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第四章【白】
特殊依頼
しおりを挟む「シグムント・スカルディオ。特殊依頼だ」
「・・・了解した」
年に数度、通常の冒険者には回せない類の依頼が回ってくる。各ギルドにはそういった依頼を引き受ける高レベル冒険者が必ず一人以上いる。ギルドマスターはその中から最も最適な冒険者に直接依頼をする。それが『特殊依頼』だ。
基本、断る事はしない。ただし、例外も存在する。自分には到底無理だと思った依頼や、他に優先すべき依頼がある場合だ。この場合そのギルド内で回せればいいのだが、無理な場合は他都市ギルドの冒険者へと依頼が回されたりもする。
「悪いな、今回は教会都市ギルドからの物だ」
「あそこにはラウグッドがいたと思うが?」
ザガン・ラウグッド。教会都市ギルドに所属の高レベル冒険者だ。斧槍を使う珍しい『槍術士』であった記憶がある。
「別件で動けないらしい。お前をご指名だ」
「・・・嫌な予感しかしないな」
パラリ、と依頼書を見れば、嫌な予感は的中していた。厄介事が次から次へと…
「急いだ方がいいのか?」
「何だ、何か用事があるのか?」
「少し、足を伸ばさないとならない所がある。急ぎならこっちの依頼を優先するが」
「いや、数日なら構わん。そっちを片付けながら向かえ。さすがに一ヶ月単位でかかるような用事ではないんだろう?」
「まあな」
とはいえ、義理を欠けば今後に差し支える。まだ『あいつ』との縁を切るには早すぎるからな。
王都で雛と別れてからひと月は経ったか。ポツポツと舞い込む依頼を片付けながら、マドレーヌを買うのに時間がかかった。なんせ王都でも指折りの人気菓子店だ。開店と共に整理券を配るものの、全く手に入らない事もしばしば。
俺も数回無駄足を踏んだのだが、それを菓子店の店主に見られたようで、次に行った時は取り置きをされていた。どうやら『氷の魔女』に渡す菓子を買った際、かなりの量であった事。そしてあの『閃光のスカルディオ』が甘党…!?という不名誉な噂が飛び交ったらしく、覚えられたらしい…
どう考えてもあの魔女達のせいだ。俺はもう『甘党』としてこの店に認知されている。願わくばそれが王都中の菓子店に広まっていないことを願う。
□ ■ □
新緑の森近く、辺境の村にたどり着いて『片翼の鷹亭』で一休み。残念ながら今日はカレーの日ではないらしい。
しかしランチは美味い。ハンバーグステーキは王都よりも肉がバラバラなミンチ状だ。挽肉というよりもっと肉々しい噛みごたえに満足度が数段上。
「くそ、美味いな」
「はっはっは!王都の料理人に負けんぞ!」
「ダグ、雛は今日見たか?」
「いや?今日は見てないな。招かれているんなら、木戸を探してみちゃどうだ?もしも道を開いてくれているのなら、見えるはずだぞ」
なるほど、その手があったか。俺はダグに礼を言うと、村の中を散策する事に。以前雛と通った村外れへと向かう。
すると、村を囲う柵の一点。そこには小さな木戸があった。間違いなく『魔女の庭』へと続く扉。
不思議な事に、周りを見るといてもおかしくないはずの村人を見ない。片翼の鷹亭から出た時は数人の村人が行き交っていたし、そこらを子供が走り回っている。しかし、この木戸がある周辺には人の気配すらしない。…これが『招かれている』という事なのだろうか。選ばれた者にしか道は開かれない、ダグは前にそう言っていた覚えがある。
俺は木戸を開き、『魔女の庭』へと向かった。
□ ■ □
歩くこと十数分。小道を歩き、見えてきた『魔女の庭』には、大いなる大樹と、その広場に寝そべる白く気高き獣の姿が。
珍しい事に、神級闘狼たる斑が本来の姿を晒していた。前足を組み合わせ、顎を乗せて昼寝中。キラキラと木漏れ日が当たり、なんとも長閑な風景だ。…ひとたび牙を向けばそうはいっていられないのだが。
俺が来たことを察したのだろう、耳がピクリと反応し、片目を開く。俺を視界に止め、顔を起こしてこちらを向いた。
『久しいな、人の子』
「そうだな。珍しいな、お前がその姿でいるとは」
『『黒の女神』たっての希望であるからな』
「雛か?」
斑の言い方だと近くにいそうなものだが。俺が見る限りでは視界にいるのは斑だけに見える。周りを見る俺に、ククッと笑い、自分の背中に目を向ける。すると、その白い毛並みに埋もれるようにして昼寝をする雛の姿が。
「・・・なんとも豪華な寝台で」
『たまにこうして昼寝をせびられるのでな』
「確かに気持ちは良さそうだな」
『気が向けばお前にもしてやろう』
「・・・そのうちな」
興味はあるが、その見返りにまた手合わせに付き合え、とか言われそうで怖い。確かにヘトヘトになった体を休めるにはいいだろうが…うっかり殺されそうな目に自分から合う気にはならない。
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