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幕間~王都での休息~

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王都でいつものように変わりない生活に戻って数ヶ月。

あれだけ怒涛のようにあちこち行ったのが嘘のようだ。
変わり映えのない毎日、素晴らしい。

こういうゆったりした日常を送れる、ってことがどれだけ『幸せ』であるのかってとても重要だと思います。



「エンジュ様?お茶のおかわりいかがです?」

「ありがとう、貰うわ」

「最近は魔術研究所にもゆっくり行くんですね~」

「テラスから見えるお庭が綺麗なんだもの、ここでするお茶って好きなのよ」

「そうなんですね!ゴードンが喜びますよ」



…そうね、遠くに見えてるゴードン、崩れ落ちたんだけど。
あ、なんかこっちに平伏してる。

おかしい、ここの会話って筒抜けなの?なんなの?
むしろ私の会話って何処でも筒抜けなのかしら?怖い。



「ごしゅじんー」



ぽよぽよ、とスライムが跳ねている。
…連れて帰ってきた記憶はないのだが、これは分裂したやつなのかオリジナルなのか。見分けが付かないので深く追求はしないでおこう、うん。



「なあに」

「にわしのひとがねー!ありがとうって!」

「・・・ああなるほど、キミが伝えたの」

「すきなおはなをおしえてくれたらさらにがんぱるって」



セバスが話すところによると、常に何体か邸内を巡回しているらしい。

スライムは雑食なので、野菜の切れっ端でも、雑草でもなんでも『おいしく』いただけるらしい。
その為、キッチンと庭は彼等の好きな場所。料理長と庭師とは仲良しだそうだ。体のいいコンポスト…だと思ってやしないだろうか。

そして私の使い魔であるスライム達は、もう普通に喋っている。
…いや、口はあの笑顔状態から動いていないので、喋っているというよりは念話に近いのだろうか?使用人たちが慣れてしまっているのもどうかと思う。

そして私の目の前を立派な鹿が闊歩している。
…いつからここは動物園になったのだろうか。奈良公園ですか?



「・・・ねえセバス、あれ」

「危険がないので野放しにしておりますが。排除してみますか?」

「えっ!?イヤいいわよ。というか、そんな危ないこと」

「軽い運動には丁度良いかと思いますが。あちらもと思うでしょうし」



人から見れば危ない状態だと思うのだが、セバスと神聖生物アレからすれば軽い運動なのだろうか。
一歩間違えたらこの辺吹っ飛んだりしないだろうか。



「下界をお散歩、と思っているんでしょうし・・・いいわよ」

「そうですね、たまに森の恵みを持ってきてくださいますし。山菜やキノコ、果実など珍しいものもあったりしますよ」



『目新しいものも多くて助かりますね』とセバス。

気付かないうちに物々交換がされていた。
通行料なのか?それとも園内入場料?

ははは、と乾いた笑いを浮かべて紅茶をひと口。美味しいです。



「エンジュ様、こちらを」

「ありがとう」



メイドの1人がトレイを捧げ持つ。
そこには封書が1枚とペーパーナイフ。

どこからのお手紙やら、と思って封を開き、中身を取り出す。



「・・・だからヅカなのよねえ」



そこに入っていたのは、舞台公演のチラシ。
〇ルバラ???と思わせる似顔絵。私これまで舞台公演って、歌舞伎は見に行ったことあるのだけど。宝塚って見たことないのよね。



「異世界に来て初のヅカ体験とは・・・」



もう1枚、手書きの文字が踊るメッセージカード。
『当日はお迎えに上がります』とシンプルな一文。

それにクスッと笑いつつ、舞台公演のチラシを眺める。
どれどれ…内容は〇ルバラじゃなくて、典型的ざまぁ展開の物語のよう。こういうの結構ウケてるみたいで、娯楽小説としても広まっている模様。

平民の間では『ロマンス小説』、貴族の間では『注意喚起』であるはずなのだが…。
上級貴族の中でも『憧れる』というお嬢様方もいるようだ。
といっても、悪役令嬢役ではなく、ヒロイン枠ね。やはり好いた方にリードされ、めくるめく恋愛を…と憧れる一定数がいるらしい。
こちらの世界でも『草食男子』は一定数生息しているようだ。こればっかりはしょうがないわよね。

さて、お約束は3日後。
既に着ていくドレスはフレンから贈ってもらっているし、用意はできている。



「しかしこれ・・・原作者『』って。桃子さん頑張りすぎじゃない?、お得意だったのかしら」



私も過去にコミケに行ったことがある。
同人誌ステキな趣味も読んだことがある腐女子の1人である。
あっいやBLは読まないけど…。
確かあちらの世界で桃子さんは高校生だったはず。乙女ゲームもやり込んでいたと言っていたし。素地はあったんだな、うん。

楽曲提供の部分に気になる名前があったのはお約束である。



********************



当日はフレンからのプレゼント一式(しっかりアクセサリーと靴もセットでした)を身につけ出陣。
久しぶりに会ったシオンはキラキラな王子様…いや、大人の男の色気をのせた素敵なパートナーでした。

しかし、私を見た瞬間、ぴしりと固まったように見える。
気のせいかな?と思ったが、馬車の中まではしれっとエスコートしてくれた。



「・・・あの、エンジュ?そのドレスなんですが」

「ああこれ?フレンからのプレゼントよ。アナスタシアが『意外と良い目をしている』ってお墨付きで」

「なるほど・・・」



遠い目をしてため息を付く。
次にこちらを見た時はいつものシオンに戻ってはいた。



「・・・やってくれますね、団長」

「え、観劇には相応しくない色かしら?」

「いえ、そうではありませんよ。その身を飾るのがの色でない事が気がかりですが」



その言葉に『ああそういう…』と心の中で呟く。
アイツを焦らせる、なんて言っていたフレンとアナスタシアが浮かぶ。
私としてはワインレッドは好きな色だから嬉しいのだが、この世界では自分の髪色や瞳の色を想い人のドレスや装飾品として贈り、『自分の御相手』としてアピールする。

あちらの世界であってもペアルックだったり、相手の誕生石とかそういうのでこっそり匂わせ…みたいなこともある。
わからなくはないのだが、好きな色やデザインのものを着たりしたいわよね。私はそういう派です。そりゃアイスブルー…水色も嫌いじゃないけどさ。

馬車の中では見に行く舞台公演の内容や、シオンが義理姉様よりアピールされたポイントなどを話してくれた。
どうやら、昨晩レクチャーして下さった模様。
ホントにハマっているんだなあ。
心無しか目に光がないように見えるのはお約束である。

劇場も素晴らしい建物である。既に夜なのでハッキリと全貌を確認できている訳では無いが、帝国劇場を彷彿とさせる。
内装もまた深紅の絨毯にシャンデリアと落ち着きのある豪華なもの。はあすごいなあと思って失礼にならないようにキョロキョロしつつ手を引かれてエスコートされる。
慣れたものだと思わないでもらいたい、ここでなんやかんや言おうものなら言い負かされて丸め込まれるのは脳が知っている。…この世界に来て1番学んだ知識である。



「結構人が来ていますね。常連客も多いと聞いています」

「そのようね」



遠巻きにヒソヒソされているのはわかっている。
わかっていますよ皆さん。隣にいるこの人でしょ?滅多にこういった所に出てこない伯爵様ですよードレスアップも珍しいですよー写真撮るなら今ですよー!



「エンジュ?またよからぬ事を考えていませんか?」

「あら心当たりでもおありなの?流石おモテになる殿方は違うわね」

「何を言ってるんですか、どう考えても注目を集めているのはそちらでは?」



何を言っているんだろうこの人。モブがどれだけ着飾っても埋もれるんですよ知ってます?今はとびきりの美男子が横にいるから目立っているでしょうが、それは本来嫌な注目の仕方なんですよホント。私が若い女性であればうっかりパウダールームに行ったらシメられるやつですよ?

しかし私はそこまで声に出さない。
手持ちの扇で口元を隠してにっこり穏やかに微笑んでみる。私、学びました。ちなみにこれはエリザベス王太子妃直伝である。奥義『目は口ほどに物を言う』。

すると、奥から1人の老紳士がすっと近寄ってきた。



「ようこそおいでくださいました、カイナス伯爵」

「盛況ですね、喜ばしい限りです」

「ええ、それはもう。こうして贔屓にしていただける方がいるからこそです。演者も幸せというものでしょう。姉君には本当に感謝しておりまして」

「そ、れはよかった」



一瞬言葉に詰まったシオン。おそらく脳裏にはオタク街道まっしぐらのお姉さんの姿がよぎったに違いない。
いいじゃないの推し活動。破産する程注ぎ込む方もいるのだし、身を滅ぼさないくらいであればいいと思う。日々の活力になるわよね。

お席はロイヤルシートも真っ青の素敵な一角でした。
…王族専用席ではあるまいな?これこそお姉さんの力なのかもしれない。さて、なにやら楽曲提供にも見覚えのある名前もある事だし楽しみだ。

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