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第四章【白】
魔女の騎士
しおりを挟むざわめく民衆。怒号と罵声。魔女討伐隊の好戦的な奴等と、それを抑えるギルドメンバー達。
背後では教会騎士が同じように暴動を止めるために動き、司祭達と数名の教会騎士が『魔女』を抑えようとしていた。
「退け!あの『魔女』を討ってやる!」
「俺達が止めを刺してやる!」
「止めろ、落ち着け!」
「タリアさん、これ以上は!」
双方武装している為に、これ以上の混乱は血を見る事になる。魔女討伐隊だけならまだしも、民衆達も数名向こう側に加勢して柵を壊そうとしている。こちらが穏便に済ませたくてもそうはいかない。
その時だった。美しい女の歌声が響く。柔らかな歌声に、喧騒が鎮まっていく。周りの民衆が次々と倒れ込んで行く。
「な、なんだ?この、声・・・」
「意識が、落ち、」
魔女討伐隊の奴等も、ギルドメンバーも、教会騎士までもが次々と膝を付き倒れて行く。俺は辛うじて持ち堪えていた。タリアや数名の人間もなんとか耐えている。
そして、人々の波を掻き分けて歩いてくる、二人の影。誰もそれを止めることはできない。高音域の『音』と、それに対して美しく響く歌声。その両方の音が合わさり、混じり合い、次々と人が倒れて行く。
「・・・流石だな、お前は意識を保っていられるか」
「レン、か」
「引いていろよ?俺はお前まで斬りたくはない」
フードを被った少女───澪が俺に目もくれず通り過ぎ、その後ろを歩いてきていた男───レンが俺に目を止めてそう呟く。
澪はそのまま歩いていき、未だ魔法の炎が消えずに残る火刑台の前へと歩み寄った。その前に立ち塞がる10人ほどの教会騎士。どうやら精神耐性があるようで、鬼気迫る殺気を放っている。
「止まれ、不審者」
「・・・やれやれ、儂のような美少女を前にして『不審者』とは」
「まあ招かれざる客だしな」
俺の周りに立っているのは、既に数名の魔女討伐隊のみだ。そいつ等も息も絶え絶えという体でいる。タリアや他のギルドメンバーは意識を失っていた。俺の隙を付き、数名の魔女討伐隊が中へと侵入していった。澪とレンを取り巻き、様子を伺っている。
「っ、待て!」
「シグ、とまりなさい」
「雛!」
走り出そうとした俺の足を、軽く掴む小さな手。いつの間にか雛が俺の横に立っていた。か弱い力だが、俺は動く事ができない。
「ここでみていなさい」
「だが、澪とレンは・・・」
「『まじょのきし』はあのていどでやられることなどありはしない」
その声が聞こえていたのかいないのか。レンはククッと笑い、剣を抜く。澪の前に立ち、嫌そうにため息をついた。
「あー、くそ、やっぱりこうなるのかよ」
「仕方あるまい?お前はこうして儂の為に役立つのが仕事なのだからな」
「あーはいはい、やりゃあいいんだろ、やりゃ。───目ん玉かっぽじってよく見ておけよ、若造」
最後の一言は俺に言ったのだろう。ギラリ、と鋭い光を宿したレンの目が俺を射抜く。それはほんの一瞬で、周りの教会騎士や魔女討伐隊の奴等にも気取られる事など無かっただろう。
片膝をついたレンに、澪───『白』の魔女は口付けを落とす。
その光景に目を奪われた。恋人同士の口付け。一見そう見える光景が、次の瞬間書き換えられる。
唇を離した『白』の魔女。その瞳は銀色に光り、唇は蠱惑的に、残虐的に歪む。口付けを送られた『魔女の騎士』の全身に白い幾何学模様が走り、口からは呻き声が漏れた。
「・・・ぐ、こればかりは、何度やっても慣れねえっ、な」
「貴様の事など知らん。さあ、余興の始まりだ」
レン───『魔女の騎士』の髪の色と瞳が白に染まる。そして一方的な殺戮が始まった。殺さずにしているのだろうが、その力の差は歴然で、剣を打ち合わせれば相手は吹っ飛んで行く。壁に、地面にと叩きつけられて動かない。
「っ、な、やり過ぎだろう!」
「だいじょうぶ、レンもかげんしてるから、しんではいないよ。・・・ほねくらいはおれてるとおもうけど」
その攻防は本当に一瞬で、すぐに立っている奴等はいなくなった。『白』の騎士となったレンはこちらにも向かってきたが、雛の張った結界に阻まれる。
「───捻り潰されたいか、『レン』」
「っ、ぐ、あ、『黒』の君、か」
「少し『渡し』過ぎたのではないか?ファータ」
「済まんな、少しばかり抑制が効かなかった」
澪がこちらに手を翳す。するとレンがビクン!と軽く痙攣して動きを止めた。髪色と目の色が元に戻る。自分の掌を見つめ、大きく息を吐いた。
「悪い、雛様」
「こんかいはファーがわるいからいいよ」
「ったく、加減しろといつも言ってるんだがな」
「それはそっちではなしあってよ」
どうやら、少し暴走気味であったらしい。ガリガリ、と頭をかいて済まなさそうにするレンを見て、『魔女の騎士』ってのは途方もなく理解を超えた存在なんだと知った。
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