夢見るディナータイム

あろまりん

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【SS】とあるシェフの過去風景

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「出来たぞ!運べ!」

「はいっ!」
「あいよ!」



ランチの時間。
キッチンは戦場だ。メニューは2種類しかないが、その分作るサイクルも早い。

殆ど俺がメインで作っちゃいるが・・・・・。
まあ、まだ山崎に任せるには早い。
サラダやスープのサイドメニューを全面的に任せているが、それもたまに危なげな時もある。



こうして、ランチの時間が忙しいのは有難い事だ。

最初のうちは、本当に数えるくらいしか来ないかと気を揉んだが・・・・・。
開店してみれば何て事はねぇ。

大盛況、と言っていいくらい毎日人が来てくれている。

下げられる皿も、残飯は全く無い。

全て空の状態で帰ってくる。
作る方として、これ以上の嬉しい事なんざありゃしねぇからな?



キッチンスタッフは俺1人の店から始まり・・・・・。

今では補佐をしている山崎。
性格はガキだが、腕は一流のパティシエの総悟。

フロアにも旭というウェイトレスが入り、華があるってもんだ。

今までは野郎だけだったからな。
響子がいるにしても、彼女は入り口付近をメインに動いているから、フロアはどうしたって野郎だけになっちまう。

まあ、来る客は女が多いから、それでもいいのかもしれねぇがな。



最終目標は、ディナータイムの営業。

そこを目指して走り始めたこの店だが・・・・・。
俺が此処に辿り着くまで。
オーナーの響子にスカウトされるまで、色々とあったものだ。



□ ■ □



自分で言うのもなんだが、俺はかなり腕のいいシェフだと思ってる。

こうやって料理の世界に入って仕事をしているが。
自分の作るものよりも、旨い物を作る料理人にはそうそうお目にかかれない。

俺としても、色々な店を回って食事をして、舌を鍛える事もする。
駆け出しの頃はそれこそ毎日。
今じゃ、あんまり試しに行かねぇけどな。

それでも、『旨い』と言える料理に出会うのはそうそうなかった。



和食はかなり『旨い』と思う料理が多いが・・・・・。
洋食、フレンチに関してはそうそういなかった。

それでも、食べる事も勉強の1つと思って食べ歩きはしているが。



だから、仕事を始めても、いつもオーナーシェフとぶつかる事は多かった。
こうした方が旨い、こう調理した方が食材が生きる、そう思うとつい口が出ちまう。

そりゃそうだろ?

目の前で、いい食材が殺されていくのを黙って見るのは俺としても不満に思ってしまう。

だから口も手も出しちまうことが多い。
結果、旨い物が出来るのはいいんだが、そんな事をすれば相手の面子は丸つぶれだ。

そんな事も多々あって、俺は一箇所の店に勤務し続ける事は少なかった。



オーナーシェフの店でない所は、結構長く働くことが出来た。

腕を認められ、キッチンの一切を任される。
そういう環境でなら、俺の独壇場だ。
他のスタッフが辞めていく事も多かったが、客の入りが断然違う。
売り上げが上がっているのなら、おいそれとシェフを外せない。

結果、俺に従うスタッフだけが残る事になるのだが・・・・・。

そういう店は、大抵女・・・・・年増女のオーナーの店が多かった。
偏見かもしれねぇが、殆どの場合、オーナーが男の店はそいつがオーナーシェフとして腕を奮う。
女のオーナーの場合、シェフを雇ってお任せ、という経営スタイルが多かった。
・・・・・まあ、俺が出会ってきた店がそうだっただけかもしれねぇが。

結果、『愛人になれ』と誘いを受ける事が多かった。

勿論、丁重に断った。
だが、そうすれば『なら店を辞めてもらう』と言い出す女が多いってこった。
俺も勿論そこまでして店にしがみ付く理由なんざどこにもねぇ。

そうすると売り言葉に買い言葉で、辞める事になるんだが・・・・・。



最後の店もそうだった。
半年は何も無かったんだが、徐々にオーナーの女が図に乗ってきた。

一応俺も気に入っていたキッチンとスタッフだったから、やんわりといなしてきたんだが・・・・・。

堪忍袋の緒が切れた。
怒鳴りつけ、昼間の時間早々、店を出て行った。

その時、最後に作った皿を食ってたのが、今のオーナーの響子なんだがな。



妙な縁でスカウトされることになったんだが、俺は心配もあった。

若い女・・・・・といっても俺と同年代。
惚れられるとその後困った事になる。

少し警戒はしていたんだが・・・・・。

響子はそういう女じゃなかった。
というより、一切俺に興味がないような・・・・・?
俺は男として魅力がなくなったのか?と思うくらい、響子は無反応だった。

彼女が女として魅力がねぇって訳じゃねぇ。
だが、彼女は俺を『従業員』として見ているだけで、どうやら『異性』として見ちゃいねぇ。

それはそれで、仕事がやりやすくていいんだが・・・・・。
ちょっと物悲しいのも事実だな。

俺にとっては、彼女は『オーナー』としても『1人の女性』としても魅力的な存在だ。
仕事上だけでなく、プライベートとしても『伴侶』となってもいいと思うくらい。


─────そうして、今に至るって訳だ。

ランチタイムは忙しい。
前に働いていた店くらい客が来る。

響子が提案した通り、メニューを数少なく絞り、かつ低価格ってのも当たりなようだ。



俺や晴明─────バーテン兼ソムリエのこいつにしろ、料理の業界の人間だ。
対して、響子は一般企業に勤めていたOL。

標準的な、オフィスに働く人のランチに使ってもいい金額ってのが分かってなかった。

旨いものを出せば、それなりの値段でもいいと思った俺達に対し。
響子は『手軽に美味しいものが食べれるなら、毎日でも来る』と主張したのだ。

だから、ワンコイン。
プラス、サラダやスープ、ドリンクをオプションメニューで。
メインのパスタは、種類が2種類くらいでもいい。
毎日通う客なんて稀。週に1度か2度外食にしたいっていう客層を狙うと。



その考えは見事に当たりだった。

それに加え、2種類のメニューを月替わりと週替わりにした。
そうすれば、毎週来る客も満足するはず、と。

俺自身もその考えに助けられた。
最初、1人でキッチンを回すにはそれくらいシンプルでないと追いつかない。
今でも、2人で回しているが、かなり厳しい時もあるからだ。



俺は未だに、こいつに出会えた運を幸せだと思う。

俺を、『俺』として扱ってくれる理想のオーナーの下で腕を奮えるのだから。



□ ■ □



それに最初に気が付いたのは、総悟だった。



「あれ、珍しいね。ランチ残す客」

「・・・・・本当ですね。いつも残すお客様はいないのですが」

「まあ、そういう日もあんだろ」



と言っていたのだが。

それは毎日あった。
しかも1皿だけ。

少し手を付けてはいるが、殆ど食べずに戻ってくる。



「・・・・・毎日?」
「ああ、いつも来るよな、あいつ」
「あ~~~あのおっさんか!!!」

「・・・・・おっさん?せめておじさんって」

「そこじゃねえだろ、響子・・・・・」



皆で飯を食っていた時。
ぽつり、と総悟が漏らしたのだ。

『このところ、毎日1皿だけ中身残ってるんだけど。どんな人か知ってる?』と。

そうすると、すぐに康太が反応した。
大亮もすぐに反応を見せた。
そして響子がボケる・・・・・。いつもの通りに。



どうやら、響子は上にいたり入り口近辺にいるお陰であまり気付いてないらしい。

だが、フロアを動く康太、大亮、晴明、旭は気付いていたようだ。



「特に、お痩せになってる感じでもないんですよね」

「確かにな?サラダとスープはぺろっと食べてんじゃん?」

「でもパスタは一口、二口でやめちまうんだよな」

「・・・・・口に合わないのかしら?」

「だからって、毎日来るか?あのおっさん、毎日来るだろ。しかも交互に頼むの」

「・・・・・気になるな。なんなんだ?」

「とはいえ、何も言えないしね?」



うーん、とフロアスタッフが考え込む。

キッチンの俺たちとしても、何も言う事がねぇ。
残ってる皿を見る事はあっても、ランチタイムにフロアを覗く暇なんてねぇからな。



「ま、なんにせよ。他の客が旨そうに食ってんなら構わねぇよ」

「あ、余裕発言」
「泉さん!言いすぎです!」

「何。普通の事言っただけじゃない。うるさいよね、山崎君て」

「総悟。山崎。やめろ」

「はーい」
「申し訳ありません、巽さん」



ま、時間があれば見ておくか。

俺は晴明に件の客が来たら教えてくれ、と耳打ちしてキッチンへ戻る。
晴明は了解、と笑って請け負った。

顔を見ておくのも、悪くはねぇだろうしな?



□ ■ □



「巽さん」

「あん?何だ?まだ出来てねぇぞ!」

「違うって。来たぜ、例の客」

「来たか」



ちろり、と唇を舐める。
さて、どんな奴だ?俺のランチを残すってぇふてえ客はよ?



「巽さん、完璧悪役ですね」

「うるせぇ!黙ってろ総悟!」

「はいはい。あーやだ腹黒シェフ」



ぷい、と猫のように自分のテリトリーへと戻る。・・・・・かと思いきや。
俺たちの跡を付いてきた。



「なんでお前まで」

「だって、僕も見た事ありませんもん」

「ったく。おい山崎。それを仕上げておけ」

「あ、はい!」

「残念だね、山崎君。君は巽さんに任された仕事でもしてなよ」

「っ、」



キッチンとフロアの境界から、そっとフロアを覗く。

あそこだぜ、と指差す晴明。
ちょうど康太が水を注ぎなおすところだった。



「なーんだ、普通のおっさんですね」
「総悟・・・・・」

「っ、」



総悟は心底つまんなそうに。
晴明はそんな総悟を呆れたように。

だが俺は―――――そいつを見て息を呑んだ。

あの人は、たしか・・・・・。



「・・・・・」

「あれ、巽さん戻るんですか?」

「・・・・・」

「どうしたんだ?巽さん」
「さあ?もしかして殴り込む準備でもしたりして」

「・・・・・何してるの?2人共?」

「あ。響子さんっ」
「響子。どうした?」

「浩一朗は?」

「キッチンに戻ったよ」

「ん~~~。ハル、ちょっといい?総悟君もいらっしゃいな」



□ ■ □



キッチンへ戻り、調理を再開。
山崎が何か聞きたそうにしていたが、何も言わなかった。

あの人は・・・・・俺が覚えているのが間違いなければ。

考え事をしながらパスタの茹で具合をチェック。
ちょうどいい具合なので、そのままフライパンへ。
ソースを加えて炒める。

2皿を仕上げたところで、響子と晴明、総悟が中へ入ってきた。



「何だ。調理中だぞ」

「ごめんなさい。ちょっと気になる事があってね」

「何だ」

「・・・・・さっき、いつもの常連のOLさんが教えてくれたんだけどね。
twitterって知ってるわよね?」

「ああ」
「知ってる」
「それがどうかしたの?響子さん」



そう言うと、ポケットから携帯を取り出し、操作する。

俺達に見えるように、画面を見せた。



「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・何さ、コレ」



そこにあったのは・・・・・。
俺達の店を批判するコメント。



「こういうのがあって、って教えてくれたの。
でも、この後はずっとそのOLさんとか、ここに通ってくれてるお客さんがフォローしまくってるんだけどね」

「おおお、すげ」
「いるんだね、こういう人」
「・・・・・」



そのコメントは。

『何が理想の場所だ。こんなまずいパスタ、食べる価値もない』

『500円なだけはある。金を払うのも勿体ない』

そんなコメント。
食べる価値もない、とこき下ろしたものだ。



だが、その後はずっと何人ものフォロワー・・・・・。
他の人間によって、そいつを叩きまくっている。

『何言ってんの?アンタの舌おかしいんじゃないの?』
『あんなに旨いパスタ食って、まずいとかヘボ』
『お前の舌がおかしいんだよ、ジャンクフード食ってな!』



その批判のコメントを出した人間は、こうも書いている。

『ここよりずっと、××××の店の方がずっと旨い』



だが、そのコメントすらも、

『××××?あそこ、最近超不味くなったよね?』
『ああ、あそこね?高いだけで美味しくないよ』
『ぼったくりじゃないの?』

とコメントされている。



「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・すごいわよね。なんか、ネット社会って怖い」

「凄いね。こんなに反響あるものなの?」

「みてえだな。俺達の店を擁護してくれんのはありがたいが・・・・・。
この××××って店に対して、これって営業妨害になるんじゃねえのか?」

「うーん、どうなのかしら?それはわからないけど・・・・・」

「どうしたの、響子さん」

「このコメント、関係あるのかしら?
あのランチを残す人と?」

「え」

「このコメントで始めたの、そのランチ残す人が来るようになってからなのよ。
それもOLさんから聞いたのだけど。ちょうど2週間くらい前からみたいなの。
あのお客様来るようになったの、そのくらいでしょう?」



総悟が、ちらりと俺を見る。
こいつ、何か気付いているんだな。多分。

その視線を辿り、響子が俺を見た。



「浩一朗。話したくないならそれでもいい。どうしたい?」

「・・・・・俺に聞くのか」

「だって、作ってるのは貴方だもの。私じゃないわ。
でも、私やみんなが思ってるよりも、きっと貴方はショックだと思うの。
あの人だけが、食べないって事に。毎日来るって事に」

「・・・・・参るな」

「だから、貴方の意志を尊重したいの。このまま放っておくならそれでもいいわ」

「ちょ、」
「響子、それはどうなんだよ?」

「だって。ちゃんと此処へ来て、食べた人なら分かるはずでしょ?
浩一朗が作る料理は、とっても美味しいって。
その人が言う事が間違いだって。お客様が信じてくれるなら、それでいいじゃない」

「響子さん・・・・・」
「お前・・・・・」

「・・・・・どうすんだよ?巽さん。
響子にここまで言わせてだんまりか?」

「ったく。お前等は。・・・・・わかってる。
俺があの人と話をする。それでいいな?」

「うん。じゃあ、あの人にお話すればいい?」

「ああ。帰る時に引き止めてくれ」



わかったわ、と笑って戻る響子。

それを契機に、晴明も戻る。
総悟もそのままケーキ造りを再開した。



・・・・・そう。あの人は、俺がかつて働いていたレストランのオーナーだ。

以前、あの銀座にあるランジェリー会社の女社長が通ってきていた店。
青山に店舗を構えるレストランだ。

あの人とは、ぶつかる事もあったがそれなりにうまくやっていた。
お互いに言い合いも多かったが、腕を認めてくれていたのだ。
だが、それも長くは続かなかったんだ。

とある常連客で、俺の料理じゃなきゃ嫌だと言い出す奴が出てきたらしい。

メインを作っていたあの人のプライドは粉砕した、ってわけだ。

そうして、俺はそのレストランを去った。
あの人の料理が不味かったわけじゃない。
俺も彼の料理は旨いと思っていた。

だが、その常連客の舌には、俺の味付けの方が好みだった。それだけだ。



でも、青二才の男に客を奪われた。
それは50歳も半ばのベテランシェフにとっては、屈辱以外の何者でもなかったはずだ。

罵倒するでもなく。
ただ『出て行け』と言った。

俺も、それを理解していたからこそ、店を去った。



だが、今になって何故?
それが俺にはわからない。

あの店も、俺がいなくなってからも十分やっていけるだけの人材は揃っていた。
特に困るような事もないはずなんだが・・・・・?



□ ■ □



「お客様」

「・・・・・なんでしょうか、マドモアゼル」

「あら、ありがとうございます。
私共のシェフが、お客様とお話したいと申しております。お時間頂けますか?」

「・・・・・巽君、か」

「・・・・・。どうぞこちらへ」



2階に案内して、私はそのまま万里ちゃんに浩一朗を呼んでもらうよう、お願いをした。

この人、見るからに品のいいおじさまなんだけど。
あんなコメントなんかするかしら?

そのまますぐに浩一朗が来た。
部屋に入るなり、一瞬固まったけど。

お客様に向き直り、話し始めた。



「・・・・・ご無沙汰しております」

「ああ。元気そうでなによりだ」

「・・・・・では私はこれで。巽君、お願いね」

「待ってもらえますか、マドモアゼル。貴女にも同席して頂きたい」

「え・・・・・?」

「俺からも頼む。いてくれ」

「貴方がたがいいのなら、いいのだけど」



すとん、とデスクの定位置に戻る。

2人はソファに向かい合って座った。



「アンタの口には合わなかったか?」

「いや。旨いよ。腕は落ちていないようだ」

「ならなんで毎日来やがったんだよ」

「あれは賭けだよ。ああすれば君はキッチンから出てきて怒鳴り込んでくるかと」

「はぁ!?」

「私の店ではよくやっていたじゃないか。残した客の顔を見てやると」

「・・・・・あ、あのなぁ!」

「あ、あはははははは!!!!お、お腹いたいっ!!!」

「笑うな、響子!!!」

「おお、美人の笑顔はいいものだねぇ?
マドモアゼル、この男は私の店に居た頃は、自分の気に入らなければすぐに客席に怒鳴り込んでいくような男だったのだよ?
今は丸くなったようだがね?私の苦労がわかるだろう?」

「ホントですね?でもウチは直接フロアに出れない造りなんで」

「おお、それはいい案だ。ウチもそういう造りに替えようかね?
いつまたこういう短気なシェフが来るかわからない」

「あ、あんたらなぁ!!!」



なんだか意気投合する2人。
しまった、この人は無類の女好きだった。
響子を気に入っちまったみてぇだな。



「それはわかった。twitterにあるコメントはどうなんだ」

「それを謝りに来たのだよ。君に話そうと思ってね」

「・・・・・どういう事でしょう?」

「あれは、ウチのスタッフがやったようだ。
私も見つけて気になってね。色々調べさせたのだが・・・・・。
ほら、君と同期のサブのシェフを覚えているかね。随分君に懐いていた」

「ああ・・・・・あの女の・・・・・」



そう、この人の店にいるとき。
俺にはサブのシェフが付いていた。

俺と同時期に入った女のシェフで。
腕は・・・・・まあ、二流だな。育つかどうかというくらいだったのだが。

確かに、懐かれていた・・・・・というよりも。
惚れられていたと思う。
・・・・・というか。男と女の関係だった、というか。手頃な女だったというか。
これを口にするとまた梢にジト目で見られる気がするが・・・・・。



「あ~~~なるほど。大方手を出したんでしょ」

「お前は何だってそういう事に聡いんだ!!!」

「よくわかったね、マドモアゼル。流石だね」

「って待て!あんたも知ってたのか!?」

「当たり前だろう。私のキッチンで起きる事は全てお見通しだよ?」



まだ青いね、巽?と含み笑いするこの人が憎らしい。
くそ、全部知ってたってのか?ひた隠しにしてた意味が全くねぇ・・・・・。



「で!?あの女がやったのか」

「そのようだね。今は反省しているようだが・・・・・
マドモアゼル、すまなかった。この店に影響は無かったかね?」

「ええ。幸い、この店に来る客は常連の人ばかりです。
ですから、すでに直に彼の味を知る人ばかり。それに、来た人はわかるはずですから。
コメントが正しいのかどうかくらいは」

「・・・・・君には勿体ない程のオーナーだね、巽」

「ええ。余りある光栄ですよ」

「私にとっても掘り出し物でしたから」

「おい・・・・・もうちょっと言い方あんだろ・・・・・」

「まあまあ。いいじゃないか。こんな美人の可愛らしいオーナー。
困ったら私に言うといい。彼よりもいい物を造りますよ?」

「あら、お願いしようかしら」

「おいこら!!!」

「冗談よ」
「冗談だよ」



くそ!!!
なんだってこんなに意気投合してんだよ!!!



「・・・・・待ってくれ。味が落ちたって・・・・・」

「ああ、それはアレだろう。私が入院していたからだ」

「はあ!?」
「え。お加減悪いのですか?」

「いやいや。検査入院も兼ねてね。
悪い所がある、という訳ではないのだがね。
それで休養も兼ねて、1ヶ月ほど他のスタッフに任せたのだが・・・・・。
甘かったようだね。これなら休業とすれば良かった」

「そうだったんですか・・・・・」

「メインは・・・・・あいつに作らせてたのか?」

「そうなんだ。彼女も頑張ったのだけどね。
常連が立て続けに来ていたようだ。私も連絡するのを忘れていてね。
いやはや、歳は取りたくないものだね」

「そうだったのか・・・・・」

「君と連絡を付けられていればお願いしたのだが。
とはいえ、君は今此処でシェフをしているからそうはいかなかっただろうが」

「悪いな。俺はもう此処以外で働く気はないんだ」

「ふふ。見ればわかる。理解のあるオーナーとスタッフに恵まれているな」

「ああ。最高の店だ」



そう、もうこの店以外で腕を奮う気はねぇんだ。
俺の居場所を見つけちまったからな。

優しい目で見つめ響子。
それを見て、嬉しそうに笑う彼が印象的だった。



□ ■ □



『体調が戻ったら、今度こそご馳走になるよ』と言い残し、帰っていった。

これで、トラブルが続く事はもうないだろう。
・・・・・っていうか、俺の所為、だよな?



「原因は、巽さんの手癖の悪さか」

「おい、晴明・・・・・」

「そうじゃないですか。巽さんの元彼女がしたんですし」
「うわ、修羅場?」
「でも人の修羅場ってワクワクしねえ?」
「だ、ダメですよぅ、森谷さんっ」
「といいつつ、万里ちゃん楽しそうじゃない。気になるんでしょ?」

「わ、私はっ」

「こらこら、万里ちゃんを苛めないの~?
しょうがないじゃない、浩一朗の手癖の悪いのは今に始まったことじゃないんだろうし」

「響子・・・・・それはフォローになってねえ・・・・・」

「ああ悪かったな!!!どうとでも言え!!!」



言い逃れは出来ない。
確かに、俺が捨てた女が引き起こしたトラブルだ。

思い起せば、店を出て行ってからはあの女とも一切関係していない。

携帯もぶっ壊したからな。勢いで。
あの女が連絡取る事もできなかっただろうからな。
家も教えた覚えはねぇし・・・・・。



・・・・・やめよう、考えるのは。



全員がジト目で見ていたのは言うまでもねぇ・・・・・。



END.
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