのえすがた、ってみた?」

「そりゃ1回くらいは、って—————」


 『教会』で飾られている聖女の絵姿。それはの絵姿が主で…


「・・・マジかよ」

「まあファーがひとまえにでてくることがないから、どういつじんぶつとはおもわれないけどね」

「とんでもねえな」

「ちやほやされるのすきじゃないし、ファーてきにはそれでいいんだろうけどね」


 それたいせつにするといいよ、と言いながら俺にもドーナツを勧める雛。受け取らないと勝手に膝に置かれ、また景色を眺めながらもぐもぐしている。

 一時はどうなる事かと思ったが、とりあえず円満に終わったのだろう。
 俺は雛を眺めながら、ふと安堵する自分に苦笑した。

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