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心の、在り方

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シャワーを長い時間浴び、部屋に戻る。
水を飲み、ふと、机にメッセージカードがある事に気付く。

片手で開く。そこには、見慣れた文字。

『『晩餐』に招待してやる。ちゃあんと正装してこいよ、伯爵様』



「・・・団長、まさかまた女を紹介とかじゃありませんよね?」



以前、この手の誘い文句でクレメンス邸に行ったところ、数名の高級娼婦を紹介された。
その前は、夫に先立たれた魅惑的な未亡人。…前に関係していた男爵夫人はこの紹介だった。

さすがに今は…ちょっとな…
とはいえ、上官からの誘いを蹴るほど、信頼していない訳では無い。クレメンス邸の料理長シェフは美味い食事を出してくれる。疲れた体には、骨休めになるかもしれない。

正装するには、一度邸に戻らないとならないな。
晩餐の時間に間に合うか?遅れるだけ、また団長にからかわれるのだから急ぐとするか。

急いで邸に戻り、正装してクレメンス邸へ。
我ながらよくもまあ、間に合ったと思う。
サロンへ案内されれば、そこには団長とキャロルさんが。



「いようっ!色男」

「お招きありがとうございます、キャロルさん」

「ようこそお越しくださいました、カイナス様」

「・・・ナチュラルにスルーしないでもらえねえか?」

「そんな事を言う為だけに『晩餐』に呼んだのだとしたら怒りますよ、団長。明日から書類仕事を倍にしますよ」

「待て、それは話し合おう」
「ふふふ、殿方だけにした方が良さそうですわね?私はお客様の様子を見て参りますわ」

「ああ、頼む。お前も久しぶりだろうから、ゆっくりしてこい」
「はい」



ぺこり、と優雅に淑女の礼カーテシーをするキャロルさん。以前と比べて、かなり様になっている。夜会に出るようになり、練習をしたのだと伺わせる。



「上手くなったもんだろ?」

「ええ、かなり。あれならば『侯爵夫人』としても遜色ありませんね」

「お前も目が肥えてるからな。ま、侯爵子息ともなりゃ当たり前たあな。お墨付きとなれば、キャロルも自信付くだろう」

「俺なんかのお墨付きでよければいくらでも」

「よく言うぜ。ま、間に合って良かったな。
・・・今晩は俺からお前への褒美だ。楽しんで行けよ」

「団長、言っておきますがもう女性の紹介とかいいんですけど・・・」

「まあそう言うなって。迷宮ダンジョン探索、小鬼ゴブリン騒動と忙しくさせたからな。
受け取っておいて損は無い。部屋は用意してはおくが、押し倒すなよ?アナスタシアに殺されるぞ」

「・・・アナスタシア様に殺されるって─────団長?」



ニヤニヤ、と笑う団長。
まさか、『彼女』、か?

コンコン、とノックの音。
執事が『奥様達の御用意が整いましたので、晩餐室へおいでください』と。

ほら行くぜ、と肩を叩かれる。
…まさか、本当に?参ったな、どんな顔をすればいいのか。



********************



アナスタシアが用意したドレス。
…いや確かに素敵なんですけどね?

以前、私が初めて『星夜祭』に着て行った黒のドレスを元にしたデザインだ。
あの時は胸の下の切り替えをAラインのロングにしていた。
サーキュラースカートに近い形に。

しかし今回はマーメイドスカート。
後ろにスリットが入っているので、歩きにくくはない。
…この発案、絶対ライラじゃないか?

肌を見せるデザインではないが、開いた背中、腕をレースで覆っているため、ちょっと見た目がセクシー…。
ここまでやるか、君達。



「まあ・・・よくお似合いです」
「だろう?肌を見せるよりエンジュの場合はこちらの方が魅力が引き立つ」

「やり過ぎでしょこれ」

「そうでしょうか?」
「そうでもないと思うが」



アナスタシアと共に入ってきたのは、団長さんの愛人であるキャロルさん。清楚系の優しそうな女性です。
着ているドレスは、なかなかの胸元が開いたドレス。
コルセットでぐっと持ち上げ、胸の上部をふっくらと見せる形のドレスだ。胸元以外はきっちり覆われているため、そこまでエロさは感じない。

アナスタシアはこれまたシンプルなマーメイドラインのドレス。
ワンショルダーの赤いドレス。至る所に刺繍や宝石が縫い付けられて、キラキラと煌めいて綺麗だ。だけど派手派手しい煌めきではなく、しっとりと上品な輝き。だ、ダイヤですかね?

ぴらり、と何かのデザイン画を出したアナスタシア。



「ちなみに、エンジュのメイドの2人から出された案はこちらだった」

「・・・却下」

「だろう?だからこちらだ」

「う、うーん?」



デザイン画には、もっとド派手な感じだった。
あの2人の美的感覚を直さないと、今後危ない気がする。とりあえずセバスに苦情を申し立てておこう。

だがよく聞くと、これくらいのデザインはむしろ普通。
夜会にデビュー仕立てのご令嬢なら清楚で大人しいデザインらしいが、私の年代ともなるとそれはマナー違反らしい。
それなりの、年齢に伴ったデザインがあるというのだ。…夜会とか出なくてよかった、グッジョブ。

まあほとんど隠れてるし…
レース除けば、カクテルドレス風のシンプルなものだ。
そこに両袖を黒レースで作り、所々を装飾としてレースと小粒の宝石であしらわれている。
胸元はそこまで開けてはいないが、付けているアクアマリンが目立つかもしれない。さすがに黒のドレスにアイスブルーだからね。服の下に落としてはいるが、出てきそうだ。

まあいいか、飾りよ飾り。
重ねるように真珠のネックレスを重ね、シンプルな所は好きだ。

アナスタシアとキャロルさんに連れられて、晩餐室へ。
あー、…マナー覚えてるかな?
前にセバスにぎっちりと仕込まれましたが、こちらへ再度戻ってからはそこまで格式ばった食事はしてないもんな。

一抹の不安を抱えながら、晩餐室へ。
そこには、サプライズゲスト…シオンの姿。

ていうか何あれ、何のコスプレですか?
カメラを持ってきて下さい!
ありゃ反則だ、こりゃあの子爵令嬢だけでなく、シオンを振った元婚約者も舌なめずりして寄ってきますわ。
…元婚約者の話?それエリーからきっちり聞いております。エリー的にはもうワクワクドキドキのロマンスらしい。



「こりゃ、さすがだなアナスタシア」

「そうだろう?私の見立てに間違いはない」
「本当ですわね、お美しくて」

「キャロル、お前にはお前だけの魅力があると何度言えばわかる?背を伸ばして立っていなさい、お前は私が認めたフリードリヒの愛人なのだから」
「アナスタシア様・・・!」

「・・・気の所為かしら?誰よりもアナスタシアとキャロルさんがお似合いに見えるのだけど」
「僭越ながら俺もそう見えます、エンジュ様」
「おーい、俺が旦那だぞー2人ともー」



お約束のようだが、つい言葉に出てしまう。
仕方ないね!

メイドに促され、私は団長さんとアナスタシアの間に。
向かいにはキャロルさんとシオン。

和やかにクレメンス邸の晩餐が始まる。
アナスタシアが『期待していい』と言ってくれたように、とても美味しい。タロットワーク別邸では味わえない、こちらの世界アースランド独自の料理と味だ。まるで海外に旅行に来たみたいだなあ。
タロットワーク別邸でのこちらの世界アースランドの食事も美味しかったが、クレメンス邸の食事もまた違う。
お家の味…とでもいうのだろうか?ソースとか、スープの素とかその家独自のものがあるのかも。



「味はどうだ?エンジュ」

「うん、とても美味しいわ。このソースとか、他では味わえない感じね。タロットワーク邸とはまた違う」

「ま、そうだな。俺も何度かタロットワーク邸で食事を馳走になったが、また別の味で美味い。…とはいえ、俺は子供の頃からこの味に慣れきってるだけに、馴染みが深いが」
「私はこんなに美味しいお料理があるなんて、と驚きましたわ」

「キャロルさんのお家の味は、どんな感じ?フレンは食べた事があるの?」

「いや?ねえな」
「旦那様に召し上がっていただくような料理ではありませんもの」

「どうして?」

「どうして、と言われましても・・・」

「互いの家の味を楽しむのも、『家族』ではないの?」

「あ・・・」



ん?あれ?私、変な事言ったかしら。
こちらではもしかして、下級貴族のお家の味なんて必要ない?
でも、団長さんはじゃあないと思うけど。・・・キャロルさんがまったく料理のできない人だと詰むけど。

アナスタシアが微笑んでキャロルさんに話しかける。



「キャロル、今度こちらに来た時は、お前の生家の味を馳走してはくれないか?なあフリードリヒ」
「ああ、そうだな。俺も食べてみたい」

「あ、あの、旦那様、奥様」

「私達は『家族』なのだから、遠慮はいらない。
私の不在が続いても、お前はきちんとクレメンス侯爵夫人として、この家を守っていてくれる」
「だから言っただろ?アナスタシアは怒ってねえから、しゃんとしてくれって。3人の子供の母親なんだ、胸を張れ」

「触るなよ、フリードリヒ。そういう事は寝室でな」
「しねえよさすがに・・・」



クスクスクス、とたまらず私は笑う。
それにつられ、アナスタシアも団長さんも微笑む。
シオンもまた、優しくキャロルさんを見ていた。

キャロルさんは瞳を潤ませ、ナプキンで涙を拭き取り、にっこりと微笑んでまっすぐ前を向く。



「わかりました。私の家に伝わるスープとソースをご馳走しますね。エンジュ様、よければいらしてくださいな。カイナス様も」

「ええ、楽しみにしているわ」
「はい、楽しみです」



デザートまでしっかり、5人で楽しんで食事をした。
よかった、キャロルさんも自然に笑うようになってくれた。

心無しか、アナスタシアの瞳も優しくなった気がする。

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