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近衛騎士団編 ~予兆~
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しおりを挟む新しいビールをひと口。
さすがに5杯目はスローペース。
顔色も変わっていないし、アルコールに強いみたい。
様子を見ていた私に、流し目をくれるシオン。
「気にしなくとも倒れたりはしませんよ?」
「副長さん、お酒強いのね?」
「若い頃さんざん上司に連れ回されたりしましたので、いつの間にか強くなりましたね。ビールくらいならほとんど酔いが来ません」
「それ、飲んでて楽しい?」
「軽い酩酊感はありますよ?本格的に酔うつもりなら、ワインかブランデーにしないと酔えません」
これはザルではなくワクの人かもしれない。
騎士団って体育会系的な飲みニケーションがあるのかもね。
「さて、エンジュ様の番ですよ?」
「私甘いものが欲しいわあ、副長さん」
「・・・承知しました、お姫様」
本人曰く『少し酔ってる』状態らしいが、目は軽くトロンとしていて色気が当社比アップ中。
それでも笑って何かを買い出しに行ってくれました。
待つこと数分、戻ってきたシオンの手には、カップに入ったフレンチトーストの角切り。クリーム付き。
「あらあらあら?素敵なお土産」
「正直、どれにしようか迷ったんですが、どこからともなくエンジュ様の護衛のメイドさんが来まして、この店を勧められました」
「・・・なるほど」
オリアナ…どこから出てきたんだ…
しかしメープルシロップとホイップクリームの乗った角切りフレンチトーストは美味しい。こんなもの売ってるんだなあ。
さらに横合いからスっともう1つ出てきたコップには、シフォンケーキの角切りが。
そちらを向くと、メイド姿のオリアナが。
「ええと?オリアナ?」
「こちらもご賞味くださいませ。こちらはエンジュ様がこの間食べたいと言っていたメニューを屋台街で売り出しているものです」
「・・・いつの間に?」
「セバスチャン様の指示です」
どうやらこの2つはタロットワークが仕掛けた店らしい。
私とシオンが手をつけると、オリアナは一礼して去っていった。
「・・・なんか、ごめんなさいね」
「・・・いえ、美味しいですよ」
「ええと、何だったかしらね」
「エンジュ様の番ですよ、と言った所まででした」
「ああ、そうだったかしらね」
あまりの衝撃になんだか酔いも吹っ飛んだような?
シオンを見れば、優しい目をしてこちらを見ている。
「・・・恋をするのは疲れたわ」
「そういう方が、いたのですね」
「ええ。久しぶりに胸が苦しくなるような恋をね?でも追いかける程のパワーはもうないわ」
「・・・羨ましいですね、そんなふうに思われる男が」
「そうかしら?」
「エンジュ様の目を見れば、わかります」
シオンの目にも、傷ついた色。
ごめんなさい、シオン。そうさせたのは『私』よね。
もう2度と会うことはないと思っていた貴方。
2年半の月日が、貴方を包んでくれる誰かに巡り会えていると思っていたけれど。まだ『私』が貴方を苦しめているのかしら。
シオンの手がそっと私の手を取る。包み込む大きな優しい手。
「───貴方の傷を癒せるのが俺であればいいのに」
「副長さん?酔ってるの?まだ早いんじゃない?」
「すみません、酔ってますね。・・・わからないんですが、そう思ってしまって。失礼ですね」
「酔ったら寂しくなってしまったの?」
「そう・・・かもしれません。彼女でなければ意味がないのに、時折胸が軋むように痛む。もう会えないと思っているのに、どこか近くにいるような気さえして」
「─────『私の事は忘れて。自由になって』」
「っ!?」
「私がその彼女なら、そう言うわ」
「なぜ、」
「愛した人がそんなふうに自分のせいで苦しんでいるのは、たとえ会えないとしても辛いわ」
「エンジュ様・・・」
「どんなに好きでも、愛していても、側にいられない事はあるわ。でも、そうやって囚われていたら、苦しいだけよ。貴方も、私も」
「・・・不思議ですね、彼女に言われているようです」
「私にもね、いたのよ。愛しているけど離れなければならなかった人が、ね。その人が貴方のように、囚われて苦しんでいるのなら・・・辛いわ」
それきり、シオンは黙ってしまった。
私も黙り、屋台街の喧騒を聞きながら、のんびりとした時間を過ごす。
時間にして数分のことだったと思う。
ふと、シオンを見ると、こちらをじっと見ていた。
「何?どうかした?」
「先程からずっと、何か気にしていますよね?」
トントン、と胸元を指で叩く。
気付けば、無意識に服の下のアクアマリンに触れていた。
「・・・思い出の品、ですか?」
貴方の思い出の欠片よ、だなんて言えないわよね。
くす、と笑って私は答える。
「ええ、そうよ。愛した人の思い出ね」
「気になりますね、ペンダントですか?」
「大胆ね、副長さんたら。私の服の下が気になるだなんて」
「っ、失礼を」
「さすがにこんな昼間から誘われても困っちゃうわ?」
苦笑するシオン。わかっている上でのやりとり。
『コーネリア』が相手ならば窘められるだろうが、お互いいい大人だ。そこまで追求もされない。
ふいにシオンが甘く優しい目をする。
「・・・愛しているんですね、まだ、その人を」
どくん、と胸が大きく鳴る。
その声も、瞳も、覚えている。
私は苦しくなって目を伏せた。
縋り付いて、抱きしめて、投げ出してしまえたらどんなに楽なんだろう。
…けれど、私は『コーネリア』ではない。拘る必要はないのかもしれない。だけど、飛び込める勇気がない。
「─────そう、ね。忘れられないんだわ、まだ」
ようやく絞り出した、言葉。
ぎゅ、と胸元を握りしめた。手の中に服越しのアクアマリン。
ふわり、と優しく温もりが包む。
覚えている香り、優しく、懐かしい。
「すみません、そんな顔をさせるつもりはなかった」
「いいの、ごめんなさい」
「いえ、俺が浅はかでした。少しこのままでいさせてください」
********************
互いに、忘れられない人がいる。
そんな共通点が少し油断させたのかもしれない。
俺と同じように、心に忘れられない相手がいる。
その苦しみを、少しでも和らげられたらと思った。
懐かしむような、愛おしむような声に、瞳に、嫉妬したのかもしれない。
「・・・愛しているんですね、まだ、その人を」
だから、口をついて出た。
この人の中に、どんな男がいるのだろうか。
そんな好奇心、嫉妬が言わせた言葉。
その瞬間、後悔した。
目の前の彼女に、辛い思いをさせた。
と同時に、『守りたい』と思った。
申し訳なさで、彼女を抱きしめる。
こんな姿を他の誰にも見せられはしない。
『愛した人の思い出』と呼ぶペンダントを服越しに握りしめた手を、震えるような肩を、頼りなげに映る体を、包むように抱きしめる。
どれだけたったのだろう。
ほんの数十分だったのか。
『もう大丈夫、ごめんなさいね』と囁いて身を起こすエンジュ様。
見下ろしたその胸元に、ちらりと見えたそのペンダントトップ。
─────アイスブルーの、アクアマリン。
愛しい彼女へ贈った物と同じ、宝石。
同一のものではないかもしれない、俺が彼女へと用意したものは珍しいもので、あまり採掘されないものだった。
ちらりとしか見えていないそれが、同一のものであるはずはない。
なのに何故か、胸が騒いだ。
「それは、アクアマリン、ですか?」
「え?」
無意識に、口をついて出た問いかけ。
エンジュ様はきょとん、としたけれど一瞬焦ったような目をしたが、すぐに俺を責める瞳になった。もちろんそこには悪戯っぽい色の瞳。
「エッチ」
「いえ、ほんの一瞬で」
「ひどいわ、女の秘密を盗み見るなんて」
「申し訳ありません」
「・・・で?この宝石がアクアマリンか、だったかしら?申し訳ないけど、貰い物だからハッキリそうだとは言いきれないわ」
『本人に聞けるならいいのだけどね』と呟くエンジュ様。
愛していたというその相手の男は今は会える関係にはないのだろうか。…ついどんな男なのか考えてしまう。
彼女と一緒に過ごせるなら、どんな未来になるだろうか。
酔いが回っているのか、そんな事をつらつらと考えてしまう自分がいた。
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